和習冒険活劇 少女サヤの想い人

花山オリヴィエ

文字の大きさ
上 下
40 / 43

40

しおりを挟む
 ザワ……ザワ……
 辺りには女性特有の甘い香り、これは香にもよるのだろうが、屋外だというのに充満していた。身を揺らせばカンザシの飾りがシャラシャラと鳴り、口を開けばキャイキャイと鈴を転がすような声を発する。場所は藩主の御屋敷、正門の前であった。その場に集まった若い女性、それも娘と呼べるほどの年齢が大多数ではあったが、その数はイオリ、サヤ、オユリの三人の両の手の指を使っても足りないほどであった。
 やがて、この娘たちのおしゃべりが延々と続くかと思われたころ、正門の横にある小さな門が、開かれた。
 中から現れたのは、頭部の月代さかやき、本来は剃っておくべき場所が広くなり、武士の誇りたるマゲが小さくなってしまっている中年の侍であった。
 彼はこの屋敷で警護をしている一人なのであろう、大勢の娘を前に、ゴホン、とひとつ咳払いを置いた。

「ヒカェイ、ヒカェーイ!
 本日は、藩主さまの第一子、ヒロミさまの身の回りのお世話役として召し抱えるものを吟味するために、そちたちに集まってもらった。さぁ、各々門をくぐるがよい!」

 侍が声を上げ、言葉を一句、結び終えると、正門はうやうやしくその身を開いた。
 集まった娘たちは我先に、我先にと、少しでも吟味役のお目に留まるようにと、怒涛の勢いで門の中へと雪崩れ込んで行った。

「いやはや、女性の力ってのはスゴイもんですねぇ」

 その場に残った4人のうちの一人、イオリは無関心と言うか、放心と言うか、とにかくその場に取り残されていたのであった。

「でも、皆さんすごかったですね……、私なんて倒れそうになっちゃいましたよ」

 コロコロと笑いながら辺りを見回すオユリ。そこに先ほどの中年の侍が声を掛ける。

「コレコレ、主らはどうした。さっさと中に入らんか。吟味が終わってしまうぞ?」

 怪訝な顔を向けられ、三人はそそくさと門をくぐるも門の前で踏みとどまった。

「さぁ、ジンを、イオリのためにも……」

 サヤは口の中で、言葉を紡ぐ。己の心に言い聞かせるかのように行った独白は、イオリの心にも痛いほど伝わっていた。

 門をくぐった娘たちは、庭に集められ、一人ずつ屋敷の中へと通された。イオリ達の耳には大勢の娘の声が耳につく。

「ほら、ここで召し抱えていただければ、良いお給金が……」
「でも、噂によると前まで働いていた女中の子たちはみんな若様に手を出されたとか……」

 噂の域を超えないような話が大半であった。

「まぁ、女性ってのは噂話が大好きな生き物ですからねぇ。ネ、サヤ?」

 涼しい顔で澄ましているイオリの顔には、先日と同じく化粧が施されており、身には女物の着物を纏っている。声を掛けられたサヤも、普段の化粧っ気のない姿とは打って変わって、清潔感のある「いかにも」といった町娘を演じていた。

「うわさねぇ……
 噂で済めばいいんだけど……」

 一方オユリはと言うと、人の波に若干の疲れを浮かばせながら、その表情に不安の色を隠せなかった。

「でも、イオリさんは吟味の段階で男性だとわかっちゃうんじゃないんですか?」
「あぁ、そこは秘策があってね」

 ニヒッと笑うその顔はオユリの不安を解消する答えにはなっていなかったが、どこか安心させられるものでもあった。三人は暫くそんなやり取りをしていた。

「次の者、中に入れ」

 やっとお声がかかった、と、オユリが出向く。屋敷の中、六畳ほどの小部屋には、女中頭とみられる年配の女を初め、吟味役が三人、背筋を伸ばして座っていた。
 その身を、出自を、経歴や家族構成に至るまで、様々な問いを矢継ぎ早に投げかけられた。目まぐるしい質疑に翻弄ほんろうされながらもオユリはこれに、真っ向から向き合った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

切支丹陰陽師――信長の恩人――賀茂忠行、賀茂保憲の子孫 (時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)暦道を司る賀茂の裔として生まれ、暦を独自に研究していた勘解由小路在昌(かげゆこうじあきまさ)。彼は現在(いま)の暦に対し不満を抱き、新たな知識を求めて耶蘇教へ入信するなどしていた。だが、些細なことから法華宗門と諍いを起こし、京を出奔しなければならなくなる。この折、知己となっていた織田信長、彼に仕える透波に助けられた。その後、耶蘇教が根を張る豊後へと向かう――

地縛霊に憑りつかれた武士(もののふ))【備中高松城攻め奇譚】

野松 彦秋
歴史・時代
1575年、備中の国にて戦国大名の一族が滅亡しようとしていた。 一族郎党が覚悟を決め、最期の時を迎えようとしていた時に、鶴姫はひとり甲冑を着て槍を持ち、敵毛利軍へ独り突撃をかけようとする。老臣より、『女が戦に出れば成仏できない。』と諫められたが、彼女は聞かず、部屋を後にする。 生を終えた筈の彼女が、仏の情けか、はたまた、罰か、成仏できず、戦国の世を駆け巡る。 優しき男達との交流の末、彼女が新しい居場所をみつけるまでの日々を描く。

豊家軽業夜話

黒坂 わかな
歴史・時代
猿楽小屋や市で賑わう京の寺院にて、軽業師の竹早は日の本一の技を見せる。そこに、参詣に訪れていた豊臣秀吉の側室・松の丸殿が通りがかり、竹早は伏見城へ行くことに。やがて竹早は秀頼と出会い…。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

悲恋脱却ストーリー 源義高の恋路

和紗かをる
歴史・時代
時は平安時代末期。父木曽義仲の命にて鎌倉に下った清水冠者義高十一歳は、そこで運命の人に出会う。その人は齢六歳の幼女であり、鎌倉殿と呼ばれ始めた源頼朝の長女、大姫だった。義高は人質と言う立場でありながらこの大姫を愛し、大姫もまた義高を愛する。幼いながらも睦まじく暮らしていた二人だったが、都で父木曽義仲が敗死、息子である義高も命を狙われてしまう。大姫とその母である北条政子の協力の元鎌倉を脱出する義高。史実ではここで追手に討ち取られる義高であったが・・・。義高と大姫が源平争乱時代に何をもたらすのか?歴史改変戦記です

処理中です...