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ここで、オユリは一番最初に自分を救おうとしてくれたイオリに気がついた。
「――スミマセン。
私を助けてくれようとしてこんな目に……」
侍の片割れに殴られたイオリのその頬は、少し赤みを帯びて腫れぼったくなっていた。
オユリが心配そうに、その殴打を食らった頬に優しく触れる。
「大丈夫ですよ。それより、オユリさんに怪我がなくてよかった」
イオリの糸のように細い目が、さらに細くなり笑顔で返す。
「よぉよぉ、ニーサン。よくやったなぁ。まぁ、一杯飲めや」
小悪党を退けた英雄に、小心な凡夫たちが群がり、酒を勧める。お猪口を差しだし、自分たちの飲んでいた徳利から酒を注ぐ。
イオリはこれを受けながら、ここに来た目的、「妖刀、辻斬り」の情報収集にとりかかった。
一方その頃……
「なぁ、本当にやるのか?」
「あたりまえじゃ!
お主はあんな若造に舐められたまま終わっていいのか?
それこそ、武士の名折れではないのかッ?」
先ほど、イオリがその身を挺して追い出した侍二人。彼らは先ほどの縄のれん、竹川屋から少し離れた路地裏にいた。
酒に酔って語気は荒く、潜んでいるというには少々自己主張をし過ぎではあるが、今の世の中より、もっと夜が濃い時代ではそうそう人にも見つかる程度ではなかった。
「あの若造、先ほどの娘の宿に泊まっているような節であった。店から出てこの路地の前を通り過ぎたら、後ろから切り捨ててくれるわッッ」
「しかしのぅ……
あの場では確かに我々に非があったようにも思うしのぅ……」
「ええぃ、ええぃ。
臆したか?
ならばわしだけであの無礼者を手討ちにいたす。貴殿はさっさと帰ればよかろう!」
いまだ、酒の熱から冷めぬエロ侍は息巻いてもう一人の制止を振り切ろうとしていた。
そんなやり取りが少し続いた後、先ほどの竹川屋から二人の人影、イオリとオユリが暖簾をくぐって表に出てきた。
エロ侍のほうが、この人影に反応し腰の刀を握り直した。
「こうなったら、貴殿はそこで見ておればよい。武士とは面目と名を汚されては生きてはおれぬ生き物なのじゃ。臆病ものは武士ではないッッ!」
正しいことを口にしながらも、逆恨みでしかないこの主張に、冷静なほうの侍は制止をあきらめ傍観に徹することにしたらしい。
エロ侍が勢いよく鞘から刀を抜き放った。――と思われた時、彼は違和感を覚えに首をかしげた。自分は左手を鞘に添え、右手を振り上げる形で刀を抜いた。そしてそのまま切っ先を自分の視線と同じ方向にもっていったはずだったのだ。
しかし、自分の視界には刃は見えず、カシャンという金属の軋む音が聞こえたのだった。音のした方向は自分の足元。目を其処に向けると、そこには自分が抜き放ったはずの刀が転がっていた。自分の右手と共に。
「……?」
――何故だ?
なんで俺の右手がここに落ちてるんだ?
あれ?
腕って取り外せるんだっけ?
じゃあ、くっつけなきゃ……
エロ侍はしゃがみ込んで、自分の腕を斬り口である肩の切断面にくっつけようと必死になっていた。
おたおたと右往左往していると、路地の奥から狂気と剣気をまとった人影が現れた。
「――ッケ」
と一呼吸を置くと、右手を振るう。正確には、ヌラリと光を放つ刃を振るった。
生温かい空気の波がエロ侍を通過する。今度は首から左わき腹にかけての体が二つに分断された。
一人のエロ侍であった人間は右腕、頭部から左肩をかけて左腕、そして胴体と足という三つの肉塊に変わってその場に血だまりを作った。
この不思議な切断劇が終わると、その後ろでもう一人の侍はその場にへたり込み、友人の血と己の尿で袴を濡らしていた。
「――スミマセン。
私を助けてくれようとしてこんな目に……」
侍の片割れに殴られたイオリのその頬は、少し赤みを帯びて腫れぼったくなっていた。
オユリが心配そうに、その殴打を食らった頬に優しく触れる。
「大丈夫ですよ。それより、オユリさんに怪我がなくてよかった」
イオリの糸のように細い目が、さらに細くなり笑顔で返す。
「よぉよぉ、ニーサン。よくやったなぁ。まぁ、一杯飲めや」
小悪党を退けた英雄に、小心な凡夫たちが群がり、酒を勧める。お猪口を差しだし、自分たちの飲んでいた徳利から酒を注ぐ。
イオリはこれを受けながら、ここに来た目的、「妖刀、辻斬り」の情報収集にとりかかった。
一方その頃……
「なぁ、本当にやるのか?」
「あたりまえじゃ!
お主はあんな若造に舐められたまま終わっていいのか?
それこそ、武士の名折れではないのかッ?」
先ほど、イオリがその身を挺して追い出した侍二人。彼らは先ほどの縄のれん、竹川屋から少し離れた路地裏にいた。
酒に酔って語気は荒く、潜んでいるというには少々自己主張をし過ぎではあるが、今の世の中より、もっと夜が濃い時代ではそうそう人にも見つかる程度ではなかった。
「あの若造、先ほどの娘の宿に泊まっているような節であった。店から出てこの路地の前を通り過ぎたら、後ろから切り捨ててくれるわッッ」
「しかしのぅ……
あの場では確かに我々に非があったようにも思うしのぅ……」
「ええぃ、ええぃ。
臆したか?
ならばわしだけであの無礼者を手討ちにいたす。貴殿はさっさと帰ればよかろう!」
いまだ、酒の熱から冷めぬエロ侍は息巻いてもう一人の制止を振り切ろうとしていた。
そんなやり取りが少し続いた後、先ほどの竹川屋から二人の人影、イオリとオユリが暖簾をくぐって表に出てきた。
エロ侍のほうが、この人影に反応し腰の刀を握り直した。
「こうなったら、貴殿はそこで見ておればよい。武士とは面目と名を汚されては生きてはおれぬ生き物なのじゃ。臆病ものは武士ではないッッ!」
正しいことを口にしながらも、逆恨みでしかないこの主張に、冷静なほうの侍は制止をあきらめ傍観に徹することにしたらしい。
エロ侍が勢いよく鞘から刀を抜き放った。――と思われた時、彼は違和感を覚えに首をかしげた。自分は左手を鞘に添え、右手を振り上げる形で刀を抜いた。そしてそのまま切っ先を自分の視線と同じ方向にもっていったはずだったのだ。
しかし、自分の視界には刃は見えず、カシャンという金属の軋む音が聞こえたのだった。音のした方向は自分の足元。目を其処に向けると、そこには自分が抜き放ったはずの刀が転がっていた。自分の右手と共に。
「……?」
――何故だ?
なんで俺の右手がここに落ちてるんだ?
あれ?
腕って取り外せるんだっけ?
じゃあ、くっつけなきゃ……
エロ侍はしゃがみ込んで、自分の腕を斬り口である肩の切断面にくっつけようと必死になっていた。
おたおたと右往左往していると、路地の奥から狂気と剣気をまとった人影が現れた。
「――ッケ」
と一呼吸を置くと、右手を振るう。正確には、ヌラリと光を放つ刃を振るった。
生温かい空気の波がエロ侍を通過する。今度は首から左わき腹にかけての体が二つに分断された。
一人のエロ侍であった人間は右腕、頭部から左肩をかけて左腕、そして胴体と足という三つの肉塊に変わってその場に血だまりを作った。
この不思議な切断劇が終わると、その後ろでもう一人の侍はその場にへたり込み、友人の血と己の尿で袴を濡らしていた。
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