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061話
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♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
「えー、それではミレーユ王女、ソニア王女前へお願いします」
グラスを片手に2人が住民の前へ出る。
「サガンの皆様初めまして。私、ジュエリア王国第1王女ミレーユ=フェス=ジュエリアと申します。隣にいるのは、妹のソニア=フェル=ジュエリアです。今回、この地に来たのは先の魔物の襲撃の際、命を落としてしまった勇敢な民達に会いたかったからです。勇敢な民達のお陰で我がジュエリア王国、サガンは救われました」
ミレーユの言葉に住民は無言で耳を傾ける。
「王都にも魔物の襲撃があり、勇敢な民達が命を落としていきました。……しかし、ジュエリア王国最大の危機をある人物が救ってくださいました!」
「皆、誰の事か分かっているだろう!彼はサガンを救い、王都を救い、ジュエリアの民を救ったのだ!彼無しでは今頃生きてはいなかっただろう!」
涙を堪えながらミレーユ達の言葉を聞く住民もいる。その様子に少しだけ心が傷む。
「我等は王家代表として!立派に戦った勇敢な民達を誇りに思う!それは言うまでもなく全員が理解しているであろう!!」
「この様な事が2度と起こらぬ様、私達王家は一丸となって民達を護ると誓います!!」
ソニアとミレーユはグラスを空へ掲げると、住民達も涙を堪えながら自然と掲げる。
「--ジュエリア王国を護った勇敢な民達に!!!」
「「「勇敢な民達に!!!」」」
ソニアの気品溢れる声に住民達は続く。ミレーユ達が退場するまで住民達は顔を下げなかった。その時、彼等は何を考えていたのだろうか。何を思っていたのだろうか。
「--ふぅ、やはり緊張するな」
「立派でしたよソニア様」
「世辞はよせニリキナ。心からの言葉に立派もクソもないだろう」
「さぁ、今夜は交流を深める為にも沢山語り合いましょう!ね?チカさん!」
ミレーユ達はすぐさま住民達に囲まれる。辺境の地とあって会う事が無いからだろう。数々の料理と飲み物に囲まれながら、話は盛り上がっていく。
「………で?なんで俺が料理作んないといけないの?」
「ソニアの命令だから仕方ないでしょ?アルスさん」
「そうだぞ!演技とは言え、泣かせたのは事実なのだからな!」
ラティとコンラッドからそう言われ、不満げな顔を浮かべる。泣かせたのは事実だけどさ、俺だって輪に入りたいのに…。しかも、ここ俺の家なのに。
--そう、ミレーユ達は驚くべき事に宿も食事も学校にすると言ったのだ。食事はまだしも、寝泊まりするなど全く知らされてない俺はただただ呆然とするしかなかった。
あの後は揉めに揉めた。頑なに嫌がる俺と、そのまま話を進めようとするラティ達。多勢に無勢、俺に拒否権は無くチカ達もミレーユ達を歓迎した為、泣く泣く承諾したのであった。
『アルスはアタシ達の護衛をするのだろう?ならば、アルスの家に寝泊まりした方が楽では無いか!』とかいう、意味不明な言葉に冷静でなかった俺は言い返せなかった。しかも、家主の俺は庭で寝泊まりするんだってさ!!
まぁ、ニリキナ達も外で寝るみたいだから寂しくは無い。……怒りはあるけどな!!
不満に思いつつも、淡々と料理を作っていく。庶民の味なのだが、意外な事にミレーユ達から高評価を得た。材料は商人が持ち寄ってくれて、こちらとしても大助かりだった。……何故なら俺に買出しを頼もうとする計画だったからだ。
「んー!!美味いぞぉ!!アルス、早よお代わりを作ってくれんか?」
「へいへい。……ほら、あんまり食べ過ぎんなよ?」
「うほほほっ!こりゃまた美味いのぅ!!コンラッドから聞いて、食べたいと思ってたのじゃ!」
「そりゃ幸運に恵まれたな。……ん?思ってた?」
ジルの言葉で先の記憶が蘇る。
「おい、ジジイ…もしかして仕組んだのお前か?」
「はぁーて?何のことじゃろか?ワシはただ、噂のアルスの料理が食べれたらなーと思ってただけじゃて」
「……テメェッ!!!」
「はいはい、2人とも落ち着いて。ジルさんも食べ過ぎないようにしてくださいね?奥さんから怒られるの俺なんですから…」
包丁をジルに向けて投げようとした時、ニリキナに止められ、その隙にジルは逃げて行った。
「…あの腹黒ジジイ、激辛食わせてやる…」
「大人気ない事しないでくださいよ。ジルさんの心臓止まっちゃいますって」
「ケッ。あのジジイの事だ、心臓に毛が生えてるだろーよ」
「……そうかもしれないですね。失礼だと思いますけど…」
「んで、何か用事か?料理が無くなったから取りに来たのか?」
「ははっ、そんなんじゃ有りませんよ。ただ、アルスさんとお喋りしに来ただけですから」
「そうかい?なら、俺にも適当に酒を持って来てくれねーか?」
「もう持って来てますよ、ハイ」
「お、あんがと!--ぷはぁー、心に染み渡るぜー」
「どんだけストレス抱えてるんですか…」
「今日の出来事で一生分のストレスは抱えただろうな」
「大袈裟な…。まぁ、否定はしませんけど」
「だろー?前もって言ってくれれば俺にだって心構えが出来るんだっつーの!…ソニア達にそう言っててくれよ?」
「自分で言えばいいじゃないですか…」
「ふんっ!今日はもう口聞かねーって決めたんだ!」
「精神年齢低過ぎますって…」
「うるせー!……ほれ、喰うか?」
「あ、頂きます」
ニリキナに焼き鳥を渡すと、美味しそうに頬張っている。それを見ながら俺もつまむ。
「…それにしても、凄い様変わりしましたね」
「ん?何が?」
「孤児院ですよ。あ、今は学校になりましたけど」
「まぁなー。元々はレインを預ける予定だったんだけど、いつの間にか、学校兼自宅になっちゃったよ」
「俺の時もこんな感じだったら楽しかっただろうなぁー」
「ん??『俺の時も』って?」
「ああ、言ってなかったですけど俺サガン出身なんですよ。小さい時はすげー孤児院にお世話になってました」
「へぇー!知らんかったわ!そうだったんだー」
「13になる前に王都に兵士として志願しに行きましたからね。親も居なかったし」
「…あ、悪りぃ」
「気にしないで大丈夫ですよ。もう昔の事ですから」
「昔って…お前、俺より歳下だろ?」
「そうですけど…。我武者羅に働いてたんで、遠い昔のように感じますよ」
学校を見上げながら、懐かしそうにニリキナは呟く。中身と増築はしたけど、見た目は孤児院そのままだ。
「アルスさんがここを継いでくれて、俺すげー嬉しいです。尊敬する人が、俺みたいな境遇の子供を育てるって思うと、なんて言うか、幸せです」
「…照れるからやめてくれ。まぁ、呑めよ」
それからニリキナは数々の思い出を話してくれた。楽しかった事、悲しかった事をまるで誰かに語りかけるように遠い目をしながら。
「……俺、ドーンさんにはすげーお世話になったんですよ」
ニリキナがポツリと言った言葉に思考が止まる。
「あ、責めるとかじゃないんですよ!…ただ、俺も受け止められてないっていうか…」
「……そうだな」
アイツがここに居たらどんな雰囲気だっただろうか。きっと馬鹿なことをしてヘレナさんに怒られながら、楽しく過ごしていただろう。
その幸せな想像が俺の心を蝕んでいく。その幸せを奪ったのはお前、だと。
自責の念に駆られながらニリキナが楽しそうに思い出を語るのを、ただただ頷くしか出来なかった。
「………何、辛気臭せー顔してんだよ」
顔を上げると、そこにはグラスを2つ持ったソニアの姿があった。
「なんだ…お前か」
「お前とは失礼な。これでも王女なんだがな?…ほれ、とりあえず呑めよ」
ソニアは俺達にグラスを渡す。
「なんとなく話の想像はつくが、そういう顔をしていると幸せが逃げるぜ?」
俺の隣に腰を下ろしながらソニアが言う。
「…んー、そうかもな」
「クヨクヨしてんじゃねーよ。そんなんじゃ本当に玉無しになっちまうぞ?」
きっとソニアは元気付ける為に憎まれ口を叩いたのだろう。しかし、タイミングが悪かった。
「…うるせーよ。何も知らねーくせに」
「アルスさん!」
「…アイツが!俺にとってアイツが!!どれだけの存在だったのか…!!お前にはわかんねーだろ!?」
「……………」
怒りを込めソニアを罵倒する。しかし、ソニアはただ無表情で俺を見つめているだけだった。
「……悪い、ニリキナ。アルスと2人にしてくれ」
「…大丈夫ですか?ソニア様…」
「ああ、大丈夫だ」
ニリキナは心配そうにその場を後にする。何故ならアルス達はお互いに目をそらそうとしなかったからだ。
「……アルス。1つ言わせてくれ」
「…なんだ」
「今のお前にどんな言葉をかけようと、届かないのは知っている。だが、心の片隅にでも留めていてほしい」
「……………」
「全員を救うという言葉はただの理想だ。そこには、希望と夢と幻想しかない。私だって幾度もその言葉を
吐いてきた。…しかし、それが成功した事など一度もない」
「……それは弱いからだ」
「…そうだな。アルスみたいに強ければ話は違っただろうな」
「…俺にはその力がある。救える力があるんだ!」
つい、手に力が入り持っていたグラスが割れる。
「だが、救えなかったではないか。お前の手から溢れ、地に落ちてしまった可哀想な民達がいたではないか」
その言葉に、俺の中にある火種が発火する。
「…俺がどんだけ苦しんでるか知らねーくせに!!」
「…ふん、子供染みた言葉だな。私がその苦しみを知らないとでも思ってるのか?」
「……どういう事だ」
ソニアは間を置くと、一呼吸する。
「私は王女だ。全ての民を愛し、全ての民を子供だと思っている。1人でも死ねば、身が裂けるような思いをし、1人でも新たに生を受ければ、慈愛に満ちた思いになる。……私の心は民と共にあるのだ」
「……それとこれとは話が違うだろ」
「違うものなのか?…もし、今回の犠牲者にお前の知り合いが居なければ、お前は落ち込まなかったとでも?」
「……………」
「アルス、死は全てに等しく訪れるのだ。それは分かっているだろう?」
「………………………」
「……何事にも犠牲は出るものだ。だが、お前の理想を頑なに守り続ければ、それは信念となるだろう」
ふと気が付くと、ソニアは優しく微笑んでいた。
「最初から出来る者など居ない。しかし、アルスにはそれが出来る力がある。お前の理想がブレなければ、必ずや実現できるであろう。……覚悟を決めればな」
「……覚悟?」
「そうだ。救えなかった者は救えなかったのだと、受け止める覚悟だ」
「………」
「アルス、お前なら出来る。だから、今、ここで、亡くなった民に誓え。『全てを護る』と」
--護る。ふと、ドーンの最期の言葉が蘇る。
……ああ、そうか。これをドーンは伝えたかったんだな。俺にこの希望を受け渡したんだな。産まれてくる子どもが幸せに生きれるようにと。安全な未来を作ってくれと。
ぽっかりと空いた心が、言い表せられない感情で埋め尽くされる。涙は枯れたと思っていたが、自然と流れ出ていた。
「--もう言葉は要らないな」
「……あぁ」
「さぁ、涙を拭け。折角の色男が台無しだぞ?」
涙を拭うと、目の前の光景が晴れ晴れとした表情で見れた。楽しそうに、幸せそうに笑い合う姿を目に焼き付け、立ち上がる。
「アルス様ー!!」
「マスター。料理が無くなった」
「ふふっ。はいはい!今すぐ作るから待ってろ!」
中央からチカ達が料理の催促をしてくる。前までの俺であれば、気軽に返事は出来なかったであろう。
料理の準備をしていると、トコトコと誰かが近寄って来た。
「へへへっ!ご主人様ぁー、元気になった?」
顔を上げると、いつもと変わらない笑顔を浮かべたローリィが立っていた。
「--あぁ!もう大丈夫だ!」
「良かったぁ!あ、あたしデザート食べたいなぁー!!」
「任せろ!腕によりをかけてすげー美味いの作ってやるよ!」
「楽しみー!!」
この幸せな光景を2度と手放さない。俺と関わった全ての人を俺は護る。そう決めたんだ。
アルスの雰囲気が変わったのが伝わったのだろう。後ろの方で、ソニアは慈母を思わせるかのような優しく美しい表情でアルスを見つめていたのであった。
「えー、それではミレーユ王女、ソニア王女前へお願いします」
グラスを片手に2人が住民の前へ出る。
「サガンの皆様初めまして。私、ジュエリア王国第1王女ミレーユ=フェス=ジュエリアと申します。隣にいるのは、妹のソニア=フェル=ジュエリアです。今回、この地に来たのは先の魔物の襲撃の際、命を落としてしまった勇敢な民達に会いたかったからです。勇敢な民達のお陰で我がジュエリア王国、サガンは救われました」
ミレーユの言葉に住民は無言で耳を傾ける。
「王都にも魔物の襲撃があり、勇敢な民達が命を落としていきました。……しかし、ジュエリア王国最大の危機をある人物が救ってくださいました!」
「皆、誰の事か分かっているだろう!彼はサガンを救い、王都を救い、ジュエリアの民を救ったのだ!彼無しでは今頃生きてはいなかっただろう!」
涙を堪えながらミレーユ達の言葉を聞く住民もいる。その様子に少しだけ心が傷む。
「我等は王家代表として!立派に戦った勇敢な民達を誇りに思う!それは言うまでもなく全員が理解しているであろう!!」
「この様な事が2度と起こらぬ様、私達王家は一丸となって民達を護ると誓います!!」
ソニアとミレーユはグラスを空へ掲げると、住民達も涙を堪えながら自然と掲げる。
「--ジュエリア王国を護った勇敢な民達に!!!」
「「「勇敢な民達に!!!」」」
ソニアの気品溢れる声に住民達は続く。ミレーユ達が退場するまで住民達は顔を下げなかった。その時、彼等は何を考えていたのだろうか。何を思っていたのだろうか。
「--ふぅ、やはり緊張するな」
「立派でしたよソニア様」
「世辞はよせニリキナ。心からの言葉に立派もクソもないだろう」
「さぁ、今夜は交流を深める為にも沢山語り合いましょう!ね?チカさん!」
ミレーユ達はすぐさま住民達に囲まれる。辺境の地とあって会う事が無いからだろう。数々の料理と飲み物に囲まれながら、話は盛り上がっていく。
「………で?なんで俺が料理作んないといけないの?」
「ソニアの命令だから仕方ないでしょ?アルスさん」
「そうだぞ!演技とは言え、泣かせたのは事実なのだからな!」
ラティとコンラッドからそう言われ、不満げな顔を浮かべる。泣かせたのは事実だけどさ、俺だって輪に入りたいのに…。しかも、ここ俺の家なのに。
--そう、ミレーユ達は驚くべき事に宿も食事も学校にすると言ったのだ。食事はまだしも、寝泊まりするなど全く知らされてない俺はただただ呆然とするしかなかった。
あの後は揉めに揉めた。頑なに嫌がる俺と、そのまま話を進めようとするラティ達。多勢に無勢、俺に拒否権は無くチカ達もミレーユ達を歓迎した為、泣く泣く承諾したのであった。
『アルスはアタシ達の護衛をするのだろう?ならば、アルスの家に寝泊まりした方が楽では無いか!』とかいう、意味不明な言葉に冷静でなかった俺は言い返せなかった。しかも、家主の俺は庭で寝泊まりするんだってさ!!
まぁ、ニリキナ達も外で寝るみたいだから寂しくは無い。……怒りはあるけどな!!
不満に思いつつも、淡々と料理を作っていく。庶民の味なのだが、意外な事にミレーユ達から高評価を得た。材料は商人が持ち寄ってくれて、こちらとしても大助かりだった。……何故なら俺に買出しを頼もうとする計画だったからだ。
「んー!!美味いぞぉ!!アルス、早よお代わりを作ってくれんか?」
「へいへい。……ほら、あんまり食べ過ぎんなよ?」
「うほほほっ!こりゃまた美味いのぅ!!コンラッドから聞いて、食べたいと思ってたのじゃ!」
「そりゃ幸運に恵まれたな。……ん?思ってた?」
ジルの言葉で先の記憶が蘇る。
「おい、ジジイ…もしかして仕組んだのお前か?」
「はぁーて?何のことじゃろか?ワシはただ、噂のアルスの料理が食べれたらなーと思ってただけじゃて」
「……テメェッ!!!」
「はいはい、2人とも落ち着いて。ジルさんも食べ過ぎないようにしてくださいね?奥さんから怒られるの俺なんですから…」
包丁をジルに向けて投げようとした時、ニリキナに止められ、その隙にジルは逃げて行った。
「…あの腹黒ジジイ、激辛食わせてやる…」
「大人気ない事しないでくださいよ。ジルさんの心臓止まっちゃいますって」
「ケッ。あのジジイの事だ、心臓に毛が生えてるだろーよ」
「……そうかもしれないですね。失礼だと思いますけど…」
「んで、何か用事か?料理が無くなったから取りに来たのか?」
「ははっ、そんなんじゃ有りませんよ。ただ、アルスさんとお喋りしに来ただけですから」
「そうかい?なら、俺にも適当に酒を持って来てくれねーか?」
「もう持って来てますよ、ハイ」
「お、あんがと!--ぷはぁー、心に染み渡るぜー」
「どんだけストレス抱えてるんですか…」
「今日の出来事で一生分のストレスは抱えただろうな」
「大袈裟な…。まぁ、否定はしませんけど」
「だろー?前もって言ってくれれば俺にだって心構えが出来るんだっつーの!…ソニア達にそう言っててくれよ?」
「自分で言えばいいじゃないですか…」
「ふんっ!今日はもう口聞かねーって決めたんだ!」
「精神年齢低過ぎますって…」
「うるせー!……ほれ、喰うか?」
「あ、頂きます」
ニリキナに焼き鳥を渡すと、美味しそうに頬張っている。それを見ながら俺もつまむ。
「…それにしても、凄い様変わりしましたね」
「ん?何が?」
「孤児院ですよ。あ、今は学校になりましたけど」
「まぁなー。元々はレインを預ける予定だったんだけど、いつの間にか、学校兼自宅になっちゃったよ」
「俺の時もこんな感じだったら楽しかっただろうなぁー」
「ん??『俺の時も』って?」
「ああ、言ってなかったですけど俺サガン出身なんですよ。小さい時はすげー孤児院にお世話になってました」
「へぇー!知らんかったわ!そうだったんだー」
「13になる前に王都に兵士として志願しに行きましたからね。親も居なかったし」
「…あ、悪りぃ」
「気にしないで大丈夫ですよ。もう昔の事ですから」
「昔って…お前、俺より歳下だろ?」
「そうですけど…。我武者羅に働いてたんで、遠い昔のように感じますよ」
学校を見上げながら、懐かしそうにニリキナは呟く。中身と増築はしたけど、見た目は孤児院そのままだ。
「アルスさんがここを継いでくれて、俺すげー嬉しいです。尊敬する人が、俺みたいな境遇の子供を育てるって思うと、なんて言うか、幸せです」
「…照れるからやめてくれ。まぁ、呑めよ」
それからニリキナは数々の思い出を話してくれた。楽しかった事、悲しかった事をまるで誰かに語りかけるように遠い目をしながら。
「……俺、ドーンさんにはすげーお世話になったんですよ」
ニリキナがポツリと言った言葉に思考が止まる。
「あ、責めるとかじゃないんですよ!…ただ、俺も受け止められてないっていうか…」
「……そうだな」
アイツがここに居たらどんな雰囲気だっただろうか。きっと馬鹿なことをしてヘレナさんに怒られながら、楽しく過ごしていただろう。
その幸せな想像が俺の心を蝕んでいく。その幸せを奪ったのはお前、だと。
自責の念に駆られながらニリキナが楽しそうに思い出を語るのを、ただただ頷くしか出来なかった。
「………何、辛気臭せー顔してんだよ」
顔を上げると、そこにはグラスを2つ持ったソニアの姿があった。
「なんだ…お前か」
「お前とは失礼な。これでも王女なんだがな?…ほれ、とりあえず呑めよ」
ソニアは俺達にグラスを渡す。
「なんとなく話の想像はつくが、そういう顔をしていると幸せが逃げるぜ?」
俺の隣に腰を下ろしながらソニアが言う。
「…んー、そうかもな」
「クヨクヨしてんじゃねーよ。そんなんじゃ本当に玉無しになっちまうぞ?」
きっとソニアは元気付ける為に憎まれ口を叩いたのだろう。しかし、タイミングが悪かった。
「…うるせーよ。何も知らねーくせに」
「アルスさん!」
「…アイツが!俺にとってアイツが!!どれだけの存在だったのか…!!お前にはわかんねーだろ!?」
「……………」
怒りを込めソニアを罵倒する。しかし、ソニアはただ無表情で俺を見つめているだけだった。
「……悪い、ニリキナ。アルスと2人にしてくれ」
「…大丈夫ですか?ソニア様…」
「ああ、大丈夫だ」
ニリキナは心配そうにその場を後にする。何故ならアルス達はお互いに目をそらそうとしなかったからだ。
「……アルス。1つ言わせてくれ」
「…なんだ」
「今のお前にどんな言葉をかけようと、届かないのは知っている。だが、心の片隅にでも留めていてほしい」
「……………」
「全員を救うという言葉はただの理想だ。そこには、希望と夢と幻想しかない。私だって幾度もその言葉を
吐いてきた。…しかし、それが成功した事など一度もない」
「……それは弱いからだ」
「…そうだな。アルスみたいに強ければ話は違っただろうな」
「…俺にはその力がある。救える力があるんだ!」
つい、手に力が入り持っていたグラスが割れる。
「だが、救えなかったではないか。お前の手から溢れ、地に落ちてしまった可哀想な民達がいたではないか」
その言葉に、俺の中にある火種が発火する。
「…俺がどんだけ苦しんでるか知らねーくせに!!」
「…ふん、子供染みた言葉だな。私がその苦しみを知らないとでも思ってるのか?」
「……どういう事だ」
ソニアは間を置くと、一呼吸する。
「私は王女だ。全ての民を愛し、全ての民を子供だと思っている。1人でも死ねば、身が裂けるような思いをし、1人でも新たに生を受ければ、慈愛に満ちた思いになる。……私の心は民と共にあるのだ」
「……それとこれとは話が違うだろ」
「違うものなのか?…もし、今回の犠牲者にお前の知り合いが居なければ、お前は落ち込まなかったとでも?」
「……………」
「アルス、死は全てに等しく訪れるのだ。それは分かっているだろう?」
「………………………」
「……何事にも犠牲は出るものだ。だが、お前の理想を頑なに守り続ければ、それは信念となるだろう」
ふと気が付くと、ソニアは優しく微笑んでいた。
「最初から出来る者など居ない。しかし、アルスにはそれが出来る力がある。お前の理想がブレなければ、必ずや実現できるであろう。……覚悟を決めればな」
「……覚悟?」
「そうだ。救えなかった者は救えなかったのだと、受け止める覚悟だ」
「………」
「アルス、お前なら出来る。だから、今、ここで、亡くなった民に誓え。『全てを護る』と」
--護る。ふと、ドーンの最期の言葉が蘇る。
……ああ、そうか。これをドーンは伝えたかったんだな。俺にこの希望を受け渡したんだな。産まれてくる子どもが幸せに生きれるようにと。安全な未来を作ってくれと。
ぽっかりと空いた心が、言い表せられない感情で埋め尽くされる。涙は枯れたと思っていたが、自然と流れ出ていた。
「--もう言葉は要らないな」
「……あぁ」
「さぁ、涙を拭け。折角の色男が台無しだぞ?」
涙を拭うと、目の前の光景が晴れ晴れとした表情で見れた。楽しそうに、幸せそうに笑い合う姿を目に焼き付け、立ち上がる。
「アルス様ー!!」
「マスター。料理が無くなった」
「ふふっ。はいはい!今すぐ作るから待ってろ!」
中央からチカ達が料理の催促をしてくる。前までの俺であれば、気軽に返事は出来なかったであろう。
料理の準備をしていると、トコトコと誰かが近寄って来た。
「へへへっ!ご主人様ぁー、元気になった?」
顔を上げると、いつもと変わらない笑顔を浮かべたローリィが立っていた。
「--あぁ!もう大丈夫だ!」
「良かったぁ!あ、あたしデザート食べたいなぁー!!」
「任せろ!腕によりをかけてすげー美味いの作ってやるよ!」
「楽しみー!!」
この幸せな光景を2度と手放さない。俺と関わった全ての人を俺は護る。そう決めたんだ。
アルスの雰囲気が変わったのが伝わったのだろう。後ろの方で、ソニアは慈母を思わせるかのような優しく美しい表情でアルスを見つめていたのであった。
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