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第2話

107. ポップコーンの準備はいい?24

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 鼻笛の音量を最大にして、ヤノッハが右腕を大きく振りかぶった。
 手にしたガラス片に映った彼女の顔が怒りに歪んでいる。
 それは彼女の作り出した作品群と同じだった。

「ボクは……
 ボクたちは……
 負けない――!」

 既に、何度刺されたか分からない肩。
 その肩から先を叱咤して、必死に掴んだのはボクが持っているたった一本の武器、緑色の木刀の柄だった。
 せめて、せめて一太刀。
 腰のベルトに差した木刀を引き抜こうとした。
 しかし、足に力も入らない。
 手の感覚もないに等しい。
 それでも、このままではいられない。
 そう思って腕を上げた。

ぐちっ。

木刀の一太刀を浴びせることはできなかった。
代わりに、ガラス片を振り下ろそうと勢いのついた魔女の顔面に、ボクが引き抜きかけていた木刀の先端、柄頭つかがしらがめり込んだ。
偶然だった。
狙ってやったわけではないが、この距離だったら刀身を引き抜いてからの攻撃よりも効果的だったのかもしれない。
ヤノッハの通気口を塞いだ木刀の緑色をした柄が、どす黒い血の飛沫をあげさせると魔女は想定外の反撃と自分に降りかかった痛みにさっきの怒りとはまた、別な意味で顔を歪ませていた。
目の端には涙が浮かび、手で押さえた箇所からはボタボタと鼻血が流れている。
その様子が、手から落ちたガラス片の一面に反射して映っていた。

「オーゥ,アメィジング♪」

 エリィはそのガラスの欠片に映ったボクとヤノッハの対峙を見て声を上げた。

「こ、このっ!
 クソボウズ!
 ア、アンタなんて……
 あれ?」

 ヤノッハが何かを探していた。
 どうやらなにかを落としてしまったらしかった。
 先ほどの激突の衝撃で、後ろに魔女が持っていた棒が飛んで行ったようだったが、ボクにはコレを視認することしかできなかった。
 受けたダメージは大きく、足や手どころか、目で追うのが精いっぱいだった。
 ずり落ちたベレー帽を直そうともせずに、ヤノッハはボクの視線で気が付いた方へと駆け寄った。
 慌てぶりからすると、よほどその棒が大事らしい。

「あ、アタクシの筆ぇ!」

 そして、彼女の言う床に落ちた筆に手が伸びた時だった。

 ズクッ――。

 後、指の爪一つ分とまで迫った魔女の手の甲に、銀の剣が突き刺さったのだった。
 高いのか低いのか、よくわからない悲鳴を上げる女。
 よく見ると、手の甲から伸びているのは剣ではなかった。
 刃(やいば)から伸びる長い柄。
 見覚えのある長めの穂先を持つ手槍だった。
 その傍らにふわりと降り立ったのは足先から腰までを薄緑色の金属鎧で固め、鮮やかなオレンジ色の長髪をポニーテールにして揺らすララベスだった。

「ララ!」
「よくやったね。
 おかげでやっと好機が巡ってきた」

 なおも、右手の痛みにうめき声をあげる魔女をしり目に、ララベスは続けた。

「イツキのおかげで飛び込めた。
 この魔女が「筆(ペンネロ)」を手放す機会をシャンデリアの上に隠れて待ってたんだ。
 どうやら、この筆が魔力の源らしい」
「それにしたって、今の今迄――」
「悪かったとは思っている。
 それでも、確実に敵を倒すために私だって胸を切り裂かれる思いで我慢していたんだ」

 ララの手には血が滲んでいた。
 恐らく、拳を握りしめすぎて爪が手のひらに食い込んでいたのだ。
 冷血でも機械的でもない、心を鬼にしてチャンスをうかがうことで今、状況が変わったのだ。

「また、邪魔がはいったぁあああ」

 足元で呻いていたヤノッハが大声を上げた。
 すると、槍の突き刺さっていた右手を強引に引き抜いた。
 肉が裂け、骨が折れる音と痛みをモノともしない力技をみせると、今までの動きからは想像もできない跳躍で逃げたのだった。

「マズイ!」

 ララベスが足元を見ると、そこには件の筆がない。
 時すでに遅し。
 槍を握ったままのララベスとそのそばにいたボクとハクの全員を、巨大なつま先が蹴り上げた。
 ボクら三人を宙に浮かせた足は、フゥたちを拘束している巨人像の下半身だった。

ドトッと音を立てて、蹴り飛ばされた後方に着地した。
 すんでのところで、ララベスがボクとハクを抱えて受け身を取ってくれたらしい。

「ララ!
 だいじょうぶ?」
「問題ないさ、これくらい」

 平静を装ってはいるが、あんな衝撃をまともに食らったララベスもただではすんでいなかったようだ。
 ボクとハクをそれぞれ両手で抱えたという事は、自身への防御がそれだけおろそかになったという事だ。
 巨人のつま先をもろに胸元に受けたララは、苦しそうにカハッと咳をしている。

「でも、このままじゃみんなが……」
「それも問題ない」

 追撃が来なかった。
 てっきり勢いそのままにフゥやアニーたちを拘束したままの崩れかけた巨人が踏みつぶしに追い打ちをかけてくるものだと思ったが、大きな足が覆いかぶさってくることはなかった。
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