52 / 166
52. 吉田稔麿という男
しおりを挟む幕末は、夜の京都。
長州 脱藩浪人 佐藤 塩太郎は、池田屋で深手を負った吉田 稔麿を担いで、長州藩邸に、急ぎ向かっていた。
『こいつは、ちょっとヤバいな……』
塩太郎の足が止まる。
行く手を、会津藩兵が塞いでいたのだ。
というか、どうやら、会津藩兵は、長州藩邸を囲むように警備してるようで、池田屋から逃げて来た長州藩士を捕まえる為に、網を張ってたようであった。
深い傷を負っている吉田稔麿には、最早、一刻の猶予も無い。
血を失いすぎたせいか、体温が急激に冷たくなってきているのだ。
生きるか死ぬかの瀬戸際。
「クッ……どうする……」
塩太郎一人なら、どうとでも長州藩邸に逃げこむ事ができる。しかし、吉田稔麿をおぶった状態となると、とても難しい。
どこかの屋敷に逃げ込もうにも、外の騒がしさに警戒してか、どこの屋敷も、キッチリ門を閉ざしている。
誰しも、わざわざ、厄介事に首を突っ込みたくないのだ。
とか、考えてる内にも、違う持ち場で警備してた会津藩兵も、続々と、塩太郎と吉田稔麿を捕らえる為に集まってくる。
カキン! カキン! カキン! カキン!
それにしても、本当に、火縄銃の弾が鬱陶しい。
カキン! カキン! 言ってるのは、塩太郎が刀で弾いてる音。
というか、内心、塩太郎は、火縄銃の弾を、刀で全て弾いてる自分自身にも驚いていた。
突然、会津藩兵が火縄銃を撃ってきたので、反射的に、弾を、刀で弾いたのだ。
出来るとも思ってなかったのに出来た。
しかも、自然に。
逆に、身構えてたら出来なかったかもしれない。
体に、余計な力が入り、弾を空振ってたかもしれない。
まあ、今までも、出来たかもしれないが、火縄銃の弾を弾き返すシュチュエーションが、今まで無かったので、分からなかっただけかもしれないが……。
しかしながら、塩太郎にも覚えがある。
何かの拍子に、人程の大きさの岩を斬り裂いた事があったのだ。
本当に、たまたま。
敵を斬り裂いた時、勢いあまって、敵の後ろにあった岩まで、真っ二つに。
その時は、俺の刀スゲーと思っただけ。
塩太郎の刀、村正は、その辺の刀屋で売ってる普通の村正。
倒幕を目標とする勤皇志士にとって、徳川に仇なす刀として有名だった村正は、とても人気だったのだ。
ミーハーだった塩太郎も、他の勤皇志士に習って買っただけ。
そのミーハー根性で買った村正が、たまたま当たりの村正であったのである。
刀に、当たり外れがあるのは、普通の事だし。
なので、今回、火縄銃の弾を弾き返せれたのも、
『俺の村正、スゲー!』
と、思っただけ。
本当は、村正の力じゃなく、塩太郎の闘気の力だと、この時の塩太郎は全く気付いていなかった。
まあ、凄いスピードで飛んでくる火縄銃の弾を目で追えるだけで、凄い動体視力の持ち主なのだけど、この時代には、まだ、動体視力という概念が無かったので、仕方が無い事なのだけど。
「クッ! 埒があかねー!」
塩太郎は、苦虫を噛み潰す。
火縄銃の攻撃を打ち返すだけで、全く、前に進めないのである。
長州藩邸は、もう目と鼻の先であるのに。
会津藩兵も、仲間をおぶり、しかも、片手が塞がった状態で火縄銃の弾を打ち返してしまう、塩太郎の異様さに警戒して、全く塩太郎に近づこうとはしない。
近づいたら、最後、真っ二つにされる事ぐらい、想像つくのだろう。
塩太郎的には、逆に斬り掛かってくれたほうが、敵の数を減らせて楽なのだけど、
流石は、この血生臭い時代に京都を護る、京都守護の会津藩。無駄に統率が取れているのである。
というか、相手が抜刀して斬り掛かってきてくれたなら、吉田稔麿をおぶったままでも、2、30人ぐらいなら倒す自信が塩太郎にはあった。
しかしながら、塩太郎が、たまたま撃たれた火縄銃の弾を、たまたま刀で弾いてしまった事により、会津兵が警戒し、逆に塩太郎の首を絞めてしまっていたのだ。
「塩太郎……私を置いて逃げろ……」
塩太郎の背中で、吉田稔麿が、掠れた声で喋りだす。
「大丈夫ですよ! 俺が、必ず、稔麿さんを助けますから!」
塩太郎は、吉田稔麿が諦めてしまわないように、無理に明るい口調で返してやる。
「しかし、私をおぶったままでは、お前もいずれ、殺られるぞ……」
どうやら、稔麿は、自分の事より、塩太郎の心配をしているようである。
「俺は、殺られませんよ。何故、問題児で、ひ弱な高杉が、未だに死んでないか、理由が分かります?
俺が、いつも、アイツが死なないように護ってやってたからですよ!
アイツ、滅茶苦茶するから、本当に大変なんすよ!
俺が居なかったら、きっと100回は死んでますね!」
塩太郎は、努めて明るく、稔麿の気を逸らす為にも、問題児の高杉の話をしてやる。
「そうか……しかし、流石の高杉でも、こんな状況など、一度も無かっただろ……」
「さあ……どうだったでしょう。こんぐらいの絶体絶命、たくさん有ったような……。
まあ、高杉の場合は、日常がトンデモないので、藩のみんなも知らないような事、たくさんやってますからね!
高杉が、何かやる度に、伊藤(博文)や俺が、必死に揉み消すというか、尻拭いしてたから誰も知らない訳で、こんな状況、俺達にとったら、日常茶飯事ですよ!」
「そうか……」
「そうですよ! だから、稔麿さん! 泥舟に乗った気で居て下さいよ!
俺が、必ず、長州藩邸まで連れていきますんで!」
「そこは、泥舟じゃなくて……大船だと思うぞ……」
「へ? そうでしたっけ?」
「ハハハハハ……面白いのう……」
「面白いのう……って、そんなに面白かったっすかね?」
「ん?」
「アレ!? 稔麿さん!」
塩太郎の背中におぶさっていた、吉田稔麿が急に重くなる。
「エッ!?」
塩太郎は、稔麿を急いで背中から降ろし、そして冷たくなってしまっている稔麿を、地面にゆっくりと横たわせる。
「稔麿さん?」
塩太郎が、名前を呼び掛けても、稔麿はピクリともしない。
ただ、口に、かすかに微笑みを浮かべて、目を閉じている。
「稔麿さんってば、からかわないで下さいよ!
流石に、年上だからと言っても、していい冗談と、やってはいけない冗談って、あるんですからね!」
塩太郎が、冗談だと信じ、どれだけ呼び掛けても、稔麿は返事をしない。
ただ、ただ、幸せそうに、笑みを浮かべて目を閉じてるだけ。
「稔麿さん! もうスグですって! 目を覚まして下さいよ!」
塩太郎と稔麿の異変に気付いた会津藩兵達も、既に鉄砲を撃つのを止めている。
「お願いですから、 目を覚まして下さいよ……。
長州藩邸、もう、目と鼻の先なんですからね。
また、高杉や、久坂達と、松蔭先生との昔話とかして、酒を飲み交わしましょうよ。ね! 稔麿さん!」
何故だか分からないが、塩太郎の目から、ポロポロと涙が流れ落ちてくる。
「なんで、目を覚ましてくれないんすか!
俺が守れば、誰も死なないっていうジンクス、知らないんすか!」
塩太郎は、鼻水と涙で、顔をくちゃくちゃにしながら必死で稔麿の体を揺する。
「チキショー……稔麿さん…起きろよ……俺のジンクス、どうしてくれるんだよぉ……」
塩太郎は、現実を直視する事が出来ない。
本当は、分かってる。分かってるのだ。
だけれども、吉田稔麿が死んでしまった事を、塩太郎は、どうしても受け入れられないのだ。
稔麿は、塩太郎にとって優しい先輩だった。
いつも、ヤンチャな高杉に対しても、寛容で、高杉のせいで、酷い目にあってる、塩太郎や伊藤、高杉派閥の者に対しては、特に目を掛け、可愛がってくれていた。
松下村塾が誇る高杉晋作、久坂玄瑞と並ぶ三秀の一人。
そして、松下村塾の優しい兄貴。それが、吉田稔麿という男だった。
ーーー
面白かったら、ブックマーク押してね!
5
お気に入りに追加
235
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界の剣聖女子
みくもっち
ファンタジー
(時代劇マニアということを除き)ごく普通の女子高生、羽鳴由佳は登校中、異世界に飛ばされる。
その世界に飛ばされた人間【願望者】は、現実世界での願望どうりの姿や能力を発揮させることができた。
ただし万能というわけではない。
心の奥で『こんなことあるわけない』という想いの力も同時に働くために、無限や無敵、不死身といったスキルは発動できない。
また、力を使いこなすにはその世界の住人に広く【認識】される必要がある。
異世界で他の【願望者】や魔物との戦いに巻き込まれながら由佳は剣をふるう。
時代劇の見よう見まね技と認識の力を駆使して。
バトル多め。ギャグあり、シリアスあり、パロディーもりだくさん。
テンポの早い、非テンプレ異世界ファンタジー!
*素敵な表紙イラストは、朱シオさんからです。@akasiosio

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。
彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる