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むかーしむかし……
いや、それほど昔というわけでもございませんが、まだ世の中にサムライがいて、彼らがマゲを結っているような時代のお話です。
場所は街と街を繋ぐための山道、いわゆる街道というやつで、この物語はトンビが空を舞いながら高らかに声を通す、そんなのどかな場面から始まります。
ピ~ヒョロロロロ――――
「はじめまして、私の名前はコハルといいます。
この街道沿いのお茶屋で働いている14歳の娘です。
自分で言うのもなんですが、街道をゆく旅人さんや人足さんたちからは『峠の看板娘』なんて言われてたりもします。
あ、べつに自分で言い出したんじゃないんですよ?
でもでも、この可愛らしい笑顔とお茶で疲れを癒してくれる方々がいるんだったら、うれしいな――なんて思っちゃったりなんかしたりして。
お茶も美味しいんですが、北の国から運んできた天草を使った心太がマタ、美味しいんですよー。
それで、お茶屋はどこかって?
お店はこの峠を越えた先にあるんですが……」
少女コハルの独白が語尾を残して終わった――
「おるぁッッ!
さっさとッ!
金目のものをッ!
出せって言ってんだよッ!」
品性の欠片も無いような蛮声でそれまで中空に漂い、トンビや誰か知らない世界の人とお話していたコハルの精神は肉体に戻ってきた。
ハタと気がついた時には、心の均整を失ったときと同じように、彼女の周りには野性的というには少し汚れすぎている、どう良く値踏みをしても悪人にしか見ええない山賊たちがいた。
彼らは口の端から飛沫を飛ばし、手にした小汚い斧や刀をガチャガチャと言わせ、およそ抵抗の兆しが見えないようなコハルにズイと詰め寄る。
「はよぅせんかい!
さもないと痛い目、見せるかんねぇ!」
さっきから怒鳴ってばかりいる男たちだったが、その怒声はコハルに恐怖を植え付け、その地面に足を縫い付け、彼女の目を非現実世界に張り付かせるには十分だった。
やがて、声を張り上げるのに疲れたのか、しびれを切らした山賊の一人、見るからに筋骨隆々とした男がコハルの着物、それもうなじの方をつかんで持ち上げる。
彼女の小さな体は宙に浮き、淡雪のように可憐な太ももが露わになる。
コハルが二回目の現実逃避という名の幽体離脱をしそうになった頃、ひと組の旅人が通りかかった。
一人は光沢のある銀髪を頭上の位置で結った、幼さが顔をのぞかせる少女。
もう一人は黒髪に丸い眼鏡をかけたひょろりとした少年。
そのうちの少年のほうがコハルの可憐な白い太ももに目を奪われる。
ただただ、じっと見つめる少年。
前を歩いていた少女は数歩進んだところでこれに気が付き、ひとつ、深くため息をつくと少年に突っ込みを入れた。
少女が腕を小ぶりに振ると少年の眉間に何かが空気と空間を切り裂く軽快な音とともに刺さる。
「イオリ!
さっさと歩く!」
少女が投げたのは苦無|《クナイ 》と呼ばれる刃物だった。苦無は忍者が武器として使用することもあったが、元は広く一般に使用された工具である。
コハルや山賊たちの目がイオリと呼ばれた少年に釘付けとなる。
いくらなんでも、いきなり人に刃物を投げ付けるとは……
皆が一様にこう思った。
しかし、イオリとやらの眉間に苦無は刺さっていなかった。
コハルに――正確にはコハルの太ももに、つむったような糸目を向けたまま、眉間の前で少年が受け止めていたからだ。
「オイオイ、人の楽しみを邪魔しないでくれよ。サヤ」
サヤと呼ばれた少女はつかつかと歩み寄り、イオリに拳をくらわせる。
「おまえ、好色もいい加減にしろよな!」
少女の怒気と共に放たれた拳にイオリが大仰に転ぶ。
コハルと山賊たちは阿呆のように口をひらいて二人のドツキ漫才を眺める形になっていた。
そんななか、山賊のうちの一人がハタと正気に戻り、二人に喰いかかった。
「なんじゃ、なんじゃぁ?
わしらをオチョクッとるんかぁ!
見世物じゃねぇんだぞ!
さっさとどっかにいっちまえ!
さもねぇと、オメェらからも頂くモノを貰うことになるんだぞッッ!」
いや、それほど昔というわけでもございませんが、まだ世の中にサムライがいて、彼らがマゲを結っているような時代のお話です。
場所は街と街を繋ぐための山道、いわゆる街道というやつで、この物語はトンビが空を舞いながら高らかに声を通す、そんなのどかな場面から始まります。
ピ~ヒョロロロロ――――
「はじめまして、私の名前はコハルといいます。
この街道沿いのお茶屋で働いている14歳の娘です。
自分で言うのもなんですが、街道をゆく旅人さんや人足さんたちからは『峠の看板娘』なんて言われてたりもします。
あ、べつに自分で言い出したんじゃないんですよ?
でもでも、この可愛らしい笑顔とお茶で疲れを癒してくれる方々がいるんだったら、うれしいな――なんて思っちゃったりなんかしたりして。
お茶も美味しいんですが、北の国から運んできた天草を使った心太がマタ、美味しいんですよー。
それで、お茶屋はどこかって?
お店はこの峠を越えた先にあるんですが……」
少女コハルの独白が語尾を残して終わった――
「おるぁッッ!
さっさとッ!
金目のものをッ!
出せって言ってんだよッ!」
品性の欠片も無いような蛮声でそれまで中空に漂い、トンビや誰か知らない世界の人とお話していたコハルの精神は肉体に戻ってきた。
ハタと気がついた時には、心の均整を失ったときと同じように、彼女の周りには野性的というには少し汚れすぎている、どう良く値踏みをしても悪人にしか見ええない山賊たちがいた。
彼らは口の端から飛沫を飛ばし、手にした小汚い斧や刀をガチャガチャと言わせ、およそ抵抗の兆しが見えないようなコハルにズイと詰め寄る。
「はよぅせんかい!
さもないと痛い目、見せるかんねぇ!」
さっきから怒鳴ってばかりいる男たちだったが、その怒声はコハルに恐怖を植え付け、その地面に足を縫い付け、彼女の目を非現実世界に張り付かせるには十分だった。
やがて、声を張り上げるのに疲れたのか、しびれを切らした山賊の一人、見るからに筋骨隆々とした男がコハルの着物、それもうなじの方をつかんで持ち上げる。
彼女の小さな体は宙に浮き、淡雪のように可憐な太ももが露わになる。
コハルが二回目の現実逃避という名の幽体離脱をしそうになった頃、ひと組の旅人が通りかかった。
一人は光沢のある銀髪を頭上の位置で結った、幼さが顔をのぞかせる少女。
もう一人は黒髪に丸い眼鏡をかけたひょろりとした少年。
そのうちの少年のほうがコハルの可憐な白い太ももに目を奪われる。
ただただ、じっと見つめる少年。
前を歩いていた少女は数歩進んだところでこれに気が付き、ひとつ、深くため息をつくと少年に突っ込みを入れた。
少女が腕を小ぶりに振ると少年の眉間に何かが空気と空間を切り裂く軽快な音とともに刺さる。
「イオリ!
さっさと歩く!」
少女が投げたのは苦無|《クナイ 》と呼ばれる刃物だった。苦無は忍者が武器として使用することもあったが、元は広く一般に使用された工具である。
コハルや山賊たちの目がイオリと呼ばれた少年に釘付けとなる。
いくらなんでも、いきなり人に刃物を投げ付けるとは……
皆が一様にこう思った。
しかし、イオリとやらの眉間に苦無は刺さっていなかった。
コハルに――正確にはコハルの太ももに、つむったような糸目を向けたまま、眉間の前で少年が受け止めていたからだ。
「オイオイ、人の楽しみを邪魔しないでくれよ。サヤ」
サヤと呼ばれた少女はつかつかと歩み寄り、イオリに拳をくらわせる。
「おまえ、好色もいい加減にしろよな!」
少女の怒気と共に放たれた拳にイオリが大仰に転ぶ。
コハルと山賊たちは阿呆のように口をひらいて二人のドツキ漫才を眺める形になっていた。
そんななか、山賊のうちの一人がハタと正気に戻り、二人に喰いかかった。
「なんじゃ、なんじゃぁ?
わしらをオチョクッとるんかぁ!
見世物じゃねぇんだぞ!
さっさとどっかにいっちまえ!
さもねぇと、オメェらからも頂くモノを貰うことになるんだぞッッ!」
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