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10.地仙、依頼する
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稀華の為の館が出来ても、すぐに引っ越しは行われなかった。
何故?と、首を傾げる蛇乱。稀華は当然でしょうと胸を張った。
「身の回りを任せられる従者が居ないじゃない。」
言われてみれば、稀華が客間やら寝室やらを使っている間は、精達がなんやかんや世話を焼いていた。
蛇乱は、自分の事は自分でやるのが当たり前過ぎて呆れて見ていたのだが、どうやら産まれからして高貴な天仙さまは違うらしい。
「使用人を呼びたいのだけど。」
「世界が閉じられてるから、無理。」
腐ってはいても女神が閉じている以上、外に連絡は取れないし、仮に連絡できても入ってこられない。
師匠達なら簡単だが。
「なら、精を呼んで良いかしら?」
それなら、好きにすれば良い。
今、蛇乱の住処を管理してくれている陽と月の精に迷惑でなければ、なんの問題も無いのだから。
「一応、玉鱗(陽の巳精)に聞いてからやってくれ。」
「わかったわ。」
【お呼びになるなら、風と樹の精がよろしいでしょう。】
「そうね、相性も良いし。」
蛇乱の住処の、家宰と化している玉鱗に聞けば、あっさり許可が出た。
【お食事はこちらでご用意いたします。鯨牙と小鯨が張り切っております故。】
「あら、良いの?助かるわ。」
陽の亥精、鯨牙の作る料理は絶品だ。小鯨(月の亥精)の給仕も、食事を一層美味しくしてくれる。
実のところ、食事は頼みたかったのだ。渡りに舟、いや、やはり玉鱗の采配なのだろう。
「じゃ、早速。」
与えられた館には、稀華の為の研鑽室もある。術を行使する為の部屋なので気の通りも良く、召喚に適しているので、稀華はそこに陣を敷いた。
16角から成る陣は、かなり高級な部類だ。
「天に産まれし仙の稀華が呼ぶ。優しき風よ来たれ。」
稀華の力を受けて風の門が開き、女官風の装いをした風精が顕現する。
一度門を閉じ、改めて木の門を開いて樹精を呼ぶ。こちらは少し呼び方を変えた。
稀華の名に『華』の一字があるとはいえ、樹木そのものという訳ではないから、成熟した樹精を呼ぶのは難しい部類に入る。
また、精の力量を重視する必要も無いので、樹精に連なる小精を複数呼んだのだ。
柔らかな風を纏った女官に『薫』
各々自身の本性である花の髪飾りを身に付け、お揃いの女給服に身を包んだ五体の花精たちには本性そのままの名前を与える。
力の流れを整える作業は、今のところ付きっきりで見ている必要はない。無論、放置しているのではなく、蛇乱の意識の大半は其処に注がれているし、礎の間には陽の午精、馬明と、月の午精である馬駘が目を光らせている。もしまた腐れ女神共が侵入してきたなら、確実に潰せる。まあ、腐っても女神なので死なない訳だが。
大地の蘇生は徐々に進んでいるが、まだ表層面の極一部だ。
蛇乱としては、基礎から直したい。表層の下が固まり死した状態では、地の力が弱い。地の力が弱いと、当然産出される鉱物の力も弱くなる。変に硬くなっている分、崩れた時の崩壊度合いも心配だ。
蛇乱が弄っている以上、ほぼ大丈夫なのだが、蛇乱とて、この世界が終わる迄居続けるという訳では無いのだ。
「仕方ないから、力の流れを少し変えて、地殻から地核に流して見ようと思う。」
「それは、何が重要な事なの?」
蛇乱に力を借りたいと言われれば、稀華に否やはない。一騎討ちで負けた上、謂わば居候な訳なのだから。
「いやぁ。それやると、宝貝が出来ちゃうんだよ。礎の間に転がしておく訳にいかないし、見極めして欲しい。」
シンハ国王シルバは、目の前の黒っぽい石を手に取って眺める。重い。
報告書によれば、これは地峡に入った辺りにある錆山から採れたらしい。
錆山は、地峡が緑溢れる地と化した後も、変わらなかった土地の一つだ。
全体が錆びた、粗悪な鉄鉱石の不毛の山である。
やたらと崩れやすい危険な山だが、一応鍋釜や釘の材料位にはなる為、時折石拾いに行く者もいる。
その錆山が突然、大きく崩れた。
さながら蛹の背が割れるかの様に、山頂から麓までぱっくりと割れ、錆びた山肌の内が露になったのだ。
そして調査に向かった兵が採掘してきたのが、この鉄鉱石である。
詳しい者によれば、相当に上質な石らしい。
「…何処に持っていくか。だな。」
正直、シンハではもて余す。
クズ鉄の材料しか採れず、鍛冶に必要な燃料の薪もなかなか手に入らなかった為に、鍛冶そのものが貧弱なのだ。
秘密裏に同盟関係にある三国の中では、ゼニアが一番鍛冶が進んでいる、が。
旧ヒメリアと国境を接するゼニアは、ガド程では無いにせよ軍事に力を入れている国ではある。四男が婿入り予定だが、血統的にシンハとの繋がりは薄いし、国王ラーケンは外交の場に出ようとしない引きこもりな王である為、今一つ人物像がはっきりしない。
「…ランバンを頼るか…」
大叔父であるランバン王ガルタは賢王と名高い。それにラーケン王の母は、確かランバンの出だった。
合わせてホルクにも知らせておけば、妙な勘繰りで同盟がギクシャクする事もあるまい。
そう方針を決めると、シルバは早速筆を取った。
何故?と、首を傾げる蛇乱。稀華は当然でしょうと胸を張った。
「身の回りを任せられる従者が居ないじゃない。」
言われてみれば、稀華が客間やら寝室やらを使っている間は、精達がなんやかんや世話を焼いていた。
蛇乱は、自分の事は自分でやるのが当たり前過ぎて呆れて見ていたのだが、どうやら産まれからして高貴な天仙さまは違うらしい。
「使用人を呼びたいのだけど。」
「世界が閉じられてるから、無理。」
腐ってはいても女神が閉じている以上、外に連絡は取れないし、仮に連絡できても入ってこられない。
師匠達なら簡単だが。
「なら、精を呼んで良いかしら?」
それなら、好きにすれば良い。
今、蛇乱の住処を管理してくれている陽と月の精に迷惑でなければ、なんの問題も無いのだから。
「一応、玉鱗(陽の巳精)に聞いてからやってくれ。」
「わかったわ。」
【お呼びになるなら、風と樹の精がよろしいでしょう。】
「そうね、相性も良いし。」
蛇乱の住処の、家宰と化している玉鱗に聞けば、あっさり許可が出た。
【お食事はこちらでご用意いたします。鯨牙と小鯨が張り切っております故。】
「あら、良いの?助かるわ。」
陽の亥精、鯨牙の作る料理は絶品だ。小鯨(月の亥精)の給仕も、食事を一層美味しくしてくれる。
実のところ、食事は頼みたかったのだ。渡りに舟、いや、やはり玉鱗の采配なのだろう。
「じゃ、早速。」
与えられた館には、稀華の為の研鑽室もある。術を行使する為の部屋なので気の通りも良く、召喚に適しているので、稀華はそこに陣を敷いた。
16角から成る陣は、かなり高級な部類だ。
「天に産まれし仙の稀華が呼ぶ。優しき風よ来たれ。」
稀華の力を受けて風の門が開き、女官風の装いをした風精が顕現する。
一度門を閉じ、改めて木の門を開いて樹精を呼ぶ。こちらは少し呼び方を変えた。
稀華の名に『華』の一字があるとはいえ、樹木そのものという訳ではないから、成熟した樹精を呼ぶのは難しい部類に入る。
また、精の力量を重視する必要も無いので、樹精に連なる小精を複数呼んだのだ。
柔らかな風を纏った女官に『薫』
各々自身の本性である花の髪飾りを身に付け、お揃いの女給服に身を包んだ五体の花精たちには本性そのままの名前を与える。
力の流れを整える作業は、今のところ付きっきりで見ている必要はない。無論、放置しているのではなく、蛇乱の意識の大半は其処に注がれているし、礎の間には陽の午精、馬明と、月の午精である馬駘が目を光らせている。もしまた腐れ女神共が侵入してきたなら、確実に潰せる。まあ、腐っても女神なので死なない訳だが。
大地の蘇生は徐々に進んでいるが、まだ表層面の極一部だ。
蛇乱としては、基礎から直したい。表層の下が固まり死した状態では、地の力が弱い。地の力が弱いと、当然産出される鉱物の力も弱くなる。変に硬くなっている分、崩れた時の崩壊度合いも心配だ。
蛇乱が弄っている以上、ほぼ大丈夫なのだが、蛇乱とて、この世界が終わる迄居続けるという訳では無いのだ。
「仕方ないから、力の流れを少し変えて、地殻から地核に流して見ようと思う。」
「それは、何が重要な事なの?」
蛇乱に力を借りたいと言われれば、稀華に否やはない。一騎討ちで負けた上、謂わば居候な訳なのだから。
「いやぁ。それやると、宝貝が出来ちゃうんだよ。礎の間に転がしておく訳にいかないし、見極めして欲しい。」
シンハ国王シルバは、目の前の黒っぽい石を手に取って眺める。重い。
報告書によれば、これは地峡に入った辺りにある錆山から採れたらしい。
錆山は、地峡が緑溢れる地と化した後も、変わらなかった土地の一つだ。
全体が錆びた、粗悪な鉄鉱石の不毛の山である。
やたらと崩れやすい危険な山だが、一応鍋釜や釘の材料位にはなる為、時折石拾いに行く者もいる。
その錆山が突然、大きく崩れた。
さながら蛹の背が割れるかの様に、山頂から麓までぱっくりと割れ、錆びた山肌の内が露になったのだ。
そして調査に向かった兵が採掘してきたのが、この鉄鉱石である。
詳しい者によれば、相当に上質な石らしい。
「…何処に持っていくか。だな。」
正直、シンハではもて余す。
クズ鉄の材料しか採れず、鍛冶に必要な燃料の薪もなかなか手に入らなかった為に、鍛冶そのものが貧弱なのだ。
秘密裏に同盟関係にある三国の中では、ゼニアが一番鍛冶が進んでいる、が。
旧ヒメリアと国境を接するゼニアは、ガド程では無いにせよ軍事に力を入れている国ではある。四男が婿入り予定だが、血統的にシンハとの繋がりは薄いし、国王ラーケンは外交の場に出ようとしない引きこもりな王である為、今一つ人物像がはっきりしない。
「…ランバンを頼るか…」
大叔父であるランバン王ガルタは賢王と名高い。それにラーケン王の母は、確かランバンの出だった。
合わせてホルクにも知らせておけば、妙な勘繰りで同盟がギクシャクする事もあるまい。
そう方針を決めると、シルバは早速筆を取った。
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