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カァー……カァー……
カラスは高らかと鳴き、あたりはとっぷりと日が暮れている。道行く人もその足を帰路に向けているようだった。
宿場街らしく、宿の玄関には提灯や明りを手にした女中さんが街に立ち寄った旅人を誘っていた。
「いかがですか~、お泊まりは谷屋。谷屋へどうぞ~」
街を縦断する一本の大通りの両側を埋め尽くす宿屋の多いこと。
正に宿場として栄えた町であると一目でわかる。
が、一目でわかるのは宿の多さだけではなかった。
確かに明々ときらめく宿屋は多いものの、それに見合うだけの人々の数がなかったのだ。
どの宿屋も人の入りがよくないのか、少ない旅人を獲得するのに躍起になって声をあげている。
そこにやってきたのは昼に峠のお茶屋で浪人率いる山賊と一戦交えてきたサヤとイオリであった。
「いやぁ、コハルも言ってたけど、あんまり栄えてないっていうか寂れているっていうか……
活気が空回りしてる町だわねぇ。」
「イヤ、ホントニ。でも、だからこそですよ。そういう人の少ない宿に泊まればそれなりに質のいいお持てなしを受けられると思えば、満更でもないでしょう」
「そういうもん?
まぁ、どこでもいいさ。ボクたちも宿をとろう」
「ハイハイ、それじゃあ……
そこの宿にしましょうか。」
イオリと目が合った女中さんはめいいっぱいの笑顔を提灯の明かりで照らし、二人を宿の中へと案内した。
「お二人様、ごあんな~い!」
玄関で履物を脱ぎ、宿の者が持ってきてくれた桶で足を洗う二人。
この、「すすぎ」と呼ばれる行為は現代と違い、舗装されていない道を土ぼこりを立てながら歩くのだから、屋内に入る際には必要不可欠なのである。
「たしかにどこでもいいって言ったけど、この宿、少しボロくない?」
サヤは小声でイオリに問う。
イオリは鼻歌交じりに足を洗い終え、番頭に伝える。
「えーっと、一泊で。あぁ、食事は一人分でいいですよ。」
「へい、毎度あり、オユリ!
お客様をご案内してさしあげろ」
番頭に呼ばれ、外で呼び込みをしていたオユリという名の少女、見た目は十二~三の小娘がパタパタと二人を部屋へと案内していった。
一歩足を踏み下ろすごとにギシギシと軋む廊下を案内されながら、イオリは先ほどの問いに答える。
「まず、この宿は街のほぼ真ん中にあって色々移動に楽なんですよ。風呂もあってゆっくり休めそうでしたしね。それに……」
「それに?」
「なにより、このオユリさんが可愛かったからです!」
「アー……
ハイハイ、あんたの頭の中はそればっかりだね」
イオリの自信満々の宣言に、今に始まったことではないとサヤは投げやりである。
二人の前を歩くオユリもこのやり取りを聞いて如才ない笑顔を浮かべていた。
部屋につき、少女は手に持っていた明りから、行燈に火を移しながらとりいそぎ宿の説明をしていった。
「えーっと、お風呂はいつでもお入りいただけます。お夕飯はすぐにいたしましょうか?
一人前でいいと伺っておりましたが、本当によろしいので?」
サヤは足をのばし、ぶっきらぼうに答える。
「あぁ、それで間違いないよ。それから、この街に縄のれんなんかはあるかい?」
ここで言われる縄のれんとは今でいう居酒屋のことである。
「えーっと、宿の前の通りを左に行った先に一軒ございますが……」
オユリは困惑したように語尾を濁した。
どうやら、サヤが店に行ってお酒を飲むのではないかと危惧の念が頭をよぎったらしい。
これを察したサヤはケラケラと笑った。
「あぁ、だいじょうぶ。ボクが行くんじゃないンだ。
ちょっと情報収集にね。さ、イオリ行っておいで」
眼鏡を袖の端で拭きながらサヤの呼びかけに振り返る少年。その糸目はギヤマン越しに見たときよりも若干鋭さを増していたが、サヤの呼びかけに情けない声を上げながら異を唱える姿は滑稽でもあった。
「そ、そんなぁ~。これからお夕飯をいただこうと思ってたのに……
まったく、サヤは相変わらず人使いが荒いよ……」
「いいから行く! それとも何かい、あたしの苦無で風穴を増やしたいの?」
昼間と同じようにサヤの瞳に怪しい光が宿る。
ハイハイ、と投げやりな応答を投げ返すイオリ。彼はこれをしぶしぶ了承し、再び町へ繰り出すこととなった。
カラスは高らかと鳴き、あたりはとっぷりと日が暮れている。道行く人もその足を帰路に向けているようだった。
宿場街らしく、宿の玄関には提灯や明りを手にした女中さんが街に立ち寄った旅人を誘っていた。
「いかがですか~、お泊まりは谷屋。谷屋へどうぞ~」
街を縦断する一本の大通りの両側を埋め尽くす宿屋の多いこと。
正に宿場として栄えた町であると一目でわかる。
が、一目でわかるのは宿の多さだけではなかった。
確かに明々ときらめく宿屋は多いものの、それに見合うだけの人々の数がなかったのだ。
どの宿屋も人の入りがよくないのか、少ない旅人を獲得するのに躍起になって声をあげている。
そこにやってきたのは昼に峠のお茶屋で浪人率いる山賊と一戦交えてきたサヤとイオリであった。
「いやぁ、コハルも言ってたけど、あんまり栄えてないっていうか寂れているっていうか……
活気が空回りしてる町だわねぇ。」
「イヤ、ホントニ。でも、だからこそですよ。そういう人の少ない宿に泊まればそれなりに質のいいお持てなしを受けられると思えば、満更でもないでしょう」
「そういうもん?
まぁ、どこでもいいさ。ボクたちも宿をとろう」
「ハイハイ、それじゃあ……
そこの宿にしましょうか。」
イオリと目が合った女中さんはめいいっぱいの笑顔を提灯の明かりで照らし、二人を宿の中へと案内した。
「お二人様、ごあんな~い!」
玄関で履物を脱ぎ、宿の者が持ってきてくれた桶で足を洗う二人。
この、「すすぎ」と呼ばれる行為は現代と違い、舗装されていない道を土ぼこりを立てながら歩くのだから、屋内に入る際には必要不可欠なのである。
「たしかにどこでもいいって言ったけど、この宿、少しボロくない?」
サヤは小声でイオリに問う。
イオリは鼻歌交じりに足を洗い終え、番頭に伝える。
「えーっと、一泊で。あぁ、食事は一人分でいいですよ。」
「へい、毎度あり、オユリ!
お客様をご案内してさしあげろ」
番頭に呼ばれ、外で呼び込みをしていたオユリという名の少女、見た目は十二~三の小娘がパタパタと二人を部屋へと案内していった。
一歩足を踏み下ろすごとにギシギシと軋む廊下を案内されながら、イオリは先ほどの問いに答える。
「まず、この宿は街のほぼ真ん中にあって色々移動に楽なんですよ。風呂もあってゆっくり休めそうでしたしね。それに……」
「それに?」
「なにより、このオユリさんが可愛かったからです!」
「アー……
ハイハイ、あんたの頭の中はそればっかりだね」
イオリの自信満々の宣言に、今に始まったことではないとサヤは投げやりである。
二人の前を歩くオユリもこのやり取りを聞いて如才ない笑顔を浮かべていた。
部屋につき、少女は手に持っていた明りから、行燈に火を移しながらとりいそぎ宿の説明をしていった。
「えーっと、お風呂はいつでもお入りいただけます。お夕飯はすぐにいたしましょうか?
一人前でいいと伺っておりましたが、本当によろしいので?」
サヤは足をのばし、ぶっきらぼうに答える。
「あぁ、それで間違いないよ。それから、この街に縄のれんなんかはあるかい?」
ここで言われる縄のれんとは今でいう居酒屋のことである。
「えーっと、宿の前の通りを左に行った先に一軒ございますが……」
オユリは困惑したように語尾を濁した。
どうやら、サヤが店に行ってお酒を飲むのではないかと危惧の念が頭をよぎったらしい。
これを察したサヤはケラケラと笑った。
「あぁ、だいじょうぶ。ボクが行くんじゃないンだ。
ちょっと情報収集にね。さ、イオリ行っておいで」
眼鏡を袖の端で拭きながらサヤの呼びかけに振り返る少年。その糸目はギヤマン越しに見たときよりも若干鋭さを増していたが、サヤの呼びかけに情けない声を上げながら異を唱える姿は滑稽でもあった。
「そ、そんなぁ~。これからお夕飯をいただこうと思ってたのに……
まったく、サヤは相変わらず人使いが荒いよ……」
「いいから行く! それとも何かい、あたしの苦無で風穴を増やしたいの?」
昼間と同じようにサヤの瞳に怪しい光が宿る。
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