和習冒険活劇 少女サヤの想い人

花山オリヴィエ

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 静かな、本当に静かな夜でした。虫の鳴く音さえ、まるで申し合わせたかのように聞こえない夜。ジブンが決して忘れることのできない夜でした。
 その日は十五夜というわけでもなかったのですが、空に笑みを浮かべる月が美しく、家族全員で軒先から夜空に浮かぶ三日月を眺めておりました。
 各々、お茶を飲みながら取りとめもない話をしておりましたが、ミネがあくびをかみ殺し始めたので、月見会はお開きとし、床に就こうと準備を始めました。
 母が布団を敷き始めると、父とジブンが耳と鼻に異変を感じ取ったのです。
 パチパチという何かが爆ぜる音を、ソロソロと控え目に漂い始めた香り。

「――どうしたの?」

 ミネの疑問を聞くかどうか、その刹那でした。父はその人一倍大きな拳で壁を突き破ったのです。
 物々しい轟音に、その場の全ての人間が父に振り向きます。ミネの髪が驚きに逆立っていると、父の拳がグボッという音と共に壁から引き抜かれました。その手にお客様を連れて。

 お客さんは、明らかに不審者と言った風体。頭からつま先までを黒装束で固め、その目と手に持った刀だけが闇の中にギラついていました。

「オメェら、一体全体どういうつもりだ?」

 黒装束は己の首を掴んでいる父の剛腕を振りほどこうとバタバタとするだけで、問いに答える気配はありませんでした。

「オイ、聞いてるのか?
 ……フンッ」

 相手に話が通じないと見るや、父はその腕を蛇のように黒装束の首に巻き付け、絞め落としてしまいました。

「……キュエッ……アッ……」

 そのやり取りに、母はミネを抱きかかえ、もう片方の手に灯りを持ち、事態に備えておりました。そして、その腕の中でミネは嬉々として問います。

「ネェネェ、オトーサン。この人ニンジャ?
 ニンジャなの?」

 確かに、その風貌からはそのように見るのが、一番安直ですが……

「なんだろなぁ? 
 ニンジャにしても、強盗にしても、ウチには金目のものなんか……」

 あっけらかんと首をかしげる父に、危機感というものは見られませんでした。

「トーサン、それより火の手が上がってるんじゃない!?」

 ジブンの呼びかけに、父は頭をかくだけでした。

「おっと、そうだった。イオリ、先に出てくれ」

 その呼びかけにジブンが答え、外に飛び出したのを確認すると、父は母とミネを外に投げ出し、男を小脇に抱えて出てきました。

「いやぁ~、イオリ君、腰がぬけちゃって……」

 男の何ともまた頼りの無いこと。
 父はキョロキョロと辺りを見回すと、ジブンにこう言い聞かせました。

「イオリィ、おいらぁ御神刀を取ってくるぜ。
 どうやらこの火着け共、あっちこっちに火をつけたらしい。
 このままじゃ社もおっかねぇや。
 オメェはここで、みんなを守れ。
 いいな?」

 ジブンはこの時十二歳。元服という大人として認めてもらう歳までまだ幾分かありましたが、その場の危機を素肌で感じておりました。
 そして、父のこの言葉に力強く頷いたのです。父はこの肯定の表情を見届け、一直線に社へ走りました。母は震えた手でミネを抱きかかえ、男は腰が抜けたまま、その場に座り込んでいました。ジブンはこの三人を家を背にはさむ形で守り抜こうと必死になって気を張り詰めていたのです。
 家についた炎を明りに、一人、二人と黒装束の影が目視できるようになってきました。
 火の粉が粉雪のように降り注ぐ中、ジブン達の周りを確実に囲んでいきます。
 ヤツらの口からは下卑た歓声も、怨恨の呪詛の声も聞こえません。
 ただ、その目だけが静かに獲物を狙う猛禽類のように光っていたのでした。
 やがて、黒装束のうちの一人が、一歩前に踏み出し、

「アレさえ手に入れば用は無い。
 今しばらく大人しくしていろ」

 ――アレ?

 あれとは何だ?

「アレは……?」

 唯一、声を出した黒装束に向かって、すでに半分ほど炎に包まれた家の中から何かが飛び出してきました。男の横を掠めて飛び、地面に二回ほどぶつかり、跳ねながら遠くに飛んで行ったもの。
 そう、その飛来物が飛んできた方向を見定めると、炎に包まれた家を突っ切って父が姿を現しました。そう、飛んで行ったモノは父に蹴り飛ばされでもしたのでしょう、それが勢いを失って初めて分かりました。その飛来物自体が黒装束の仲間のうちの一人なのだと。

 自慢のヒゲは少し先が焦げ、顔には煤が付着しておりましたが、その表情はジブン達には頼もしく、正に仁王そのものでした。
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