50 / 111
第2話
101. ポップコーンの準備はいい?18
しおりを挟む
「ドウシタノダ?」
ボクの漏らした声に、ふりむいたアニーの顔が、
同じようにボクとハクを見た、ほかの仲間の顔が、
ボクにはその時、通路に並ぶ不気味な芸術品と一緒に見えた。
いびつに歪んだ顔のパーツ。
誇張された体。
胸をかきむしりたくなるような配色。
ボクはせり上げてくる胃の中のものを喉元で抑え込んで、ハクをつれて走りだした。
ブキミな笑顔を浮かべるアニーらしきモノの手から、白い指をひったくって。
「ちょっと、どうしたっていうのよ?」
声は出せなかった。
今声を出したら、恐怖で泣いちゃうんじゃないかと思ってしまったからだ。
◇ ◇ ◇
「なるほどねぇ」
ボクとハクはギャラリーを走ってから、通路脇に見えた扉の中、掃除道具をしまうらしい小部屋に身を隠した。
「指が折れても、か。
それは間違いなく、アニーじゃあないわね。
あの子、けっこうな痛がりさんだから」
「きっと、フゥやマグたちも」
「そうでしょうね。
その様子じゃあフェイクというか罠ね」
物置部屋は大層狭くて、ボクとハクの体をねじ込ませると絶妙な密着加減だった。
ハクの色の白さも、恐怖で震えるボクも、扉の隙間から漏れる少ない光源の下でも見て取れた。
「じゃあ、本物のアニーたちは今どうしてるんだろう」
「無事とは、言わないでしょうね。
本物がうろついてて鉢合わせしたら一発でバレちゃうもの。
おそらく敵に捕まってるってところじゃないかしら?」
「殺されてはいないよね?」
「ワタシたちを連れて行こうとしてたってことは、きっとそうね。
殺したいならさっき、出来てたもの。
特にワタシなんて簡単だったでしょうね」
フッフフと笑うハクの瞳の中に、笑いを返せないボクがいた。
ヒタリ……
ヒタリ……
なにか、粘着質な音が聞こえた。
泥沼から這い出てきた怪物が、一歩ずつ歩みを進めるかのような音は、だんだんとボクらのいる小部屋に近づいてきた。
「それじゃ――」
「だめだよ、ハク!
今、出たら……」
気配を悟られまいと息を殺しながらも、ボクは必死に目の前の男を引き留めた。
「それでもね。
ワタシがそうしたいのよ。
こんなことをしても、ね」
ドスッという音と共に鈍い痛みが鳩尾に走った。
顔を下すとハクの白い拳がボクの腹に突きこまれていた。
「そこにいなさい」
痛みと呼吸困難で、声を出せないどころか、ハクの灰色の着流しの袖をつかむことすらできなかった。
できたのは、狭い小部屋の壁に体を預けて、扉の隙間からハクが追手と戦う様子を眺めることだけだった。
ハクは、通路の真ん中に立っていた。
その周りには、さっきのアニーたちだったモノがいた。
すでにその形は人のものではなく、どろどろとした生乾きの絵の具の塊のようで、ところどころにアニーやマグたちのパーツが見えたので、同一物だと判ったくらいだ。
ハクの戦い方は、目を覆いたくなるようなものだった。
絶望的な視力の代わりに、その身体で敵の居場所を察知していた。
生乾きの絵の具が腕を槍のように突き出すと、ハクはそれを避けなかった。
避けられなかったのかもしれない。
そして、ぎりぎりで急所を外して、相手に攻撃させたまま、一撃で敵を屠っていった。
一体ずつだ。
ハクが杖を振るうたびに、敵は赤や青の絵の具を飛び散らせてその場に溶け崩れていった。
白い手が、赤い雫を滴らせて武器を振ったのは五回。
その振った分だけ、ハクもまた、攻撃を貰っていた。
やっとボクの手と足に力が入って扉を開けると、ハクが目の前に立っていた。
「なんでもないわよ。
これくらい。
それよりも――」
ハクは、爪の先まで赤くなった手で懐から手拭いを取り出すと、ボクの頬にあてて流した涙を拭いてくれた。
「ほら、泣くもんじゃないわよ」
「でも……」
ハクの肩越しに極彩色の棒が見えた。
ハクの背に刺さっている、振るわれた杖ほどの長さもある絵の具の棘だった。
ボクの漏らした声に、ふりむいたアニーの顔が、
同じようにボクとハクを見た、ほかの仲間の顔が、
ボクにはその時、通路に並ぶ不気味な芸術品と一緒に見えた。
いびつに歪んだ顔のパーツ。
誇張された体。
胸をかきむしりたくなるような配色。
ボクはせり上げてくる胃の中のものを喉元で抑え込んで、ハクをつれて走りだした。
ブキミな笑顔を浮かべるアニーらしきモノの手から、白い指をひったくって。
「ちょっと、どうしたっていうのよ?」
声は出せなかった。
今声を出したら、恐怖で泣いちゃうんじゃないかと思ってしまったからだ。
◇ ◇ ◇
「なるほどねぇ」
ボクとハクはギャラリーを走ってから、通路脇に見えた扉の中、掃除道具をしまうらしい小部屋に身を隠した。
「指が折れても、か。
それは間違いなく、アニーじゃあないわね。
あの子、けっこうな痛がりさんだから」
「きっと、フゥやマグたちも」
「そうでしょうね。
その様子じゃあフェイクというか罠ね」
物置部屋は大層狭くて、ボクとハクの体をねじ込ませると絶妙な密着加減だった。
ハクの色の白さも、恐怖で震えるボクも、扉の隙間から漏れる少ない光源の下でも見て取れた。
「じゃあ、本物のアニーたちは今どうしてるんだろう」
「無事とは、言わないでしょうね。
本物がうろついてて鉢合わせしたら一発でバレちゃうもの。
おそらく敵に捕まってるってところじゃないかしら?」
「殺されてはいないよね?」
「ワタシたちを連れて行こうとしてたってことは、きっとそうね。
殺したいならさっき、出来てたもの。
特にワタシなんて簡単だったでしょうね」
フッフフと笑うハクの瞳の中に、笑いを返せないボクがいた。
ヒタリ……
ヒタリ……
なにか、粘着質な音が聞こえた。
泥沼から這い出てきた怪物が、一歩ずつ歩みを進めるかのような音は、だんだんとボクらのいる小部屋に近づいてきた。
「それじゃ――」
「だめだよ、ハク!
今、出たら……」
気配を悟られまいと息を殺しながらも、ボクは必死に目の前の男を引き留めた。
「それでもね。
ワタシがそうしたいのよ。
こんなことをしても、ね」
ドスッという音と共に鈍い痛みが鳩尾に走った。
顔を下すとハクの白い拳がボクの腹に突きこまれていた。
「そこにいなさい」
痛みと呼吸困難で、声を出せないどころか、ハクの灰色の着流しの袖をつかむことすらできなかった。
できたのは、狭い小部屋の壁に体を預けて、扉の隙間からハクが追手と戦う様子を眺めることだけだった。
ハクは、通路の真ん中に立っていた。
その周りには、さっきのアニーたちだったモノがいた。
すでにその形は人のものではなく、どろどろとした生乾きの絵の具の塊のようで、ところどころにアニーやマグたちのパーツが見えたので、同一物だと判ったくらいだ。
ハクの戦い方は、目を覆いたくなるようなものだった。
絶望的な視力の代わりに、その身体で敵の居場所を察知していた。
生乾きの絵の具が腕を槍のように突き出すと、ハクはそれを避けなかった。
避けられなかったのかもしれない。
そして、ぎりぎりで急所を外して、相手に攻撃させたまま、一撃で敵を屠っていった。
一体ずつだ。
ハクが杖を振るうたびに、敵は赤や青の絵の具を飛び散らせてその場に溶け崩れていった。
白い手が、赤い雫を滴らせて武器を振ったのは五回。
その振った分だけ、ハクもまた、攻撃を貰っていた。
やっとボクの手と足に力が入って扉を開けると、ハクが目の前に立っていた。
「なんでもないわよ。
これくらい。
それよりも――」
ハクは、爪の先まで赤くなった手で懐から手拭いを取り出すと、ボクの頬にあてて流した涙を拭いてくれた。
「ほら、泣くもんじゃないわよ」
「でも……」
ハクの肩越しに極彩色の棒が見えた。
ハクの背に刺さっている、振るわれた杖ほどの長さもある絵の具の棘だった。
6
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
異世界のピザ屋で転勤族させられてます
初昔 茶ノ介
ファンタジー
現代の某ピザ屋でブラック企業もびっくりの激務を強いられる飛戸戸 仁王(とべど におう)。
ピザの配達途中、届け先に届けるはずのピザがまさかの注文違いで商品を買ってもらえず突き返された。そのピザをタバコ休憩に寄った公園にいたホームレスの風貌をしたおっさんにあげた時、目の前に一つのボールが道路に転がり、それを追いかける子供が。その子供にまっすぐ突っ込むトラックを見た瞬間、仁王は口に咥えたタバコを落として駆け出した。
子供を押し出した瞬間、全身に衝撃が走り意識を失った。目を覚ました時、真っ白な空間の中で目の前にいたのはピザを上げたホームレスのおっさんだった。
「このピザ、めっちゃ美味くね? これ、異世界でも広めてくんね?」
異世界を巡り、ピザから始まる開拓譚!
みそっかすちびっ子転生王女は死にたくない!
沢野 りお
ファンタジー
【書籍化します!】2022年12月下旬にレジーナブックス様から刊行されることになりました!
定番の転生しました、前世アラサー女子です。
前世の記憶が戻ったのは、7歳のとき。
・・・なんか、病的に痩せていて体力ナシでみすぼらしいんだけど・・・、え?王女なの?これで?
どうやら亡くなった母の身分が低かったため、血の繋がった家族からは存在を無視された、みそっかすの王女が私。
しかも、使用人から虐げられていじめられている?お世話も満足にされずに、衰弱死寸前?
ええーっ!
まだ7歳の体では自立するのも無理だし、ぐぬぬぬ。
しっかーし、奴隷の亜人と手を組んで、こんなクソ王宮や国なんか出て行ってやる!
家出ならぬ、王宮出を企てる間に、なにやら王位継承を巡ってキナ臭い感じが・・・。
えっ?私には関係ないんだから巻き込まないでよ!ちょっと、王族暗殺?継承争い勃発?亜人奴隷解放運動?
そんなの知らなーい!
みそっかすちびっ子転生王女の私が、城出・出国して、安全な地でチート能力を駆使して、ワハハハハな生活を手に入れる、そんな立身出世のお話でぇーす!
え?違う?
とりあえず、家族になった亜人たちと、あっちのトラブル、こっちの騒動に巻き込まれながら、旅をしていきます。
R15は保険です。
更新は不定期です。
「みそっかすちびっ子王女の転生冒険ものがたり」を改訂、再up。
2021/8/21 改めて投稿し直しました。
王子様を放送します
竹 美津
ファンタジー
竜樹は32歳、家事が得意な事務職。異世界に転移してギフトの御方という地位を得て、王宮住みの自由業となった。異世界に、元の世界の色々なやり方を伝えるだけでいいんだって。皆が、参考にして、色々やってくれるよ。
異世界でもスマホが使えるのは便利。家族とも連絡とれたよ。スマホを参考に、色々な魔道具を作ってくれるって?
母が亡くなり、放置された平民側妃の子、ニリヤ王子(5歳)と出会い、貴族側妃からのイジメをやめさせる。
よし、魔道具で、TVを作ろう。そしてニリヤ王子を放送して、国民のアイドルにしちゃおう。
何だって?ニリヤ王子にオランネージュ王子とネクター王子の異母兄弟、2人もいるって?まとめて面倒みたろうじゃん。仲良く力を合わせてな!
放送事業と日常のごちゃごちゃしたふれあい。出会い。旅もする予定ですが、まだなかなかそこまで話が到達しません。
ニリヤ王子と兄弟王子、3王子でわちゃわちゃ仲良し。孤児の子供達や、獣人の国ワイルドウルフのアルディ王子、車椅子の貴族エフォール君、視力の弱い貴族のピティエ、プレイヤードなど、友達いっぱいできたよ!
教会の孤児達をテレビ電話で繋いだし、なんと転移魔法陣も!皆と会ってお話できるよ!
優しく見守る神様たちに、スマホで使えるいいねをもらいながら、竜樹は異世界で、みんなの頼れるお父さんやししょうになっていく。
小説家になろうでも投稿しています。
なろうが先行していましたが、追いつきました。
神様お願い!~神様のトバッチリで異世界に転生したので心穏やかにスローライフを送りたい~
きのこのこ
ファンタジー
旧題:神様お願い!〜神様のトバッチリを受けた定年おっさんは異世界に転生して心穏やかにスローライフを送りたい〜
突然白い発光体の強い光を浴びせられ異世界転移?した俺事、石原那由多(55)は安住の地を求めて異世界を冒険する…?
え?謎の子供の体?謎の都市?魔法?剣?魔獣??何それ美味しいの??
俺は心穏やかに過ごしたいだけなんだ!
____________________________________________
突然謎の白い発光体の強い光を浴びせられ強制的に魂だけで異世界転移した石原那由多(55)は、よちよち捨て子幼児の身体に入っちゃった!
那由多は左眼に居座っている神様のカケラのツクヨミを頼りに異世界で生きていく。
しかし左眼の相棒、ツクヨミの暴走を阻止できず、チート?な棲家を得て、チート?能力を次々開花させ異世界をイージーモードで過ごす那由多。「こいつ《ツクヨミ》は勝手に俺の記憶を見るプライバシークラッシャーな奴なんだ!」
そんな異世界は優しさで満ち溢れていた(え?本当に?)
呪われてもっふもふになっちゃったママン(産みの親)と御親戚一行様(やっとこ呪いがどうにか出来そう?!)に、異世界のめくるめくグルメ(やっと片鱗が見えて作者も安心)でも突然真夜中に食べたくなっちゃう日本食も完全完備(どこに?!)!異世界日本発福利厚生は完璧(ばっちり)です!(うまい話ほど裏がある!)
謎のアイテム御朱印帳を胸に(え?)今日も平穏?無事に那由多は異世界で日々を暮らします。
※一つの目的にどんどん事を突っ込むのでスローな展開が大丈夫な方向けです。
⭐︎第16回ファンタジー小説大賞にて奨励賞受賞を頂きました!読んで投票して下さった読者様、並びに選考してくださったスタッフ様に御礼申し上げますm(_ _)m今後とも宜しくお願い致します。
悪意か、善意か、破滅か
野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。
婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、
悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。
その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。
ブラック・スワン ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~
碧
ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)
本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?
今川幸乃
ファンタジー
ネクスタ王国の聖女だったシンシアは突然、バルク王子に「お前は本物の聖女じゃない」と言われ追放されてしまう。
バルクはアリエラという聖女の加護を受けた女を聖女にしたが、シンシアの加護である神巫(かんなぎ)は聖女の上位存在であった。
追放されたシンシアはたまたま隣国エルドラン王国で竜の巫女を探していたハリス王子にその力を見抜かれ、巫女候補として招かれる。そこでシンシアは神巫の力は神や竜など人外の存在の意志をほぼ全て理解するという恐るべきものだということを知るのだった。
シンシアがいなくなったバルクはアリエラとやりたい放題するが、すぐに神の怒りに触れてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる