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緑の星の二つ華
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惑星ヴェルデ
獅子座星系に存在する地球型惑星。
惑星改造不要で地球人類が生存可能な惑星だが、原生生物保護の為、原則立ち入りを禁じられている環境保護惑星である。
『CCより巡回各員に伝達。ポイントKにて、所属不明AG確認。チームインフェルノ交戦開始。急行せよ。』
『チームトマホーク了解。』
『チームハヌマーン急行する。』
『チームソードフィッシュ了解した。』
『サンダードラゴン向かう。』
原生林を駆ける身長二十mの鋼の巨人達。
AGは、宇宙に進出した地球人類がさまざまな悪環境を切り開き、その生存域を拡大するにあたり開発され、運用されてきた人型兵器だ。
既に星間どころか、星系間銀河間文明を築いていた高度文明との闘争に際しても、力を発揮した直接操縦型ロボット。
高度文明にボロ負けしながらも、滅亡や隷属を免れたのは、画一的性能の自動兵器ではなく個別の技量による多用性を持つ、この兵器の評価が高かったからと言われている。
その証拠に、AGを製造販売する企業は地球企業に留まっていない。
地球人類が、外惑星系まで進出を許されて地球時間でたった二百年。いまや高度文明企業まで合わせて、大小千を越えるAG専門メーカーが鎬を削る有り様だ。
もっとも、それらを軍の正式装備としているのはやはり地球文明位である。
いまや、その闘争本能の強さと、戦場適応能力の高さから紛争抑止、解決戦力として地球文明傭兵は欠かせない存在となっている程であり、他文明、とりわけ高度文明の中核を担う種族からは『猛毒野蛮人』と揶揄されている程だ。排斥を望む声も、少なからず存在している。
『CCより巡回各機へ。チームインフェルノ、反応途絶。全滅した模様。注意されたし。繰り返す。チームインフェルノ反応途絶。注意されたし。』
「なんだと!?」
交戦開始から僅か数分での全滅判定。
有り得ない程の早さに、急行していた巡回チーム各機は思わず停止した。
この環境保護惑星には北半球に四ヶ所、南半球に三ヶ所、保全の為の観測基地と保安戦力が存在している。
惑星固有の生物や、貴重な鉱物資源その他を密猟、採掘しようとする犯罪組織や、裏企業に対抗する為だ。
一つの基地につき五機編成のチームが五チームと自動兵器三十機が所属し、日々警戒に当たっている。
今回の異変は、丁度基地ディステル所属のチームインフェルノと、チームトマホークの定時巡回時に起きた。
予備戦力として待機中だったチームサンダードラゴンと、緊急出撃したハヌマーン、ソードフィッシュは巡回中のチームトマホークと合流し、警戒しながらポイントへと向かう。
「トマホーク1からCC。ポイントJ進入。」
『CCからトマホーク1、ポイントJ進入了解。基地ケルートゥより、入電。オーカス00がそちらに向かっている。ポイントQより挟撃ルート。繰り返す、オーカス00、ポイントQより挟撃。』
「チッ!聞いたか、野郎共!余所者なんぞに獲物を盗られんな!」
「ったりめーだ!」
「腰抜けバーミリオンに酒、奢らせてやんぜ!」
チームインフェルノのリーダーであるバーミリオン・ロスフェスは、地球文明政府中級官僚の四男坊だ。
AGのコックピットブロックは滅多な事では破損しないので、死んではいないだろうから、と言う事らしい。
他基地からの援軍が到着する前に片を付けてしまえば、一チーム全滅の失点も、最小限で済むし、ボンボンの個人的資産で穴埋めしてもらうだけだ。
ポイントJとポイントKの間に横たわる黒い海を、ホバーで駆け抜けながら陣形を組む。チーム違いでもそのくらい出来なくて、地球文明の傭兵と名乗る事は出来ないだろう。
「クソッ!降って来やがった!」
ポイントJ通過中より、目標のポイントK付近の雲が分厚い雨雲なのは見て取れていたが、それでも悪態の一つも吐きたいのが人情か。
それも宜なるかな。
惑星ヴェルデは地球型環境ではあるが、地球より遥かに過酷である。
特にポイントKは熱帯雨林地帯であり、雨の降り方が激しい。一旦降りだせば、少なくともノーマルカメラは役に立たず、場合によって、もっと深刻な状況を招いてしまう。
『クソがっ!!』
通信機越しにハヌマーン4の悪態が聞こえてきた。やや遅れてトマホーク1のコックピットにも警告音が鳴る。
『光量子拡散係数上昇』
現行AGの主力兵装である光量子系非実体兵器は、高度文明との遭遇初期に、鹵獲した戦闘用自動兵器を解析して獲得された技術である。
その出力、威力、汎用性はそれまで地球文明兵器の主流であった実体兵器と、宇宙空間での運用を主眼に作られていた光線兵器を凌駕する。
しかし、大気圏内で運用する場合には適さない環境が幾つか存在していた。
均一化されていない、水分子と水そのものが激しく入り交じる環境。即ち高温多湿下の豪雨等だ。
「インフェルノがヤられたのは、コレが理由か?」
チームインフェルノは、全機が最新のAGメーカー『RSIANRO』のモノだった。高度文明系のメーカーであり、その兵装は携行武器からシールドに至るまで、総フォトン系だった筈だ。
ハヌマーンの機体は地球文明系だが、武装はフォトン系。特にハヌマーン4は長射程のライフルを得意にしていた。
トマホーク、ソードフィッシュは地球文明系の機体に、フォトン系主兵装と、近接用実体兵器、シールドはフォトン系と物理合金製のコンバーチブル式。
サンダードラゴンは高度文明系の型落ち機体で、総フォトン系なのでインフェルノより条件が悪い。
「不味いな…しかし、有り得ない数値だ。」
補助AIによる戦力判定は40%近くまで落ち込んでいた。
「…ただの雨じゃ、無い? CC応答せよ!こちらトマホーク1!CC!応答せよ!」
視界などまったく効かない豪雨の中、巨大な人型と、虫の様な物がぶつかり合う。
人型は、トマホーク1だった。
周囲に転がるのは、既に敗れた者達。
人型であった物が十九。
丸みを帯びた甲虫に似た物が八。
トマホーク1は近接戦闘用の片手戦斧と森林伐採用の合金マチェットを巧みに使い、よく凌いではいたが、既にあちこちから火花が散り、動きも悪くなっている。
対して虫型の方は青白い光を帯びた爪を備えた腕が、一本ダラリと垂れ下がっているものの、残る三本の腕は健在。更にほぼ無傷の同型が七体、見守る様に戦う二体を囲んでいた。
やがて抵抗するトマホーク1を、虫型が三腕で抱き締める様にホールドする。
その頭部が展開し、まるでミンチメーカーの様な回転する顎が姿を表し、トマホーク1の頭部を粉砕しに掛かかった。
人型と言ってもAGだ。その頭部にコックピットは存在しないが、各種センサーと、通信装置などの繊細な機構が破壊されれば、動きが取れよう筈も無い。
トマホーク1は、逃れる為に抵抗を続けてはいるが、膂力に勝る虫型に押さえ込まれてしまう。
至近距離でのかくし球であったフォトン系射撃武器が、腰部装甲の展開部から発射され、虫型に命中してはいる。
しかし、虫型は意にも介していなかった。減衰しているとはいえ、それなりの出力で、しかも、至近距離から射たれているのに、だ。
丸みを帯びた機体表面を、撃ち込まれたフォトンが滑る。
「畜生め!」
モニターいっぱいに広がる粉砕機に、トマホーク1のコックピットで悪態を吐く。
いっそ、嫌がらせに自爆でもしてやろうか。コックピットブロックごと自分の命も終わるかも知れないが、地球文明系AGのコックピットはそう簡単には壊れない。虫型野郎共は倒れた僚機の胸部を執拗に撃っていた。それでただ死ぬのなら、一泡吹かせてやる方が何万倍もマシだ。
自爆シークエンスを実行しようとした、まさにその時である。
「っつ!?何だ!」
かろうじてモニターは、粉微塵に砕かれた虫型の頭部を映し出していた。
外部の振動、衝撃をシャットアウトする筈のコックピットブロックにあって、ビリビリと伝わってくる振動。
「雨が止んだ?」
仰向けに倒れて行く虫型。
トマホーク1も倒れかけるが、オートバランサーが良い仕事をしたらしい。
なんとか踏ん張ると、周囲の敵機を確認。
「いけるか!?」
大気圏内用ホバーだけでなく、大気圏外用のスラスターまで全開。ショートジャンプで、敵機の間をすり抜ける。距離を取り、何でも良いから武器を拾う事が出来れば、生き残る目が出てくる。
転がっていたソードフィッシュ3のラピッドライフルを拾い上げ、構えようとした時、トマホーク1はようやく何故自分が助かったのかを知った。
「…でけぇ…あれが、オーカス00か…」
やや離れた丘陵に陣取るモスグリーンの巨体。
地球人類が、高度文明に喧嘩を売った黎明期に造り出された対艦機動兵器。
造られたのは、僅かに四機。
現存するのは、たったの二機。
博物館で展示されているという三番機は、実際の戦闘では使用されていないという兵器開発史の徒花。
全長は百mを越えている。歩行の為には役に立たないであろう脚部だけで、トマホーク1の二倍はあるだろうか。
四つ足と見紛う程、人型とかけ離れたフォルム。手足の生えた要塞といった偉容。
その両腕部は長大なバレル。
背面に背負う六門の砲塔は、戦艦の主砲そのものだ。
あまりの偉容に、思わず見入る。それは、どうやら虫型共も一緒であったらしい。そして、破壊者のパイロットには、その致命的な隙を見逃してくれる様な優しさの持ち合わせは無かったようだ。
六門の砲塔と、左腕が僅かに動く。
次の瞬間。
大気が爆発で震える。
再びコックピットブロックが振動し、トマホーク1は、なるほど雨を吹き飛ばすどころか砲撃の余波で雲を消し飛ばしたのか、と思わず納得してしまった。
そして、先程の砲撃で自分が生きているのは、直撃ではなく虫野郎の頭を文字通り掠めて撃ってくれたからだ、と理解する。
誰にでも、判る話だ。なにせ周囲にいた、ほぼ無傷だった筈の虫型は全て跡形もなく吹き飛んでしまったのだから。
「…マジか…」
思わず呟いた時、破壊者の右腕が天を指した。
「な!?」
思わず身を固くしたが、それは杞憂。
バレルの向く先には、レーダーにすら映っていなかった存在。
「船か!」
分厚い雨雲に隠れていたのであろう。丸みを帯びた甲虫に似たそれは、先程まで戦っていた虫野郎共と酷似している。間違いなく、連中の母艦だろう。
それは、逃げようとしたに違いない。
ただ、それは叶わぬ願いと言うものだ。
三度。大気が震え…
惑星ヴェルデ
基地ディステル戦闘レポート
ポイントKにて発生した所属不明AGとの遭遇戦は、後の調査で『反地球文明種族会議』の一派による、地球文明傭兵壊滅作戦の一環であった事が判明している。
対フォトンコーティング及びフォトンジャミング技術が使用されており、何処から流出したものかは、調査部の報告が待たれる。
当基地戦力の被害は以下の通り。
チームインフェルノ及びチームサンダードラゴンは全員死亡。
全機体全損。
特に機体胸部が徹底的に破壊されており、コックピットブロックが圧潰していた。
チームハヌマーン
チームソードフィッシュ
全機体全損。
コックピットブロックは無事であった為、肉体的負傷者は無し。
しかし、精神的に強いショックが認められる為に、メンタルケアプログラムが必要となっている。
チームトマホーク
全損×4
中破×1
チームハヌマーン、ソードフィッシュと同じく死者及び肉体的負傷者は無し。ただしチームリーダー以外は精神的ショックの為、メンタルケアプログラムが必要。
当基地の有人AG戦力は事実上壊滅しており、戦力補充は急務となっている。
「…すっかり暇になっちまったなぁ。」
相棒は修理中。
部下も同僚も、復帰出来る目処すら立たず。いやみと自慢を聞き流していれば、酒を奢ってくれるボンボンに至っては墓の下…どころか、親でも判別出来ない有り様だったと聞く。
おそらく、補充の連中が到着したら契約解除になるだろう。
「割りの良い仕事だったんだがなぁ…」
「ならば、うちに来ませんか?」
「おわぁ!?」
基地の通路をぼやきながら歩いていたら、いきなり背後から声を掛けられる。
嫌なシチュエーションである。
思わず声を上げて飛び退けば、基地にはまったくそぐわない、ビジネススーツの男が胡散臭い笑みを浮かべていた。
「だ、誰だ!?」
「私、こういう者で御座います。」
『WV傭兵斡旋コンサルタント』
「バルドルと申します。お見知りおきを。現在、基地ケルートゥの軍事部門採用担当者を務めています。」
「マジか。」
「マジです。」
胡散臭いとか思って悪いことをしたなぁ。などと調子の良い事を考えつつ、話を聞く体勢になる。いやいや、出来れば何処かでお茶でも飲みながら…
「実は、推薦がありまして。」
「推薦?」
誰だろう?
自慢じゃないが、こちとら人に好かれる様な事は、とんと覚えがない。
「オーカス00のパイロットから、ご指名です。」
「オーカスの…」
「貴方、礼状を送ったでしょう。」
「そりゃ、まあ、助けられたのは間違いないからな。」
任務での事は、普通お互いに水に流して無かった事にするのが、建前ってやつだ。良い事も、悪い事も。
「ですが、貴方は礼状を送った。」
「俺だけじゃ無ぇ、部下も同僚も助けられたんだ。流石に任務だから、で流せねぇよ。」
バルドルは、ニンマリと笑う。
ヤバい、やっぱりこいつは胡散臭い奴だ。
「実に立派な戦績です。旧型と言われる機体で遠近そつなくこなし、指揮も、執れる。」
「オールラウンダーなんか、珍しくも無いだろうが。」
実際、一芸に秀でたものがある方が、高い評価を受ける。俺のようなオールラウンダーなんかはいくらでも替えのきく消耗品だ。
相棒も、オーカス00とは比べ物にならず、悪い意味で十分骨董品呼ばわりされる『ヒノモト』製の改装派生品。
正直、破壊者のパイロットがこっちを名指し、と言われてもピンとこない。
「理由が判らん。」
「では、直接聞いてみますか?」
結局、俺はケルートゥに移籍となった。
なにかと基地の一角に押し込められがちになるのが、地球傭兵の常なのだが、ケルートゥは地球文明系と高度文明系が仲良く同居した、ちょっと見ない場所だった。正直、ディステルより遥かに条件が良い。
「各種リゾートやら、温泉施設やら、一体どうなってやがるんだか…」
明らかに基地の面積を越えている施設が山程ある。まあ、高度文明系技術万歳って所だろうが。
「まあ、いいか。」
「そうよ。気にしない♪」
腕を引っ張る水着美女。
まさか破壊者のパイロットが妙齢の黒髪美女だとは、恐れ入った。
「ディナは人の事、言えないでしょ。こんなにちっちゃくて、可愛いのに。」
「ちっちゃい言うな!れっきとした大人だぞ!」
「そうよね~、もいでやろうかしら。」
止めろ!つつくな!好きで育ったわけじゃねぇ!こっちだって、タッパのが欲しかったわ!
「いやはや、なかなかの拾い物でした。まさか桜歌さんがあんなに懐くとは…」
『楽しそうだな、バルドル。』
「ディナさんが来てから、オーカスの単独運用をしなくて済むので、助かっていますからね。」
『お前が上機嫌という事は、今期決算は黒字増なんだな?』
「それはもう。」
『判りやすいな。我利我利亡者か。』
「当たり前でしょう。うちは企業なんですから。」
『はいはい。夢の無い野郎だね。まったく…』
「ボス…何を言っているんです?曲がりなりにも、ここは戦場なんですよ?戦場で夢を見てどうするんです。兵士は戦い、企業は稼ぐ。浪漫なんか作家に任せておけば良いんですよ。」
獅子座星系に存在する地球型惑星。
惑星改造不要で地球人類が生存可能な惑星だが、原生生物保護の為、原則立ち入りを禁じられている環境保護惑星である。
『CCより巡回各員に伝達。ポイントKにて、所属不明AG確認。チームインフェルノ交戦開始。急行せよ。』
『チームトマホーク了解。』
『チームハヌマーン急行する。』
『チームソードフィッシュ了解した。』
『サンダードラゴン向かう。』
原生林を駆ける身長二十mの鋼の巨人達。
AGは、宇宙に進出した地球人類がさまざまな悪環境を切り開き、その生存域を拡大するにあたり開発され、運用されてきた人型兵器だ。
既に星間どころか、星系間銀河間文明を築いていた高度文明との闘争に際しても、力を発揮した直接操縦型ロボット。
高度文明にボロ負けしながらも、滅亡や隷属を免れたのは、画一的性能の自動兵器ではなく個別の技量による多用性を持つ、この兵器の評価が高かったからと言われている。
その証拠に、AGを製造販売する企業は地球企業に留まっていない。
地球人類が、外惑星系まで進出を許されて地球時間でたった二百年。いまや高度文明企業まで合わせて、大小千を越えるAG専門メーカーが鎬を削る有り様だ。
もっとも、それらを軍の正式装備としているのはやはり地球文明位である。
いまや、その闘争本能の強さと、戦場適応能力の高さから紛争抑止、解決戦力として地球文明傭兵は欠かせない存在となっている程であり、他文明、とりわけ高度文明の中核を担う種族からは『猛毒野蛮人』と揶揄されている程だ。排斥を望む声も、少なからず存在している。
『CCより巡回各機へ。チームインフェルノ、反応途絶。全滅した模様。注意されたし。繰り返す。チームインフェルノ反応途絶。注意されたし。』
「なんだと!?」
交戦開始から僅か数分での全滅判定。
有り得ない程の早さに、急行していた巡回チーム各機は思わず停止した。
この環境保護惑星には北半球に四ヶ所、南半球に三ヶ所、保全の為の観測基地と保安戦力が存在している。
惑星固有の生物や、貴重な鉱物資源その他を密猟、採掘しようとする犯罪組織や、裏企業に対抗する為だ。
一つの基地につき五機編成のチームが五チームと自動兵器三十機が所属し、日々警戒に当たっている。
今回の異変は、丁度基地ディステル所属のチームインフェルノと、チームトマホークの定時巡回時に起きた。
予備戦力として待機中だったチームサンダードラゴンと、緊急出撃したハヌマーン、ソードフィッシュは巡回中のチームトマホークと合流し、警戒しながらポイントへと向かう。
「トマホーク1からCC。ポイントJ進入。」
『CCからトマホーク1、ポイントJ進入了解。基地ケルートゥより、入電。オーカス00がそちらに向かっている。ポイントQより挟撃ルート。繰り返す、オーカス00、ポイントQより挟撃。』
「チッ!聞いたか、野郎共!余所者なんぞに獲物を盗られんな!」
「ったりめーだ!」
「腰抜けバーミリオンに酒、奢らせてやんぜ!」
チームインフェルノのリーダーであるバーミリオン・ロスフェスは、地球文明政府中級官僚の四男坊だ。
AGのコックピットブロックは滅多な事では破損しないので、死んではいないだろうから、と言う事らしい。
他基地からの援軍が到着する前に片を付けてしまえば、一チーム全滅の失点も、最小限で済むし、ボンボンの個人的資産で穴埋めしてもらうだけだ。
ポイントJとポイントKの間に横たわる黒い海を、ホバーで駆け抜けながら陣形を組む。チーム違いでもそのくらい出来なくて、地球文明の傭兵と名乗る事は出来ないだろう。
「クソッ!降って来やがった!」
ポイントJ通過中より、目標のポイントK付近の雲が分厚い雨雲なのは見て取れていたが、それでも悪態の一つも吐きたいのが人情か。
それも宜なるかな。
惑星ヴェルデは地球型環境ではあるが、地球より遥かに過酷である。
特にポイントKは熱帯雨林地帯であり、雨の降り方が激しい。一旦降りだせば、少なくともノーマルカメラは役に立たず、場合によって、もっと深刻な状況を招いてしまう。
『クソがっ!!』
通信機越しにハヌマーン4の悪態が聞こえてきた。やや遅れてトマホーク1のコックピットにも警告音が鳴る。
『光量子拡散係数上昇』
現行AGの主力兵装である光量子系非実体兵器は、高度文明との遭遇初期に、鹵獲した戦闘用自動兵器を解析して獲得された技術である。
その出力、威力、汎用性はそれまで地球文明兵器の主流であった実体兵器と、宇宙空間での運用を主眼に作られていた光線兵器を凌駕する。
しかし、大気圏内で運用する場合には適さない環境が幾つか存在していた。
均一化されていない、水分子と水そのものが激しく入り交じる環境。即ち高温多湿下の豪雨等だ。
「インフェルノがヤられたのは、コレが理由か?」
チームインフェルノは、全機が最新のAGメーカー『RSIANRO』のモノだった。高度文明系のメーカーであり、その兵装は携行武器からシールドに至るまで、総フォトン系だった筈だ。
ハヌマーンの機体は地球文明系だが、武装はフォトン系。特にハヌマーン4は長射程のライフルを得意にしていた。
トマホーク、ソードフィッシュは地球文明系の機体に、フォトン系主兵装と、近接用実体兵器、シールドはフォトン系と物理合金製のコンバーチブル式。
サンダードラゴンは高度文明系の型落ち機体で、総フォトン系なのでインフェルノより条件が悪い。
「不味いな…しかし、有り得ない数値だ。」
補助AIによる戦力判定は40%近くまで落ち込んでいた。
「…ただの雨じゃ、無い? CC応答せよ!こちらトマホーク1!CC!応答せよ!」
視界などまったく効かない豪雨の中、巨大な人型と、虫の様な物がぶつかり合う。
人型は、トマホーク1だった。
周囲に転がるのは、既に敗れた者達。
人型であった物が十九。
丸みを帯びた甲虫に似た物が八。
トマホーク1は近接戦闘用の片手戦斧と森林伐採用の合金マチェットを巧みに使い、よく凌いではいたが、既にあちこちから火花が散り、動きも悪くなっている。
対して虫型の方は青白い光を帯びた爪を備えた腕が、一本ダラリと垂れ下がっているものの、残る三本の腕は健在。更にほぼ無傷の同型が七体、見守る様に戦う二体を囲んでいた。
やがて抵抗するトマホーク1を、虫型が三腕で抱き締める様にホールドする。
その頭部が展開し、まるでミンチメーカーの様な回転する顎が姿を表し、トマホーク1の頭部を粉砕しに掛かかった。
人型と言ってもAGだ。その頭部にコックピットは存在しないが、各種センサーと、通信装置などの繊細な機構が破壊されれば、動きが取れよう筈も無い。
トマホーク1は、逃れる為に抵抗を続けてはいるが、膂力に勝る虫型に押さえ込まれてしまう。
至近距離でのかくし球であったフォトン系射撃武器が、腰部装甲の展開部から発射され、虫型に命中してはいる。
しかし、虫型は意にも介していなかった。減衰しているとはいえ、それなりの出力で、しかも、至近距離から射たれているのに、だ。
丸みを帯びた機体表面を、撃ち込まれたフォトンが滑る。
「畜生め!」
モニターいっぱいに広がる粉砕機に、トマホーク1のコックピットで悪態を吐く。
いっそ、嫌がらせに自爆でもしてやろうか。コックピットブロックごと自分の命も終わるかも知れないが、地球文明系AGのコックピットはそう簡単には壊れない。虫型野郎共は倒れた僚機の胸部を執拗に撃っていた。それでただ死ぬのなら、一泡吹かせてやる方が何万倍もマシだ。
自爆シークエンスを実行しようとした、まさにその時である。
「っつ!?何だ!」
かろうじてモニターは、粉微塵に砕かれた虫型の頭部を映し出していた。
外部の振動、衝撃をシャットアウトする筈のコックピットブロックにあって、ビリビリと伝わってくる振動。
「雨が止んだ?」
仰向けに倒れて行く虫型。
トマホーク1も倒れかけるが、オートバランサーが良い仕事をしたらしい。
なんとか踏ん張ると、周囲の敵機を確認。
「いけるか!?」
大気圏内用ホバーだけでなく、大気圏外用のスラスターまで全開。ショートジャンプで、敵機の間をすり抜ける。距離を取り、何でも良いから武器を拾う事が出来れば、生き残る目が出てくる。
転がっていたソードフィッシュ3のラピッドライフルを拾い上げ、構えようとした時、トマホーク1はようやく何故自分が助かったのかを知った。
「…でけぇ…あれが、オーカス00か…」
やや離れた丘陵に陣取るモスグリーンの巨体。
地球人類が、高度文明に喧嘩を売った黎明期に造り出された対艦機動兵器。
造られたのは、僅かに四機。
現存するのは、たったの二機。
博物館で展示されているという三番機は、実際の戦闘では使用されていないという兵器開発史の徒花。
全長は百mを越えている。歩行の為には役に立たないであろう脚部だけで、トマホーク1の二倍はあるだろうか。
四つ足と見紛う程、人型とかけ離れたフォルム。手足の生えた要塞といった偉容。
その両腕部は長大なバレル。
背面に背負う六門の砲塔は、戦艦の主砲そのものだ。
あまりの偉容に、思わず見入る。それは、どうやら虫型共も一緒であったらしい。そして、破壊者のパイロットには、その致命的な隙を見逃してくれる様な優しさの持ち合わせは無かったようだ。
六門の砲塔と、左腕が僅かに動く。
次の瞬間。
大気が爆発で震える。
再びコックピットブロックが振動し、トマホーク1は、なるほど雨を吹き飛ばすどころか砲撃の余波で雲を消し飛ばしたのか、と思わず納得してしまった。
そして、先程の砲撃で自分が生きているのは、直撃ではなく虫野郎の頭を文字通り掠めて撃ってくれたからだ、と理解する。
誰にでも、判る話だ。なにせ周囲にいた、ほぼ無傷だった筈の虫型は全て跡形もなく吹き飛んでしまったのだから。
「…マジか…」
思わず呟いた時、破壊者の右腕が天を指した。
「な!?」
思わず身を固くしたが、それは杞憂。
バレルの向く先には、レーダーにすら映っていなかった存在。
「船か!」
分厚い雨雲に隠れていたのであろう。丸みを帯びた甲虫に似たそれは、先程まで戦っていた虫野郎共と酷似している。間違いなく、連中の母艦だろう。
それは、逃げようとしたに違いない。
ただ、それは叶わぬ願いと言うものだ。
三度。大気が震え…
惑星ヴェルデ
基地ディステル戦闘レポート
ポイントKにて発生した所属不明AGとの遭遇戦は、後の調査で『反地球文明種族会議』の一派による、地球文明傭兵壊滅作戦の一環であった事が判明している。
対フォトンコーティング及びフォトンジャミング技術が使用されており、何処から流出したものかは、調査部の報告が待たれる。
当基地戦力の被害は以下の通り。
チームインフェルノ及びチームサンダードラゴンは全員死亡。
全機体全損。
特に機体胸部が徹底的に破壊されており、コックピットブロックが圧潰していた。
チームハヌマーン
チームソードフィッシュ
全機体全損。
コックピットブロックは無事であった為、肉体的負傷者は無し。
しかし、精神的に強いショックが認められる為に、メンタルケアプログラムが必要となっている。
チームトマホーク
全損×4
中破×1
チームハヌマーン、ソードフィッシュと同じく死者及び肉体的負傷者は無し。ただしチームリーダー以外は精神的ショックの為、メンタルケアプログラムが必要。
当基地の有人AG戦力は事実上壊滅しており、戦力補充は急務となっている。
「…すっかり暇になっちまったなぁ。」
相棒は修理中。
部下も同僚も、復帰出来る目処すら立たず。いやみと自慢を聞き流していれば、酒を奢ってくれるボンボンに至っては墓の下…どころか、親でも判別出来ない有り様だったと聞く。
おそらく、補充の連中が到着したら契約解除になるだろう。
「割りの良い仕事だったんだがなぁ…」
「ならば、うちに来ませんか?」
「おわぁ!?」
基地の通路をぼやきながら歩いていたら、いきなり背後から声を掛けられる。
嫌なシチュエーションである。
思わず声を上げて飛び退けば、基地にはまったくそぐわない、ビジネススーツの男が胡散臭い笑みを浮かべていた。
「だ、誰だ!?」
「私、こういう者で御座います。」
『WV傭兵斡旋コンサルタント』
「バルドルと申します。お見知りおきを。現在、基地ケルートゥの軍事部門採用担当者を務めています。」
「マジか。」
「マジです。」
胡散臭いとか思って悪いことをしたなぁ。などと調子の良い事を考えつつ、話を聞く体勢になる。いやいや、出来れば何処かでお茶でも飲みながら…
「実は、推薦がありまして。」
「推薦?」
誰だろう?
自慢じゃないが、こちとら人に好かれる様な事は、とんと覚えがない。
「オーカス00のパイロットから、ご指名です。」
「オーカスの…」
「貴方、礼状を送ったでしょう。」
「そりゃ、まあ、助けられたのは間違いないからな。」
任務での事は、普通お互いに水に流して無かった事にするのが、建前ってやつだ。良い事も、悪い事も。
「ですが、貴方は礼状を送った。」
「俺だけじゃ無ぇ、部下も同僚も助けられたんだ。流石に任務だから、で流せねぇよ。」
バルドルは、ニンマリと笑う。
ヤバい、やっぱりこいつは胡散臭い奴だ。
「実に立派な戦績です。旧型と言われる機体で遠近そつなくこなし、指揮も、執れる。」
「オールラウンダーなんか、珍しくも無いだろうが。」
実際、一芸に秀でたものがある方が、高い評価を受ける。俺のようなオールラウンダーなんかはいくらでも替えのきく消耗品だ。
相棒も、オーカス00とは比べ物にならず、悪い意味で十分骨董品呼ばわりされる『ヒノモト』製の改装派生品。
正直、破壊者のパイロットがこっちを名指し、と言われてもピンとこない。
「理由が判らん。」
「では、直接聞いてみますか?」
結局、俺はケルートゥに移籍となった。
なにかと基地の一角に押し込められがちになるのが、地球傭兵の常なのだが、ケルートゥは地球文明系と高度文明系が仲良く同居した、ちょっと見ない場所だった。正直、ディステルより遥かに条件が良い。
「各種リゾートやら、温泉施設やら、一体どうなってやがるんだか…」
明らかに基地の面積を越えている施設が山程ある。まあ、高度文明系技術万歳って所だろうが。
「まあ、いいか。」
「そうよ。気にしない♪」
腕を引っ張る水着美女。
まさか破壊者のパイロットが妙齢の黒髪美女だとは、恐れ入った。
「ディナは人の事、言えないでしょ。こんなにちっちゃくて、可愛いのに。」
「ちっちゃい言うな!れっきとした大人だぞ!」
「そうよね~、もいでやろうかしら。」
止めろ!つつくな!好きで育ったわけじゃねぇ!こっちだって、タッパのが欲しかったわ!
「いやはや、なかなかの拾い物でした。まさか桜歌さんがあんなに懐くとは…」
『楽しそうだな、バルドル。』
「ディナさんが来てから、オーカスの単独運用をしなくて済むので、助かっていますからね。」
『お前が上機嫌という事は、今期決算は黒字増なんだな?』
「それはもう。」
『判りやすいな。我利我利亡者か。』
「当たり前でしょう。うちは企業なんですから。」
『はいはい。夢の無い野郎だね。まったく…』
「ボス…何を言っているんです?曲がりなりにも、ここは戦場なんですよ?戦場で夢を見てどうするんです。兵士は戦い、企業は稼ぐ。浪漫なんか作家に任せておけば良いんですよ。」
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