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帰っていった客の机を片付けながら
ナンデスカー?
声だけをイオリに向ける女中。
「ちょっと伺いますが、このあたりで辻斬りや、妖刀の類のお話を聞いたりしたことはありませんか?」
机の上をあらかた片づけ終え、皿や器、徳利なんかをお盆に乗せたところで女はイオリのほうに向き直る。
「お客さーん、見たところ旅のお人のようだけど、そんなこと聞いてどうするんだい?」
「いや……
どうっていわれても困るんですが、チョット探しものというか人探しというか、まぁそんなところなんですけどね」
これに店のオヤジが口を挟む。
「オニーさん、悪いこたぁ言わねぇから。そこら辺にしておきな」
ここで店の戸がカラカラと開き、店にそぐわぬ少女が入ってきた。
「コンバンハー。お使いなんですけど、お願いします」
やってきたのはイオリ達が宿をとった谷屋の女中、オユリであった。
オユリは店のオヤジに大徳利を渡し、いつものをお願いします。と告げた。
オヤジもいつものこと、と承知しているのか、徳利を持って奥に引っ込んでいった。
「おーい、オユリさん。こっちこっち~」
オユリが振り返るとそこには先ほど宿から送りだしたメガネの男がいた。
「あらー、やっぱりここで飲んでいらしたんですね」
猫の子のような屈託のない笑顔でオユリはそばに駆け寄る。
「どうしたんですか?
何かのお使いのようですけど、ここはオユリさんみたいな可愛くて幼い子が来るところではないんじゃないですか?」
可愛いという言葉に顔を緩ませ、幼いという言葉に頬を膨らますオユリは、コロコロとした声で問いに答える。
「いや~、うちのお店で扱ってるお酒は――、っていうかこのあたりの御宿はみんな、この竹川屋さんで仕入れてるんですよ。今はもう縄のれんに赤提灯ですが、昔はまっとうな酒屋さんだったんですよ?」
まっとうたぁなんだい、と奥からオヤジの声が割って入る。
たしかに酒の味は中々のものだったし、驚いたことには変わりはなかったが、へぇ~、とイオリは大げさに驚いて見せた。オユリがあんまりにも得意満面に言うので普通の反応では面白くないだろうと思ってのことだ。
二人がそんなやり取りをしていると、先ほどイオリが聞き耳を立てた――便宜上三組目、下卑た会話をしていた二人の侍が、イオリとオユリのそばにやってきた。
「よぅよぅ、オネーチャン。そんな青っ白い兄ちゃんとお話ししてるより、おれたちにお酌でもしてくれネェか?」
髷も髭も手入れのされていない、それぞれ生えるに任せたままの粗暴な趣の二人。彼らはその面どおりの下品な物言いでオユリに詰め寄る。
酒に酔っているのか顔は紅潮し、意味もなく大笑いをしている。
そのうちに、酒に酔った二人の侍はオユリの腕に手を伸ばし、強引に連れて行こうとし始めた。
「イヤッ、やめてください……
お侍さまっ。放してください……」
これに対して、二人の侍はオユリの悲痛な訴えを耳にすると、悦に入っていくかのように喜んでいる。
ヨイデハナイカ、ヨイデハナイカ
はたから見てても分かりやすい悪役だ。
他の客は見て見ぬふりをし、店のオヤジも奥から様子をうかがっているだけで誰も助けようとはしなかった。ヘタに関わって自分たちに火の粉が飛んでくるのを恐れていたからだ。
やがて、侍のうちの一人の手がオユリの顔に近付き、彼女のその儚げな目元に涙が顔を出したころ、手を伸ばした侍の額に何かがサクッと刺さる。軽快な音と共に。
遅れて顔に酒が浴びせかかり、その勢いと共にエロ侍は後方へ倒れた。
エロ侍の片割れが何事かとあたりを見回すと、イオリがそれまで飲んでいた酒の入った升を投げ付けたのだった。
「キサマッッ!
無礼であるぞッ!」
升を投げ付けた手の振りのまま、固まっていたイオリ、だが酒に酔ったようには見えない。目元はにこやかなまま、あくまで平常心のまま侍を制止する。
「オサムライサーン、嫌がってるじゃないですか。
ここは楽しくお酒を飲む場所でしょ?
誰かが泣いていたら、みんなのお酒がまずくなってしまいますよ。」
周りの客から、そうだそうだと肯定の声が上がり始めた。
侍の片割れは、酒と怒りと驚きで指の先まで真っ赤になった拳でイオリを殴りつける。
卓の上の皿は畳の上に落ち、盛大に転ぶイオリ。
「ほら、手を出せばすぐすむと思ってるから、お侍さんも馬鹿にされるんですよ?」
これに升と酒を浴びせられたエロ侍は立ち上がり、壁に立てかけていた刀に手を掛ける。周囲に戦慄が走った。 鯉口を露わにしたのと同時にウッと呻いた。
エロ侍の背後に一人の浪人風の男が立っていたのである。
イオリの位置からは見えなかったが、その死角では男がエロ侍の背に刀の柄を押しつけているようであった。
「いい加減にしやがれ。五月蠅ぇんだよ。これ以上やるなら……」
浪人風の男の眼光は鋭く、いつでも刀を抜き放ち、お前を斬って捨てることができる。とエロ侍に感じ取らせていたのだ。
「ック……
えぇい、不愉快じゃ!」
酒に酔って騒動を起こした二人の侍は乱暴に卓に金子を叩きつけて、逃げるように店を後にした。
侍を追い払った浪人風の男に周りから賛辞の言葉が贈られる。オユリはもとより、店のオヤジと店員の女性。飲んでいた客たちも清々したという顔だ。自分たちは何もできなかったというのに、なんと都合のよいことか。
ナンデスカー?
声だけをイオリに向ける女中。
「ちょっと伺いますが、このあたりで辻斬りや、妖刀の類のお話を聞いたりしたことはありませんか?」
机の上をあらかた片づけ終え、皿や器、徳利なんかをお盆に乗せたところで女はイオリのほうに向き直る。
「お客さーん、見たところ旅のお人のようだけど、そんなこと聞いてどうするんだい?」
「いや……
どうっていわれても困るんですが、チョット探しものというか人探しというか、まぁそんなところなんですけどね」
これに店のオヤジが口を挟む。
「オニーさん、悪いこたぁ言わねぇから。そこら辺にしておきな」
ここで店の戸がカラカラと開き、店にそぐわぬ少女が入ってきた。
「コンバンハー。お使いなんですけど、お願いします」
やってきたのはイオリ達が宿をとった谷屋の女中、オユリであった。
オユリは店のオヤジに大徳利を渡し、いつものをお願いします。と告げた。
オヤジもいつものこと、と承知しているのか、徳利を持って奥に引っ込んでいった。
「おーい、オユリさん。こっちこっち~」
オユリが振り返るとそこには先ほど宿から送りだしたメガネの男がいた。
「あらー、やっぱりここで飲んでいらしたんですね」
猫の子のような屈託のない笑顔でオユリはそばに駆け寄る。
「どうしたんですか?
何かのお使いのようですけど、ここはオユリさんみたいな可愛くて幼い子が来るところではないんじゃないですか?」
可愛いという言葉に顔を緩ませ、幼いという言葉に頬を膨らますオユリは、コロコロとした声で問いに答える。
「いや~、うちのお店で扱ってるお酒は――、っていうかこのあたりの御宿はみんな、この竹川屋さんで仕入れてるんですよ。今はもう縄のれんに赤提灯ですが、昔はまっとうな酒屋さんだったんですよ?」
まっとうたぁなんだい、と奥からオヤジの声が割って入る。
たしかに酒の味は中々のものだったし、驚いたことには変わりはなかったが、へぇ~、とイオリは大げさに驚いて見せた。オユリがあんまりにも得意満面に言うので普通の反応では面白くないだろうと思ってのことだ。
二人がそんなやり取りをしていると、先ほどイオリが聞き耳を立てた――便宜上三組目、下卑た会話をしていた二人の侍が、イオリとオユリのそばにやってきた。
「よぅよぅ、オネーチャン。そんな青っ白い兄ちゃんとお話ししてるより、おれたちにお酌でもしてくれネェか?」
髷も髭も手入れのされていない、それぞれ生えるに任せたままの粗暴な趣の二人。彼らはその面どおりの下品な物言いでオユリに詰め寄る。
酒に酔っているのか顔は紅潮し、意味もなく大笑いをしている。
そのうちに、酒に酔った二人の侍はオユリの腕に手を伸ばし、強引に連れて行こうとし始めた。
「イヤッ、やめてください……
お侍さまっ。放してください……」
これに対して、二人の侍はオユリの悲痛な訴えを耳にすると、悦に入っていくかのように喜んでいる。
ヨイデハナイカ、ヨイデハナイカ
はたから見てても分かりやすい悪役だ。
他の客は見て見ぬふりをし、店のオヤジも奥から様子をうかがっているだけで誰も助けようとはしなかった。ヘタに関わって自分たちに火の粉が飛んでくるのを恐れていたからだ。
やがて、侍のうちの一人の手がオユリの顔に近付き、彼女のその儚げな目元に涙が顔を出したころ、手を伸ばした侍の額に何かがサクッと刺さる。軽快な音と共に。
遅れて顔に酒が浴びせかかり、その勢いと共にエロ侍は後方へ倒れた。
エロ侍の片割れが何事かとあたりを見回すと、イオリがそれまで飲んでいた酒の入った升を投げ付けたのだった。
「キサマッッ!
無礼であるぞッ!」
升を投げ付けた手の振りのまま、固まっていたイオリ、だが酒に酔ったようには見えない。目元はにこやかなまま、あくまで平常心のまま侍を制止する。
「オサムライサーン、嫌がってるじゃないですか。
ここは楽しくお酒を飲む場所でしょ?
誰かが泣いていたら、みんなのお酒がまずくなってしまいますよ。」
周りの客から、そうだそうだと肯定の声が上がり始めた。
侍の片割れは、酒と怒りと驚きで指の先まで真っ赤になった拳でイオリを殴りつける。
卓の上の皿は畳の上に落ち、盛大に転ぶイオリ。
「ほら、手を出せばすぐすむと思ってるから、お侍さんも馬鹿にされるんですよ?」
これに升と酒を浴びせられたエロ侍は立ち上がり、壁に立てかけていた刀に手を掛ける。周囲に戦慄が走った。 鯉口を露わにしたのと同時にウッと呻いた。
エロ侍の背後に一人の浪人風の男が立っていたのである。
イオリの位置からは見えなかったが、その死角では男がエロ侍の背に刀の柄を押しつけているようであった。
「いい加減にしやがれ。五月蠅ぇんだよ。これ以上やるなら……」
浪人風の男の眼光は鋭く、いつでも刀を抜き放ち、お前を斬って捨てることができる。とエロ侍に感じ取らせていたのだ。
「ック……
えぇい、不愉快じゃ!」
酒に酔って騒動を起こした二人の侍は乱暴に卓に金子を叩きつけて、逃げるように店を後にした。
侍を追い払った浪人風の男に周りから賛辞の言葉が贈られる。オユリはもとより、店のオヤジと店員の女性。飲んでいた客たちも清々したという顔だ。自分たちは何もできなかったというのに、なんと都合のよいことか。
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