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 ――ヒュトッ、ヒュトッ、ヒュトトッ。

 男は一突、二突と至極、槍らしい刺突を放ってくる。
 その鋭利な刺突もサヤに当たることは無いが刀よりも間合いがぐんと広がるために、先ほどのように受け止めようにも、踏み込もうにも今一つ、上手くはいかないようであった。
 更に突きを避けて懐に入るが、刃の反対、石突きという部位による打撃が返されてしまう。
 それまでの刺突が通用しないまでもその刃が敵の身を切り裂けないことに焦りを感じたのか、用心棒が仕切り直す。

「これでも宝蔵院流をやっててな、刀よりは自信があったんだがなぁ」

 更に穂先がサヤの着物の端を掠め始めると柄、太刀打、もしくは千段巻という穂先の近くを金属で補強した握りの部分での薙ぎ払いや、近間に寄っての石突きでの打突などという流れるような全ての間合いでの強みを見せ始める。

「ちょっと、面倒だな……」

 サヤは飛びのき、距離をたっぷりと取る。

「その遠間で何ができる?
 来ないのならこっちから……」

 そう言って浪人者はオユリに穂先を向ける。
 サヤは飛び、高く高く跳躍した。空中でその身をくるりと返し、振りかぶるとその右手には刀が握られている。彼女はそのまま用心棒へと投げつけるも、用心棒は数歩退き、刀は地面に突き刺さる。

「貰ったぁッッ!」

 男はサヤの着地点を見定め渾身の一撃を突き込む。
 しかし、サヤの肉体はもとより、残心さえそこにはいなかった。
 その身が、更に少し先の話をすれば彼女の足が地につく一段階前の話、投げた刀、おしくも浪人には避けられたが、本来の狙いはここにあった。刀を踏み台にして、もう一度宙に躍り出たのであった。
 思いがけない行為に出られた用心棒は、その乱れ切った精神のまま、もう一度突き込んだ。しかし正確さを欠いたその槍は、サヤの裾から入って首元まを通り着物と肉体の間で絡め取られていたのである。
 傍から見ればサヤの体を真槍が貫いたようにも見えただろうが、その実、サヤのやわ肌には一筋の傷さえも付いてはいなかった。
 そして、槍本体を滑るようにまとい、サヤは用心棒の鼻をへし折るように着地すると、男は後頭部から地面に倒れて行った。

「そう、サヤは食べた武器をどこでも取り出せるのです」

 といったのはイオリの弁。

「ば、バケモンじゃあ!」

 庭でイオリ達を囲んでいた男たちはサヤを恐れて散り散りに逃げて行ってしまった。

「お、手間が省けたな」

 これを傍で見ていて、青ざめた顔と上下する肩をいからせていた店主。彼は懐でゴソゴソといじっていたものを勢いよく取りだす。

「大人しくせぃ!」

 その手にはこの店で密造していたと思しき短筒が似られていた。
 カチリと引き金に手を掛けようとすると、サヤがこれに気がつき銀の光を投げ付ける。
 品性の欠片も無いような悲鳴と共に、店主の手首には昨夜、サヤがオユリから貰ったカンザシが刺さっていた。

「ひぃ……ひぃ……」

 足元に落とした短筒を、今度は左手で拾おうとするも、今度はサヤの足がそれを阻む。

「さて、手下も用心棒もいなくなって、色々聞きたいことがあるんだけど、イイカナ?」

 すっかり毒気を抜かれた店主は、アワアワと口走り、萎縮してしまっている。

「ま、小悪党の末路なんてこんなもんですよ。聞くこと聞いて短筒の密造を奉行所に報告してしまって、おしまいです」

 オユリの縄を解きながらイオリは飄々として言った。

「そうだね、じゃあ聞くよ」

 グイと店主の襟をつかみ上げにっこりと笑って、サヤは問うた。

「妖刀の類を知らないかい?
 一人や二人じゃない、もっと大勢の血を吸ったような恐ろしい奴だ」
「こ、この辺でいい刀はみーんな納めてしまうのです。私どもの手元にはそんなものありませんよぅ……」
「それはどこに納めたのさ」
「それは……」
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