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第2話
111. ポップコーンの準備はいい?28
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お祝いムードがフロアを占める中、隅では男が行儀悪く足をテーブルに乗せて悪態をついていた。
「っへ。
マグレだろ。
いい気になってよぉ」
アーシカは憎々し気に言葉を隠そうともしない。
当然、その声はボクたちのテーブルにも届いた。
ハクはテーブルに並べられていた酒の瓶を手に取るとアーシカに近づいて行った。
「オツカレサマ」
お、おぅ……
「本当に、疲れたわ。
もう、クタクタよ。
で、みんなが働いていた間……
アーシカ、アナタは何をしていたのかしら?」
酒瓶の首を握ってアーシカを見下ろすハク。
見上げているアーシカの表情からすると、ハクの顔が今どんな温度かがわかった。
「それは、色々とだな……
ほら、ララベスも調査にはいかなかったんだろう?」
「彼女もアナタの言うように色々としていたそうだわ。
ねぇ?」
ロッキングチェアでキセルを吹かせていたララベスがゆらりと煙を一筋立ち昇らせた。
「走り回ったさ。
そして調べたよ。
『誰が、魔女ヤノッハを街に連れてきたのか』とかね」
ざわめく一同。
「そうか、最初にヤノッハが王都への荷物に自分の作品を乗せろっていうところから、問題が発生したんだったね」
「そうなのだ。
そして、トラブルが起きて、黒熊とソルトイルが恨まれたのだ」
当事者のアニーが、また顔をこわばらせている。
何も彼女に非があったわけではないのだが、アニーにとってはトラウマも同然だった。
「それが、わかったんだよ。
一人の男が『超・芸術家』様と一緒に街に入ってきたらしいんだ。
そして、おそらくその男が、王への進呈を勧めたんじゃないかな」
『ですからぁ!?
あんたの芸術作品を理解できるのは王都におわす王くらいなものです。
街の人間じゃあとてもとても……』
「とかなんとか言っちゃったりして」
ララベスの口調は聞き覚えのある癇に障るけたたましさと粘着質な小声が織り交ぜられた、聞き覚えのあるものだった。
そう、まさに――
「まさか、アーシカが?」
ボクの仮説を聞いて、濁ったどぶ色の瞳が大きく見開かれた。
食卓に乗せられていた足を振り上げて体を起こすと、その場でつんざくような声を上げた。
「なぁにを言ってんだぁ!?
何の証拠があって、そんなっ……
そんな言いがかりをっ!?」
そのまま、ボクに掴みかかろうという勢いは一歩と体を動かす前に止まった。
ハクの持った酒瓶が突き出され、アーシカの不自然に白くこけた頬にあと数ミリという距離で並んでいたからだ。
彼の栄養状態の悪い肌の質感が、丸い瓶に移りこむ。
「証拠というか、証人ならみつけたよ」
店内に入ってきたのは見覚えのある三人組だった。
「ツキバ、リトーゲ、マキツ。
この街でコンクエスターをしている若手だ。
私が調べたところによると、あの王都への荷馬車へと魔女が接触した日。
この三人もあの場所でほかの依頼をしていたそうだ」
「確かに、この男性が、黒い服を着た画家のような女性と話をしているのを見ました。
遠目だったので何を話していたかはわかりませんが……」
マキツという赤を基調としたドレスのような服を着たキツネ系獣人の女性が証言した。
ぎ、ぎ……
「身振り手振りからすると、女性の持っていた絵に関することのようだったな」
髭もじゃの犬系獣人、リトーゲも荷下ろしの仕事の最中に見かけたという。
ぐぎ、ぎぎ……
その場にアーシカの奥歯の擦れる音がこぼれた。
「これ以上、申し開きはあるかしら?」
ハクの持った酒瓶越しに、ハクの目がアーシカのへの字に口を曲げた顔を見据えていた。
瓶越しに映るその顔は、文字通り歪んだ表情をしている。
「あ、あーしは、道案内を、ね。
尋ねられたから。
困っている人は助けるのが黒熊の、コンクエスターとしての立ち振る舞いってやつだ。
なぁ?」
周りの同意を求めようと、肩をすくめて両手を開くアーシカ。
その様子は期せずして道化のようにも見えた。
そして、周囲が自分に向ける視線の温度に気が付いたアーシカはコホンとわざとらしく咳払いをして見せた。
「それじゃあ、あーしも仕事をしに行かなきゃな。
あー、忙しい忙しい」
そして、足早に店を出て行った。
「あいつ、依頼受けてるのか?」
フゥの問いにバンディは目を閉じて首を横に振った。
「事の真相はほぼ間違いないわ。
それでも、これ以上は問いただせないかもね」
なんにせよ、よ。
そして、ハクは仕切り直してこういった。
「街の呪いは晴れ、一件落着。
イツキ。
アナタの功績は皆が認めるものとなったわ。
アナタは正真正銘、黒熊のコンクエスターとして、一人の人間として、これから歩いていくのよ!」
認められた。
あの、一人ぼっちでゴブリンに襲われていた、何の力もないボクが。
ただ見るだけの観客でしかなかった少年が。
「ボクがコンクエスターに……」
「アナタはもう、守られているばかりの雛じゃないわ」
「うん、でも……」
「わかってる。
ワタシも一緒に歩くから」
ハクはそういって、ボクを抱きしめてくれた。
あの日、初めて会った時と同じ香りがふわっと鼻をくすぐる。
「おーおー。
いい感じだね。
沸き立つ仲間、成果もあげて認められ。
美男子と抱き合うひ弱な主人公。
うん、見ごたえあるわー」
エリィがまた、壁にかけてある鹿の角の上でボクたちを見ていた。
第一部 完了
「っへ。
マグレだろ。
いい気になってよぉ」
アーシカは憎々し気に言葉を隠そうともしない。
当然、その声はボクたちのテーブルにも届いた。
ハクはテーブルに並べられていた酒の瓶を手に取るとアーシカに近づいて行った。
「オツカレサマ」
お、おぅ……
「本当に、疲れたわ。
もう、クタクタよ。
で、みんなが働いていた間……
アーシカ、アナタは何をしていたのかしら?」
酒瓶の首を握ってアーシカを見下ろすハク。
見上げているアーシカの表情からすると、ハクの顔が今どんな温度かがわかった。
「それは、色々とだな……
ほら、ララベスも調査にはいかなかったんだろう?」
「彼女もアナタの言うように色々としていたそうだわ。
ねぇ?」
ロッキングチェアでキセルを吹かせていたララベスがゆらりと煙を一筋立ち昇らせた。
「走り回ったさ。
そして調べたよ。
『誰が、魔女ヤノッハを街に連れてきたのか』とかね」
ざわめく一同。
「そうか、最初にヤノッハが王都への荷物に自分の作品を乗せろっていうところから、問題が発生したんだったね」
「そうなのだ。
そして、トラブルが起きて、黒熊とソルトイルが恨まれたのだ」
当事者のアニーが、また顔をこわばらせている。
何も彼女に非があったわけではないのだが、アニーにとってはトラウマも同然だった。
「それが、わかったんだよ。
一人の男が『超・芸術家』様と一緒に街に入ってきたらしいんだ。
そして、おそらくその男が、王への進呈を勧めたんじゃないかな」
『ですからぁ!?
あんたの芸術作品を理解できるのは王都におわす王くらいなものです。
街の人間じゃあとてもとても……』
「とかなんとか言っちゃったりして」
ララベスの口調は聞き覚えのある癇に障るけたたましさと粘着質な小声が織り交ぜられた、聞き覚えのあるものだった。
そう、まさに――
「まさか、アーシカが?」
ボクの仮説を聞いて、濁ったどぶ色の瞳が大きく見開かれた。
食卓に乗せられていた足を振り上げて体を起こすと、その場でつんざくような声を上げた。
「なぁにを言ってんだぁ!?
何の証拠があって、そんなっ……
そんな言いがかりをっ!?」
そのまま、ボクに掴みかかろうという勢いは一歩と体を動かす前に止まった。
ハクの持った酒瓶が突き出され、アーシカの不自然に白くこけた頬にあと数ミリという距離で並んでいたからだ。
彼の栄養状態の悪い肌の質感が、丸い瓶に移りこむ。
「証拠というか、証人ならみつけたよ」
店内に入ってきたのは見覚えのある三人組だった。
「ツキバ、リトーゲ、マキツ。
この街でコンクエスターをしている若手だ。
私が調べたところによると、あの王都への荷馬車へと魔女が接触した日。
この三人もあの場所でほかの依頼をしていたそうだ」
「確かに、この男性が、黒い服を着た画家のような女性と話をしているのを見ました。
遠目だったので何を話していたかはわかりませんが……」
マキツという赤を基調としたドレスのような服を着たキツネ系獣人の女性が証言した。
ぎ、ぎ……
「身振り手振りからすると、女性の持っていた絵に関することのようだったな」
髭もじゃの犬系獣人、リトーゲも荷下ろしの仕事の最中に見かけたという。
ぐぎ、ぎぎ……
その場にアーシカの奥歯の擦れる音がこぼれた。
「これ以上、申し開きはあるかしら?」
ハクの持った酒瓶越しに、ハクの目がアーシカのへの字に口を曲げた顔を見据えていた。
瓶越しに映るその顔は、文字通り歪んだ表情をしている。
「あ、あーしは、道案内を、ね。
尋ねられたから。
困っている人は助けるのが黒熊の、コンクエスターとしての立ち振る舞いってやつだ。
なぁ?」
周りの同意を求めようと、肩をすくめて両手を開くアーシカ。
その様子は期せずして道化のようにも見えた。
そして、周囲が自分に向ける視線の温度に気が付いたアーシカはコホンとわざとらしく咳払いをして見せた。
「それじゃあ、あーしも仕事をしに行かなきゃな。
あー、忙しい忙しい」
そして、足早に店を出て行った。
「あいつ、依頼受けてるのか?」
フゥの問いにバンディは目を閉じて首を横に振った。
「事の真相はほぼ間違いないわ。
それでも、これ以上は問いただせないかもね」
なんにせよ、よ。
そして、ハクは仕切り直してこういった。
「街の呪いは晴れ、一件落着。
イツキ。
アナタの功績は皆が認めるものとなったわ。
アナタは正真正銘、黒熊のコンクエスターとして、一人の人間として、これから歩いていくのよ!」
認められた。
あの、一人ぼっちでゴブリンに襲われていた、何の力もないボクが。
ただ見るだけの観客でしかなかった少年が。
「ボクがコンクエスターに……」
「アナタはもう、守られているばかりの雛じゃないわ」
「うん、でも……」
「わかってる。
ワタシも一緒に歩くから」
ハクはそういって、ボクを抱きしめてくれた。
あの日、初めて会った時と同じ香りがふわっと鼻をくすぐる。
「おーおー。
いい感じだね。
沸き立つ仲間、成果もあげて認められ。
美男子と抱き合うひ弱な主人公。
うん、見ごたえあるわー」
エリィがまた、壁にかけてある鹿の角の上でボクたちを見ていた。
第一部 完了
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