4 / 43
4
しおりを挟む
侍はまた、口角をククッとつり上げサヤに嘲笑を投げかける。
「なんだよ、やってみなきゃ、分からないだ――ロッ!」
語尾の強調を合図にサヤが両手を大きく十字に切ると、彼女の手から合計八本の苦無が飛び、侍に襲いかかる。
空を切り裂き、目標である侍に投げつけられたこの苦無たちだったが、侍の怪しい剣が揺らめくと、乾いた金属のぶつかる音とともに全ての苦無が足元に落ちて行った。
サヤがこれに苦笑し、片手に次の苦無を充填している間に侍は地面を滑るような足の運びによって一気に距離を詰める。
侍は刀の間合いに入ると躊躇なく、サヤの首筋に袈裟斬りの形で刀身を滑り込ませる。
サヤはこれを後ろに跳びすさり、中空で身を捻った。
次の攻撃に移ろうとしたが、鈍く光る黒いモノが自分の顔面に飛び込んできたので左手でこれを掴む。
サヤに向かってきたのは彼女が先ほど投げつけた苦無であった。
着地をし、左手でつかんだ苦無を眺める。
「あんた、山賊に身をやつしたとは言え、サムライだろう?
敵が投げたものを利用するなんてブシドーに反するんじゃないのかい?」
このサヤの言葉に侍はキョトンとしたのち、優雅に口に手を当てて失笑を隠そうともしなかった。
「お嬢さん、侍や武士道なんてモノは飯のタネにもなりゃしない。
持っていたって、守っていたって邪魔にしかならないようなものなのさ。
世の中、勝たないことには話は進まないのだよ。
そのためには敵が使った武器だろうがなんだろうが使わなきゃもったいないじゃない?」
これには山賊たちが大いに賛同していた。腕の止血が終わったのか先ほど腕を斬り飛ばされた男でさえもであった。
コハルや店のオヤジは怖がって店の中からこのやり取り伺う形でを眺めていたが、ハタと気がついた。
――イオリは何をしているんだ?
答えは店の軒先で先ほど箸をつけかけていたトコロテンをすすっていた。
イオリは自分に向けられた多数の視線に気がついたのか、ちゅるんとトコロテンを飲み込み、こともなげにサヤに声をかける。
「聞きました?
人の得物も使っていいんだそうですよ。
サヤの得意分野じゃないですか」
これを聞いて、その真っ白で並びのいい歯を見せんばかり笑うサヤ。
三日月のような形に口を開いたサヤは侍に問いかける。
「それじゃあ、もうひとつ聞くけど、その刀は妖刀か何かの類かい?」
「なんだい?
確かに、そん所そこらに転がっているような鈍じゃ無いさ。そう言われれば、妖刀の類かもしれないな。
だって、この子を握ると血が見たくなるんだ……」
よくよく見れば先ほどの山賊たちも切創がいくつもある。
日常的にこの侍に斬りつけられているも、その狂気を恐れてからか反抗も逃走もできなかったのであろう。
「じゃあ、あんたから刀を奪って調べるまでさ!」
右手を大きく振りかぶり、サヤの本日三度目の飛び苦無。
「小癪ッッ!」
侍はこれを剣撃でたたき落とすと頭を大きく落とした前傾姿勢で踏み込む。
そのまま、今度は切り上げの形で侍の刀が跳ね上がる。
もらった――
侍がそう思った時にはすでに彼の視界の右半分が暗闇と化していた。それを不思議に思ったときには、彼の意識はコハルのときと同じくその肉体には宿っていなかった。
コハルが手にした刃こぼれのヒドイ手斧の峰で殴りつけられた結果だった。
「ど、どういうこと……?」
店の中から軒先まで出てきた二人。このやり取りを見ていたコハルは当惑していた。
苦無をたたき落とされあとは切り捨てられるだけだと思っていた。
しかし、なにも持っていなかったはずのコハルの左手、ソレが振りおろされた時にはその手に手斧が握られていた。
どこかで見覚えがあるその手斧に気がついたのは山賊の一人だった。
「お、おいらの斧だ!
なんだってそんなところに!?」
この疑問に他の山賊仲間は答えてくれなかった。
「そ、そんなことより、お頭がやられちまったぞ?」
「ってぇことは……」
互いに顔を見合わせると、山賊たちは侍を担いで一目散に逃げて行ってしまった。
これを見送る形でこの争いは幕を閉じた。
ふぅ、と一息ついて軒先の長椅子に腰をかけるサヤにイオリはねぎらいの言葉を掛け、冷めた茶を勧める。
「御苦労さまでした。しかし、峰うちなんてお優しいことで」
サヤが振りおろした手斧は刃の部分ではなく峰の部分で侍の右顔面を叩いたのだった。
手斧の重量があれば峰の部分でも十分危険ではあったはずだが。
「ふん、あたしまであんな奴の血で汚れたらどうするんだよ。」
一瞬の間をおいて、イオリはこれまた、冷えて残っていた茶をすする。
「ま、そんな事だろうと思ってましたよ。」
やっとのことで自分を取り戻したコハルはおずおずとサヤに問うた。
「あ、あの、さっきのアレは……? 目くらましか何かですか?」
コハルの目に映った、不可解なサヤの術。詳しく尋ねた。
「まぁ、私の得意技さ」
ニッと笑い茶碗を差しだす。
「お茶、冷めちゃったからもう一杯!」
今の今まで張り詰めていた緊張が一気に解ける。
コハルもまた、笑顔で答える。
「ハイ、少々お待ちください!」
トンビが空高く舞う、街道の最中、峠のお茶屋での出来事であった。
「なんだよ、やってみなきゃ、分からないだ――ロッ!」
語尾の強調を合図にサヤが両手を大きく十字に切ると、彼女の手から合計八本の苦無が飛び、侍に襲いかかる。
空を切り裂き、目標である侍に投げつけられたこの苦無たちだったが、侍の怪しい剣が揺らめくと、乾いた金属のぶつかる音とともに全ての苦無が足元に落ちて行った。
サヤがこれに苦笑し、片手に次の苦無を充填している間に侍は地面を滑るような足の運びによって一気に距離を詰める。
侍は刀の間合いに入ると躊躇なく、サヤの首筋に袈裟斬りの形で刀身を滑り込ませる。
サヤはこれを後ろに跳びすさり、中空で身を捻った。
次の攻撃に移ろうとしたが、鈍く光る黒いモノが自分の顔面に飛び込んできたので左手でこれを掴む。
サヤに向かってきたのは彼女が先ほど投げつけた苦無であった。
着地をし、左手でつかんだ苦無を眺める。
「あんた、山賊に身をやつしたとは言え、サムライだろう?
敵が投げたものを利用するなんてブシドーに反するんじゃないのかい?」
このサヤの言葉に侍はキョトンとしたのち、優雅に口に手を当てて失笑を隠そうともしなかった。
「お嬢さん、侍や武士道なんてモノは飯のタネにもなりゃしない。
持っていたって、守っていたって邪魔にしかならないようなものなのさ。
世の中、勝たないことには話は進まないのだよ。
そのためには敵が使った武器だろうがなんだろうが使わなきゃもったいないじゃない?」
これには山賊たちが大いに賛同していた。腕の止血が終わったのか先ほど腕を斬り飛ばされた男でさえもであった。
コハルや店のオヤジは怖がって店の中からこのやり取り伺う形でを眺めていたが、ハタと気がついた。
――イオリは何をしているんだ?
答えは店の軒先で先ほど箸をつけかけていたトコロテンをすすっていた。
イオリは自分に向けられた多数の視線に気がついたのか、ちゅるんとトコロテンを飲み込み、こともなげにサヤに声をかける。
「聞きました?
人の得物も使っていいんだそうですよ。
サヤの得意分野じゃないですか」
これを聞いて、その真っ白で並びのいい歯を見せんばかり笑うサヤ。
三日月のような形に口を開いたサヤは侍に問いかける。
「それじゃあ、もうひとつ聞くけど、その刀は妖刀か何かの類かい?」
「なんだい?
確かに、そん所そこらに転がっているような鈍じゃ無いさ。そう言われれば、妖刀の類かもしれないな。
だって、この子を握ると血が見たくなるんだ……」
よくよく見れば先ほどの山賊たちも切創がいくつもある。
日常的にこの侍に斬りつけられているも、その狂気を恐れてからか反抗も逃走もできなかったのであろう。
「じゃあ、あんたから刀を奪って調べるまでさ!」
右手を大きく振りかぶり、サヤの本日三度目の飛び苦無。
「小癪ッッ!」
侍はこれを剣撃でたたき落とすと頭を大きく落とした前傾姿勢で踏み込む。
そのまま、今度は切り上げの形で侍の刀が跳ね上がる。
もらった――
侍がそう思った時にはすでに彼の視界の右半分が暗闇と化していた。それを不思議に思ったときには、彼の意識はコハルのときと同じくその肉体には宿っていなかった。
コハルが手にした刃こぼれのヒドイ手斧の峰で殴りつけられた結果だった。
「ど、どういうこと……?」
店の中から軒先まで出てきた二人。このやり取りを見ていたコハルは当惑していた。
苦無をたたき落とされあとは切り捨てられるだけだと思っていた。
しかし、なにも持っていなかったはずのコハルの左手、ソレが振りおろされた時にはその手に手斧が握られていた。
どこかで見覚えがあるその手斧に気がついたのは山賊の一人だった。
「お、おいらの斧だ!
なんだってそんなところに!?」
この疑問に他の山賊仲間は答えてくれなかった。
「そ、そんなことより、お頭がやられちまったぞ?」
「ってぇことは……」
互いに顔を見合わせると、山賊たちは侍を担いで一目散に逃げて行ってしまった。
これを見送る形でこの争いは幕を閉じた。
ふぅ、と一息ついて軒先の長椅子に腰をかけるサヤにイオリはねぎらいの言葉を掛け、冷めた茶を勧める。
「御苦労さまでした。しかし、峰うちなんてお優しいことで」
サヤが振りおろした手斧は刃の部分ではなく峰の部分で侍の右顔面を叩いたのだった。
手斧の重量があれば峰の部分でも十分危険ではあったはずだが。
「ふん、あたしまであんな奴の血で汚れたらどうするんだよ。」
一瞬の間をおいて、イオリはこれまた、冷えて残っていた茶をすする。
「ま、そんな事だろうと思ってましたよ。」
やっとのことで自分を取り戻したコハルはおずおずとサヤに問うた。
「あ、あの、さっきのアレは……? 目くらましか何かですか?」
コハルの目に映った、不可解なサヤの術。詳しく尋ねた。
「まぁ、私の得意技さ」
ニッと笑い茶碗を差しだす。
「お茶、冷めちゃったからもう一杯!」
今の今まで張り詰めていた緊張が一気に解ける。
コハルもまた、笑顔で答える。
「ハイ、少々お待ちください!」
トンビが空高く舞う、街道の最中、峠のお茶屋での出来事であった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
火花散る剣戟の少女達
楠富 つかさ
ファンタジー
異世界から侵略してくる魔獣たちと戦う少女たち、彼女らは今日も剣と異能で戦いに挑む。
魔獣を討伐する軍人を養成する学校に通う少女の恋と戦いのお話です。
この作品はノベルアップ+さんにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる