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76. 絶対に関わってはいけない女
しおりを挟むシャンティーを先頭に、件の武器屋の前に到着した『犬の肉球』と虎子は、全員で深呼吸してから気合いを入れる。
「アンタ達、気合い入れなさいよ!
今から決戦なんだからね!
目標は、300万マーブルか、それに相応する商品の奪取!
『犬の肉球』を舐めたら、どうなるか、存分に思い知らしてやるのよ!」
シャンティーが、なんかおかしな事を言ってるが、ここまで来ると誰も指摘しない。
そう、シャンティーの落とし前は、いつでもお金で換算できるのである。
いつもだったら、塩太郎が突っ込みを入れる所だが、何度も言うが塩太郎は現在、気落ちした状態。
もう、腹黒シャンティーを止めれる人間は居ないのである。
「塩太郎、アンタ、シャキッとしなさいよ!」
シャンティーが、生気の抜けた顔をしてる塩太郎に、ハッパをかける。
「お……おう……」
そう。塩太郎は、ちょっとビビっているのだ。
塩太郎が、自信をなくす事となった件《くだん》の店の前まで来て、つい先程の事件が、頭のなかでフラッシュバックしてきて、足がガクガク震えているのだ。
「塩太郎さん。大丈夫です。塩太郎さんには、僕がついてますから」
虎子が、塩太郎の右手をギュッ!と、強く握る。
「ああ。大丈夫だ。俺を誰だと思ってる。俺は、あの、人斬り群雄割拠の京都で、伝説とまで呼ばれた男だぜ!
こんな修羅場なんて、幾千も越えてきてるんだよ!」
塩太郎は、女に慰められて格好悪い所など見せれないので、弱い心を閉じ込め虚勢を張る。
まあ、だけれども、塩太郎が自信を無くした原因は、お小遣いが、いつでも1万マーブル問題。
本当に、しょうもない原因で自信を無くしてしまっているのだが、その事については誰も指摘しない。
というか、誰も気付いていなかったりする。
まあ、『犬の肉球』で、1番常識人のムネオだけは気付いてるかもしれないけど。
「じゃあ、準備は出来たわね! 作戦通り行くわよ!」
シャンティーが、武器屋の扉を、勢いに任せて、バーン!と開ける。
「ここの店主、すぐに出てきなさい!
ウチのアタッカーが、ここの店主にディスられて心を痛めて、もう戦う事が出来ないと言ってるのだけど!
一体、どう落とし前つけるのよ!」
シャンティーが、怒鳴り声を上げて客や店の定員を威嚇する。
「すみません。お客様、どのような御要望がおありでしょうか?」
慌てて、店の店主がシャンティーの前に来る。
「塩太郎! 出てきなさい!
アナタ、この店主に言われたのよね!
この店で買うお金も無いのに、冷やかしに来るなって!
侍のプライドを傷付けられたのよね!
そして、それでも飽き足らずに、塩太郎が聖剣を持ってると言ったのに、『侍のコスプレ野郎が、聖剣など持てる筈ないだろ!』と、すっごくディスられちゃったのよね!
たまたま、研ぎ屋に聖剣と予備のドン・ドラニエルと、白蜘蛛と、オイドン・トラデアルの大業物を出してただけなのに!」
「ああ」
塩太郎は、打ち合わせどうりに、コクリと頷く。
「そこまで強くは言ってませんが、たしかに、そのような事は言いました。
ですが、実際、ウチの店の品物を買うお金も持ってなかったので、冷やかしだと思ったのです」
店主は、少しだけは認めたが、お金を持って無かった塩太郎も悪いようなニュアンスで、話を濁す。
「それは、研ぎ屋で前金を払ったばかりで、たまたま持ち合わせが無かっただけだ!」
塩太郎は、事前の打ち合わせしておいた台詞を言う。
「そうですよ! 僕のお店に、塩太郎さんは、聖剣一振、神級の大業物三振りを研ぎに出してくれたんです!
そして、その前金として、5000万マーブル頂きました!
伝説級の刀の研ぎ賃は、とてもお高いんですよ!」
虎子も、シャンティーと打ち合わせしてた台詞を、1字1句間違わずに塩太郎の言葉に被せる。
「そういう事よ! たまたま持ち合わせが無かっただけで、アンタの店の、どのショボイ刀でも買うお金ぐらい、塩太郎は持ってたのよ!
それなのに、アナタは、勝手に勘違いして、本物の侍である塩太郎に対して、貧乏人の侍コスプレ野郎とディスったのよ!
本当に、これはどう落とし前つけてくれるのよ!」
シャンティーは、ここぞとばかりに喚き散らす。
「そ……そんな嘘、幾らでも言えますよ!
何なんですか! アナタ達、私に何をさせたいんですか!」
店主が、イラついてきたのか、逆ギレし出す。
「ハァ? 何言ってるのアンタ? そんな嘘、幾らでも言える?
アンタ、今、私を嘘つき呼ばわりしたわよね?
この伝説の冒険者パーティー『犬の肉球』のシャンティー様に?」
「は? 『犬の肉球』なんて、知らないですよ!
『犬の尻尾』のバッタモンか何かですか?
本当に、アンタ達、格好だけの偽物集団ですね!」
アホな店主が、シャンティーの前で、絶対に言ってはいけない禁句を言ってしまった。
そう、シャンティーの前では、『犬の尻尾』と絡めて、決して『犬の肉球』をディスてはいけないのである。
「塩太郎! 作戦変更! このウ〇コ野郎を殺して頂戴!」
「ああ。この糞野郎を殺せばいいんだな!」
塩太郎は、シャンティーに言われて、聖剣 村正を鞘からスルリと抜く。
「アッ……その刀は、もしや……本当に、日本刀……」
流石の店主も、本物の聖剣を見て、やっと塩太郎達が本当の事を言ってた事に気付いたようである。
一応、武器屋の店主なので、聖剣を見極めるだけの目を持っているのだ。
「だから、言っただろ! 俺は本物の侍で、本物の日本刀を持ってるって!」
なんかよく分からないが、形勢逆転して、塩太郎の気力が復活してくる。
そう、侍はプライドが大事なのだ。
プライドさえ復活したら、元のポテンシャルなど、簡単に復活してしまう。
侍とは、プライドで生き、プライドで死ぬ生物なのだ。
そう、恥をかくくらいなら、直ぐに無実を晴らす為に、腹切りしちゃうヤバい生物なのである。
「塩太郎! 次いでに、他の日本刀レプリカも、よ~く、冥土の土産に見せてあげなさい!
こんなショボイ店じゃ、一生売る事ができない、神級の大業物を!」
塩太郎は、シャンティーに言われて、虎子に借りている日本刀レプリカを、一振、一振、店主の目の前で見せてつけてやる。
「ぜ……全部……本物……」
流石は、腐っても武器屋の店主、塩太郎が見せた日本刀レプリカが全て本物だという事が分かるようだ。
「次いでに、塩太郎の冒険者ブレスレットも店主に見せてあげなさいな!」
「ん? 何で?」
「アンタの冒険者ブレスレットには、剣王と、拳王の称号が、刻まれてるでしょうが!」
塩太郎は、シャンティーに言われて、ハッ!と気付く。
「そうだった……」
塩太郎は愕然とする。そうなのだ。
この金色に輝く、A級冒険者ブレスレットに刻まれた称号を見せておけば、塩太郎はここまで追い込まれてしまう事にもならなかったのである。
神級のアーティファクトである、冒険者ブレスレットの複製など出来ないしね。
「て?! アナタ、もしかして、ガブリエル姫様が召喚したという異世界勇者!
最近、噂で、その異世界勇者が、剣王の称号を手にして、ハラダ家に挑みにくるという噂を聞いていましたが……まさか、アナタ様が、その異世界勇者であらせまするか……」
店主は、ガクブルで、塩太郎に質問してくる。
「ああ。そいつは、俺の事だな!」
塩太郎は、ドヤ顔で胸を張る。
もう、ここまで来ると、完全復活。
「も……申し訳、御座いませんでしたーー!」
武器屋の店主は、地面に頭を擦り付けながら土下座した。
「もう。分かってるわよね。塩太郎をディスるという事は、『漆黒の森』の女王であるガブリエルもディスる事になるって?
ガブリエルは、大の侍好きって有名だもんね!
そして、アナタは、ガブリエルがわざわざ何百年も掛けて召喚させた侍、塩太郎をディスたのよ!
これが、ガブリエルに知れたら、どうなると思う?
店は取り潰し、死罪も有り得るわね!
だけれども、この事を知ってるのは、私達だけ。
言ってる意味分かるわよね?」
シャンティーは、とても悪い顔をして、店主に言う。
「はい! 分かっております!」
店主は、地面に水溜まりが出来るくらいに、大量の汗を吹き出しながら答える。
「フフフフ。流石は、商売人ね。優しい私達は、本来ならガブリエルに言いつけるのだけど、お金で解決して上げても良いと思ってるのよ」
シャンティーは、店主の耳元までフワフワと飛んでいき、小声で悪魔の囁きを呟く。
すると、店主は、店にシャンティー達以外、誰も居ない事を確認してから、
「あの……その……幾らお支払いすれば……?」
シャンティーに、お伺いを立てる。
「塩太郎だけじゃなく、私もディスられちゃったから、3000万マーブルと言った所かしらね?」
「承知しました! 今は手持ちが御座いませんが、直ぐに店の品物をお金に替えてご用意致します!
それで、くれぐれもガブリエル姫様には、ご内密に……」
結構な金額だったが、店主は即決した。
余っ程、ガブリエルに目をつけられる事を嫌ったのであろう。
「分かってるわよ! 私は、口が堅くて有名なの!
お金さえ、しっかり払ってくれたら、絶対に約束は守るわ!」
「ありがとうございます!」
こうしてシャンティーは、目標金額の10倍にものぼる、3000万マーブルをゲットする事に成功したのだった。
まあ、この事件は、シャンティー達が口を閉ざす事によって闇に葬られたのだが、『腹黒シャンティーには、絶対に関わってはならない!』という、商人組合の注意事項だけは、南の大陸全土に完全に広がったのである。
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