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「サヤがカンザシや刀を飲みこんだり、なにも無いところから取りだしたりしてましたよね。アレが、彼女が人外たる所以です。彼女は食べることでその身の内に武器を保管することができるのですよ。」
いきなり衝撃の事実を投げ渡され、オユリの頭は半ば凍結していた。
――はぁ、そうなんですか。
抑揚のない返事を口から漏らそうとしていた時、耳と言わず全ての感覚をつんざく様な悲鳴が上げられた。
「オォォォォオオオオオオオ――!!」
その声はもちろん、イオリとオユリにも届いていた。
「こ、これは一体!?」
耳を押さえながらも目や鼻、舌からからその悲壮な声が脳に響いてくる。
感覚としては、金属同士が擦りつけ合うような波長の音であった。
イオリは部屋を飛び出し、声の元を探す。
――どこだッ?
この声、これは……
そして、視界を地上から空へと移す。
その声の元は屋根の上、月を背負ってわなないていた。
「サヤッッ!」
一足飛びで屋根の上へと昇り、慟哭を続ける少女の方に手を掛けるも、振り返ったサヤの眼は常軌を逸していた。
その瞳には、イオリには見えない何かが釘を突き刺したように、真っ赤な狂気に歪んでいる。
「どうしたんだ、サヤ! 落ち着くんだ!」
がくがくと揺さぶられる少女は焦点の定まらない眼をイオリに向けた。
「アノネ、あの人がね、ジンがね……、痛いイタイって泣くんだ。そしたら、ボクも痛くなって、悲しくなって……、アァアアアアア――――――」
下では悲鳴を聞き付けた宿の者や、オユリ、果ては道行く人々でさえ、屋根の上のサヤを見上げていた。
「わかった。わかったよ。落ち着いてくれ。
まずは下に降りよう。
ね?
サヤ……」
「――落ち着けるわけない
」
サヤのうつろな表情が一転、険しいものとなった。
「ジンが、あの人が泣いてるんだよ。
イオリ、早く、早く助けにいかなくちゃ。
行こう。
いこう。
イコウイコウ……」
彼女の幼い身体は幻影に押しつぶされ、今にもポキリと折れてしまいそうであった。
イオリは彼女の危機を察し、力いっぱい抱きしめる。
「大丈夫、ジンも――、刀もちゃんと取り戻す。きっとオマエを神様として送り届けてあげるから……今は、今は落ち着くんだ!」
すると、サヤの体の震えは止まった。
「なぁんだ。
イオリも助けてくれないんダ。
だれも助けてなんてくれないんダ。
じゃあ……
じゃあ、ボク一人で行くよ――!」
そして、その小さな体のどこにと言うほどの力でイオリの腕を振り切って、跳躍。サヤはそのまま闇に消えて行ってしまった。
呆然と立ち尽くし、彼女を見送る形となったイオリに下方から声が届く。
オユリが心配そうな目で一部始終を見ていた。
イオリは屋根から降りて一言。
「スミマセン」
と、女将に頭を下げ、表へと飛び出していった。
一人でも、サヤを連れ戻す。
そんな言葉を己の心に刻みつけると、横にはオユリが並んで走っていた。
「私だって、サヤさんのことが、心配なんですから」
驚きと安堵に、イオリの目がククッとたわむ。
「――うん。頼むよ」
イオリはオユリを「頼った」のである。
二人はサヤが消えて行った方向へと、彼女の後を追った。
「サヤさんが言ってた、『あの人』ってのは誰なんですか?」
通常、走るという行為は呼吸を乱させ、会話をするなど並大抵のことではない。しかし、オユリは疑問をそのままにしてはおけなかったのだ。
ピタリとイオリはその地を蹴る足を止め、少し進んだところでオユリは減速した。
「サヤの言う『あの人』と言うのはジブンたちの探している、御神刀その物のことなんです。
サヤが刀の鞘であるように、刀もまた心を持っているのですが……」
「が?」
「その刀は何人もの人を斬り。血に染まり、狂気に歪んでいるようでして。
そのせいか心がつながっているサヤもまた、身と心に痛みや苦しみを感じていた。
黙ってはいたようですが、その結果がこれなのです」
「じゃあ、その刀の人を助け出しても……」
「そこは、今まであの御神刀を清め、祓ってきた血筋の家の者、ジブンがなんとかして見せます」
その、今までにない真剣な表情に、オユリも不本意ながらも問いかけた。
「大丈夫なんですか?」
「正直分かりません。でも、サヤのためにも、みんなのためにも、ジブンがやらなければならないんです」
オユリには、この言葉と共にイオリの拳が堅く、硬く握りこまれている様を、夜の薄暗さの中でもはっきりと見て取れた。
そして、爪の痕がくっきりと残る手をとると、しっかりと両の掌で包み込んだ。
「私も、お手伝いしますから」
オユリはぬくもりが憂いと共にイオリの手のひらから移りゆくように感じられた。
いきなり衝撃の事実を投げ渡され、オユリの頭は半ば凍結していた。
――はぁ、そうなんですか。
抑揚のない返事を口から漏らそうとしていた時、耳と言わず全ての感覚をつんざく様な悲鳴が上げられた。
「オォォォォオオオオオオオ――!!」
その声はもちろん、イオリとオユリにも届いていた。
「こ、これは一体!?」
耳を押さえながらも目や鼻、舌からからその悲壮な声が脳に響いてくる。
感覚としては、金属同士が擦りつけ合うような波長の音であった。
イオリは部屋を飛び出し、声の元を探す。
――どこだッ?
この声、これは……
そして、視界を地上から空へと移す。
その声の元は屋根の上、月を背負ってわなないていた。
「サヤッッ!」
一足飛びで屋根の上へと昇り、慟哭を続ける少女の方に手を掛けるも、振り返ったサヤの眼は常軌を逸していた。
その瞳には、イオリには見えない何かが釘を突き刺したように、真っ赤な狂気に歪んでいる。
「どうしたんだ、サヤ! 落ち着くんだ!」
がくがくと揺さぶられる少女は焦点の定まらない眼をイオリに向けた。
「アノネ、あの人がね、ジンがね……、痛いイタイって泣くんだ。そしたら、ボクも痛くなって、悲しくなって……、アァアアアアア――――――」
下では悲鳴を聞き付けた宿の者や、オユリ、果ては道行く人々でさえ、屋根の上のサヤを見上げていた。
「わかった。わかったよ。落ち着いてくれ。
まずは下に降りよう。
ね?
サヤ……」
「――落ち着けるわけない
」
サヤのうつろな表情が一転、険しいものとなった。
「ジンが、あの人が泣いてるんだよ。
イオリ、早く、早く助けにいかなくちゃ。
行こう。
いこう。
イコウイコウ……」
彼女の幼い身体は幻影に押しつぶされ、今にもポキリと折れてしまいそうであった。
イオリは彼女の危機を察し、力いっぱい抱きしめる。
「大丈夫、ジンも――、刀もちゃんと取り戻す。きっとオマエを神様として送り届けてあげるから……今は、今は落ち着くんだ!」
すると、サヤの体の震えは止まった。
「なぁんだ。
イオリも助けてくれないんダ。
だれも助けてなんてくれないんダ。
じゃあ……
じゃあ、ボク一人で行くよ――!」
そして、その小さな体のどこにと言うほどの力でイオリの腕を振り切って、跳躍。サヤはそのまま闇に消えて行ってしまった。
呆然と立ち尽くし、彼女を見送る形となったイオリに下方から声が届く。
オユリが心配そうな目で一部始終を見ていた。
イオリは屋根から降りて一言。
「スミマセン」
と、女将に頭を下げ、表へと飛び出していった。
一人でも、サヤを連れ戻す。
そんな言葉を己の心に刻みつけると、横にはオユリが並んで走っていた。
「私だって、サヤさんのことが、心配なんですから」
驚きと安堵に、イオリの目がククッとたわむ。
「――うん。頼むよ」
イオリはオユリを「頼った」のである。
二人はサヤが消えて行った方向へと、彼女の後を追った。
「サヤさんが言ってた、『あの人』ってのは誰なんですか?」
通常、走るという行為は呼吸を乱させ、会話をするなど並大抵のことではない。しかし、オユリは疑問をそのままにしてはおけなかったのだ。
ピタリとイオリはその地を蹴る足を止め、少し進んだところでオユリは減速した。
「サヤの言う『あの人』と言うのはジブンたちの探している、御神刀その物のことなんです。
サヤが刀の鞘であるように、刀もまた心を持っているのですが……」
「が?」
「その刀は何人もの人を斬り。血に染まり、狂気に歪んでいるようでして。
そのせいか心がつながっているサヤもまた、身と心に痛みや苦しみを感じていた。
黙ってはいたようですが、その結果がこれなのです」
「じゃあ、その刀の人を助け出しても……」
「そこは、今まであの御神刀を清め、祓ってきた血筋の家の者、ジブンがなんとかして見せます」
その、今までにない真剣な表情に、オユリも不本意ながらも問いかけた。
「大丈夫なんですか?」
「正直分かりません。でも、サヤのためにも、みんなのためにも、ジブンがやらなければならないんです」
オユリには、この言葉と共にイオリの拳が堅く、硬く握りこまれている様を、夜の薄暗さの中でもはっきりと見て取れた。
そして、爪の痕がくっきりと残る手をとると、しっかりと両の掌で包み込んだ。
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