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第2話

102. ポップコーンの準備はいい?19

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 ぐぅっ……!

 小さくて赤い色の混じった吐息が漏れ聞こえた。
 滴り落ちる雫と、ボクの手はハクの流した血の色をしていた。

 べそべそと流した涙をぬぐいながら、手にした極彩色の棘を足元に放る。
 棘は床に落ちてカラン、と音を立てると間もなくどろどろと溶け崩れて乱雑に混ぜられた汚い絵の具に戻った。
 
「気にせずやってちょうだい」

 ハクに促されて、ボクは奥歯を噛み締めながらハクの背に刺さった棘を引き抜いて、ハクにダメージを与え続けた。

「……ふぅ。
 ありがとう。
 あのままじゃ動きにくくて仕方なかったわ……」

 ハクは元よりボクの息も上がっている。
 ボクにしてみれば相当精神的ダメージを負った気分だった。

 ん、とハクが差し出したのは手のひらに収まるほどの丸いガラスの小瓶だった。
 血をぬぐい取ったハクの白い指が小瓶を揺らすと、中の液体がちゃぷんと音を立てていた。

「傷薬よ。
 飲むとケガの回復が早くなって痛みが少し和らぐわ。
 ジャコのお手製だからよく効くわよ」
「じゃあ――」
「イツキが使うのよ。
 一口飲んで、残りはフゥたちに持って行ってあげて」

 意味が解らず言葉が出てこなかった。

「アナタも結構ケガしてるじゃない。
 フゥたちも捕まってるとすれば必要なはずよ。
 ワタシはこれくらい平気だから……」
「そんなわけないでしょ!
 ハクだって、ハクのほうが――!」

 ボクは手渡された小瓶の使用を拒否した。
 ここで使ったら、ハクがこのまま力尽きてしまうんじゃないかと思ったからだ。
 確かに、疲れたし、さっきの棘で手も傷ついていた。

「ハクも一緒に行こうよ。
 みんなを助けようよ」

 また、涙があふれてきた。
 見ているはずの目の前のハクの輪郭が水気でぼやけた。

「ワタシはちょっと休んで行くから。
 イツキは先に、ね?」
 
 ハクは後ろを向いてその場に座り込んでしまった。
 
「コレはフラグね」
 
 エリィに言われるまでもない。
 ここでハクのいうことを聞いたら、嫌な想像が現実のものになってしまう。

「ダメだよ……」
「いうことを聞いてちょうだい」
「イヤだ」

「いい子だから!」

 ハクの張り上げた声が、ギャラリーに響いた。
 静まり返る空間には立っているボクと、背を向けたハクの二人。
 あとはフヨフヨと浮かぶエリィと怪しげな芸術品達が黙ってそれを見ている。 
 
 ……

 ボクは手に持った小瓶の蓋を開けて口に含んだ。

「それでいいのよ」

 ハクはボクが薬を口にしてホッとしたようだった。
 でも、ボクはそれを飲み込まなかった。

 プゥッ!

 座り込んで丸まったハクの、傷だらけの背に口の中の薬を霧状に吹きかけた。
 きれいな虹色の霧がハクを灰色の着流しの上から包んだ。

「それでも、言うことを聞けない。
 守られている雛でも、やらなきゃいけないと思うことがあるんだ」

 虹色の霧がハクの背に染み渡ると背を丸めたまま呟いた。


 なんだかねぇ……


 顔こそ見えなかったけれど、その言葉には落胆の色は見えなかった。
 ボクは涙していた。

「エンタメだねぇ」

 エリィはまんざらでもない顔をしてボクたちを見ていた。
 
 ポゥッと灯りが一つ、壁にかかった絵画の中に点いた。
 油絵の中の婦人が手にしたキャンドルホルダー。
 皿の上のロウソクに火が灯ったのだった。

「大広間にお越しください」

 絵が喋りかけてきた。
 しかし、喋っているのは油絵の中の婦人ではない。
 ロウソクの火が、人の顔のように歪んでボクたちに声をかけてきたのだ。

「お連れ様も既に、席についておられます」

 ハクがゆっくりと立ち上がって、絵の中のロウソク、そしてボクへと順に顔を向けて言った。

「夕食のご招待かしら」
「そんなわけ、ないでしょ」

 ハクの冗談めいた言い方に思わずボクが笑って答えた
 ヒヒ、と笑うロウソクの火。

「それでも、行かなきゃね。
 連れてってくれる?」
「……うん」

 ボクは、否定しなかった。
 そして、二人で涙をぬぐって、ゆっくりと招かれる先へと進んでいった。
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