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3話
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ふわふわ、ゆらゆら。
どぎついトラックに轢かれたはずの玲は、痛みもなく、何かに揺られる振動で目を覚ました。
「んー、もうっ。極上のド変態をゲットしてくる予定だったのにぃっ。この子ったら余計なことしてくれちゃって!」
頭上で女言葉の野太い声がする。
玲はその声の主に、小脇に抱えられているようだった。
視界に入るのはピンク色の床と同色の壁。コツコツと音を立てて歩く、かかとの尖った黒い編み上げブーツ。
胴に巻き付いているむき出しの腕は、玲の腰よりまだ太い。
「あのー?どちらさまでしょうか?」
「きゃっ、びっくりした!もう気がついたの?!かわいい顔して、案外図太い魂してるわねっ」
玲が話しかけると、相手はびくっと大げさに反応した。けれどひどい物言いに反してソフトな仕草で、いつのまにか目の前に出現したソファに玲の体を下ろしてくれた。
ソファは薄いピンクの小花柄である。壁も天井もピンク。目がチカチカしてきた。
「聞いて驚きなさい!アタシはね!」
玲の前でシナを作り腰をキュッとあげドヤ顔をした人物を、呆然と見上げる。
身長は2メートルはあるだろう。
濃いピンク色の髪をオールバックにし、顔にはきっちりハッキリメイクを施している。
ボディビルで世界一間違いなしのツヤツヤムキムキマッチョボディに纏うのは、ショッキングピンクのハイレグレオタード。大胸筋には真っ赤なスパンコールをハート型に施している。
──あ、このひと、さっきのトラックだ。
状況についていけないながらも玲は直感した。
持ち主だとか運転していたであろう、ではなく、イコールである。理由はともかく、確信を持って言える。
ひとがトラックになったのか、トラックがひとになったのか、ぐるぐる考えながら瞬きする玲に構わず、ピンクの巨人はおもむろに歌い出した。
「ルルル~♪オカマ~~♪ルルル~~♪」
バレエのピルエットのようにくるん、くるん、と回った後、空気を裂くようなキレ味で鳥っぽいポーズを決める。
「このアタシこそ愛と自由の女神!オルカルマールさまよっ!!」
愛と、自由の、女神?
いや女神って、じゃあその股間でもっこりしてるのなんなの、とか。
そもそも自分でオカマだって言ってたじゃねーか、とか。
見た目完全に妖怪だろ、とか。
いつもなら玲を守るように前に立ち、弾丸のようなツッコミを入れる筈のナイトはいない。
「オルカルマール、さま?僕は師走玲です。はじめまして」
名乗ってくれた相手には挨拶しなくてはと、玲はにこりと微笑んだ。
オルカルマールの目が驚きに見開かれる。
「え、やだこの子。全然動じないわ。そりゃ魂強いわー、転移に耐えられるわけだわー…」
「てんい…?とはなんでしょうか?」
「アラ、そこからなの?アナタ『異世界転生』とか聞いたことない?今流行ってるでしょ、漫画とかアニメとかラノベとか」
問いに問いで返された玲は、少し思案してから首を横に振った。アニメは見ないし、読書は好きだが漫画は持っていないしラノベが何かわからない。
玲の好みは歴史書や世界遺産の写真集、それと動物図鑑である。
「うそでしょ」と呟いたオルカルマールは盛大な溜息をつきながら、いつのまにか玲の向かいに出現した豪奢な椅子─これもピンクだが─に腰を下ろした。
「異世界……というと死後の世界…」
「違うわよ!それはアナタがいた世界の範疇でしょ!」
「トラックたちが楽しく暮らすメルヘン世界……?」
「どっから来たのよトラック!!っていうかメルヘンのメの字もないじゃないっ!!」
オルカルマールは片手で顔を覆った。
これまでオルカルマールが選んで連れてきた魂は大した説明も待たずに『異世界キター!!Yaッhooooooo!!!』と喜びもあらわにこの部屋を飛び出して行ったというのに。
やれやれと息を吐き、オルカルマールはこてんと華奢な首を傾げた少年を改めて見つめた。
まっすぐにサラサラと流れる黒髪は、両サイドと襟足が長めに整えられている。ぱちりと見開けば愛らしさが際立つ目はよく見れば切れ長でもあり、長い睫毛を少し伏せた瞬間は息をのむほど色気がある。
オルカルマール・ゴッド・アイの分析では、160㎝、40kg。小さな顔やすらりと伸びた手足は理想的な比率だろう。
これは、とんでもないものを拾ってしまったかもしれない。
こほん、ん、ん、と軽い咳払いしたオルカルマールは、居住まいを正して玲に向き直った。
「…最初から、きちんと説明するわね。ええと…シャ、しぁーす…言いにくいわね!アンタの名前!」
「玲でいいです。師走は苗字なので」
「レイ…では、レイ・シャスね。アタシの世界では、ファミリーネームは後よ」
改名されてしまった。
苦笑しつつそこは流して、玲は「オルカルマールさまの世界?」と、気になったワードを尋ねる。
「そうよ」
言いながら、オルカルマールがさっと片手を振る。すると玲との間に、大理石でできたテーブルとティーセットが現れた。言わずもがな、どちらもピンクである。
「わあ、魔法みたいですね」と喜ぶ玲に気を良くし、オルカルマールは胸を張った。発達した大胸筋がぴくぴくと動く。
「魔法みたいじゃなくて魔法よ。ここは魔法あり、笑いあり、涙あり!偉大なるアタシが創った、愛と自由あふれるバインディーディアという世界なの」
そう高らかに宣言するオルカルマールに「そうなんですかー」とわかったようなわからないような返事をしつつ、玲は二人分のカップにポットの中味を注いでいく。
玲にとっては目上の者への気遣いであったが、オルカルマールに「ホンットぶれない子ね…」と呆れられてしまった。
「本当はね」
気を取り直した太い指が繊細なカップを持ち上げ、中味を一口含んだ。小指はもちろん立てている。
「レイの兄さんをひき殺してから連れてくるつもりだったの」
「え……っ」
ここで初めて玲の頬が青ざめた。
そうだ。玲はトラックにひかれそうな兄をかばって無謀にも飛び出したのだ。その結果どうなったかわからないまま、なぜかオルカルマールと対峙している。
玲はカップを持とうとした自分の指先が震えているのに気づいて止め、膝の上でぎゅっと握りこんだ。
「だって、あっちの世界じゃ生きにくいでしょ?あの子。このままいけば絶対、レイのこと監禁して凌辱三昧して、犯罪者になるのは目に見えてるわ」
えぇー…あー…そのーぅ…。玲が何かもごもごと口にしようとするが、言葉にならない。
玲が3才児の時から7年に渡る調教、引き離されてもめげずに2年間毎日ラブエロメール。
確かに玲の兄は、若干17才にして筋金入りの変態だった。
大好きな兄をフォローしようもなく困り顔の玲に、オルカルマールはバチコーンと音がしそうなウィンクをかます。
「で・も・ねっ。アナタの世界ではド変態の犯罪者でも、アタシのバインディーディアは自由な愛を謳歌できる素晴らしい世界だから大丈夫!変態どんと来いよっ。飼えばいいのよ何人でも!愛し方は自由なのよ!オーホホホホ!」
「え、えええぇえ~…」
さらにオルカルマールが語るには、兄ほどの変態度を持つ魂ならば転生しても更生できないので、一度死なせて玲への執着を絶ってからバインディーディアに生まれ変わらせるつもりだったらしい。そして思う存分変態としての人生を生きてほしいと。
もしかしてバインディーディアとは、変態しかいない世界なのだろうか。
どうにも『異世界』や『オルカルマールの愛と自由の世界』のイメージがつかない。
「むむむ」とうなった玲はカップに入った中味、ローズヒップティーに、ようやく口をつけた。
◆────────────────────────────────────◆
玲ちゃんラノベくらい読もうよ…ハナシ進まないよ…。もう冒険しようよ。
どぎついトラックに轢かれたはずの玲は、痛みもなく、何かに揺られる振動で目を覚ました。
「んー、もうっ。極上のド変態をゲットしてくる予定だったのにぃっ。この子ったら余計なことしてくれちゃって!」
頭上で女言葉の野太い声がする。
玲はその声の主に、小脇に抱えられているようだった。
視界に入るのはピンク色の床と同色の壁。コツコツと音を立てて歩く、かかとの尖った黒い編み上げブーツ。
胴に巻き付いているむき出しの腕は、玲の腰よりまだ太い。
「あのー?どちらさまでしょうか?」
「きゃっ、びっくりした!もう気がついたの?!かわいい顔して、案外図太い魂してるわねっ」
玲が話しかけると、相手はびくっと大げさに反応した。けれどひどい物言いに反してソフトな仕草で、いつのまにか目の前に出現したソファに玲の体を下ろしてくれた。
ソファは薄いピンクの小花柄である。壁も天井もピンク。目がチカチカしてきた。
「聞いて驚きなさい!アタシはね!」
玲の前でシナを作り腰をキュッとあげドヤ顔をした人物を、呆然と見上げる。
身長は2メートルはあるだろう。
濃いピンク色の髪をオールバックにし、顔にはきっちりハッキリメイクを施している。
ボディビルで世界一間違いなしのツヤツヤムキムキマッチョボディに纏うのは、ショッキングピンクのハイレグレオタード。大胸筋には真っ赤なスパンコールをハート型に施している。
──あ、このひと、さっきのトラックだ。
状況についていけないながらも玲は直感した。
持ち主だとか運転していたであろう、ではなく、イコールである。理由はともかく、確信を持って言える。
ひとがトラックになったのか、トラックがひとになったのか、ぐるぐる考えながら瞬きする玲に構わず、ピンクの巨人はおもむろに歌い出した。
「ルルル~♪オカマ~~♪ルルル~~♪」
バレエのピルエットのようにくるん、くるん、と回った後、空気を裂くようなキレ味で鳥っぽいポーズを決める。
「このアタシこそ愛と自由の女神!オルカルマールさまよっ!!」
愛と、自由の、女神?
いや女神って、じゃあその股間でもっこりしてるのなんなの、とか。
そもそも自分でオカマだって言ってたじゃねーか、とか。
見た目完全に妖怪だろ、とか。
いつもなら玲を守るように前に立ち、弾丸のようなツッコミを入れる筈のナイトはいない。
「オルカルマール、さま?僕は師走玲です。はじめまして」
名乗ってくれた相手には挨拶しなくてはと、玲はにこりと微笑んだ。
オルカルマールの目が驚きに見開かれる。
「え、やだこの子。全然動じないわ。そりゃ魂強いわー、転移に耐えられるわけだわー…」
「てんい…?とはなんでしょうか?」
「アラ、そこからなの?アナタ『異世界転生』とか聞いたことない?今流行ってるでしょ、漫画とかアニメとかラノベとか」
問いに問いで返された玲は、少し思案してから首を横に振った。アニメは見ないし、読書は好きだが漫画は持っていないしラノベが何かわからない。
玲の好みは歴史書や世界遺産の写真集、それと動物図鑑である。
「うそでしょ」と呟いたオルカルマールは盛大な溜息をつきながら、いつのまにか玲の向かいに出現した豪奢な椅子─これもピンクだが─に腰を下ろした。
「異世界……というと死後の世界…」
「違うわよ!それはアナタがいた世界の範疇でしょ!」
「トラックたちが楽しく暮らすメルヘン世界……?」
「どっから来たのよトラック!!っていうかメルヘンのメの字もないじゃないっ!!」
オルカルマールは片手で顔を覆った。
これまでオルカルマールが選んで連れてきた魂は大した説明も待たずに『異世界キター!!Yaッhooooooo!!!』と喜びもあらわにこの部屋を飛び出して行ったというのに。
やれやれと息を吐き、オルカルマールはこてんと華奢な首を傾げた少年を改めて見つめた。
まっすぐにサラサラと流れる黒髪は、両サイドと襟足が長めに整えられている。ぱちりと見開けば愛らしさが際立つ目はよく見れば切れ長でもあり、長い睫毛を少し伏せた瞬間は息をのむほど色気がある。
オルカルマール・ゴッド・アイの分析では、160㎝、40kg。小さな顔やすらりと伸びた手足は理想的な比率だろう。
これは、とんでもないものを拾ってしまったかもしれない。
こほん、ん、ん、と軽い咳払いしたオルカルマールは、居住まいを正して玲に向き直った。
「…最初から、きちんと説明するわね。ええと…シャ、しぁーす…言いにくいわね!アンタの名前!」
「玲でいいです。師走は苗字なので」
「レイ…では、レイ・シャスね。アタシの世界では、ファミリーネームは後よ」
改名されてしまった。
苦笑しつつそこは流して、玲は「オルカルマールさまの世界?」と、気になったワードを尋ねる。
「そうよ」
言いながら、オルカルマールがさっと片手を振る。すると玲との間に、大理石でできたテーブルとティーセットが現れた。言わずもがな、どちらもピンクである。
「わあ、魔法みたいですね」と喜ぶ玲に気を良くし、オルカルマールは胸を張った。発達した大胸筋がぴくぴくと動く。
「魔法みたいじゃなくて魔法よ。ここは魔法あり、笑いあり、涙あり!偉大なるアタシが創った、愛と自由あふれるバインディーディアという世界なの」
そう高らかに宣言するオルカルマールに「そうなんですかー」とわかったようなわからないような返事をしつつ、玲は二人分のカップにポットの中味を注いでいく。
玲にとっては目上の者への気遣いであったが、オルカルマールに「ホンットぶれない子ね…」と呆れられてしまった。
「本当はね」
気を取り直した太い指が繊細なカップを持ち上げ、中味を一口含んだ。小指はもちろん立てている。
「レイの兄さんをひき殺してから連れてくるつもりだったの」
「え……っ」
ここで初めて玲の頬が青ざめた。
そうだ。玲はトラックにひかれそうな兄をかばって無謀にも飛び出したのだ。その結果どうなったかわからないまま、なぜかオルカルマールと対峙している。
玲はカップを持とうとした自分の指先が震えているのに気づいて止め、膝の上でぎゅっと握りこんだ。
「だって、あっちの世界じゃ生きにくいでしょ?あの子。このままいけば絶対、レイのこと監禁して凌辱三昧して、犯罪者になるのは目に見えてるわ」
えぇー…あー…そのーぅ…。玲が何かもごもごと口にしようとするが、言葉にならない。
玲が3才児の時から7年に渡る調教、引き離されてもめげずに2年間毎日ラブエロメール。
確かに玲の兄は、若干17才にして筋金入りの変態だった。
大好きな兄をフォローしようもなく困り顔の玲に、オルカルマールはバチコーンと音がしそうなウィンクをかます。
「で・も・ねっ。アナタの世界ではド変態の犯罪者でも、アタシのバインディーディアは自由な愛を謳歌できる素晴らしい世界だから大丈夫!変態どんと来いよっ。飼えばいいのよ何人でも!愛し方は自由なのよ!オーホホホホ!」
「え、えええぇえ~…」
さらにオルカルマールが語るには、兄ほどの変態度を持つ魂ならば転生しても更生できないので、一度死なせて玲への執着を絶ってからバインディーディアに生まれ変わらせるつもりだったらしい。そして思う存分変態としての人生を生きてほしいと。
もしかしてバインディーディアとは、変態しかいない世界なのだろうか。
どうにも『異世界』や『オルカルマールの愛と自由の世界』のイメージがつかない。
「むむむ」とうなった玲はカップに入った中味、ローズヒップティーに、ようやく口をつけた。
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