地仙、異世界を掘る

荒谷創

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40.弱者、抗う

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その事を知った時には、もう遅かった。
思えば、家族思いだった父が、突然狂った。そして、それを誰も止められなかった。
それだけでも、おかしい話だ。
いきなり兄弟で殺し合いを強いられ、生き残った。
別に一番強かった訳では無い。
逃げようとした姉や弟妹が射殺され、兄が自刃したからだ。
訳もわからぬまま、ただ剣を振り回していたら生き残ってしまった。
だから、王太子となったその日に、歪んだ笑みを浮かべて玉座に座る父を斬ったのだ。
簡単だった。誰も止めず、父も逃げなかったから。
父を斬り、そこで自らを処せれば、地獄が終わる筈だと思っていた。
だが、その地獄は、地獄のほんの入り口に過ぎなかったのだ。
父が息絶えた時から、己の身体は自分の意思で動かせなくなった。
あたかも子どもが遊ぶ糸繰り人形の様に。
戸惑い、混乱し、狂い行く自分に語りかけてきたのは自分が斬った父と、その周囲の者達だった。
父達もまた、自由を奪われ、操られていたのだ。血の涙を流して慟哭する事すら許されず、愛する者を殺し合わせる。

何者かに操られるまま、国の民を、戦友を殺し、守るべき西方の小国家を滅ぼし、女を犯し、捕らえた子供を戯れに生きたまま食らう。
その地獄すら生ぬるい日々。
その中で、息子が出来てしまった。
いつか、誰かに殺される事を望んでいた故に恐れていた事態。
幾人も犯した中で、もっとも抵抗し、力強かった女性武芸者が産んだ子供。
いつか自分への復讐を果たさせるべく、産み出された子。
父と自分がもっとも恐れた後継者。
なぜなら、この自由を奪う呪いは引き継がれてしまうからだ。
長い呪縛の中で、時折見る夢…
着飾った四人の女が次は何処を攻めさせよう、どんな絶望をつくろうかと笑いながら駒を動かす。
その駒が自分だと判った。
駒は死ぬと壊れるが、殺した側が子であった場合には、子の駒が縛られるのだ。

変化が現れた。
夢の中で、女達が遊戯台に着かなくなったのだ。
無人の遊戯台。
ふと、自分を縛る力が弱まっている事に気がついた。
完全に自由を取戻せはしないが、身体の行いをほんの少し自分の意思に近づけられる!
それは振り上げる剣を途中で止め、納められる程度であったが、確かに数十年ぶりに自分の身体を自分で動かせた瞬間であった。

歓喜だ!

自らを処せれば一番だが、それ程の勝手は出来ず。だが、元々定められていたであろう大規模な戦を、が一纏めとなって出陣する様に、攻める先を少数部族ではなく、こちらを力をもった相手に変える位は出来た。
十分だ。
王太子には、国を預ける旨を厳命する。
この呪いを彼に引き継がせない為に。
本懐を遂げさせてやれないのは残念だが、これだけは譲れない。
狂った王が少数で隣国に攻めいって返り討ちに合う。
それで良い。
無様に死んでみせよう。
我等の望みは、それだけだ。

「いざ、出陣!!」


「東方から進軍してくるだと?」
「はっ!」
「ちっ!……こんな時に……」
ペドロスが西の少数部族を襲撃しに出陣した。
好機チャンスだ。
父の影響が強い狂人共が一纏め。しかも然程の大軍ではない。
後を追い戦端が開かれたら、背後から強襲すべく準備を整えようとしている時になっての報告に、ガド戦王国王太子フェルナンドは舌打ちした。
「規模は?」
「少なくとも三か国以上の連合軍です」
「……東側の列強が、今更何の用か確かめねばなるまい」
ガド戦王国は大陸東の大国から、西側の小国家を護る為に作られたのだ。
その役目から目を逸らして、父ペドロスを討ったとて、なんの意味も無い。
「エンリケス」
「何なりと」
狂王の息子。凶眼の王太子。
どこぞの凶眼地仙あたりと会わせてみたい二つ名を持つ、ガド戦王国王太子フェルナンドは乳兄弟エンリケスと頷き合う。
「大門を閉じよ!各国に伝令!」
「全軍備えよ!」
ついでとばかりに付け加える。
「今日、この時を持って、我がガド戦王国は本来の姿に立ち戻る!戦士達よ!このフェルナンドに続け!!」

オオオオオオオオ!!

歓声が城を揺らす。
この日の為に息を殺していた。
狂人の国の汚名を甘んじて受け入れ、守るべき西方小国家を脅かす片棒を担いでいたのだ。
それでも耐えてきたのは、ひとえにこの目付きの悪い王太子が居たからこそ。
全てを救えぬ不甲斐なさを噛み締めながら、必ず狂王を排し、ガド戦王国の誇りを取り戻してくれると信じた。
誰が敵か判らぬまま、ただその時を待ち続けていた戦士達。
今ならば判る。誰が味方なのか。
今ならば出来る。隣に居る者に背中を預ける事が。
「……敵は東方列強の連合軍だ。折角取り戻した国だが、今日で滅ぶかもしれんな」
「それでも、殿下……いや、フェルナンド王陛下と共に死ねるなら、俺は本望ですよ。きっと、彼等も誇って死ねるでしょう」
本来の役割を果たす為には、西側小国家群の協力は必要不可欠。
だが、すでにそんな信頼関係など欠片も存在していない事は、誰よりもこの国の人間が知っている。
援軍無き籠城に近いが、食料の備蓄もさほど多くもない。
父、狂王ペドロスが戻ってくるかも知れない。もっとも、その時は門を閉ざして矢を射掛けてやるつもりだが。
絶望的な負け戦一択である。
だが、それでも。
「ガド戦王国は、西方の守護者だ!皆の者!戦士の誇りを、見せる時ぞ!!」









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