上 下
33 / 43

33

しおりを挟む
 ――ヒュトッ、ヒュトッ、ヒュトトッ。

 男は一突、二突と至極、槍らしい刺突を放ってくる。
 その鋭利な刺突もサヤに当たることは無いが刀よりも間合いがぐんと広がるために、先ほどのように受け止めようにも、踏み込もうにも今一つ、上手くはいかないようであった。
 更に突きを避けて懐に入るが、刃の反対、石突きという部位による打撃が返されてしまう。
 それまでの刺突が通用しないまでもその刃が敵の身を切り裂けないことに焦りを感じたのか、用心棒が仕切り直す。

「これでも宝蔵院流をやっててな、刀よりは自信があったんだがなぁ」

 更に穂先がサヤの着物の端を掠め始めると柄、太刀打、もしくは千段巻という穂先の近くを金属で補強した握りの部分での薙ぎ払いや、近間に寄っての石突きでの打突などという流れるような全ての間合いでの強みを見せ始める。

「ちょっと、面倒だな……」

 サヤは飛びのき、距離をたっぷりと取る。

「その遠間で何ができる?
 来ないのならこっちから……」

 そう言って浪人者はオユリに穂先を向ける。
 サヤは飛び、高く高く跳躍した。空中でその身をくるりと返し、振りかぶるとその右手には刀が握られている。彼女はそのまま用心棒へと投げつけるも、用心棒は数歩退き、刀は地面に突き刺さる。

「貰ったぁッッ!」

 男はサヤの着地点を見定め渾身の一撃を突き込む。
 しかし、サヤの肉体はもとより、残心さえそこにはいなかった。
 その身が、更に少し先の話をすれば彼女の足が地につく一段階前の話、投げた刀、おしくも浪人には避けられたが、本来の狙いはここにあった。刀を踏み台にして、もう一度宙に躍り出たのであった。
 思いがけない行為に出られた用心棒は、その乱れ切った精神のまま、もう一度突き込んだ。しかし正確さを欠いたその槍は、サヤの裾から入って首元まを通り着物と肉体の間で絡め取られていたのである。
 傍から見ればサヤの体を真槍が貫いたようにも見えただろうが、その実、サヤのやわ肌には一筋の傷さえも付いてはいなかった。
 そして、槍本体を滑るようにまとい、サヤは用心棒の鼻をへし折るように着地すると、男は後頭部から地面に倒れて行った。

「そう、サヤは食べた武器をどこでも取り出せるのです」

 といったのはイオリの弁。

「ば、バケモンじゃあ!」

 庭でイオリ達を囲んでいた男たちはサヤを恐れて散り散りに逃げて行ってしまった。

「お、手間が省けたな」

 これを傍で見ていて、青ざめた顔と上下する肩をいからせていた店主。彼は懐でゴソゴソといじっていたものを勢いよく取りだす。

「大人しくせぃ!」

 その手にはこの店で密造していたと思しき短筒が似られていた。
 カチリと引き金に手を掛けようとすると、サヤがこれに気がつき銀の光を投げ付ける。
 品性の欠片も無いような悲鳴と共に、店主の手首には昨夜、サヤがオユリから貰ったカンザシが刺さっていた。

「ひぃ……ひぃ……」

 足元に落とした短筒を、今度は左手で拾おうとするも、今度はサヤの足がそれを阻む。

「さて、手下も用心棒もいなくなって、色々聞きたいことがあるんだけど、イイカナ?」

 すっかり毒気を抜かれた店主は、アワアワと口走り、萎縮してしまっている。

「ま、小悪党の末路なんてこんなもんですよ。聞くこと聞いて短筒の密造を奉行所に報告してしまって、おしまいです」

 オユリの縄を解きながらイオリは飄々として言った。

「そうだね、じゃあ聞くよ」

 グイと店主の襟をつかみ上げにっこりと笑って、サヤは問うた。

「妖刀の類を知らないかい?
 一人や二人じゃない、もっと大勢の血を吸ったような恐ろしい奴だ」
「こ、この辺でいい刀はみーんな納めてしまうのです。私どもの手元にはそんなものありませんよぅ……」
「それはどこに納めたのさ」
「それは……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

がむしゃら三兄弟  第一部・山路弾正忠種常編

林 本丸
歴史・時代
戦国時代、北伊勢(三重県北部)に実在した山路三兄弟(山路種常、山路正国、長尾一勝)の波乱万丈の生涯を描いてまいります。 非常に長い小説になりましたので、三部形式で発表いたします。 第一部・山路弾正忠種常編では、三兄弟の長兄種常の活躍を中心に描いてまいります。 戦国時代を山路三兄弟が、どう世渡りをしていったのか、どうぞ、お付き合いください。 (タイトルの絵はAIで作成しました)

雪の果て

紫乃森統子
歴史・時代
 月尾藩郡奉行・竹内丈左衛門の娘「りく」は、十八を数えた正月、代官を勤める白井麟十郎との縁談を父から強く勧められていた。  家格の不相応と、その務めのために城下を離れねばならぬこと、麟十郎が武芸を不得手とすることから縁談に難色を示していた。  ある時、りくは父に付き添って郡代・植村主計の邸を訪れ、そこで領内に間引きや姥捨てが横行していることを知るが──

はるなつ来たり夢語

末千屋 コイメ
歴史・時代
江戸時代末期・新吉原遊廓。 そのほど近くに養生所をかまえる医者・夏樹(なつき)は、ある日の往診帰り、猫を追いかけ、小見世(こみせ)の『いすゞ屋』へと導かれる。 猫を抱き上げ、艶やかに笑うのは、部屋持女郎・春日(かすが)。彼女は夏樹が助けられなかった患者の姉だった。 申し訳なさと心苦しさを抱え、思わず泣いてしまいそうな彼に、春日は「泣きたいなら泣けば良いさ」と声をかける。 客が来ないと嘆く彼女は「わちきを助けると思って」「医者は人助けするもんだろ」と更に言葉を投げかけた。 誰に対しても分け隔てなく優しく、必ず期待に応えようとする性格の夏樹は、春日を《助けよう》と登楼することを決める。 《誰にでも》優しい医者の《特別》は気まぐれに。 ーーー 『桜に酔いし鬼噺』に登場する医者・夏樹の話となりますが、こちらのみでもお楽しみいただけます。 参考文献は、近況ボードに記載しております。

漱石先生たると考

神笠 京樹
歴史・時代
かつての松山藩の藩都、そして今も愛媛県の県庁所在地である城下町・松山に、『たると』と呼ばれる菓子が伝わっている。この『たると』は、洋菓子のタルトにはまったく似ておらず、「カステラのような生地で、小豆餡を巻き込んだもの」なのだが、伝承によれば江戸時代のかなり初期、すなわち1647年頃に当時の松山藩主松平定行によって考案されたものだという。なぜ、松山にたるとという菓子は生まれたのか?定行は実際にはどのような役割を果たしていたのか?本作品は、松山に英語教師として赴任してきた若き日の夏目漱石が、そのような『たると』発祥の謎を追い求める物語である。

【18禁】「胡瓜と美僧と未亡人」 ~古典とエロの禁断のコラボ~

糺ノ杜 胡瓜堂
歴史・時代
 古典×エロ小説という無謀な試み。  「耳嚢」や「甲子夜話(かっしやわ)」「兎園小説」等、江戸時代の随筆をご紹介している連載中のエッセイ「雲母虫漫筆」  実は江戸時代に書かれた書物を読んでいると、面白いとは思いながら一般向けの方ではちょっと書けないような18禁ネタや、エロくはないけれど色々と妄想が膨らむ話などに出会うことがあります。  そんな面白い江戸時代のストーリーをエロ小説風に翻案してみました。  今回は、貞享四(1687)年開板の著者不詳の怪談本「奇異雑談集」(きいぞうだんしゅう)の中に収録されている、  「糺の森の里、胡瓜堂由来の事」    ・・・というお話。  この貞享四年という年は、あの教科書でも有名な五代将軍・徳川綱吉の「生類憐みの令」が発布された年でもあります。  令和の時代を生きている我々も「怪談」や「妖怪」は大好きですが、江戸時代には空前の「怪談ブーム」が起こりました。  この「奇異雑談集」は、それまで伝承的に伝えられていた怪談話を集めて編纂した内容で、仏教的価値観がベースの因果応報を説くお説教的な話から、まさに「怪談」というような怪奇的な話までその内容はバラエティに富んでいます。  その中でも、この「糺の森の里、胡瓜堂由来の事」というお話はストーリー的には、色欲に囚われた女性が大蛇となる、というシンプルなものですが、個人的には「未亡人が僧侶を誘惑する」という部分にそそられるものがあります・・・・あくまで個人的にはですが(原話はちっともエロくないです)  激しく余談になりますが、私のペンネームの「糺ノ杜 胡瓜堂」も、このお話から拝借しています。  三話構成の短編です。

和ませ屋仇討ち始末

志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。 門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。 久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。 父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。 「目に焼き付けてください」 久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。 新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。 「江戸に向かいます」 同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。 父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。 他サイトでも掲載しています 表紙は写真ACより引用しています R15は保険です

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

処理中です...