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「おおぅ、あっちぃのぅ」

 手拭いを巻いた頭をかきかき、額に玉の雫が流れます。

「おぅ、大丈夫だったか? ん?」
「あぁ、大丈……、――父さん!
 後ろ!」

 ジブンが父の肩越しに見たのは、黒装束が三人、何かを投げたように腕を振りぬいていた姿でした。

 ――ヒュン、ヒュヒュン。

「風切り音が耳に届いた頃にゃあ、大概のものはその目標に刺さっているものだ。」

 以前に父がジブンに言った言葉が脳裏に浮かび、父に危険を伝えるつもりで声を上げたのでした。

「ん~?」

 のんきな返事と共に、投擲物の方向、つまりは背のほうへ手を向けると、ピシリと一音。
 その指には投げ付けられた手裏剣が掴まれていました。
 そして、体ごと向き直り、ジブン達に背を向けると、左手の鉄器を投げ返します。

 ――ドスッ! 

 投げ返された手裏剣は元の主の体に深く食い込み、その場に昏倒させてしまいました。

「……」

 その場には、炎が茅葺かやぶきの屋根をハムハムと食す音だけが耳に入ります。
 その音を割ってこえがしました。 

「だめだ、飛び道具は効かんらしい」

 ズイと前に出た男たちは手に白刃を構えています。

「斬れィッ!」

 頭目らしき男の声に、三人が一斉に父に斬りかかります。
 一人は大地を蹴って跳躍し、二人は左右から地を舐める様な低姿勢で襲いかかりました。
 母とミネは、次の瞬間には父の体に三つの刃が突き立てられるのかという恐怖に身をすくませていました。
 ジブンはその成り行きに細い眼を見開いていました。
 あの父が、あの鬼のような父があんな小刀ごときでどうにかなるとは思えない。
 その確信にも似た未来をジブンは見据えていたのです。
 まず、向かって左側から地を滑ってきた男を、父は無造作に踏みつけ、地にめり込ませていました。
 次いで、上空から刃に右手をかざし、あえて腕に小刀を突き立たせた後、そのまま敵の頭を掴み、振りぬく形で最後の一人をなぎ倒したのでした。

「父さん! なんで? 父さんならあんなの簡単に避けられただろうに……」
「バーカヤロゥ、あのまま、三人のうちの一人でも避けたらオメェらに斬りかかっちまってただろうが……」

 その言葉は、ジブンこそが黒装束の刃で腕と言わず、胸を突き刺されたような衝撃を残しました。
 父の足枷にしかなっていないジブンたち……
 そのままいたたまれない気持ちになっていると、父は怪我をしていないほうの手に持っていた、白木にその刃を納めた一振りの刀をジブンに渡してきました。

「ほれ、コレと母さんたちを頼んだぞ」
「こ、これは……」

 ジブンは今まで遠目に見るだけだった御神刀をその手に持ち、入れ物である白木の手触りや、濃厚な重み、緩やかではあるもののしっかりとしたその存在感に現在の危機を一瞬忘れてしまっていました。
 しかし、頭を振り邪念を拭いながら、父がジブンにこの御神刀を任せたという非常事態に眼を見開き、母とミネを立ち上がらせました。

「行こう!」

 二人にも、ジブンにも活を入れる意味で声を張ったのです。

「おっと、行かせネェよ」

 ジブンたちに向き直った黒装束たちをけん制する父に背中を預け、走りだそうとしました。
 火の気のあがる家の横を通ろうとしたジブンたち。

「さぁ、先に行って――」

 母とミネを守る意味で前を走らせようとしたその時、一撃で頭蓋をかち割るほどの衝撃が自分の頭部を襲いました。

「――ッグゥ……ッ!」

 その場にうずくまり、必死に痛みを与えた元を探そうと目だけが泳ぎます。瓦礫が落ちてきたわけでもなく、黒装束のお客さん方の手が伸びたわけでもなく、ジブンが持っていた御神刀を抜き放ったあの男が、オニーチャンと慕った男がその場にいました。
 いつもの、ジブン達が知っている、あの人懐っこく、柔和さの染みだす表情とは打って変わって冷ややかなその顔は炎に照らされ、紅く映っておりました。
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