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2話

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「…と、言うわけで、乳首はまだ開発されていません」
「……いや、問題はそこじゃないだろ」
「………そう?」
首を傾げ、師走 玲(しわす・れい)は隣を歩く乳兄弟を見つめた。彼は眉間にしわを寄せ、「ド変態のくそ野郎め、イケメンにはロクなヤツがいねえな」とぶつぶつ文句を言っている。
西の空は茜色。
日の入りの早い12月の下校時刻は夕焼けに染まり、にぎわう子供たちの影を長く伸ばす。
「…で、全寮制の中高一貫校にぶち込まれたわけか」
「うん、隣県の勝風院。編入試験受かってすぐ入寮して、期末試験で学年10位以内じゃないと帰省もなし」
「無理ゲーか!偏差値、全国でもトップ3に入るだろあそこ!…あぁ、天才となんとかは紙一重って」
「えー、ひどい。兄さまは頭いいんだよ?今年の前期は学年13位だって。もうちょっとだね」
乳兄弟の遠慮のない言い方にくすくすと笑ってから、玲は小さくため息をついた。
あれから2年。兄がいないのは、少し寂しい。メールは来るけど。すごい来るけど。ちなみに、なぜか通話するのは禁止されている。
変態調教性生活はまあ、ともかく。代々大きなグループ会社を経営する師走家の両親は、愛情深く心配性だけど、家にはほとんどいなかった。数日会わないこともある。
3才までは乳母と乳兄弟が住み込みでいたけれど、未亡人だった乳母が再婚して退職してからは、広い屋敷に兄と二人きり。
でも寂しさを感じる隙間もなく、『玲ちゃんかわいい』『玲ちゃん大好き』と、いつも甘々に甘やかしてくれたのは五つ年上の兄だった。
玲が兄を慕うのは仕方がない。赤ん坊のころから額に、頬にとキスの雨を降らせていた兄に、いつしか舌を入れられても嫌な気持ちも起こるはずがない。
でもそれを言うと、隣の乳兄弟はくっきりと男らしい眉をひそめた。
「いや、そこは嫌がれよ。変態兄きの思うつぼだろ。お前がなにもわからない内に手ぇ出すとかないわー。俺ら12才だぞ?せめてもう少し待てっつーの」
そう畳みかけるように彼が兄を悪く言うのは、ちょっと常識からずれた玲を心配してのことだ。学校ではいつも玲を気にかけ、足りないところを補ってくれる。
厳しく眉を寄せたまままっすぐ見つめてくる瞳に、玲はふっと微笑みを返した。
「ありがと」
言いながら、軽く肩で彼の腕を小突く。
「…うっせぇよ」
ぷいとそらした彼の耳が赤いのは、照れているせいか夕焼けのせいかわからなかった。
そうして二人が歩いていると、チリンチリンと後ろから自転車の鈴の音がして、反射的に歩道の脇へ体を寄せる。振り返ると、同じクラスの女の子だった。片手を上げてぶんぶんと手を振っている。
「姫ー!バイバーイ!」
「うん、また明日ね」
「ナイトもね~」
「やめろ!ナイトっつうな!ちゃんと前見ろ!」
ひゅん、と通り過ぎて、「ナイトおやじくさーい」と笑う声が遠くなる。それを見送って、玲は軽く首を傾げた。
「…そういえばどうして僕のあだ名、『姫』なのかな」
思えば小学校1年の時から、かれこれ5年も呼ばれている。
「お前……今更過ぎるだろそれ…」
品良くおっとりと呟く玲の自覚のなさに、姫のナイト認定されている少年は深いため息を吐いた。
整った容姿はもちろん、笑みを絶やさず丁寧な物腰。
怒らず泣かず荒ぶりもせず品行方正、それでいて無邪気で朗らか。
小学校の入学式早々、『あのこお姫さまみたい』と誰かが言い出し、すぐに定着してしまったのだ。
ひょろりと背が伸び始めた最近は、他校の生徒に『王子』と呼ばれているらしい。
「れーーーーーい、ちゃーーーーーーぁあああん!!!」
「にいさま!?」
「うげぇっ!」
突然響いた遠くからの雄たけびに、二人はそれぞれ趣の違う驚きの声を上げた。
噂をすればなんとやら。片側二車線、行き交う車の向こう側に、大きく両手を振り回す玲の変態兄貴がいた。
「うわぁ、兄さま背が伸びた…」
玲は花がほころぶような笑みを浮かべ、顔の横くらいの高さで手を振り返す。
と、その場でぴょんぴょんと跳ねた兄は、おもむろにその長い足でガードレールをひょいと跨いだ。
確かに横断歩道も歩道橋も近くにない、が。車道横断ダメ、絶対。
「兄さまあぶないよ!」
「……やっぱ紙一重……いや、バカのほうに振り切ってんな…」
振り切れてしまってはいるが、ちゃんと車が途切れた瞬間を狙ってすいすいと確実に近づいてくる。
変態兄は中央分離帯を乗り越えた。
「うっわぁ~…逃げてぇ…つうかお前が逃げろ、姫」
「兄さま…学年10位に入れたのかな……」
「聞いちゃいねえ!」
玲もガードレールに手をかけて身を乗り出し、振り切れた変態兄の危険行動を見守っている。
「玲ちゃん今行くよ~」と自動車がぶんぶん行きかう車道の中央分離帯で、変態兄はすこぶるいい笑顔を浮かべた。
その時急に、時間的にも通行量の多い道が、ふっと静かになる。視認できる範囲に一切の車両がいなくなった。
今だ、と玲が頷き、両手を広げて抱き着く気満々の兄が駆け出す、その瞬間。
玲の視界の端に、電飾だらけのトラックが映った。
「兄さま、危ない!」
「姫、行くな…っ!」
「玲ちゃん!?」
突然現れたトラックに対し、いち早く反応したのは玲だった。止めようとしたナイトの手が空をつかむ。玲しか見ていなかった変態は、何が起きたかわからず立ちすくむ。
強い衝撃を受け、玲の意識は、なぜかショッキングピンク一色に塗りつぶされた。

──ピンクのトラックにハートのデコレーション…なんかすごい──

そこで玲の思考はぷつりと途切れた。


◆────────────────────────────────────◆

兄、年齢は決めたけど名前はまだありません。
ナイトは内藤です。姫のそばにいる内藤だからナイト。
なかなか進まなくてわきわきするので、文体がいい加減になるかも、いやもうなって、な、なるでしょう。
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