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「いやー、たくさん飲んじゃいましたね~」
「まったくです。勧められるものを断っては話が続きませんし、かといって話を聞こうにも酔っ払いってのは面倒で困ります」
竹川屋での騒動の後、イオリは一晩の英雄として店からもその場に居合わせた客からも称賛を受け、酒を振る舞われた。
イオリは自分とサヤの求める情報を聞き出すために、あえてその酒を受け、そのうえで話を聞こうとしたのだった。
「それにしてもイオリさんは、お酒がお強いんですね。
あんなに飲まれたのに、こんなにしっかりされてるなんて……
今まで見たことがないですよ」
お世辞でも称賛でもなく、素直に驚いた感想を述べるオユリに、イオリはメガネの位置を直しながら少し照れたように答える。
「まぁ、そういう血筋なんですかねぇ。酒は飲んでも飲まれるな――ってね。」
その一言で済まされてしまえば世の中に酩酊するような愚か者はいなくなるはずであるが、イオリにとってはそれが事実なのだろう。
「っと、まぁ、それなりの情報も集まりましたし、さっさと帰って彼女に報告しなければなりませんね」
これにオユリは同意し、持っていた提灯の明かりを揺らせる。
「私もです。宿に戻ったらお風呂の番をしなければなんですよ~」
――お風呂番ッッ?
イオリの瞳に怪しい光が宿るのをオユリは確認できたのであろうか……
「さぁさぁ!
早く帰りましょう。お仕事は大切ですからね!」
キラキラとした彼の笑顔は、家々の明かりでも照らしきれぬほどの濃い夜の闇の中でも輝いていた。
そんなこんなでイオリ達が騒動に巻き込まれ、帰路に就いたころまでのしばらくの間、この物語の女主人公、サヤはどうしていたかというと……
「さて、アイツが帰ってくる前にお風呂に入ってこようかな!」
先ほどの霞のかかった悲痛な顔をピシャリと叩き、気分を一新させる。部屋に用意された手ぬぐいを肩にかけ鼻歌混じりに浴場へと向かって行った。
途中、番頭さんに声を掛け、風呂の番をしてくれる人を呼んで貰う際、彼女はこれだけは言及しておいた。
「分かってると思うけど、女の人でお願いするよ?」
この時代の風呂は、大きく分けて二つ。町には必ずあったであろう大衆浴場と、田舎に多かった個人の家に存在する一人用の風呂だ。この宿には後者が備え付けられていた。
脱衣所にてサヤは着物を脱いだ。藍鉄色に刃の波紋のような模様の入った着物は一般のモノとは比べ物にならないほど裾が上がっており、着ていた時分、サヤの足は大胆に肌を見せていた。シュルシュルと聞く者が聞けば欲情を駆り立てられる衣擦れの音は帯を解く音だ。
赤丹色の帯には朴の木の花が縫い現わされていたが、その刺繍の白さもサヤ自身白皙さに比べれば色あせてしまうほどだった。
一糸まとわぬ姿で前を隠すことなく進むサヤ。
体にまとわせていた布を脱ぎ払った彼女の体は、ろくな明かりの無い夕闇の風呂場の中では薄明るく光を放っているようにも見えた。
入口にほんのりと明りがある程度の中で風呂の蓋を取る。桶でお湯を汲み、体にかけ流すと、その温度は心地よく体を強張らせた。
この宿に備え付けられていたのは、俗に言う五右衛門風呂であった。大きな金属製の釜に水を張り、直火にあてて湯を沸かすのだ。
サヤはそばに立てかけてあった木製の板を風呂桶に沈めた。
五右衛門風呂は釜の底が高温になっているために、入浴者の足や下半身を火傷させないようにこのような手順が必要なのである。
ゆっくりと体を浴槽に沈める。一日の疲れが、彼女の口から発せられる呻きとも感嘆ともとれる呼気と一緒に吐き出されているようだった。
肩までと言わず、口元まで湯に沈んだサヤはおもむろに、髪を結っていた長い棒のようなかんざしを取り払い、その銀髪を下ろした。
「まったくです。勧められるものを断っては話が続きませんし、かといって話を聞こうにも酔っ払いってのは面倒で困ります」
竹川屋での騒動の後、イオリは一晩の英雄として店からもその場に居合わせた客からも称賛を受け、酒を振る舞われた。
イオリは自分とサヤの求める情報を聞き出すために、あえてその酒を受け、そのうえで話を聞こうとしたのだった。
「それにしてもイオリさんは、お酒がお強いんですね。
あんなに飲まれたのに、こんなにしっかりされてるなんて……
今まで見たことがないですよ」
お世辞でも称賛でもなく、素直に驚いた感想を述べるオユリに、イオリはメガネの位置を直しながら少し照れたように答える。
「まぁ、そういう血筋なんですかねぇ。酒は飲んでも飲まれるな――ってね。」
その一言で済まされてしまえば世の中に酩酊するような愚か者はいなくなるはずであるが、イオリにとってはそれが事実なのだろう。
「っと、まぁ、それなりの情報も集まりましたし、さっさと帰って彼女に報告しなければなりませんね」
これにオユリは同意し、持っていた提灯の明かりを揺らせる。
「私もです。宿に戻ったらお風呂の番をしなければなんですよ~」
――お風呂番ッッ?
イオリの瞳に怪しい光が宿るのをオユリは確認できたのであろうか……
「さぁさぁ!
早く帰りましょう。お仕事は大切ですからね!」
キラキラとした彼の笑顔は、家々の明かりでも照らしきれぬほどの濃い夜の闇の中でも輝いていた。
そんなこんなでイオリ達が騒動に巻き込まれ、帰路に就いたころまでのしばらくの間、この物語の女主人公、サヤはどうしていたかというと……
「さて、アイツが帰ってくる前にお風呂に入ってこようかな!」
先ほどの霞のかかった悲痛な顔をピシャリと叩き、気分を一新させる。部屋に用意された手ぬぐいを肩にかけ鼻歌混じりに浴場へと向かって行った。
途中、番頭さんに声を掛け、風呂の番をしてくれる人を呼んで貰う際、彼女はこれだけは言及しておいた。
「分かってると思うけど、女の人でお願いするよ?」
この時代の風呂は、大きく分けて二つ。町には必ずあったであろう大衆浴場と、田舎に多かった個人の家に存在する一人用の風呂だ。この宿には後者が備え付けられていた。
脱衣所にてサヤは着物を脱いだ。藍鉄色に刃の波紋のような模様の入った着物は一般のモノとは比べ物にならないほど裾が上がっており、着ていた時分、サヤの足は大胆に肌を見せていた。シュルシュルと聞く者が聞けば欲情を駆り立てられる衣擦れの音は帯を解く音だ。
赤丹色の帯には朴の木の花が縫い現わされていたが、その刺繍の白さもサヤ自身白皙さに比べれば色あせてしまうほどだった。
一糸まとわぬ姿で前を隠すことなく進むサヤ。
体にまとわせていた布を脱ぎ払った彼女の体は、ろくな明かりの無い夕闇の風呂場の中では薄明るく光を放っているようにも見えた。
入口にほんのりと明りがある程度の中で風呂の蓋を取る。桶でお湯を汲み、体にかけ流すと、その温度は心地よく体を強張らせた。
この宿に備え付けられていたのは、俗に言う五右衛門風呂であった。大きな金属製の釜に水を張り、直火にあてて湯を沸かすのだ。
サヤはそばに立てかけてあった木製の板を風呂桶に沈めた。
五右衛門風呂は釜の底が高温になっているために、入浴者の足や下半身を火傷させないようにこのような手順が必要なのである。
ゆっくりと体を浴槽に沈める。一日の疲れが、彼女の口から発せられる呻きとも感嘆ともとれる呼気と一緒に吐き出されているようだった。
肩までと言わず、口元まで湯に沈んだサヤはおもむろに、髪を結っていた長い棒のようなかんざしを取り払い、その銀髪を下ろした。
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