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第2話

101. ポップコーンの準備はいい?18

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「ドウシタノダ?」

 ボクの漏らした声に、ふりむいたアニーの顔が、
 同じようにボクとハクを見た、ほかの仲間の顔が、

 ボクにはその時、通路に並ぶ不気味な芸術品と一緒に見えた。

 いびつに歪んだ顔のパーツ。
 誇張された体。
 胸をかきむしりたくなるような配色。

 ボクはせり上げてくる胃の中のものを喉元で抑え込んで、ハクをつれて走りだした。
 ブキミな笑顔を浮かべるアニーらしきモノの手から、白い指をひったくって。

「ちょっと、どうしたっていうのよ?」

 声は出せなかった。
 今声を出したら、恐怖で泣いちゃうんじゃないかと思ってしまったからだ。


 ◇ ◇ ◇

「なるほどねぇ」

 ボクとハクはギャラリーを走ってから、通路脇に見えた扉の中、掃除道具をしまうらしい小部屋に身を隠した。

「指が折れても、か。
 それは間違いなく、アニーじゃあないわね。
 あの子、けっこうな痛がりさんだから」
「きっと、フゥやマグたちも」
「そうでしょうね。
 その様子じゃあフェイクというか罠ね」

 物置部屋は大層狭くて、ボクとハクの体をねじ込ませると絶妙な密着加減だった。
 ハクの色の白さも、恐怖で震えるボクも、扉の隙間から漏れる少ない光源の下でも見て取れた。

「じゃあ、本物のアニーたちは今どうしてるんだろう」
「無事とは、言わないでしょうね。
 本物がうろついてて鉢合わせしたら一発でバレちゃうもの。
 おそらく敵に捕まってるってところじゃないかしら?」
「殺されてはいないよね?」
「ワタシたちを連れて行こうとしてたってことは、きっとそうね。
 殺したいならさっき、出来てたもの。
 特にワタシなんて簡単だったでしょうね」

 フッフフと笑うハクの瞳の中に、笑いを返せないボクがいた。

 ヒタリ……
   ヒタリ……

 なにか、粘着質な音が聞こえた。
 泥沼から這い出てきた怪物が、一歩ずつ歩みを進めるかのような音は、だんだんとボクらのいる小部屋に近づいてきた。

「それじゃ――」
「だめだよ、ハク!
 今、出たら……」

 気配を悟られまいと息を殺しながらも、ボクは必死に目の前の男を引き留めた。

「それでもね。
 ワタシがそうしたいのよ。
 こんなことをしても、ね」

 ドスッという音と共に鈍い痛みが鳩尾に走った。
 顔を下すとハクの白い拳がボクの腹に突きこまれていた。

「そこにいなさい」

 痛みと呼吸困難で、声を出せないどころか、ハクの灰色の着流しの袖をつかむことすらできなかった。
 できたのは、狭い小部屋の壁に体を預けて、扉の隙間からハクが追手と戦う様子を眺めることだけだった。

 ハクは、通路の真ん中に立っていた。
 その周りには、さっきのアニーたちだったモノがいた。
 すでにその形は人のものではなく、どろどろとした生乾きの絵の具の塊のようで、ところどころにアニーやマグたちのパーツが見えたので、同一物だと判ったくらいだ。

 ハクの戦い方は、目を覆いたくなるようなものだった。
 絶望的な視力の代わりに、その身体で敵の居場所を察知していた。
 生乾きの絵の具が腕を槍のように突き出すと、ハクはそれを避けなかった。
 避けられなかったのかもしれない。
 そして、ぎりぎりで急所を外して、相手に攻撃させたまま、一撃で敵を屠っていった。
 一体ずつだ。
 ハクが杖を振るうたびに、敵は赤や青の絵の具を飛び散らせてその場に溶け崩れていった。
 白い手が、赤い雫を滴らせて武器を振ったのは五回。
 その振った分だけ、ハクもまた、攻撃を貰っていた。

 やっとボクの手と足に力が入って扉を開けると、ハクが目の前に立っていた。

「なんでもないわよ。
 これくらい。
 それよりも――」

 ハクは、爪の先まで赤くなった手で懐から手拭いを取り出すと、ボクの頬にあてて流した涙を拭いてくれた。

「ほら、泣くもんじゃないわよ」
「でも……」

 ハクの肩越しに極彩色の棒が見えた。
 ハクの背に刺さっている、振るわれた杖ほどの長さもある絵の具の棘だった。
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