地仙、異世界を掘る

荒谷創

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12.地仙、大笑する

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礎の間で力の源流に手を出し、蛇乱にバラバラにされても、女神という存在は滅んだりはしていなかった。
ただし勿論、まったくの無事という訳でも無い。
出来の悪いマネキンの如くにバラバラにされた体は、所謂神力で繋ぎ合わせはしたものの、ちょっと油断すればまた離れてしまう。
一番格上の女神コッズはまだましだが、取り巻き三女神の一番下っぱで、下級神のウウワなど、未だ歩くだけで腕が落ちたり、首が落ちたりと無様を晒している。
「たかが仙人のくせに…」
思わず爪を噛みそうになり、慌てて止めた。指か、手首がもげる。
「このナカーラは私のものよ…邪魔なんかさせるもんですか…」
邪魔も何も、大陸連鎖崩壊から救っているのは蛇乱なのだが、今の女神にはそれすら判らないらしい。
とはいえ、今はまだ動けない。間抜けな取り巻き共は、回復まで暫く掛かるだろう。まったく、使えない連中だ。
自分の事は世界の果てに棚上げして、更に考える。
そうする内に、ふと分解した迷宮主が持っていた魔獣の卵があったと思い出す。
外から持ち込まれた物だった為に、取り上げてあったのだ。代わりに、ナカーラ世界の魔獣を好きなだけ従える権利を与えてやった。
「魔獣の楽園を作るとか、言っていたのよね。」
気前が良いのも、当然。送迎の式に乗せてしまえば、後は分解されて力の一部になるのだから。あの恐ろしい目付きの仙人は飛び降りてしまったが。
どんな魔獣かは知らないが、迷宮主がわざわざ持ち込もうとした位だ。弱い筈がない。ついでに取り巻き共の力を込めさせて、強化すれば仙人ごとき、一捻りだろう。そうすれば…
「またあの甘露を堪能出来る…今度こそ、邪魔されずにタップリと…」

ダロスの荒野に響き渡る咆哮。
腐った緑と、濁った灰色、鉄錆の如き鱗。
左右で大きさの違ってしまった皮膜の翼は、捻れ、破れ、もはや空を飛ぶ事叶わず。
霧となり、周囲の大地を蝕むのは、歪な肉体から染み出した強烈な毒と病の雫。
飽くなき飢えの狂気を宿したる邪眼は、哀れな犠牲者に、魂に刻み付ける程の呪いを与えるだろう。
其れは本来ならば、翼ある蛇の神とも讃えられるべき尊き存在。
卵である間、清浄な気に浸されていたなら、神格を得て神の座にあったであろう。
しかし、注がれたのは悪意と虚栄と嫉妬と傲慢に満ちた、淀んだ神気。
凶悪なる魔獣と化した蛇神は、導かれるままにダロスの荒野を、東に進む。
やがて、その異容の前に一つ。人影があった。
「ははははは。」
凶猛たる蛇神を前にして、呵呵と笑うは若き地仙。
邪眼を凶眼で捩じ伏せ、立ち込める毒霧に倒れる気配など微塵も無い。
纏う上着の蛇紋が生き生きと踊る。
携えしは、銀の煌めき。
「この俺に蛇をけしかけるとは、いい度胸だ。はははは。いいぜ、蛇の踊り食いだ!!」

礎の間に、再び四つの影が現れたのは、荒野にて地仙と蛇神が相まみえた、正にその時であった。
期待に頬を染め、上擦った呼吸。目は情欲に血走り、口元から涎を垂らさんばかりだ。
何処から見ても、尊き女神の姿では無い。
いいところ、女神の衣装を纏った娼婦といった有り様だ。
神気を搾られた取り巻き女神達など、さながら生ける干物じみてすら見える。
忌々しい地仙は、魔物に喰われている頃だ。ニンマリと厭らしい笑みを浮かべ、四女神は礎の間の中央へと歩を進めた。
その時である。
唸りを上げて振り下ろされた錫杖が、背の高い女神。四女神の主格にして、高位の女神コッズの脳天を粉砕した。錫杖の勢いは、そのまま女神の上半身を砕き、下半身に埋めてしまう。
何が起きたのか理解出来ず、硬直した取り巻き女神達は次の瞬間、数十本の矢を撃ち込まれ、針鼠どころか仙人掌の如き姿に変えられた、と更に次の瞬間には撃ち込まれた矢が一斉に炸裂する。
声を上げる事も叶わず、正に木っ端微塵にされた取り巻き女神達は、肉塊と化した主格女神と共に消え去った。
【逃げたか。】
【しぶといね。】
豪腕にて錫杖を振るったのは陽の午精、馬明。
狩り弓で撃ち抜いたのは月の午精、馬駘。
神将にも匹敵する力を誇る二体は、主が戻るまで油断なく礎の間を護り続けた。

「お帰り。あら?」
突然、ちょっと出掛けて来ると言って出ていった蛇乱が、やけに上機嫌で戻ってきたので、稀華は驚いた。
翡翠の様な美しい蛇が一匹、蛇乱の腕に巻き付き遊んでいる。
「ククルカン?(有翼の蛇)」
「応。」
くりくりとした瞳は珊瑚の様に紅い。
「あら、可愛い…この子、名前は?」
「名前か。翡翠か、珊瑚に由来する奴を何か考えるか…」
「コルノはどう?」
コルノは角を象った珊瑚の御守りであり、厄除けである。
「お前、どうだ?コルノと呼んで良いか?…おっと。」
言い終わらぬ内に、子蛇の頭から小さな紅い角が生えてきた。文字通り、コルノ(角)である。蛇乱の腕に絡みつつ、子蛇は誇らしげに翼を拡げ、胸を張る。
「気に入ったか。」
「あら、もう仙の位に近づいてるわね。」
天仙と地仙が二人で名を付けた様なものだ。きっと羽化昇仙を果たすだろう。
こうして、この日、災厄に変じた蛇は救われたのである。












    
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