和習冒険活劇 少女サヤの想い人

花山オリヴィエ

文字の大きさ
上 下
5 / 43

しおりを挟む
 カァー……カァー……
 カラスは高らかと鳴き、あたりはとっぷりと日が暮れている。道行く人もその足を帰路に向けているようだった。
 宿場街らしく、宿の玄関には提灯や明りを手にした女中さんが街に立ち寄った旅人を誘っていた。

「いかがですか~、お泊まりは谷屋。谷屋へどうぞ~」

 街を縦断する一本の大通りの両側を埋め尽くす宿屋の多いこと。
 正に宿場として栄えた町であると一目でわかる。
 が、一目でわかるのは宿の多さだけではなかった。
 確かに明々ときらめく宿屋は多いものの、それに見合うだけの人々の数がなかったのだ。
 どの宿屋も人の入りがよくないのか、少ない旅人を獲得するのに躍起になって声をあげている。
 そこにやってきたのは昼に峠のお茶屋で浪人率いる山賊と一戦交えてきたサヤとイオリであった。

「いやぁ、コハルも言ってたけど、あんまり栄えてないっていうか寂れているっていうか…… 
 活気が空回りしてる町だわねぇ。」
「イヤ、ホントニ。でも、だからこそですよ。そういう人の少ない宿に泊まればそれなりに質のいいお持てなしを受けられると思えば、満更でもないでしょう」
「そういうもん?
 まぁ、どこでもいいさ。ボクたちも宿をとろう」
「ハイハイ、それじゃあ……
 そこの宿にしましょうか。」

 イオリと目が合った女中さんはめいいっぱいの笑顔を提灯の明かりで照らし、二人を宿の中へと案内した。

「お二人様、ごあんな~い!」

 玄関で履物を脱ぎ、宿の者が持ってきてくれた桶で足を洗う二人。
 この、「すすぎ」と呼ばれる行為は現代と違い、舗装されていない道を土ぼこりを立てながら歩くのだから、屋内に入る際には必要不可欠なのである。

「たしかにどこでもいいって言ったけど、この宿、少しボロくない?」

 サヤは小声でイオリに問う。
 イオリは鼻歌交じりに足を洗い終え、番頭に伝える。

「えーっと、一泊で。あぁ、食事は一人分でいいですよ。」
「へい、毎度あり、オユリ!
 お客様をご案内してさしあげろ」

 番頭に呼ばれ、外で呼び込みをしていたオユリという名の少女、見た目は十二~三の小娘がパタパタと二人を部屋へと案内していった。
 一歩足を踏み下ろすごとにギシギシと軋む廊下を案内されながら、イオリは先ほどの問いに答える。

「まず、この宿は街のほぼ真ん中にあって色々移動に楽なんですよ。風呂もあってゆっくり休めそうでしたしね。それに……」
「それに?」
「なにより、このオユリさんが可愛かったからです!」
「アー……
 ハイハイ、あんたの頭の中はそればっかりだね」

 イオリの自信満々の宣言に、今に始まったことではないとサヤは投げやりである。
 二人の前を歩くオユリもこのやり取りを聞いて如才ない笑顔を浮かべていた。
 部屋につき、少女は手に持っていた明りから、行燈あんどんに火を移しながらとりいそぎ宿の説明をしていった。

「えーっと、お風呂はいつでもお入りいただけます。お夕飯はすぐにいたしましょうか?
 一人前でいいと伺っておりましたが、本当によろしいので?」

 サヤは足をのばし、ぶっきらぼうに答える。

「あぁ、それで間違いないよ。それから、この街に縄のれんなんかはあるかい?」

 ここで言われる縄のれんとは今でいう居酒屋のことである。

「えーっと、宿の前の通りを左に行った先に一軒ございますが……」

 オユリは困惑したように語尾を濁した。
 どうやら、サヤが店に行ってお酒を飲むのではないかと危惧の念が頭をよぎったらしい。
 これを察したサヤはケラケラと笑った。

「あぁ、だいじょうぶ。ボクが行くんじゃないンだ。
 ちょっと情報収集にね。さ、イオリ行っておいで」

 眼鏡を袖の端で拭きながらサヤの呼びかけに振り返る少年。その糸目はギヤマン越しに見たときよりも若干鋭さを増していたが、サヤの呼びかけに情けない声を上げながら異を唱える姿は滑稽でもあった。

「そ、そんなぁ~。これからお夕飯をいただこうと思ってたのに……
 まったく、サヤは相変わらず人使いが荒いよ……」
「いいから行く! それとも何かい、あたしの苦無で風穴を増やしたいの?」

 昼間と同じようにサヤの瞳に怪しい光が宿る。
 ハイハイ、と投げやりな応答を投げ返すイオリ。彼はこれをしぶしぶ了承し、再び町へ繰り出すこととなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

海将・九鬼嘉隆の戦略

谷鋭二
歴史・時代
織田水軍にその人ありといわれた九鬼嘉隆の生涯です。あまり語られることのない、海の戦国史を語っていきたいと思います。

国殤(こくしょう)

松井暁彦
歴史・時代
目前まで迫る秦の天下統一。 秦王政は最大の難敵である強国楚の侵攻を開始する。 楚征伐の指揮を任されたのは若き勇猛な将軍李信。 疾風の如く楚の城郭を次々に降していく李信だったが、彼の前に楚最強の将軍項燕が立ちはだかる。 項燕の出現によって狂い始める秦王政の計画。項燕に対抗するために、秦王政は隠棲した王翦の元へと向かう。 今、項燕と王翦の国の存亡をかけた戦いが幕を開ける。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...