12 / 43
12
しおりを挟む
チントンシャン、チントンシャン。
街の外れにある、とある割烹からは軽快な三味線と鼓の音が聞こえてきている。その音の中には歌も織り込まれ、中では舞いも舞われているのであろう。
神無月も終盤、街の外れにある割烹の二階から漏れる光を見ながら、手をこすり合わせているサヤに、先ほどの情報収集から残りの情報を伝えるイオリ。
「この割烹に呼ばれてきたのが、あのお店の最近人気の芸子さんだそうです。名前はサユリコと言って、年は十六~七らしいそうですよ。」
「ほ~、芸の道ってのは難しいもんだと思ってたけど、そんな若い子ができるってことはよっぽど歌も踊りもお上手なんだろうね」
メガネを持ち上げ上がら、一拍、間をおいてイオリが繋げる。
「まぁ、半分は正解ですね。確かに歌も踊りも上手いようですがねぇ……
それ以上に以前、彼女より人気があって上位にいた売れ筋の芸子さんは、みんな辻斬りに斬られてるんですよ」
――そう、と呟き、そのまま視線を移さないサヤ。襲われている女の子が目の前に居れば、即座に迷いもなく救いの手を差し伸べる彼女ではあったが、既に黄泉の国へと旅立った女性たちには差し出したい手すら届かない。そんな現実主義者の彼女はこれからのことを考えているが故のそっけなさだったのだ。
やがて、お座敷の二階から歌がひと段落し、酒を酌み交わし笑う声が途切れて暫くすると、店の玄関から恰幅のいい男が二人に御者と思しき男が4人、恐らく今夜の宴会の者たちであろう。男たちが店を出る際にサヤとイオリは建物の陰に隠れた。むこうから見えることは無いであろうが念には念を入れてのことだ。
恰幅の良い男たちを見送ったのはお座敷を提供した割烹の女将と芸子のサユリコであった。
サヤたちからは離れていたために会話を聞き取ることは難しかったが、内容は容易に想像にできる。
「今日のお客さんの感想と、それを労う女将。さらには次回もよろしく、というところですかね?」
「まぁ、そんなところだろうね。付け加えるなら、『夜道には気をつけて』くらいなもんかな」
二人が読唇術を心得ていたかは定かではないが、確かに想像に易い会話の内容である。実際に女将とサユリコの間では非常に似通った会話の内容であった。
見送りも終わり、サユリコは三味線持ちの下男に提灯で足元を照らしてもらいながら帰路に就いた。サヤ達も距離を置きながらこの後を追う。
秋の乾いた風が足元に落ちた竹の葉をかき回す。鬱蒼、と言うほどでもないが左右に林とでも言うべき群生した竹が生えており、上を見上げれば葉の間から痩せた三日月が見えた。
「――しかしですね、こんなに暗い道を通ってると、いつ辻斬りが現れてもおかしくないでゲスなぁ。」
「これ、そんなことを口にしないで下さいよ。噂をすればなんとやらって言葉もあるんですから、気をつけてくださいな」
下男は頭をかきかき、提灯を揺らして謝罪していた。
「へぃ、すいやせん。以後、気をつけますんで……ン?」
下男が何かを耳にし、立ち止まる。サユリコにも今までに聞いた覚えのない音が聞こえたらしく、耳に意識を傾ける。
――ヒュ……
――ヒュ……ンッ
――ヒュンッッ
風切り音だった。
……なんだろう。
鳥でも飛んでいるんでゲスか?
この夜中に?
下男とサユリコとの間でそんなやり取りがあった後、しばしその風切り音は止んだ。
そして、
「あれ?
おかしいでゲス。地面が目の前にあるでゲス」
ひと際大きな
――ヒュンッッ
という音が聞こえ、下男の意識は途切れた。
「キャアアアアアッッ!」
竹林の中に乙女の甲高い声が響く。
サユリコ達から距離を置いて後ろを歩いていたサヤたちは竹林の入り口に差しかかっていた。声の主の危険を察した。
「始まってしまいましたか?」
「ナニぼさっとしてんだい! 急ぐよ!」
二人は急いで悲鳴の元へと走って行った。
街の外れにある、とある割烹からは軽快な三味線と鼓の音が聞こえてきている。その音の中には歌も織り込まれ、中では舞いも舞われているのであろう。
神無月も終盤、街の外れにある割烹の二階から漏れる光を見ながら、手をこすり合わせているサヤに、先ほどの情報収集から残りの情報を伝えるイオリ。
「この割烹に呼ばれてきたのが、あのお店の最近人気の芸子さんだそうです。名前はサユリコと言って、年は十六~七らしいそうですよ。」
「ほ~、芸の道ってのは難しいもんだと思ってたけど、そんな若い子ができるってことはよっぽど歌も踊りもお上手なんだろうね」
メガネを持ち上げ上がら、一拍、間をおいてイオリが繋げる。
「まぁ、半分は正解ですね。確かに歌も踊りも上手いようですがねぇ……
それ以上に以前、彼女より人気があって上位にいた売れ筋の芸子さんは、みんな辻斬りに斬られてるんですよ」
――そう、と呟き、そのまま視線を移さないサヤ。襲われている女の子が目の前に居れば、即座に迷いもなく救いの手を差し伸べる彼女ではあったが、既に黄泉の国へと旅立った女性たちには差し出したい手すら届かない。そんな現実主義者の彼女はこれからのことを考えているが故のそっけなさだったのだ。
やがて、お座敷の二階から歌がひと段落し、酒を酌み交わし笑う声が途切れて暫くすると、店の玄関から恰幅のいい男が二人に御者と思しき男が4人、恐らく今夜の宴会の者たちであろう。男たちが店を出る際にサヤとイオリは建物の陰に隠れた。むこうから見えることは無いであろうが念には念を入れてのことだ。
恰幅の良い男たちを見送ったのはお座敷を提供した割烹の女将と芸子のサユリコであった。
サヤたちからは離れていたために会話を聞き取ることは難しかったが、内容は容易に想像にできる。
「今日のお客さんの感想と、それを労う女将。さらには次回もよろしく、というところですかね?」
「まぁ、そんなところだろうね。付け加えるなら、『夜道には気をつけて』くらいなもんかな」
二人が読唇術を心得ていたかは定かではないが、確かに想像に易い会話の内容である。実際に女将とサユリコの間では非常に似通った会話の内容であった。
見送りも終わり、サユリコは三味線持ちの下男に提灯で足元を照らしてもらいながら帰路に就いた。サヤ達も距離を置きながらこの後を追う。
秋の乾いた風が足元に落ちた竹の葉をかき回す。鬱蒼、と言うほどでもないが左右に林とでも言うべき群生した竹が生えており、上を見上げれば葉の間から痩せた三日月が見えた。
「――しかしですね、こんなに暗い道を通ってると、いつ辻斬りが現れてもおかしくないでゲスなぁ。」
「これ、そんなことを口にしないで下さいよ。噂をすればなんとやらって言葉もあるんですから、気をつけてくださいな」
下男は頭をかきかき、提灯を揺らして謝罪していた。
「へぃ、すいやせん。以後、気をつけますんで……ン?」
下男が何かを耳にし、立ち止まる。サユリコにも今までに聞いた覚えのない音が聞こえたらしく、耳に意識を傾ける。
――ヒュ……
――ヒュ……ンッ
――ヒュンッッ
風切り音だった。
……なんだろう。
鳥でも飛んでいるんでゲスか?
この夜中に?
下男とサユリコとの間でそんなやり取りがあった後、しばしその風切り音は止んだ。
そして、
「あれ?
おかしいでゲス。地面が目の前にあるでゲス」
ひと際大きな
――ヒュンッッ
という音が聞こえ、下男の意識は途切れた。
「キャアアアアアッッ!」
竹林の中に乙女の甲高い声が響く。
サユリコ達から距離を置いて後ろを歩いていたサヤたちは竹林の入り口に差しかかっていた。声の主の危険を察した。
「始まってしまいましたか?」
「ナニぼさっとしてんだい! 急ぐよ!」
二人は急いで悲鳴の元へと走って行った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
漱石先生たると考
神笠 京樹
歴史・時代
かつての松山藩の藩都、そして今も愛媛県の県庁所在地である城下町・松山に、『たると』と呼ばれる菓子が伝わっている。この『たると』は、洋菓子のタルトにはまったく似ておらず、「カステラのような生地で、小豆餡を巻き込んだもの」なのだが、伝承によれば江戸時代のかなり初期、すなわち1647年頃に当時の松山藩主松平定行によって考案されたものだという。なぜ、松山にたるとという菓子は生まれたのか?定行は実際にはどのような役割を果たしていたのか?本作品は、松山に英語教師として赴任してきた若き日の夏目漱石が、そのような『たると』発祥の謎を追い求める物語である。
戦国異聞序章 鎌倉幕府の支配体制確立と崩壊
Ittoh
歴史・時代
戦国異聞
鎌倉時代は、非常に面白い時代です。複数の権威権力が、既存勢力として複数存在し、錯綜した政治体制を築いていました。
その鎌倉時代が源平合戦異聞によって、源氏三代、頼朝、頼家、実朝で終焉を迎えるのではなく、源氏を武家の統領とする、支配体制が全国へと浸透展開する時代であったとしたらというif歴史物語です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
吉備大臣入唐物語
あめ
歴史・時代
──大海原の先で出会った赤鬼は、私と同じ遣唐使でした。
唐の官僚達に才能を嫉妬され、曰く付きの高楼の中に閉じ込められてしまった遣唐使・吉備真備。
為す術もなくやるせない気持ちに駆られる真備であったが、そんな彼の前に現れたのは同じ遣唐使・阿倍仲麻呂を名乗る一人の赤鬼であった。
『江談抄』そして『吉備大臣入唐絵巻』に描かれる、二人の遣唐使のちょっと不思議な友情物語をアレンジしました。
日本史・中国史に出てくるあの方々もチラホラと.....?
異国の風に吹かれながら、奇想天外な攻防戦をお楽しみください。
※リメイク版です。
零式輸送機、満州の空を飛ぶ。
ゆみすけ
歴史・時代
ダクラスDC-3輸送機を米国からライセンスを買って製造した大日本帝国。 ソ連の侵攻を防ぐ防壁として建国した満州国。 しかし、南はシナの軍閥が・・・ソ連の脅威は深まるばかりだ。 開拓村も馬賊に襲われて・・・東北出身の開拓団は風前の灯だった・・・
腑抜けは要らない ~異国の美女と恋に落ち、腑抜けた皇子との縁を断ち切ることに成功した媛は、別の皇子と幸せを掴む~
夏笆(なつは)
歴史・時代
|今皇《いますめらぎ》の皇子である若竹と婚姻の約束をしていた|白朝《しろあさ》は、難破船に乗っていた異国の美女、|美鈴《みれい》に心奪われた挙句、白朝の父が白朝の為に建てた|花館《はなやかた》を勝手に美鈴に授けた若竹に見切りを付けるべく、父への直談判に臨む。
思いがけず、父だけでなく国の主要人物が揃う場で訴えることになり、青くなるも、白朝は無事、若竹との破談を勝ち取った。
しかしそこで言い渡されたのは、もうひとりの皇子である|石工《いしく》との婚姻。
石工に余り好かれていない自覚のある白朝は、その嫌がる顔を想像して慄くも、意外や意外、石工は白朝との縁談をすんなりと受け入れる。
その後も順調に石工との仲を育む白朝だが、若竹や美鈴に絡まれ、窃盗されと迷惑を被りながらも幸せになって行く。
出撃!特殊戦略潜水艦隊
ノデミチ
歴史・時代
海の狩人、潜水艦。
大国アメリカと短期決戦を挑む為に、連合艦隊司令山本五十六の肝入りで創設された秘匿潜水艦。
戦略潜水戦艦 伊号第500型潜水艦〜2隻。
潜水空母 伊号第400型潜水艦〜4隻。
広大な太平洋を舞台に大暴れする連合艦隊の秘密兵器。
一度書いてみたかったIF戦記物。
この機会に挑戦してみます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる