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ザワ……ザワ……
辺りには女性特有の甘い香り、これは香にもよるのだろうが、屋外だというのに充満していた。身を揺らせばカンザシの飾りがシャラシャラと鳴り、口を開けばキャイキャイと鈴を転がすような声を発する。場所は藩主の御屋敷、正門の前であった。その場に集まった若い女性、それも娘と呼べるほどの年齢が大多数ではあったが、その数はイオリ、サヤ、オユリの三人の両の手の指を使っても足りないほどであった。
やがて、この娘たちのおしゃべりが延々と続くかと思われたころ、正門の横にある小さな門が、開かれた。
中から現れたのは、頭部の月代、本来は剃っておくべき場所が広くなり、武士の誇りたるマゲが小さくなってしまっている中年の侍であった。
彼はこの屋敷で警護をしている一人なのであろう、大勢の娘を前に、ゴホン、とひとつ咳払いを置いた。
「ヒカェイ、ヒカェーイ!
本日は、藩主さまの第一子、ヒロミさまの身の回りのお世話役として召し抱えるものを吟味するために、そちたちに集まってもらった。さぁ、各々門をくぐるがよい!」
侍が声を上げ、言葉を一句、結び終えると、正門は恭しくその身を開いた。
集まった娘たちは我先に、我先にと、少しでも吟味役のお目に留まるようにと、怒涛の勢いで門の中へと雪崩れ込んで行った。
「いやはや、女性の力ってのはスゴイもんですねぇ」
その場に残った4人のうちの一人、イオリは無関心と言うか、放心と言うか、とにかくその場に取り残されていたのであった。
「でも、皆さんすごかったですね……、私なんて倒れそうになっちゃいましたよ」
コロコロと笑いながら辺りを見回すオユリ。そこに先ほどの中年の侍が声を掛ける。
「コレコレ、主らはどうした。さっさと中に入らんか。吟味が終わってしまうぞ?」
怪訝な顔を向けられ、三人はそそくさと門をくぐるも門の前で踏みとどまった。
「さぁ、ジンを、イオリのためにも……」
サヤは口の中で、言葉を紡ぐ。己の心に言い聞かせるかのように行った独白は、イオリの心にも痛いほど伝わっていた。
門をくぐった娘たちは、庭に集められ、一人ずつ屋敷の中へと通された。イオリ達の耳には大勢の娘の声が耳につく。
「ほら、ここで召し抱えていただければ、良いお給金が……」
「でも、噂によると前まで働いていた女中の子たちはみんな若様に手を出されたとか……」
噂の域を超えないような話が大半であった。
「まぁ、女性ってのは噂話が大好きな生き物ですからねぇ。ネ、サヤ?」
涼しい顔で澄ましているイオリの顔には、先日と同じく化粧が施されており、身には女物の着物を纏っている。声を掛けられたサヤも、普段の化粧っ気のない姿とは打って変わって、清潔感のある「いかにも」といった町娘を演じていた。
「うわさねぇ……
噂で済めばいいんだけど……」
一方オユリはと言うと、人の波に若干の疲れを浮かばせながら、その表情に不安の色を隠せなかった。
「でも、イオリさんは吟味の段階で男性だとわかっちゃうんじゃないんですか?」
「あぁ、そこは秘策があってね」
ニヒッと笑うその顔はオユリの不安を解消する答えにはなっていなかったが、どこか安心させられるものでもあった。三人は暫くそんなやり取りをしていた。
「次の者、中に入れ」
やっとお声がかかった、と、オユリが出向く。屋敷の中、六畳ほどの小部屋には、女中頭とみられる年配の女を初め、吟味役が三人、背筋を伸ばして座っていた。
その身を、出自を、経歴や家族構成に至るまで、様々な問いを矢継ぎ早に投げかけられた。目まぐるしい質疑に翻弄されながらもオユリはこれに、真っ向から向き合った。
辺りには女性特有の甘い香り、これは香にもよるのだろうが、屋外だというのに充満していた。身を揺らせばカンザシの飾りがシャラシャラと鳴り、口を開けばキャイキャイと鈴を転がすような声を発する。場所は藩主の御屋敷、正門の前であった。その場に集まった若い女性、それも娘と呼べるほどの年齢が大多数ではあったが、その数はイオリ、サヤ、オユリの三人の両の手の指を使っても足りないほどであった。
やがて、この娘たちのおしゃべりが延々と続くかと思われたころ、正門の横にある小さな門が、開かれた。
中から現れたのは、頭部の月代、本来は剃っておくべき場所が広くなり、武士の誇りたるマゲが小さくなってしまっている中年の侍であった。
彼はこの屋敷で警護をしている一人なのであろう、大勢の娘を前に、ゴホン、とひとつ咳払いを置いた。
「ヒカェイ、ヒカェーイ!
本日は、藩主さまの第一子、ヒロミさまの身の回りのお世話役として召し抱えるものを吟味するために、そちたちに集まってもらった。さぁ、各々門をくぐるがよい!」
侍が声を上げ、言葉を一句、結び終えると、正門は恭しくその身を開いた。
集まった娘たちは我先に、我先にと、少しでも吟味役のお目に留まるようにと、怒涛の勢いで門の中へと雪崩れ込んで行った。
「いやはや、女性の力ってのはスゴイもんですねぇ」
その場に残った4人のうちの一人、イオリは無関心と言うか、放心と言うか、とにかくその場に取り残されていたのであった。
「でも、皆さんすごかったですね……、私なんて倒れそうになっちゃいましたよ」
コロコロと笑いながら辺りを見回すオユリ。そこに先ほどの中年の侍が声を掛ける。
「コレコレ、主らはどうした。さっさと中に入らんか。吟味が終わってしまうぞ?」
怪訝な顔を向けられ、三人はそそくさと門をくぐるも門の前で踏みとどまった。
「さぁ、ジンを、イオリのためにも……」
サヤは口の中で、言葉を紡ぐ。己の心に言い聞かせるかのように行った独白は、イオリの心にも痛いほど伝わっていた。
門をくぐった娘たちは、庭に集められ、一人ずつ屋敷の中へと通された。イオリ達の耳には大勢の娘の声が耳につく。
「ほら、ここで召し抱えていただければ、良いお給金が……」
「でも、噂によると前まで働いていた女中の子たちはみんな若様に手を出されたとか……」
噂の域を超えないような話が大半であった。
「まぁ、女性ってのは噂話が大好きな生き物ですからねぇ。ネ、サヤ?」
涼しい顔で澄ましているイオリの顔には、先日と同じく化粧が施されており、身には女物の着物を纏っている。声を掛けられたサヤも、普段の化粧っ気のない姿とは打って変わって、清潔感のある「いかにも」といった町娘を演じていた。
「うわさねぇ……
噂で済めばいいんだけど……」
一方オユリはと言うと、人の波に若干の疲れを浮かばせながら、その表情に不安の色を隠せなかった。
「でも、イオリさんは吟味の段階で男性だとわかっちゃうんじゃないんですか?」
「あぁ、そこは秘策があってね」
ニヒッと笑うその顔はオユリの不安を解消する答えにはなっていなかったが、どこか安心させられるものでもあった。三人は暫くそんなやり取りをしていた。
「次の者、中に入れ」
やっとお声がかかった、と、オユリが出向く。屋敷の中、六畳ほどの小部屋には、女中頭とみられる年配の女を初め、吟味役が三人、背筋を伸ばして座っていた。
その身を、出自を、経歴や家族構成に至るまで、様々な問いを矢継ぎ早に投げかけられた。目まぐるしい質疑に翻弄されながらもオユリはこれに、真っ向から向き合った。
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