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「オニー……チャン……?」
ミネの問いに無表情のまま、その口を開くこと無く、男は踵を返したのです。
そして、足音すらその表情と同じように波を立てぬまま、
「――!?!?」
母の口からは声にならない悲鳴が立ち上りました。
目を向けると父は背から胸にかけて三日月のような刀に貫かれていたのです。
その刀身こそが御神刀で血と灯りに濡れた御神刀であったと分かったのは血の滴る柄が見覚えのある白木の拵えだったからです。
「な……に……?」
己の胸から飛び出た御神刀に、何が起きたのか、父は理解に少しの時間を要しました。その背越しにオニーチャンの冷ややかな声がかかります。
「ヤレ」
次の瞬きの間には、両の手でやっと数えられるほどの手裏剣と、四人の黒装束の刀が父の体に突き刺さっていました。
――コブゥッ……
と盛大に口から鮮血が流れ出ると、刀を突き立てた男たちは飛びのき、距離を置きます。
父はその場に片膝をつき、体勢を崩してしまったのです。男は丸まった父の背に足を掛け、御神刀を勢いよく引き抜きました。
父の体はひと際大きく、この痛みに震えたのでした。
「て、てめぇ……、どういうことだよ……」
父は口からも、背中からも体中の切創から鮮血を流しながら男に問うたのでした。この黒装束の連中たちを、刀を手にして突き立てた理由を、そして守るべき家族をどうするのかと。
しかし、その問いは口中からあふれ出る液体を血泡に変えるのみで、言葉としては成立し得なかったのでした。
ただ、その血にまみれた手をオニーチャンの腕に這わせるだけで精一杯だったのでした。
すると、刀をもち、冷たかった男の表情、その頬に涙が伝い、わなわなと震える口が開かれたのです。
「オヤジさん……スミマセン……」
口元を覆い、ひきつった声で謝罪の意を表し始めました。これには母も、ジブンも涙を流して父を案じていたミネすらも困惑の渦中にいました。
そして、男は右手に握っていた御神刀を振り上げ、
「――ガポンッ」
父の頭を脳天から鼻先まで一気に割ったのでした。冬に採れる良く太った大根や、夏に採れる瓜でも割るかのような、意外と軽やかな音と、刀を引き抜いた際にあふれ出るその色々な液体がない交ぜになった粘液が、ジブンたちの正常な意識を蝕んでいくのでした。
ミネはその幼さゆえに繰り返すのみでした。
「オトーサン?
オトーサンってば?」
母は母で、実の父が目の前で頭を割られるという惨劇を見せまいと抱き締めるばかり。ジブンに至っては喉の奥からこみ上げてくる熱いモノを抑え込むだけで精一杯でした。
父は、その頭を柘榴のように割られてもなお、男の袖から手を離しませんでした。
それに対して、男は視線を落としました。
「あん……?」
更にダメ押し。何度も、ナンドモ、なんども刀を振り下ろします。
やがて、父の首から上が原形をとどめない血と、骨と、肉か何かでグジャグジャに泡立つとやっと倒れきったのです。
飛沫となった父そのものを顔中に浴びた男、その表情は幼子が虫の足をちぎるのが面白くて仕方がないと言った様子にそっくりでした。
血にぬめった刃は次の獲物、近くにいた母とミネに向けられたのです。
「この子だけはッ――
この子たちだけはッッ――」
男はその言葉に耳を傾けました。
「じゃあ、オッカサンの番だぁ」
ミネの問いに無表情のまま、その口を開くこと無く、男は踵を返したのです。
そして、足音すらその表情と同じように波を立てぬまま、
「――!?!?」
母の口からは声にならない悲鳴が立ち上りました。
目を向けると父は背から胸にかけて三日月のような刀に貫かれていたのです。
その刀身こそが御神刀で血と灯りに濡れた御神刀であったと分かったのは血の滴る柄が見覚えのある白木の拵えだったからです。
「な……に……?」
己の胸から飛び出た御神刀に、何が起きたのか、父は理解に少しの時間を要しました。その背越しにオニーチャンの冷ややかな声がかかります。
「ヤレ」
次の瞬きの間には、両の手でやっと数えられるほどの手裏剣と、四人の黒装束の刀が父の体に突き刺さっていました。
――コブゥッ……
と盛大に口から鮮血が流れ出ると、刀を突き立てた男たちは飛びのき、距離を置きます。
父はその場に片膝をつき、体勢を崩してしまったのです。男は丸まった父の背に足を掛け、御神刀を勢いよく引き抜きました。
父の体はひと際大きく、この痛みに震えたのでした。
「て、てめぇ……、どういうことだよ……」
父は口からも、背中からも体中の切創から鮮血を流しながら男に問うたのでした。この黒装束の連中たちを、刀を手にして突き立てた理由を、そして守るべき家族をどうするのかと。
しかし、その問いは口中からあふれ出る液体を血泡に変えるのみで、言葉としては成立し得なかったのでした。
ただ、その血にまみれた手をオニーチャンの腕に這わせるだけで精一杯だったのでした。
すると、刀をもち、冷たかった男の表情、その頬に涙が伝い、わなわなと震える口が開かれたのです。
「オヤジさん……スミマセン……」
口元を覆い、ひきつった声で謝罪の意を表し始めました。これには母も、ジブンも涙を流して父を案じていたミネすらも困惑の渦中にいました。
そして、男は右手に握っていた御神刀を振り上げ、
「――ガポンッ」
父の頭を脳天から鼻先まで一気に割ったのでした。冬に採れる良く太った大根や、夏に採れる瓜でも割るかのような、意外と軽やかな音と、刀を引き抜いた際にあふれ出るその色々な液体がない交ぜになった粘液が、ジブンたちの正常な意識を蝕んでいくのでした。
ミネはその幼さゆえに繰り返すのみでした。
「オトーサン?
オトーサンってば?」
母は母で、実の父が目の前で頭を割られるという惨劇を見せまいと抱き締めるばかり。ジブンに至っては喉の奥からこみ上げてくる熱いモノを抑え込むだけで精一杯でした。
父は、その頭を柘榴のように割られてもなお、男の袖から手を離しませんでした。
それに対して、男は視線を落としました。
「あん……?」
更にダメ押し。何度も、ナンドモ、なんども刀を振り下ろします。
やがて、父の首から上が原形をとどめない血と、骨と、肉か何かでグジャグジャに泡立つとやっと倒れきったのです。
飛沫となった父そのものを顔中に浴びた男、その表情は幼子が虫の足をちぎるのが面白くて仕方がないと言った様子にそっくりでした。
血にぬめった刃は次の獲物、近くにいた母とミネに向けられたのです。
「この子だけはッ――
この子たちだけはッッ――」
男はその言葉に耳を傾けました。
「じゃあ、オッカサンの番だぁ」
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