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若のメガネにかかったのは五人。イオリ達のほかに二人の娘が選ばれたのだが、本日、若の身の回りの世話をする役を仰せつかったのは、偶然にもイオリ、サヤ、オユリの三人であった。
朝方の吟味の後、昼からは屋敷での仕事や、心構えの説法を受け、夕食の際に食事の膳を運ぶという大役を仰せつかった。調理場より若の元へとその膳が運ばれる間に都合三回、毒見を通り、主の元へと運ばれる頃にはすっかり冷めてしまっていたようである。
入り組んだ屋敷の中を歩く間、サヤは鼻も目も耳も総動員させ、ジンの居場所を探した。
「ダメダ。あるのは分かるけど、どこかまではわかんないよ……」
そうこうするうちに若の待つ座敷へたどり着く。戸を引く前に膳を置き、両膝をついて待つ。
暫らくして、内側から戸が開き深々と頭を下げ、すっと立ち上がる。
ここでやっと中へ入ることが許されるのだ。シズシズと頭の位置を上下させぬように歩く独特の歩法で進み、膳を置く。すると、若の目がギョロリとサヤを睨みつけた。
「オイ、そこの白髪娘。酌をしろ」
表情を変えず、目玉と連動する声だけで命ずる。
一瞬、彼女はためらいながらも、若の横にうやうやしく膝をつく。オユリから渡された銚子からトクトクと、酒をつぐ。
若の目が杯に落とされると、杯の中の酒がみるみる赤く染まっていく。
そう、まさに鮮血のような色に。
「血の匂いがするなぁ……
それも最近嗅いだ匂いだ……」
この言葉がその場の全ての人間の耳に届くと、同時に襖の奥や天井から人影が飛び出す。
いずれもその身を黒装束に包んだ、正に忍びと言った風情だった。
忍びどもは風のように素早く動き、それまで無言でいたイオリ、状況を飲み込めないオユリの首筋にそれぞれ瞬く間に白刃を当て自由を奪った。
悲鳴を上げる間もなく二人は口に手をあてられ言葉を封じられた。
「どういうことだ!
二人を離せッ!」
サヤの周りにはその身に触れようとしない黒装束が囲むのみ。これを見ていた若は杯の中の血をクイと飲みほし立ち上がる。
「わかってるよ。昨日キサマを斬り損ねてからこいつが囁くんだ。
一つになりたい。
鞘も欲しい――ってな」
そういって若は己の腹をさする。
「キサマ、この刀の『鞘』だろう?
二人あわせて神になるんだってなぁ……」
そういって若トノは口中に自分の右手を突っ込む。息をのむオユリは次の光景に目をそらしてしまう。男は口の中から一振りの刀を抜き放ったのだ。滑り気のある体液の付いた刀にサヤは目を見張る。
「ジン!」
今にも飛びびかからんばかりのサヤは、黒装束にけん制されていることでどうにか自分を抑えているのであった。
イオリは口をふさいでいた黒装束の手を振りほどき、声を上げる。
「貴様!
覚えているか!?
貴様に家族を奪われ、刀を奪われたジブンを!」
若トノの目がゆるりと宙をなぞる。
「あ~……そんな家もあったなぁ。
覚えているさぁ……」
イオリの目に映った男の顔がグニャグニャと歪んでいく。
怒りはイオリの体を上下させ、今にも体の内から、怒りが炎となって吹き出しそうであった。
そして、若はサヤに向き直った。
「さて、それじゃあ――俺のモノになれ。
そして俺に力をよこせ。
従わぬなら……
腕の一本も斬り飛ばすつもりだが?」
男は両腕を広げ、右手に持った刀を延長上の一文字のように構える。
「やってみなよ。
そっちこそ、ボクの大切な人を――
イオリの怒りを思い知らせてやるッ!」
語気に裂帛(れっぱく)の力を込め、サヤは飛び込む。
入り身。畳を舐めるように滑り込みながら、サヤは最初から刀を手に斬りあげる。
山賊の頭から取り上げた刀は、若の持つジンに受け止められ、あっさりと中心から折れてしまう。先端はクルクルと宙を飛び去る。
若は受けた刀でそのまま、突き込むも、サヤはこれを後方に飛び退き届かない。
今度は少女の両手に幾つもの武器が握られている。斧や手槍、長巻に金棒。彼女はコレを刃でもとげでもなく、重さと数で敵を叩きつぶそうと跳躍し、投擲。しかし、これも飴細工を砕くように蹴散らされる。
「――ッグ。ジンは血を吸い続けて妖刀としての力をつけすぎている。
何だ、あの切れ味はっ!」
「クヒィッ、どうよ。俺があの日、この刀を手にしてから斬った人の数は二百はくだらねぇ。ここまでこの刀を育ててきたんだ。こいつのことはオレが誰よりもよく知っているんだよ」
サヤは畳を蹴りながら若の周りを飛び回る。そして逆手に構えた刀を振るった。
――ヒュッン
軽い音と共に風の刃が男に斬りかかる。しかし、間合いの外からの攻撃にも、若とジンは対応していた。軽やかな手つきでジンを振るうと、風の刃はその方向を変え、天井やふすま、果ては周りに待機していた黒装束や家臣にも飛び散った。
「クヒィッ、どうだ?
まだか?
キサマの力はこんなものか?」
朝方の吟味の後、昼からは屋敷での仕事や、心構えの説法を受け、夕食の際に食事の膳を運ぶという大役を仰せつかった。調理場より若の元へとその膳が運ばれる間に都合三回、毒見を通り、主の元へと運ばれる頃にはすっかり冷めてしまっていたようである。
入り組んだ屋敷の中を歩く間、サヤは鼻も目も耳も総動員させ、ジンの居場所を探した。
「ダメダ。あるのは分かるけど、どこかまではわかんないよ……」
そうこうするうちに若の待つ座敷へたどり着く。戸を引く前に膳を置き、両膝をついて待つ。
暫らくして、内側から戸が開き深々と頭を下げ、すっと立ち上がる。
ここでやっと中へ入ることが許されるのだ。シズシズと頭の位置を上下させぬように歩く独特の歩法で進み、膳を置く。すると、若の目がギョロリとサヤを睨みつけた。
「オイ、そこの白髪娘。酌をしろ」
表情を変えず、目玉と連動する声だけで命ずる。
一瞬、彼女はためらいながらも、若の横にうやうやしく膝をつく。オユリから渡された銚子からトクトクと、酒をつぐ。
若の目が杯に落とされると、杯の中の酒がみるみる赤く染まっていく。
そう、まさに鮮血のような色に。
「血の匂いがするなぁ……
それも最近嗅いだ匂いだ……」
この言葉がその場の全ての人間の耳に届くと、同時に襖の奥や天井から人影が飛び出す。
いずれもその身を黒装束に包んだ、正に忍びと言った風情だった。
忍びどもは風のように素早く動き、それまで無言でいたイオリ、状況を飲み込めないオユリの首筋にそれぞれ瞬く間に白刃を当て自由を奪った。
悲鳴を上げる間もなく二人は口に手をあてられ言葉を封じられた。
「どういうことだ!
二人を離せッ!」
サヤの周りにはその身に触れようとしない黒装束が囲むのみ。これを見ていた若は杯の中の血をクイと飲みほし立ち上がる。
「わかってるよ。昨日キサマを斬り損ねてからこいつが囁くんだ。
一つになりたい。
鞘も欲しい――ってな」
そういって若は己の腹をさする。
「キサマ、この刀の『鞘』だろう?
二人あわせて神になるんだってなぁ……」
そういって若トノは口中に自分の右手を突っ込む。息をのむオユリは次の光景に目をそらしてしまう。男は口の中から一振りの刀を抜き放ったのだ。滑り気のある体液の付いた刀にサヤは目を見張る。
「ジン!」
今にも飛びびかからんばかりのサヤは、黒装束にけん制されていることでどうにか自分を抑えているのであった。
イオリは口をふさいでいた黒装束の手を振りほどき、声を上げる。
「貴様!
覚えているか!?
貴様に家族を奪われ、刀を奪われたジブンを!」
若トノの目がゆるりと宙をなぞる。
「あ~……そんな家もあったなぁ。
覚えているさぁ……」
イオリの目に映った男の顔がグニャグニャと歪んでいく。
怒りはイオリの体を上下させ、今にも体の内から、怒りが炎となって吹き出しそうであった。
そして、若はサヤに向き直った。
「さて、それじゃあ――俺のモノになれ。
そして俺に力をよこせ。
従わぬなら……
腕の一本も斬り飛ばすつもりだが?」
男は両腕を広げ、右手に持った刀を延長上の一文字のように構える。
「やってみなよ。
そっちこそ、ボクの大切な人を――
イオリの怒りを思い知らせてやるッ!」
語気に裂帛(れっぱく)の力を込め、サヤは飛び込む。
入り身。畳を舐めるように滑り込みながら、サヤは最初から刀を手に斬りあげる。
山賊の頭から取り上げた刀は、若の持つジンに受け止められ、あっさりと中心から折れてしまう。先端はクルクルと宙を飛び去る。
若は受けた刀でそのまま、突き込むも、サヤはこれを後方に飛び退き届かない。
今度は少女の両手に幾つもの武器が握られている。斧や手槍、長巻に金棒。彼女はコレを刃でもとげでもなく、重さと数で敵を叩きつぶそうと跳躍し、投擲。しかし、これも飴細工を砕くように蹴散らされる。
「――ッグ。ジンは血を吸い続けて妖刀としての力をつけすぎている。
何だ、あの切れ味はっ!」
「クヒィッ、どうよ。俺があの日、この刀を手にしてから斬った人の数は二百はくだらねぇ。ここまでこの刀を育ててきたんだ。こいつのことはオレが誰よりもよく知っているんだよ」
サヤは畳を蹴りながら若の周りを飛び回る。そして逆手に構えた刀を振るった。
――ヒュッン
軽い音と共に風の刃が男に斬りかかる。しかし、間合いの外からの攻撃にも、若とジンは対応していた。軽やかな手つきでジンを振るうと、風の刃はその方向を変え、天井やふすま、果ては周りに待機していた黒装束や家臣にも飛び散った。
「クヒィッ、どうだ?
まだか?
キサマの力はこんなものか?」
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