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114話 -悪夢 6-
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「ウゲェ……」
暗闇から姿を現した者を見て嗚咽すると共に鼻を塞ぐ。腐敗した臭いが漂っており、異形が動いた時に生じる風に乗せて臭いが流れてきたからだ。
生皮を剥いだ様な身体からは血が滴り落ちており、所々黒色になっていた。着衣はしておらず、手足はヒトの様に5本指では無く三つ指で爪が鋭く生えており、器用にバトルアックスを握っていた。そして頭は馬の様な骨格をしており、肉が削げ落ちたのか口元からは骨が覗いていた。
---ガラン。と音がすると化け物は地面にバトルアックスの刃の部分を置き、俺達へと目をやる。
「……ふむ。見た感じヒトの様だが………」
舐め尽くす様な視線が気持ち悪く、それはチカも思った様ですり足で俺との距離を縮めていた。
「名を聞こうか。ヒトの子よ」
「……ヤダね」
「そうか。名を持つ者では無いと言うことか…」
化け物は目をパチパチとさせるとバトルアックスを握り締める。
「お前は誰だ?」
化け物に警戒しながら話し掛ける。普通に殴り掛かれば良いと思うだろうが、それが出来ない雰囲気を化け物は纏っていた。
「ワタシか?ワタシはこの世界に棲まうただの夢馬だ」
「ムマ………」
化け物が名乗った種族を『Destiny』の記憶で探す。だが、そんな魔物は居なかったはずだ。
「お前がレインに取り憑いているのね?」
ムマについて脳内検索しているとチカが突拍子な事を口にした。
(取り憑いてる??……どゆこと?)
「…レインという名は知らぬな。ただワタシは魔王様のご命令でヤツの邪魔をしているだけだ」
「魔王……だと?」
ムマというヤツがニヤリとしながらチカへと答える。そしてその中身に俺はいち早く反応し聞き直す。
「そうだ。…………なんだ。貴様等はヤツの仲間では無かったのか」
ムマは『期待外れだ』と言わんばかりな態度でバトルアックスを肩に担ぐ。
「そのヤツってのは誰の事だ?」
「……名を持たぬただのヒトに言う価値は無いだろう?」
ムマは踵を返し暗闇へと戻ろうとする。
「待て!!」
「待ちなさい!」
静止の声を上げると共に、チカと俺は飛び道具をムマへと投げる。ムマの臀部に生えていた尻尾が飛び道具に反応し、それらを地面に叩き落とす。すると、ムマは戻ろうとしていた足を止め口を開いた。
「……ほう?ワタシに届く攻撃が出来るとは……。名を持たぬにしては珍しい…」
「名は持ってます!私の名前はチカ!アルス様に付けて頂いた大事な名前です!!」
チカが大声でムマへと叫ぶ。するとムマは恐るべき速さでこちらへと振り返るとチカを睨む。
「………今、なんと言った?」
先程の纏っていた雰囲気とは違い、敵意アリアリの雰囲気でムマはチカへと尋ねる。
「私の名前はチカ--
「いや、そこでは無い。貴様に名を付けたのは誰だと言った?」
「こちらのアルス様です!!」
「……………」
ムマは俺に目を向けると口を開く。
「……貴様がアルスか?」
「そうだけど?」
チカの言葉を肯定するとムマの雰囲気がより一層悪いモノへと変わった。
「クククッ!!クハハハハッ!!」
ムマは突如高らかに笑い始める。ムマが笑った事により、ムマの身体が揺れ地面に血が飛び散る。余程面白かったのかムマは手を叩き出し恍惚な声に変化させた。
「そうかそうか…………貴様がアルスなのか」
ムマは笑い終えると下を向き低い声で呟く。そして、少し間を置いた後に顔を上げると、一目で邪悪だと分かる笑みを浮かべていた。
「……予想外な土産が出来たな」
「どういうこ---
ムマは担いでいたバトルアックスを両手で握り締めると突如襲い掛かってきた。俺はバトルアックスを間一髪避けると手裏剣をムマへと投げ付ける。
「『夢魔の聖域』」
ムマは尻尾で手裏剣を弾くと何かを呟いた。するとムマの背後に広がる暗闇が一気にこちらへと広がり、抵抗する間も無く俺達は暗闇へと飲み込まれた。
「アルス様」
「ああ。分かってる」
チカが警戒するよう語彙を強めて俺の名を呼ぶ。馬鹿でどうしようもない俺だが、自分の命の危機ぐらいは理解している。
不思議なことに暗闇に飲み込まれた筈の俺達であったが、ムマとチカの姿はハッキリと見えていた。俺が見えると言うことはチカも同様だろう。
「……まさか話に聞いた貴様がここに来るとはな」
ムマは静かに笑うと前傾姿勢を取る。
「俺の事が噂になってんのか?」
「…クククッ。流石は魔王様だ。ワタシにヤツの邪魔をする様に命じたのはこうなる運命だったからなのか」
「…話が読めないんだけど教えてくれる?」
ムマは口を大きく曲げると俺に突進してくる。俺はそれを軽々と避けると手裏剣を投げる。
「チッ……尻尾が邪魔だな」
「お任せください!」
尻尾に弾かれる手裏剣を見て、尻尾を切断するかを考えているとチカが杖を持ったままムマへと走り寄る。
「……あ」
杖で殴り掛かるチカを見て、俺は重大な事に気付いた。それは『武器が使える』という事だった。……いや、言い訳になると思うけど、魔法が使えないって先入観が武器も使えないって思ってたんですよ…。冷静になれば手裏剣使えたから使える筈なんだけどね。
まぁ武器が使えるって気付いたらこっちのもんだ。まずはあの邪魔な尻尾を切断するとしよう。
「『魔封じの斬撃』」
アルスは聖属性の武器を装備し、対魔属性の効果がある技を飛ばす。この技はその名の通り魔属性に対して効果がある。だが、この技は魔という属性に対してであり、広範囲の特効能力である。言わば特定種族に対する技では無く、広い意味での魔属性に対して効果がある。だが、アルスは戦っているムマの属性が分からないので、この技を選択したのだ。
例を挙げるとすれば悪魔系統には『悪魔斬り』、龍系統には『龍斬り』といった技がある。もちろん、ビジュアル的に判別は付くだろうが、ムマという存在が悪魔なのか魔獣なのかが分からなかったので、試しにこの技を放ったのだ。
「ムッ?」
アルスの攻撃に夢馬は少しだけ間を見開いた後、バトルアックスで防ぐ。すると、アルスの攻撃に合わせたチカが夢馬の死角へと潜り込み杖でかち上げようとする。だが、それは空振りに終わり、距離を取った夢馬が淡々とアルス達へと口を開いた。
「……ワタシが見えているのか?」
夢馬は平然とした面持ちでアルス達へと話し掛ける。だが、内心は『あり得ない』と考えていた。
何故ならば夢馬が使用した魔法、『夢魔の聖域』とは夢馬の様な淫魔が、自分の思い通りに動き回れる魔法だったからだ。分かりやすく言えば、トレーディングカードでの『フィールド魔法』だろうか。『夢魔の聖域』の中身は、自分を見えない状況にさせ、幻覚を見せる仕様だった。
しかし、アルス達は自分の攻撃を軽々と避け、更にはピンポイントで攻撃をしてきた。夢馬の頭の中では、アルス達は自分の分身と戦っており、その分身に隠れてアルス達を葬ろうと考えていた。それは夢馬にとっての必殺の戦法であり、この聖域内であれば魔王にも負けない自負を持っていた。
だが、夢馬は知らなかった。アルス達にはその様な状態異常は無効だという事を。アルス自身はすっかり忘れているが、アルス達の装備は耐性がバッチリで更にはボーナスも付いている。夢馬にとって盤石の状況でも、アルス達にとっては何も効果は無かった。それ故に夢馬は確かめる意味でアルス達に話しかけたのだった。
「あ?何言ってんだ?」
アルスは夢馬の呟きに呆れた様に答える。アルスからすれば周囲は真っ暗でも夢馬の姿はハッキリと見えていたからだ。それはチカも同様で、夢馬が何を言っているかが理解出来なかった。しかし、それはどうでもいい内容だったのでアルス達は夢馬へと追撃を仕掛ける。
(…マズいな)
夢馬はアルス達の攻撃を避けながら逃げの一手を考える。明確な答えは返って来なかったが、逃げ回っている自分に対しアルス達は的確に狙ってきている。それだけで『見えている』という答えが出てくる。
(大きな隙があれば…。まだヤツの影響は無いはず)
アルス達は知る由もないが、夢馬は将棋で例えると飛車角落ちのハンデを背負っていた。こちらに全てのチカラを回すとなると、魔王より命じられた使命に背く事になる。だが、ハンデを抱えたままアルス達と戦うというのは厳し過ぎると夢馬は考える。
(…………………ほう?まだ条件は満たしてないのか)
夢馬はアルス達の怒涛の攻撃を命からがら避けながらもこの状況を整理する。侵入経路に至ってはまだ不明だが、この状況を脱する術は残っていた。
(急ぎ魔王様に報告せねばなるまい)
『博識な主人であれば解決策を与えてくれるだろう』と思った夢馬は残る僅かな魔力を使う。
「『悪夢』」
今現在の夢馬にとっての最強の魔法を使用する。この魔法は文字通り対象に『悪夢』を見させるモノだ。この魔法を受けた対象は自らが苦手、或いは怖いと思う幻覚を与える。十分に魔力があれば同士討ちさせる事も可能だ。しかし、その細かい部分に回す魔力は今の夢馬にはなかった。
「『夢魔の帳』」
夢馬はアルス達へと魔法を放った後、素早く逃げの魔法を唱える。これは先程展開した聖域をかき消すモノで、そのまま自らの姿をくらます事ができる。
「待てっ!!!!!!!」
アルス達は夢馬が唱えた魔法に警戒した為動きが少し遅れる。見た事も聞いた事もない魔法に警戒するのは当たり前だろう。だが、その魔法はアルス達には何も影響は無くその隙に夢馬の姿は消えてしまった。
「クソッ!」
夢馬が消えると同時にアルス達は未だ燃えている村へと戻っていた。
「あと少しだったのに!!」
何を持ってあと少しだったのかは分からないが、逃げるだけの夢馬に対しアルスは『勝てる』という印象を持っていた。
「アルス様!!!」
夢馬が消えた空間を悔しそうに睨み付けているとチカの声が届く。その声の方へと目を向けると、グッタリと地面に横たわっている子供と女性の姿があった。チカの元へとアルスは駆け寄ると無事かどうかを確認する。
「………に…………て」
「ん?なんだ??」
レインらしき子供が目を瞑りながらうなされている。か細く何かを発しているのは分かるが、小さ過ぎて聞き取れなかった。
「しっかりしろレイン!!」
子供の顔色とレインの顔色がダブって見えた。思わずレインの名前を口にすると子供はカッと目を見開き起き上がる。そして子供を中心に真っ白な光が発光したと思ったら、俺とチカはその光に包まれた。
『私にも限界がある。次でヤツを殺してくれ。そして全てを……記憶の全てを救うのだ』
光に包まれながらまた声が聞こえた。だが、その声は苦しんでいる様だった。そして、視界が晴れると俺達はコテージに戻っていた。しかし、戻った時にはいつもとは違う光景が繰り広げられていたのだった。
暗闇から姿を現した者を見て嗚咽すると共に鼻を塞ぐ。腐敗した臭いが漂っており、異形が動いた時に生じる風に乗せて臭いが流れてきたからだ。
生皮を剥いだ様な身体からは血が滴り落ちており、所々黒色になっていた。着衣はしておらず、手足はヒトの様に5本指では無く三つ指で爪が鋭く生えており、器用にバトルアックスを握っていた。そして頭は馬の様な骨格をしており、肉が削げ落ちたのか口元からは骨が覗いていた。
---ガラン。と音がすると化け物は地面にバトルアックスの刃の部分を置き、俺達へと目をやる。
「……ふむ。見た感じヒトの様だが………」
舐め尽くす様な視線が気持ち悪く、それはチカも思った様ですり足で俺との距離を縮めていた。
「名を聞こうか。ヒトの子よ」
「……ヤダね」
「そうか。名を持つ者では無いと言うことか…」
化け物は目をパチパチとさせるとバトルアックスを握り締める。
「お前は誰だ?」
化け物に警戒しながら話し掛ける。普通に殴り掛かれば良いと思うだろうが、それが出来ない雰囲気を化け物は纏っていた。
「ワタシか?ワタシはこの世界に棲まうただの夢馬だ」
「ムマ………」
化け物が名乗った種族を『Destiny』の記憶で探す。だが、そんな魔物は居なかったはずだ。
「お前がレインに取り憑いているのね?」
ムマについて脳内検索しているとチカが突拍子な事を口にした。
(取り憑いてる??……どゆこと?)
「…レインという名は知らぬな。ただワタシは魔王様のご命令でヤツの邪魔をしているだけだ」
「魔王……だと?」
ムマというヤツがニヤリとしながらチカへと答える。そしてその中身に俺はいち早く反応し聞き直す。
「そうだ。…………なんだ。貴様等はヤツの仲間では無かったのか」
ムマは『期待外れだ』と言わんばかりな態度でバトルアックスを肩に担ぐ。
「そのヤツってのは誰の事だ?」
「……名を持たぬただのヒトに言う価値は無いだろう?」
ムマは踵を返し暗闇へと戻ろうとする。
「待て!!」
「待ちなさい!」
静止の声を上げると共に、チカと俺は飛び道具をムマへと投げる。ムマの臀部に生えていた尻尾が飛び道具に反応し、それらを地面に叩き落とす。すると、ムマは戻ろうとしていた足を止め口を開いた。
「……ほう?ワタシに届く攻撃が出来るとは……。名を持たぬにしては珍しい…」
「名は持ってます!私の名前はチカ!アルス様に付けて頂いた大事な名前です!!」
チカが大声でムマへと叫ぶ。するとムマは恐るべき速さでこちらへと振り返るとチカを睨む。
「………今、なんと言った?」
先程の纏っていた雰囲気とは違い、敵意アリアリの雰囲気でムマはチカへと尋ねる。
「私の名前はチカ--
「いや、そこでは無い。貴様に名を付けたのは誰だと言った?」
「こちらのアルス様です!!」
「……………」
ムマは俺に目を向けると口を開く。
「……貴様がアルスか?」
「そうだけど?」
チカの言葉を肯定するとムマの雰囲気がより一層悪いモノへと変わった。
「クククッ!!クハハハハッ!!」
ムマは突如高らかに笑い始める。ムマが笑った事により、ムマの身体が揺れ地面に血が飛び散る。余程面白かったのかムマは手を叩き出し恍惚な声に変化させた。
「そうかそうか…………貴様がアルスなのか」
ムマは笑い終えると下を向き低い声で呟く。そして、少し間を置いた後に顔を上げると、一目で邪悪だと分かる笑みを浮かべていた。
「……予想外な土産が出来たな」
「どういうこ---
ムマは担いでいたバトルアックスを両手で握り締めると突如襲い掛かってきた。俺はバトルアックスを間一髪避けると手裏剣をムマへと投げ付ける。
「『夢魔の聖域』」
ムマは尻尾で手裏剣を弾くと何かを呟いた。するとムマの背後に広がる暗闇が一気にこちらへと広がり、抵抗する間も無く俺達は暗闇へと飲み込まれた。
「アルス様」
「ああ。分かってる」
チカが警戒するよう語彙を強めて俺の名を呼ぶ。馬鹿でどうしようもない俺だが、自分の命の危機ぐらいは理解している。
不思議なことに暗闇に飲み込まれた筈の俺達であったが、ムマとチカの姿はハッキリと見えていた。俺が見えると言うことはチカも同様だろう。
「……まさか話に聞いた貴様がここに来るとはな」
ムマは静かに笑うと前傾姿勢を取る。
「俺の事が噂になってんのか?」
「…クククッ。流石は魔王様だ。ワタシにヤツの邪魔をする様に命じたのはこうなる運命だったからなのか」
「…話が読めないんだけど教えてくれる?」
ムマは口を大きく曲げると俺に突進してくる。俺はそれを軽々と避けると手裏剣を投げる。
「チッ……尻尾が邪魔だな」
「お任せください!」
尻尾に弾かれる手裏剣を見て、尻尾を切断するかを考えているとチカが杖を持ったままムマへと走り寄る。
「……あ」
杖で殴り掛かるチカを見て、俺は重大な事に気付いた。それは『武器が使える』という事だった。……いや、言い訳になると思うけど、魔法が使えないって先入観が武器も使えないって思ってたんですよ…。冷静になれば手裏剣使えたから使える筈なんだけどね。
まぁ武器が使えるって気付いたらこっちのもんだ。まずはあの邪魔な尻尾を切断するとしよう。
「『魔封じの斬撃』」
アルスは聖属性の武器を装備し、対魔属性の効果がある技を飛ばす。この技はその名の通り魔属性に対して効果がある。だが、この技は魔という属性に対してであり、広範囲の特効能力である。言わば特定種族に対する技では無く、広い意味での魔属性に対して効果がある。だが、アルスは戦っているムマの属性が分からないので、この技を選択したのだ。
例を挙げるとすれば悪魔系統には『悪魔斬り』、龍系統には『龍斬り』といった技がある。もちろん、ビジュアル的に判別は付くだろうが、ムマという存在が悪魔なのか魔獣なのかが分からなかったので、試しにこの技を放ったのだ。
「ムッ?」
アルスの攻撃に夢馬は少しだけ間を見開いた後、バトルアックスで防ぐ。すると、アルスの攻撃に合わせたチカが夢馬の死角へと潜り込み杖でかち上げようとする。だが、それは空振りに終わり、距離を取った夢馬が淡々とアルス達へと口を開いた。
「……ワタシが見えているのか?」
夢馬は平然とした面持ちでアルス達へと話し掛ける。だが、内心は『あり得ない』と考えていた。
何故ならば夢馬が使用した魔法、『夢魔の聖域』とは夢馬の様な淫魔が、自分の思い通りに動き回れる魔法だったからだ。分かりやすく言えば、トレーディングカードでの『フィールド魔法』だろうか。『夢魔の聖域』の中身は、自分を見えない状況にさせ、幻覚を見せる仕様だった。
しかし、アルス達は自分の攻撃を軽々と避け、更にはピンポイントで攻撃をしてきた。夢馬の頭の中では、アルス達は自分の分身と戦っており、その分身に隠れてアルス達を葬ろうと考えていた。それは夢馬にとっての必殺の戦法であり、この聖域内であれば魔王にも負けない自負を持っていた。
だが、夢馬は知らなかった。アルス達にはその様な状態異常は無効だという事を。アルス自身はすっかり忘れているが、アルス達の装備は耐性がバッチリで更にはボーナスも付いている。夢馬にとって盤石の状況でも、アルス達にとっては何も効果は無かった。それ故に夢馬は確かめる意味でアルス達に話しかけたのだった。
「あ?何言ってんだ?」
アルスは夢馬の呟きに呆れた様に答える。アルスからすれば周囲は真っ暗でも夢馬の姿はハッキリと見えていたからだ。それはチカも同様で、夢馬が何を言っているかが理解出来なかった。しかし、それはどうでもいい内容だったのでアルス達は夢馬へと追撃を仕掛ける。
(…マズいな)
夢馬はアルス達の攻撃を避けながら逃げの一手を考える。明確な答えは返って来なかったが、逃げ回っている自分に対しアルス達は的確に狙ってきている。それだけで『見えている』という答えが出てくる。
(大きな隙があれば…。まだヤツの影響は無いはず)
アルス達は知る由もないが、夢馬は将棋で例えると飛車角落ちのハンデを背負っていた。こちらに全てのチカラを回すとなると、魔王より命じられた使命に背く事になる。だが、ハンデを抱えたままアルス達と戦うというのは厳し過ぎると夢馬は考える。
(…………………ほう?まだ条件は満たしてないのか)
夢馬はアルス達の怒涛の攻撃を命からがら避けながらもこの状況を整理する。侵入経路に至ってはまだ不明だが、この状況を脱する術は残っていた。
(急ぎ魔王様に報告せねばなるまい)
『博識な主人であれば解決策を与えてくれるだろう』と思った夢馬は残る僅かな魔力を使う。
「『悪夢』」
今現在の夢馬にとっての最強の魔法を使用する。この魔法は文字通り対象に『悪夢』を見させるモノだ。この魔法を受けた対象は自らが苦手、或いは怖いと思う幻覚を与える。十分に魔力があれば同士討ちさせる事も可能だ。しかし、その細かい部分に回す魔力は今の夢馬にはなかった。
「『夢魔の帳』」
夢馬はアルス達へと魔法を放った後、素早く逃げの魔法を唱える。これは先程展開した聖域をかき消すモノで、そのまま自らの姿をくらます事ができる。
「待てっ!!!!!!!」
アルス達は夢馬が唱えた魔法に警戒した為動きが少し遅れる。見た事も聞いた事もない魔法に警戒するのは当たり前だろう。だが、その魔法はアルス達には何も影響は無くその隙に夢馬の姿は消えてしまった。
「クソッ!」
夢馬が消えると同時にアルス達は未だ燃えている村へと戻っていた。
「あと少しだったのに!!」
何を持ってあと少しだったのかは分からないが、逃げるだけの夢馬に対しアルスは『勝てる』という印象を持っていた。
「アルス様!!!」
夢馬が消えた空間を悔しそうに睨み付けているとチカの声が届く。その声の方へと目を向けると、グッタリと地面に横たわっている子供と女性の姿があった。チカの元へとアルスは駆け寄ると無事かどうかを確認する。
「………に…………て」
「ん?なんだ??」
レインらしき子供が目を瞑りながらうなされている。か細く何かを発しているのは分かるが、小さ過ぎて聞き取れなかった。
「しっかりしろレイン!!」
子供の顔色とレインの顔色がダブって見えた。思わずレインの名前を口にすると子供はカッと目を見開き起き上がる。そして子供を中心に真っ白な光が発光したと思ったら、俺とチカはその光に包まれた。
『私にも限界がある。次でヤツを殺してくれ。そして全てを……記憶の全てを救うのだ』
光に包まれながらまた声が聞こえた。だが、その声は苦しんでいる様だった。そして、視界が晴れると俺達はコテージに戻っていた。しかし、戻った時にはいつもとは違う光景が繰り広げられていたのだった。
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