地仙、異世界を掘る

荒谷創

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11.地仙、釈明する

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蛇乱が礎の間から上がってきたのは、籠ってから約三ヶ月経った頃だった。
今回の調整により、礎の間の見かけの位置は地殻の下まで移動している。
まあ、洞天には変化は無いのだが。
ともあれ、それは不幸な事故だった。
「いきなり顔見せないでよ!」
「俺の住処なんだが…」
たまたま、鯨牙の作る美味しい夕げを食べに来ていた稀華と鉢合わせした。
普通なら、それだけの話だ。が、この地仙の目付きの悪さは筋金入りであり、薄暗い廊下から浮かび上がって来る様に見える凶眼を、不意討ちで直視してしまった訳で。
「大体、三ヶ月よ!?三ヶ月!!私を馬鹿にしてるの!?籠ったっきり、食事もしない、寝もしない、どれだけ声を掛けてもガン無視されて、ヤバい宝貝は出てくるし、やっっっっと諸々片付けて、鯨牙と小鯨の美味し~いご飯で疲れを癒そうとしてたのに、何!?私に恨みでもある訳!?そんな地蔵菩薩様が命乞い始めちゃいそうな目付きで睨まれるなんて、どんな仕打ちよ!!」
「ひでぇ…」
人の顔を見るなり、器用な事に心臓まで止めて倒れたのを、蘇生させて客用寝室まで運んだというのに。
怒りたい気持ちは判るが、蛇乱にしてみれば理不尽としか思えない。目付きは直しようがないではないか。
因みに、蛇乱が何かに変化しても目付きは変わらない。
「…まあ、いいわ。今回だけは許してあげる。」
「はあ。どうも。」
散々罵倒して気が晴れたのだろうか、それとも鯨牙が作り直した料理の匂いか、30分程喚いて稀華は落ち着いたようだ。
二人で客間に移動して、話をする。
「それで、なんかさっきヤバい宝貝がどうこう言ってたけど、なんかあった?」
「あったわよ。地獄の力を宿した宝珠とか、龍の卵とか、地精を土蜘蛛に変える札とか、八極炉を現出させる喋る髑髏なんてどうしろって言うのよ。」
指折り数える。これ以外にも、比較的穏便な宝貝はほぼ毎日、礎の間に転がり出るのだ。
「あー、最初だけだから。一年くらいで安定してくる。よくある事なんだ。」
「宝貝は、貴重な物の筈なんだけど?」
本当に一握りの高位神仙ならば、普段身に着けている衣服や小物が変異したりもするが、普通はそうはいかない。
厳選した素材で、それなり以上の仙人が意図して作り出す物だ。神火珠の様な使い捨てるタイプは、其れを産み出す宝貝があったり、一度に何個も作れたりする物が殆どである。
礎の間に、ゴロゴロと宝貝が転がっていた時には卒倒しかけた。
「竺転と蝕夜、檳榔に手伝って貰えたから、何とかなってるけど。」
視るのに敏い陽と月の子精、術に長けた月の巳精には、頭が上がらなくなる程世話になったと稀華。
その主人には、言いたい放題だが。
「文句ある?」
「はいはい、無いですよ。」
蛇乱からすれば、特に文句もないのでそのままである。
「大地を深く掘って力の流れを整えていると、ままあるんだよ。力を宿し易い何かが経穴…力の通り道にあれば、自然に出来るからな。大抵は使い捨ての珠石だけど、剣や鎧や人形が埋まっていて、宝貝に成る場合もある。強い奴なら、師匠とか天兵が引き取りに来るし、自分で管理してる地仙も居る筈だよ。」
地仙の常識なのだが、天仙にとっては驚愕の事実だったらしい。まあ、管轄が違う上に、下界の事なんか気にしないというのが天仙なので、仕方がない事でもある。
「で?大仙はいつ頃引き取りに来るの?」
「師匠は、基本でたらめだからなぁ。」
苦笑まじりに言う蛇乱を稀華は呆れた、という目でみた。
お前が言うな。である。
危険っぽい宝貝は、とりあえず倉庫に突っ込んである。これは一種の封印庫であり、入れてある間は時ごと凍結される仕様になっている。
「それで?まだ出てくるのよね?」
「まあ、もうそんなに強い宝貝は滅多に出ないから。出ても太歳召鏡とか、閻魔刀位だよ。ははは。」
「笑えるか!!」

ホルク国の王都に、紅葉が訪れていた。
城の執務室から街を見下ろせば、今年の麦を満載した馬車の列が連なる様が見て取れる。
否、麦だけでは無かった。
肉、魚、果物、酒、薪に毛皮に綿花。
去年までは殆ど見られなかった品々が、続々と運び込まれているのだ。
表向きは、近隣諸国の物資を集積しているだけである。ここから、諸国に運ばれていく間、仮に置いてあるだけ。
実際は冬に備えた備蓄である。雪が街道を閉ざし、人の往来が無くなってから不自然で無い量に分けながら民に配られるのだ。
「…今年は、餓死者も凍死者も少なくて済むな…」
いや、物資はまだまだ貯まる。
もしかしたら、一人の犠牲も出さずに済むかも知れない。
「地峡の恵み…これ程とは…」
おそらく、ランバンやゼニアにも同じだけの量が運ばれているのだろう。
良質の鉄鉱石も出た。これはランバン、ホルク、ゼニアで買い取り、秘密裏に武器防具に変えている。
餓死者、凍死者が国の配給で減るならば、忠誠心の高い兵を鍛える事も出来るだろう。
警戒すべきはガド戦王国だが、幸いな事に旧ヒメリアの銅山が涸れて、現王と王太子の仲が拗れているらしい。
狂人と凶人が喰いあえば万々歳だが、流石に高望みに過ぎるか。
しかし、身内の争いに目が向いている内は、こちらの動きに気が付く可能性は低いし、気付かれても急には動けまい。
「…西方は変わる…」
その時、シンハは、ランバンは、ゼニアはどう動くだろうか。
飲み込まれるつもりは無い。
ホルク国王ウィリアムは、街を見下ろしながら静かに考えを廻らし続けた。



















   
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