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058話
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開いた口が塞がらない。王様と謁見って事だけでも驚きなのに、今度は命が狙われてるだと!?
「あ、ごめん。言葉足らずだったね。狙われてるってのは命とかじゃなくて、アルスさん達を雇い入れようとしているって事だよ」
「ああ…そういう事ね…。でもなんで??」
「少しは考えてよ…。先も言った通り、アルスさん達は王都を救った。そして、ドラゴンを1人で討伐した。……ここまで言えば分かるよね?」
「……アルス様を金で買うという事かしら?」
ラティとの会話に冷たい眼差しをしたチカが入ってきた。チカだけでなく、ナナ達も同じ様な眼をしていた。
「そ。直球で言うとそうだね。しかもアルスさんが王宮のお抱えじゃないから尚更ね」
「灸が必要かな?ご主人様を金で買うとか超失礼なんだけど」
「ラティ、その貴族の屋敷を教えて。ちょっと行ってくる」
ナナ達の言葉を聞いたラティが『なんでこんな好戦的になってるの?』という目で俺を見る。
「違う違う。お前らは勘違いしてる。ラティが言ったのは、俺達を『雇う』って話だ」
「…ご主人様を金で買うんじゃないの??」
「なんでそんな奴隷売買みたいな事になるんだよ!」
「ああ…そういう風に勘違いしたのか。また言葉足らずだったね」
「いや、こいつらが勝手に解釈しただけだよ。…あながち間違いでは無いんだけどね」
それからラティはナナ達に詳しく説明した。その中で気になる点が色々見つかった。
どうやら俺達を破格の待遇で雇おうとしているのは、貴族派閥に属する奴等らしい。ジュエリア王国は、王派閥と貴族派閥の2つに別れており、王派閥の力を低下させようと目論んでいるらしい。
んで、厄介な事にその貴族というのが金の亡者、権力に取り憑かれている奴等ばかりという事。ラティ的にはあまり好きでは無い貴族達らしく、面倒な事になったと愚痴をこぼしていた。
「ってな具合に貴族派閥で話が進んでるみたい。だから、これから貴族から面会要請が出ると思うよ。しかも強制のね」
「…どの世界もドロドロとしてるんだねぇ」
「今はどうにか均衡を保ってるけど、アルスさんがどちらかに付くとしたら崩れるだろうね」
「……それダメじゃ無い??」
「僕としては王派閥の方が助かるんだけどね。…まぁ、どちらについても争い事は生まれるんだけどね」
「…んー、まぁ話を聞く限りでは王派閥の方がいいよなぁ。ある程度自由が約束されてるんだろ?」
「どうだろ?お抱えにならない限りはそうだと思うけど…まぁ、貴族派閥よりはかなりマシだろうけどね」
派閥か…。どこも一緒なんだなぁ。ラティは王派閥に属してるみたいだし、内容的にも王派閥の方が良いだろうな。
「わかった。多分、王派閥になると思うけど一応考えておくよ」
「ありがとう!…陛下との面会の時に聞かれたら伝えてね。…あ、お茶が冷めちゃったね。新しく入れ直すよ」
「あ、俺がするからいいよ」
「いーっていーって!アルスさん達はお客さんなんだから!」
そう言うとラティは部屋から出て行く。しばらくして帰ってくると手にはポットを持っていた。
「お待たせ!美味しい紅茶を入れてきたよ!」
空になったカップに紅茶を注いでいく。全員分を入れ終わり、ラティはそのまま紅茶を笑顔で飲んでいた。
「あ、話はこれで終わりだよ!でも、もう少しアルスさん達と仲良くなりたいから色々話を聞かせてよ!」
何というか、言葉を崩してからのラティは年相応の印象を受ける。…やっぱ『辺境伯』って肩書きを持つと堅苦しくなるんだろうなぁ…。
それから、俺達は色々と喋った。好きなものとか嫌いなもの、どんな武器を使うか、どんな魔法が使えるのかを色々と喋った。最後あたりは何故か俺の好きなタイプをチカ達が聞き出そうとしていた。意味が分からないので答えなかったけど…。
そんなこんなで時間が過ぎ、お昼となった。ラティは王都に用事があると言い『今度一緒にご飯を食べましょうね!』と、そそくさと部屋から出て行った。入れ替わるように、お爺さんが入ってきて屋敷の外まで送ってもらった。
時間がかかると思っていたのだが、案外早めに終わった。辺境伯と聞いていたから、真面目な人だと緊張していたが意外と話しやすい人物で良かった。
そのままお昼を食べに行こうかと提案したが、『学校に戻り昼食を復興作業している人達にも振る舞おう』というナナの意見で戻る事にした。
材料はストックが残っているから買い出しは要らない。学校に戻ると同時に、手伝ってくれたお年寄り達にお礼を言い、その足で外で仕事をしている人達に声をかけに行った。
全員が集まり、庭に長机を準備しその上に料理を次々と乗せていく。今回はバイキング形式である。
昼食を取りながら、住民達と色々話をした。殆どは感謝の雨あられであったが、中にはポツリと小さな文句を言う人も居た。すぐに謝られたが、俺的にはその文句が嬉しかった。変な話だけどね。
食べ終わると、近くにいた棟梁に復興作業を手伝うと申し出た。棟梁は最初、『そんな事はさせられねぇ!アルスさん達は俺達の恩人なんだ!』と頑なに断られたが、無理を言って渋々承諾させた。渋々と言っても、棟梁的には大助かりだったらしく何人かの大工を連れ作業場へと向かった。
俺が向かった被害が大きかった場所は、建物の残骸しか無く新しく作り直すとの事だった。ただ、一軒一軒建てるのは時間と材料がかかるという事で、色々と悩んでいたらしい。
そこで『アパート』を作ってみてはどうかと提案した。大工達が『何ですかそれ?』と興味を持ちながらも質問をしてきたので、地面に絵付きで説明した。別に俺は前世でそんな知識は持ってないので、ざっくりな説明で終わったのだが、そこは本職の人達が色々と意見を出し合っていた。
所々、どんな風になっているのかと質問され前世で住んでいた部屋を説明した。部屋の狭さに驚いていたが、俺から言わせて貰えば、ただただこの世界の部屋が広いだけだ。一人暮らしで一軒家に住むってどんだけ金がかかると思ってんだ!!
とまぁ、俺個人の意見は別として職人達は目を輝かせて設計図を書いていた。……鉛筆って存在してんだな、とひっそり思っていたのは秘密だ。
その日は設計図だけで1日を費やし、学校へ戻り進捗がない事を棟梁に怒られていた。しかし、図面を広げ大工達が説明をし始めると、怒っていた棟梁がどんどん楽しそうな表情に変わっていった。
チカ達も手伝いから帰ってきて顔や服に汚れが付いていた。しかし、汚れが付いていたとしてもチカ達の美貌に変わりは無かった。………顔が良いってのはほんっと得だよなぁ。
夕方になり、住民達は各々の家へと戻る。家が無くなってしまった人達はここの庭に簡易テントを張り、生活してもらっている。…まぁ住む場所が無いから仕方ないし、寝泊まりだけだから邪魔にもならないからね。
自宅に入ると大人状態になったレインがナナに教えてもらいながら夕食を作っていた。味は…まぁ独特な味がしたが、これから頑張るって言ってたから期待しておこう。
その日はそのままベッドに入り就寝となった。労働で疲れたのか、横になり目を閉じるとすぐに眠りの世界へと落ちていったのだった。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
魔物の襲撃から1週間が過ぎた。復興作業はほぼ終わり、残すは住民のメンタルケアとなっている。
アパートを作る際、ついでに区画整理をし住みやすい街を作ることになった。学校からそのアパートまでの道は新しく舗装され色付きのレンガを使用している。
アパートは住民から好評みたいで、職人さん達も嬉しそうだった。特に独身の人達からは大好評で、金に敏感な地主などが棟梁に依頼をしていた。まぁ、狭い土地に何世帯も住めるとなると、そう考えるのが当たり前だと思う。そのアパート建設に際し、住民を増やそうという考えが生まれた。提案者は商人達であったが、辺境の地でそれといった魅力のない街に、確かな技術が生まれこの機会に住民の受け入れを増やしたらどうかという提案だった。
ただ、この件に関してはラティとの会談も必要だし、その前に職がない事が最大の障害となった。農地などがあれば良いだろうが、周辺は砂漠だし水もオアシスまで取りに行かなければならない。
後の課題として、商人達はプランを練るとの事だった。意外にもこの計画に乗り気だったのがポーロさんだ。後から話を聞くと、長い年月は必要であるがサガンの経済がある程度潤うようになり、この建築技術を学びにきた職人が増えれば、オアシスとサガンを繋ぐ街道を作る事が出来ると考えていた。
まぁそこら辺の考えは、アホな脳味噌の俺には訳分からんので、聞くだけにしておいた。だって、大学中退のフリーターに高度な経済が分かる訳無いだろ。
そして今日、子供達の世話をしながら住民の話を聞く1日となると思っていた俺に驚愕の知らせが届くのであった。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
「本当にお前達だけで行くというのか?」
「はい。父上が気になる人物の噂は私の耳にも入っております。そして、父上がこちら側に引き込みたいという考えも知っております」
「けどよー、確かにドラゴンを1人で倒したってのはかなりヤベー。下手すれば、ソイツ1人で王国を滅ぼす事も出来る強さだからな」
「父上がお会いする前に、私達が判断しようと思っています。もしかしたら、もう貴族達の手がそのお方に回っているかもしれませんし」
「…しかし、それならば王宮に来させれば良いではないか。わざわざお前達があの辺境の地まで行かなくても良くないか?」
豪華絢爛な一部屋にて、男性1人と女性2人が話をしている。その部屋に置かれているものは全て最高級の一品であり、机も、その上に置かれているティーカップも、紅茶も全て一級品である。
そして、美しい薄紫色をしたロングストレートの女性が口を開く。
「もし貴族達の手が回っていた場合、それは悪手になると思います。その方を招き、クーデターを起こされればその時点で終わりかと」
隣に座っていた赤髪の短髪の女性が続く。
「その前に俺達の目で確かめようと思ってな。それに、サガンでソイツがどんな評価を受けているのかも気になるし」
2人の話を聞いた男性がため息混じりに口を開く。
「……お前達の考えはわかった。しかし、貴族達の手が回っていた場合、人質となる可能性があるではないか。その可能性を考慮するとやはり、王都で会った方が良いではないか」
「ご安心を。『転移結晶』を持っていく予定です。私達が危険を感じた場合、すぐさまここに戻ってくる予定です」
「あと、ニリキナを連れて行く。ニリキナもソイツと面識があるようだし、高評価だったからな。それに知り合いがいれば、簡単には手を出さないだろうしな」
「…はぁ。何という浅はかな計画だろうか…。これが若さゆえなのか?……でもコイツら言い出したら止まらないしなぁ…」
男性は頭を抱えながらボソリと呟く。2人には聞こえなかったようで、どうしたんだ?という表情を浮かべている。
「……わかった。一先ずお前達に任せるとしよう。……ただしニリキナ以外にも『ヴェルタール』を連れて行くように」
その言葉に2人はピクリと身動きする。ソレを動かすという事は最悪の場合を想定しているという事だからだ。
「…流石にそれは過剰過ぎないか?」
「そうですよ!それに、父上の護衛はどうするのですか!!」
「ヴェルタール全てを動員する訳ではない。…そうだな、4人程度なら動かせるだろう。そうニリキナに伝えておけ」
「……承知しました。では、私達はサガンに向かってもよろしいので?」
「止めても聞かないだろう?…ただし、もし人質になった場合、最悪お前達を見捨てるかもしれぬ。その覚悟はあるか?」
「心配症だな親父は。そうなる前に転移結晶使って逃げ出してくるよ」
(……ダメだコイツ。本当に何も考えてねぇ…)
男性はさらに深く溜息をつく。その時、男性にある考えが浮かんだ。
「……そうだ。やはり保険としてアイツらにも護衛をするよう言っておこう」
「はぁ?これ以上人数増やしてどーすんだよ!お忍びじゃなくなるだろーが!!」
「……お前お忍びで行こうと考えていたのか?……はぁ。本当にしっかりしてくれよ……」
男性は泣きそうな顔で短髪の女性を見つめる。その顔に苦笑いしながらもう1人の女性が口を開く。
「…お忍びの予定では無いんですけどね…。何はともあれサガンに連絡を入れる予定ではありました。御触れを出しておけば表立って動けないはずです」
「…頼むよほんとに。計画は最初からしっかりと伝えてくれ…」
「…なんで2人してそんな目でアタシを見るんだよ!!」
「……それよりも父上。他に連れて行く人物はどなたなのでしょうか?」
「ああ…それはだな----
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
コンラッドが俺達の元へ大慌てで向かってきた。手には羊皮紙を持っている。そして、丁度人が集まっていたので、羊皮紙を広げ俺たちを含めた住民に内容を伝える。
「----本日、ジュエリア王国の第1王女と第2王女がサガンに来訪する!皆の者、この話を全ての住民に伝える様に!!予定では、街の状況を確認後辺境伯様の所に向かうとの事だ。大通りを綺麗に掃除をするように!!!」
コンラッドの話を聞いた住民達は、大慌てで出て行った。まぁ、王族が来るってなったら街も自分達の格好も綺麗にしないといけないもんな。
他人事のように考えていると、血走った目をしたコンラッドが近づいて来る。
「なっ、なんだよ!!」
「おい!お前!!王女様方に何をした!?」
「はぁ!?何もしてねーし、会ったこともねーよ!!!」
「お前が陛下と会う事は聞いている。しかし、王女様と会う事は聞いておらんぞ!?」
「だから知らねーって!!」
「ここに『滞在中の護衛はアルスという冒険者パーティーを指名する』と書いてある。しかも、陛下のサイン付きでな!!」
「……別にそれは普通なんじゃないか?俺の事を王様は知ってるんだろ?」
「それはそうだが…。ここにな、『尚、護衛期間中は何用があっても離れる事を許さぬ』とも書いてあるんだ。四六時中一緒に居ろって事なんだぞ!?」
「……護衛にしては何か変な言い回しだよな。だから、疑ったのか??」
「そうだ!お前達が王都にいる間、何をしているかは把握しておらぬからな。……本当に問題行動は起こしてないな?」
「してねーって。王城にも行ったけどよ、ほとんど訓練関係だけだったぞ?」
「……そうか。まぁ、何にせよお前が護衛する事で近くに王女様方がいるのは間違いない。本気で無礼な真似はしないでくれよ?な?」
「しないって。……言葉遣いが心配だけど」
「なら極力話さない様に努めろ。不敬罪に問われたら流石に弁護出来ん!」
「…気をつけるよ」
…んー、王女様かぁー。何でこのタイミングで来たんだろうな?魔物の被害は無くなったとはいえ、危険な場所には変わらないのに…。それに、ジルにも魔王軍が攻めて来たって連絡している筈だから、普通に考えたらかなり後に来ると思うんだけどなぁ…。
コンラッドの発言から3時間ほど経つ。住民は大通りからラティの屋敷までの道に綺麗な花を並べ、正門にも旗を掲げ、よそ行きの服を来た状態で王女様が到着するのをソワソワと待っている。
やがて、正門に先触れが訪れ住民の興奮が絶頂に達する。門は開かれ、ラティとコンラッドが待機する。そして、純白の馬車が遠目に見えるのであった。
「あ、ごめん。言葉足らずだったね。狙われてるってのは命とかじゃなくて、アルスさん達を雇い入れようとしているって事だよ」
「ああ…そういう事ね…。でもなんで??」
「少しは考えてよ…。先も言った通り、アルスさん達は王都を救った。そして、ドラゴンを1人で討伐した。……ここまで言えば分かるよね?」
「……アルス様を金で買うという事かしら?」
ラティとの会話に冷たい眼差しをしたチカが入ってきた。チカだけでなく、ナナ達も同じ様な眼をしていた。
「そ。直球で言うとそうだね。しかもアルスさんが王宮のお抱えじゃないから尚更ね」
「灸が必要かな?ご主人様を金で買うとか超失礼なんだけど」
「ラティ、その貴族の屋敷を教えて。ちょっと行ってくる」
ナナ達の言葉を聞いたラティが『なんでこんな好戦的になってるの?』という目で俺を見る。
「違う違う。お前らは勘違いしてる。ラティが言ったのは、俺達を『雇う』って話だ」
「…ご主人様を金で買うんじゃないの??」
「なんでそんな奴隷売買みたいな事になるんだよ!」
「ああ…そういう風に勘違いしたのか。また言葉足らずだったね」
「いや、こいつらが勝手に解釈しただけだよ。…あながち間違いでは無いんだけどね」
それからラティはナナ達に詳しく説明した。その中で気になる点が色々見つかった。
どうやら俺達を破格の待遇で雇おうとしているのは、貴族派閥に属する奴等らしい。ジュエリア王国は、王派閥と貴族派閥の2つに別れており、王派閥の力を低下させようと目論んでいるらしい。
んで、厄介な事にその貴族というのが金の亡者、権力に取り憑かれている奴等ばかりという事。ラティ的にはあまり好きでは無い貴族達らしく、面倒な事になったと愚痴をこぼしていた。
「ってな具合に貴族派閥で話が進んでるみたい。だから、これから貴族から面会要請が出ると思うよ。しかも強制のね」
「…どの世界もドロドロとしてるんだねぇ」
「今はどうにか均衡を保ってるけど、アルスさんがどちらかに付くとしたら崩れるだろうね」
「……それダメじゃ無い??」
「僕としては王派閥の方が助かるんだけどね。…まぁ、どちらについても争い事は生まれるんだけどね」
「…んー、まぁ話を聞く限りでは王派閥の方がいいよなぁ。ある程度自由が約束されてるんだろ?」
「どうだろ?お抱えにならない限りはそうだと思うけど…まぁ、貴族派閥よりはかなりマシだろうけどね」
派閥か…。どこも一緒なんだなぁ。ラティは王派閥に属してるみたいだし、内容的にも王派閥の方が良いだろうな。
「わかった。多分、王派閥になると思うけど一応考えておくよ」
「ありがとう!…陛下との面会の時に聞かれたら伝えてね。…あ、お茶が冷めちゃったね。新しく入れ直すよ」
「あ、俺がするからいいよ」
「いーっていーって!アルスさん達はお客さんなんだから!」
そう言うとラティは部屋から出て行く。しばらくして帰ってくると手にはポットを持っていた。
「お待たせ!美味しい紅茶を入れてきたよ!」
空になったカップに紅茶を注いでいく。全員分を入れ終わり、ラティはそのまま紅茶を笑顔で飲んでいた。
「あ、話はこれで終わりだよ!でも、もう少しアルスさん達と仲良くなりたいから色々話を聞かせてよ!」
何というか、言葉を崩してからのラティは年相応の印象を受ける。…やっぱ『辺境伯』って肩書きを持つと堅苦しくなるんだろうなぁ…。
それから、俺達は色々と喋った。好きなものとか嫌いなもの、どんな武器を使うか、どんな魔法が使えるのかを色々と喋った。最後あたりは何故か俺の好きなタイプをチカ達が聞き出そうとしていた。意味が分からないので答えなかったけど…。
そんなこんなで時間が過ぎ、お昼となった。ラティは王都に用事があると言い『今度一緒にご飯を食べましょうね!』と、そそくさと部屋から出て行った。入れ替わるように、お爺さんが入ってきて屋敷の外まで送ってもらった。
時間がかかると思っていたのだが、案外早めに終わった。辺境伯と聞いていたから、真面目な人だと緊張していたが意外と話しやすい人物で良かった。
そのままお昼を食べに行こうかと提案したが、『学校に戻り昼食を復興作業している人達にも振る舞おう』というナナの意見で戻る事にした。
材料はストックが残っているから買い出しは要らない。学校に戻ると同時に、手伝ってくれたお年寄り達にお礼を言い、その足で外で仕事をしている人達に声をかけに行った。
全員が集まり、庭に長机を準備しその上に料理を次々と乗せていく。今回はバイキング形式である。
昼食を取りながら、住民達と色々話をした。殆どは感謝の雨あられであったが、中にはポツリと小さな文句を言う人も居た。すぐに謝られたが、俺的にはその文句が嬉しかった。変な話だけどね。
食べ終わると、近くにいた棟梁に復興作業を手伝うと申し出た。棟梁は最初、『そんな事はさせられねぇ!アルスさん達は俺達の恩人なんだ!』と頑なに断られたが、無理を言って渋々承諾させた。渋々と言っても、棟梁的には大助かりだったらしく何人かの大工を連れ作業場へと向かった。
俺が向かった被害が大きかった場所は、建物の残骸しか無く新しく作り直すとの事だった。ただ、一軒一軒建てるのは時間と材料がかかるという事で、色々と悩んでいたらしい。
そこで『アパート』を作ってみてはどうかと提案した。大工達が『何ですかそれ?』と興味を持ちながらも質問をしてきたので、地面に絵付きで説明した。別に俺は前世でそんな知識は持ってないので、ざっくりな説明で終わったのだが、そこは本職の人達が色々と意見を出し合っていた。
所々、どんな風になっているのかと質問され前世で住んでいた部屋を説明した。部屋の狭さに驚いていたが、俺から言わせて貰えば、ただただこの世界の部屋が広いだけだ。一人暮らしで一軒家に住むってどんだけ金がかかると思ってんだ!!
とまぁ、俺個人の意見は別として職人達は目を輝かせて設計図を書いていた。……鉛筆って存在してんだな、とひっそり思っていたのは秘密だ。
その日は設計図だけで1日を費やし、学校へ戻り進捗がない事を棟梁に怒られていた。しかし、図面を広げ大工達が説明をし始めると、怒っていた棟梁がどんどん楽しそうな表情に変わっていった。
チカ達も手伝いから帰ってきて顔や服に汚れが付いていた。しかし、汚れが付いていたとしてもチカ達の美貌に変わりは無かった。………顔が良いってのはほんっと得だよなぁ。
夕方になり、住民達は各々の家へと戻る。家が無くなってしまった人達はここの庭に簡易テントを張り、生活してもらっている。…まぁ住む場所が無いから仕方ないし、寝泊まりだけだから邪魔にもならないからね。
自宅に入ると大人状態になったレインがナナに教えてもらいながら夕食を作っていた。味は…まぁ独特な味がしたが、これから頑張るって言ってたから期待しておこう。
その日はそのままベッドに入り就寝となった。労働で疲れたのか、横になり目を閉じるとすぐに眠りの世界へと落ちていったのだった。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
魔物の襲撃から1週間が過ぎた。復興作業はほぼ終わり、残すは住民のメンタルケアとなっている。
アパートを作る際、ついでに区画整理をし住みやすい街を作ることになった。学校からそのアパートまでの道は新しく舗装され色付きのレンガを使用している。
アパートは住民から好評みたいで、職人さん達も嬉しそうだった。特に独身の人達からは大好評で、金に敏感な地主などが棟梁に依頼をしていた。まぁ、狭い土地に何世帯も住めるとなると、そう考えるのが当たり前だと思う。そのアパート建設に際し、住民を増やそうという考えが生まれた。提案者は商人達であったが、辺境の地でそれといった魅力のない街に、確かな技術が生まれこの機会に住民の受け入れを増やしたらどうかという提案だった。
ただ、この件に関してはラティとの会談も必要だし、その前に職がない事が最大の障害となった。農地などがあれば良いだろうが、周辺は砂漠だし水もオアシスまで取りに行かなければならない。
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まぁそこら辺の考えは、アホな脳味噌の俺には訳分からんので、聞くだけにしておいた。だって、大学中退のフリーターに高度な経済が分かる訳無いだろ。
そして今日、子供達の世話をしながら住民の話を聞く1日となると思っていた俺に驚愕の知らせが届くのであった。
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「本当にお前達だけで行くというのか?」
「はい。父上が気になる人物の噂は私の耳にも入っております。そして、父上がこちら側に引き込みたいという考えも知っております」
「けどよー、確かにドラゴンを1人で倒したってのはかなりヤベー。下手すれば、ソイツ1人で王国を滅ぼす事も出来る強さだからな」
「父上がお会いする前に、私達が判断しようと思っています。もしかしたら、もう貴族達の手がそのお方に回っているかもしれませんし」
「…しかし、それならば王宮に来させれば良いではないか。わざわざお前達があの辺境の地まで行かなくても良くないか?」
豪華絢爛な一部屋にて、男性1人と女性2人が話をしている。その部屋に置かれているものは全て最高級の一品であり、机も、その上に置かれているティーカップも、紅茶も全て一級品である。
そして、美しい薄紫色をしたロングストレートの女性が口を開く。
「もし貴族達の手が回っていた場合、それは悪手になると思います。その方を招き、クーデターを起こされればその時点で終わりかと」
隣に座っていた赤髪の短髪の女性が続く。
「その前に俺達の目で確かめようと思ってな。それに、サガンでソイツがどんな評価を受けているのかも気になるし」
2人の話を聞いた男性がため息混じりに口を開く。
「……お前達の考えはわかった。しかし、貴族達の手が回っていた場合、人質となる可能性があるではないか。その可能性を考慮するとやはり、王都で会った方が良いではないか」
「ご安心を。『転移結晶』を持っていく予定です。私達が危険を感じた場合、すぐさまここに戻ってくる予定です」
「あと、ニリキナを連れて行く。ニリキナもソイツと面識があるようだし、高評価だったからな。それに知り合いがいれば、簡単には手を出さないだろうしな」
「…はぁ。何という浅はかな計画だろうか…。これが若さゆえなのか?……でもコイツら言い出したら止まらないしなぁ…」
男性は頭を抱えながらボソリと呟く。2人には聞こえなかったようで、どうしたんだ?という表情を浮かべている。
「……わかった。一先ずお前達に任せるとしよう。……ただしニリキナ以外にも『ヴェルタール』を連れて行くように」
その言葉に2人はピクリと身動きする。ソレを動かすという事は最悪の場合を想定しているという事だからだ。
「…流石にそれは過剰過ぎないか?」
「そうですよ!それに、父上の護衛はどうするのですか!!」
「ヴェルタール全てを動員する訳ではない。…そうだな、4人程度なら動かせるだろう。そうニリキナに伝えておけ」
「……承知しました。では、私達はサガンに向かってもよろしいので?」
「止めても聞かないだろう?…ただし、もし人質になった場合、最悪お前達を見捨てるかもしれぬ。その覚悟はあるか?」
「心配症だな親父は。そうなる前に転移結晶使って逃げ出してくるよ」
(……ダメだコイツ。本当に何も考えてねぇ…)
男性はさらに深く溜息をつく。その時、男性にある考えが浮かんだ。
「……そうだ。やはり保険としてアイツらにも護衛をするよう言っておこう」
「はぁ?これ以上人数増やしてどーすんだよ!お忍びじゃなくなるだろーが!!」
「……お前お忍びで行こうと考えていたのか?……はぁ。本当にしっかりしてくれよ……」
男性は泣きそうな顔で短髪の女性を見つめる。その顔に苦笑いしながらもう1人の女性が口を開く。
「…お忍びの予定では無いんですけどね…。何はともあれサガンに連絡を入れる予定ではありました。御触れを出しておけば表立って動けないはずです」
「…頼むよほんとに。計画は最初からしっかりと伝えてくれ…」
「…なんで2人してそんな目でアタシを見るんだよ!!」
「……それよりも父上。他に連れて行く人物はどなたなのでしょうか?」
「ああ…それはだな----
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コンラッドが俺達の元へ大慌てで向かってきた。手には羊皮紙を持っている。そして、丁度人が集まっていたので、羊皮紙を広げ俺たちを含めた住民に内容を伝える。
「----本日、ジュエリア王国の第1王女と第2王女がサガンに来訪する!皆の者、この話を全ての住民に伝える様に!!予定では、街の状況を確認後辺境伯様の所に向かうとの事だ。大通りを綺麗に掃除をするように!!!」
コンラッドの話を聞いた住民達は、大慌てで出て行った。まぁ、王族が来るってなったら街も自分達の格好も綺麗にしないといけないもんな。
他人事のように考えていると、血走った目をしたコンラッドが近づいて来る。
「なっ、なんだよ!!」
「おい!お前!!王女様方に何をした!?」
「はぁ!?何もしてねーし、会ったこともねーよ!!!」
「お前が陛下と会う事は聞いている。しかし、王女様と会う事は聞いておらんぞ!?」
「だから知らねーって!!」
「ここに『滞在中の護衛はアルスという冒険者パーティーを指名する』と書いてある。しかも、陛下のサイン付きでな!!」
「……別にそれは普通なんじゃないか?俺の事を王様は知ってるんだろ?」
「それはそうだが…。ここにな、『尚、護衛期間中は何用があっても離れる事を許さぬ』とも書いてあるんだ。四六時中一緒に居ろって事なんだぞ!?」
「……護衛にしては何か変な言い回しだよな。だから、疑ったのか??」
「そうだ!お前達が王都にいる間、何をしているかは把握しておらぬからな。……本当に問題行動は起こしてないな?」
「してねーって。王城にも行ったけどよ、ほとんど訓練関係だけだったぞ?」
「……そうか。まぁ、何にせよお前が護衛する事で近くに王女様方がいるのは間違いない。本気で無礼な真似はしないでくれよ?な?」
「しないって。……言葉遣いが心配だけど」
「なら極力話さない様に努めろ。不敬罪に問われたら流石に弁護出来ん!」
「…気をつけるよ」
…んー、王女様かぁー。何でこのタイミングで来たんだろうな?魔物の被害は無くなったとはいえ、危険な場所には変わらないのに…。それに、ジルにも魔王軍が攻めて来たって連絡している筈だから、普通に考えたらかなり後に来ると思うんだけどなぁ…。
コンラッドの発言から3時間ほど経つ。住民は大通りからラティの屋敷までの道に綺麗な花を並べ、正門にも旗を掲げ、よそ行きの服を来た状態で王女様が到着するのをソワソワと待っている。
やがて、正門に先触れが訪れ住民の興奮が絶頂に達する。門は開かれ、ラティとコンラッドが待機する。そして、純白の馬車が遠目に見えるのであった。
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