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「サヤ、鋏をひとつ、くださいな」
「う、ウン」
少々取り乱した状態ではあったが、サヤはいつものようになにも無いところから鋏を一つ取りだした。
ここで幼女は泣きやみ、その様を手妻のように物珍しく見ていた。
鋏を受け取ったイオリは、握り飯を包んでいた竹の皮を器用に切り抜き、何かを形どって行く。鋏の舞いが止まると、切り抜いた竹の皮を幼女に渡す。
「はい、どうぞ。ほら、ツバメだよ。これからツバメは南の国にわたってしまうから、お嬢ちゃんが温めてあげてくれないかな」
細い目をにこやかに曲げる。
幼女は竹の皮細工を受け取り、大事そうに父の元へと走って行った。
ここでやっと、サヤとオユリが平静を取り戻し、イオリの元に過ごすごと寄ってきた。
「すみません、調子に乗ってしまって……
サヤさんの嫌がる顔が可愛かったもので」
「ボクもチョット騒ぎ過ぎたよ……」
イオリはサヤの頭をぽむぽむと軽く叩く。
「ま、サヤがウメボシが苦手なのは知ってましたからね。塩とか酢とかそういうのが苦手だったんでしたっけ?」
「オマッ――!
知ってたなら……」
「まぁまぁ、一件落着ってことでいいじゃないですか。さて、向かいますか」
手にした鋏をサヤに返し、スタスタとひとり、道を先に進んでいくイオリ。
「イオリさん、なんだろう、優しくてでも少し悲しげで――」
オユリの心配は当たっていた。しかし、サヤはそれを口には出さずにいた。
「そうだね。でも今は進まなきゃ。止まるってことは何も始まらないってことさ」
二人は後追う形で歩き出す。そしてその夕刻、三人は屋敷町にたどり着いた。
ガヤガヤ……ワイワイ……
流石は一国、藩を治める名主のおわす街、いわゆる城下町であった。
人の多さは寂れた宿場町とはケタが違う、と三人の目に訴えかけるような光景であった。
人々はせわしなく行き交い、荷を運ぶ車は輪を回し、屈強な男二人が棹の真ん中に人を吊り下げた籠は足早に右から左へと流れて行く。馬に乗った侍は偉そうにふんぞり返っていた。
オユリはこの情景が初めてというわけではないようで、気押されることなく宿の手配を始めていた。
「あ、こっちですよー。
ウチのお店のご主人とこちらのお店は懇意にさせてもらっていてですね、格安で泊めていただけるようにお話を通してあるのです」
暖簾の間から二人を呼び込むオユリ。中に入って見ると、気弱そうな細々とした店主と思しき中年男性と、その中年男性と足して二で割ってもなお、お釣りの来るような恰幅の良い女将が迎えてくれた。
「いらっしゃいなんしー。いやー、あんたら運がいいよ。今日はお上から下ろしていただいた、北国からのゴチソウがあってね。ささ、上がって上がって」
主人が足を洗うための桶と手拭いを渡してくれた。気風のいい女将に、丁稚のやるような下働きまでにこやかにこなすような主人。これはこれで釣り合いが取れているのであろう。
三人は少し窮屈だが、小奇麗な部屋の通された。
「お前さん方は、まぁ、特別綺麗ってわけでもないが、ここで寝てもらうよ。
なんせ、今日も客室はイッパイでね。そのかわり、安くしておくからさ」
「ありがとうございます。よければお手伝いさせていください!」
女将の威勢にあてられたのか、オユリの口調には活気が溢れているようであった。
「アッハッハ、それじゃあ、後で手伝ってもらうとしてだね……
まずはご飯を食べちゃっておくれよ。今日は賄いも飛びきりだよ」
「う、ウン」
少々取り乱した状態ではあったが、サヤはいつものようになにも無いところから鋏を一つ取りだした。
ここで幼女は泣きやみ、その様を手妻のように物珍しく見ていた。
鋏を受け取ったイオリは、握り飯を包んでいた竹の皮を器用に切り抜き、何かを形どって行く。鋏の舞いが止まると、切り抜いた竹の皮を幼女に渡す。
「はい、どうぞ。ほら、ツバメだよ。これからツバメは南の国にわたってしまうから、お嬢ちゃんが温めてあげてくれないかな」
細い目をにこやかに曲げる。
幼女は竹の皮細工を受け取り、大事そうに父の元へと走って行った。
ここでやっと、サヤとオユリが平静を取り戻し、イオリの元に過ごすごと寄ってきた。
「すみません、調子に乗ってしまって……
サヤさんの嫌がる顔が可愛かったもので」
「ボクもチョット騒ぎ過ぎたよ……」
イオリはサヤの頭をぽむぽむと軽く叩く。
「ま、サヤがウメボシが苦手なのは知ってましたからね。塩とか酢とかそういうのが苦手だったんでしたっけ?」
「オマッ――!
知ってたなら……」
「まぁまぁ、一件落着ってことでいいじゃないですか。さて、向かいますか」
手にした鋏をサヤに返し、スタスタとひとり、道を先に進んでいくイオリ。
「イオリさん、なんだろう、優しくてでも少し悲しげで――」
オユリの心配は当たっていた。しかし、サヤはそれを口には出さずにいた。
「そうだね。でも今は進まなきゃ。止まるってことは何も始まらないってことさ」
二人は後追う形で歩き出す。そしてその夕刻、三人は屋敷町にたどり着いた。
ガヤガヤ……ワイワイ……
流石は一国、藩を治める名主のおわす街、いわゆる城下町であった。
人の多さは寂れた宿場町とはケタが違う、と三人の目に訴えかけるような光景であった。
人々はせわしなく行き交い、荷を運ぶ車は輪を回し、屈強な男二人が棹の真ん中に人を吊り下げた籠は足早に右から左へと流れて行く。馬に乗った侍は偉そうにふんぞり返っていた。
オユリはこの情景が初めてというわけではないようで、気押されることなく宿の手配を始めていた。
「あ、こっちですよー。
ウチのお店のご主人とこちらのお店は懇意にさせてもらっていてですね、格安で泊めていただけるようにお話を通してあるのです」
暖簾の間から二人を呼び込むオユリ。中に入って見ると、気弱そうな細々とした店主と思しき中年男性と、その中年男性と足して二で割ってもなお、お釣りの来るような恰幅の良い女将が迎えてくれた。
「いらっしゃいなんしー。いやー、あんたら運がいいよ。今日はお上から下ろしていただいた、北国からのゴチソウがあってね。ささ、上がって上がって」
主人が足を洗うための桶と手拭いを渡してくれた。気風のいい女将に、丁稚のやるような下働きまでにこやかにこなすような主人。これはこれで釣り合いが取れているのであろう。
三人は少し窮屈だが、小奇麗な部屋の通された。
「お前さん方は、まぁ、特別綺麗ってわけでもないが、ここで寝てもらうよ。
なんせ、今日も客室はイッパイでね。そのかわり、安くしておくからさ」
「ありがとうございます。よければお手伝いさせていください!」
女将の威勢にあてられたのか、オユリの口調には活気が溢れているようであった。
「アッハッハ、それじゃあ、後で手伝ってもらうとしてだね……
まずはご飯を食べちゃっておくれよ。今日は賄いも飛びきりだよ」
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