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44. 心から震える男
しおりを挟むドワーフ王国直営店、ムササビ支店は、ウルフデパートの1階中央、1番の立地で、他の店舗の3倍はある大きさである。
店舗の木造の壁には、手の込んだ彫刻がビッシリと彫られ、黒光りする漆が塗られており、窓は、中が薄らと見えるステンドガラス。
しかも、何やら物語のようなものが描かれている。
「これって、黒い龍みたいなのが描かれてるけど、もしかして、黒龍戦争の話が描かれてるのか?」
塩太郎は、塩太郎の周りを飛び回ってるシャンティーに質問する。
「そうよ! ドワーフ王ドラクエルも、『犬の肉球』も、黒龍戦争の当事者だったから、ステンドグラスに私達の伝説が描かれてるのよ!」
シャンティーは、ドヤ顔で説明してくる。
「これって、もしかしてシャンティーとエリスか?」
「そうよ! 格好良いでしょ!」
シャンティーは、どうよとばかりに、ペッタンコの胸を張る。
「格好良いって……。これは、エリスにたかる蝿にしか見えないけどな……」
「アンタ、もしかして、私に喧嘩売ってる?」
「売ってねーって! でもパッと見、どう見ても、エリスにたかる蝿だよな。メチャクチャちっこいし……。
まあ、メチャクチャ近づいてよく見ると、確かにシャンティーだけど、普通の人は、絶対に気付かねーし!
多分、殆どの人は、何でわざわざステンドガラスに、蝿を描いてんだ?って、思ってるんじゃねーのか?
というか、よっぽど、エリスの髪が臭いんだろうな?って思うよな……」
塩太郎は、見たまんまの感想を、思わず述べる。
「酷いよ! 塩太郎ちゃん! 私の事、髪が臭い女だと思ってたの!」
突然、エリスが泣き出す。
まあ、無理も無い。誰しも気がある相手に、髪が臭いとか言われたら、例え話であったとしても、傷付いてしまうと言うものだ。
まあ、塩太郎が幕末出身で、女心が全く分からない、ガサツな男だから仕方が無いのだけど。
「お、思ってねーよ! 俺は、ただ、見たまんまの感想を言っただけだ!」
塩太郎は、慌てる。まさか、エリスが泣き出すとは思ってなかったのだ。
塩太郎的には、エリスの事を近所のオバサンかなんかだと思ってる。
だって、見た目は18歳だけど、300オーバーの年上だし。完全、恋愛対象外なのだ。
「アンタ、エリスを泣かして、ただで済むと思ってんの!」
「いや、悪かったとは思うけど、これ、どう見てもエリスにたかる蝿だろ?」
「蝿、蝿言うな! 私は蝿じゃない!」
「じゃあ、これは何だ?」
塩太郎は、ステンドガラスに描かれたシャンティーを指差す。
「う~ん……エリスにたかる蝿ね……」
シャンティーは、思わず蝿だと認めてしまう。
「やっぱり、そう思うだろ!」
「五月蝿い! アンタが蝿、蝿言うから、私も蝿に見えてきちゃったのよ!
なんか、今迄、このステンドガラスを見る度に誇らしく思ってたけど、もう、見るのも辛くなってきたわね……。
今直ぐ、叩き割ってしまおうかしら……」
「お前、それは流石に駄目だろ?」
「いいに決まってるでしょ! 私、このステンドガラスに侮辱されてんだから!」
「でも、ここって、どうみても高級店だろうが!」
「所詮、ドラクエルの店よ、いざとなったら、賠償金払わしてやるんだから!」
「賠償金って、ステンドガラスを叩き割ったら、普通、賠償金を払うほうだろが!」
「私は、このステンドガラスを見て、心底、心に傷を負ったのよ!
賠償金を請求するのは、相応の権利よ!」
「お前、どんだけ腹黒なんだ……」
「だから、腹黒言うーな!」
とか、店の前で5分程、騒いでいると、
騒ぎを聞きつけたのか店の中から、店員と思われる、顔かたちが整った15歳ぐらいに見える、黒髪の耳が少しだけ尖った青年?が出てきた。
「エリスさん! シャンティーさん! それからムネオに、塩太郎さん?、一体、店の外で、何やってんですか!
一応、ドワーフ王国直営店は、高級店の部類になってるんですから、店の外で騒がれると、凄く迷惑なんですけど!」
店から出て来た、どこかで見覚えがあるような顔の青年?は、どうやら俺達の事を、知ってるようである。
「ヨネン! このステンドガラスは、どういう事なの!
これ、絶対に私をディスってるわよね!」
「シャンティーさん。一体、何言ってるんですか?
このステンドガラスは、350年前に貼り替えてから、このままですよ!
シャンティーさんも、出来た当初から、出来栄えを凄く褒めてくれて、来る度、見とれてたじゃないですか!」
なんか、ヨネンとかいう青年が、シャンティーの物言いに、とても困惑している。
無理もない、昨日までステンドガラスを褒めてたのに、いきなり、自分をディスってると顔を真っ赤にして怒って来たのだ。
塩太郎だって、事情を知らなければ、シャンティーの事をヤバイ奴だと思ってしまうに違いない。
まあ、シャンティーがヤバイ女なのは、最初からかもしれないけど。
「アンタ、これ見なさいよ! アンタこれ見てどう思う?」
シャンティーは、エリスの頭の周りに飛んでいる、ステンドガラスの自分を指差す。
「ん? シャンティーさんじゃないんですか?」
ヨネン青年は、首を捻る。
「じゃあ、塩太郎? アンタには、これが何に見える?」
「エリスの臭い頭にたかってる蝿だな」
「塩太郎ちゃん、酷い! 私の頭、臭くないもん!」
またまた、エリスが泣き出してカオス状態に陥る。
「さあ、ヨネン。このエリスにたかる私は、何に見えるでしょう?」
ヨネンは固まる。そして、どうやら気付いてしまったようだ。
職人的には、精巧にシャンティーの姿を表現したのかもしれないが、如何せん、ステンドガラスに描かれたシャンティーは小さ過ぎるのだ。
誰がどう見ても、エリスの頭にたかる蝿にしか見えないのである。
「さあ、どうなのよ?」
シャンティーは、ヨネンの周りで蝿のようにブンブン飛びながら詰め寄る。
「エリスさんにたかる蝿にしか見えませんね……」
とうとう、ヨネン青年は陥落した。
まあ、誰がどう見ても蝿だしね。
誰しも、虫眼鏡で、わざわざステンドガラスを見ないのである。
「で、どう落とし前を付けてくれるのよ?」
シャンティーは、ヨネン青年に詰め寄る。
「ドワーフ王国直営店で使える金券5000万マーブルで勘弁して下さい……」
ヨネンは、直ぐに、妥協案を提案する。
「1億マーブル寄越しなさい」
「それはちょっと……」
「アンタ、私がどんだけ精神的苦痛を味わったか分かってんの?
エリスだって、大泣きしてるじゃないのよ!」
「エリスさんは、塩太郎さんに泣かされたんじゃ……」
ヨネンは、無駄な言い訳をする。
「黙らっしゃい! 私は、350年間も、このステンドガラスのせいで、心に傷を負ってきたのよ!
350年間の心の傷が、1億マーブルなら安いもんでしょ!」
「1億マーブルは、流石に……7000万マーブルでどうでしょうか……」
「じゃあ、8000万マーブルで!」
「わ……分かりました。8000万マーブルで許して下さいませ」
ヨネンは、何故か、プルプル震えながら頭を下げたのだった。
それにしても、350年も心の傷を負ってたなんてよく言えたものだ。
気付いたのは、つい、さっきなのに……。
塩太郎は、シャンティーの二つ名、腹黒に、一点の嘘偽りも無いことを、しみじみと実感したのだった。
まあ、原因は、塩太郎の、蝿に見えるの一言だったのだけど。
ーーー
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