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第2話

094. ポップコーンの準備はいい?11

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「おぅい、黒熊のねーちゃん!
 こっちも頼むぜ!」
「任せるのだー!」

 ワシはソルトイルの貿易品をさばく市場で荷運びをしていたのだ。
 いつものように、リトル・ニューに卸す酒瓶を荷車に乗せていた。

「ふぅ、あと何箱かな?
 今日も、いい天気なのだ。
 ん?
 向こうで何か、騒ぎでも起きているのかな」

 見れば、王都への荷を運ぶ馬車の前で一人の黒衣の女性がギャアギャアと騒いでいたのだ。
 山岳地帯を通った荷はこのソルトイルを中継地点にして、街道を通って陸路で運ばれる。
 そのなかでも王への献上品は世界各地から集められ、王都へ向かう。
 献上品を運ぶ馬車はひときわ大きく、頑丈で、見ただけでそれとわかる。
 なんてったって、王家の紋章が入っているのだ。
 その為、荷を守るために馬には鎧を着せて、腕利きの護衛もつくという話なのだ。
 ワシが仕事をしている荷車の上から、その一群まではそこでの諍いが聞き取れるほどの距離だった。

「イイから!
 アタクシの至高の芸術の数々を王に届けて頂戴!
 アタクシの作品は、教養のない下劣な一般市民には理解できないの!
 アタクシの美を理解できる王に、アタクシの超・芸術を――」

 頭に乗せたぺちゃんこの帽子がベレー帽だと分かったのはこの時だった。
 聞いていて耳の奥が痛くなる類の叫び声だったのだ。
 そして当然、そんなイレギュラーな申し出を王家につかえる仕事をしている人達がうん、そうですね、と頷くはずもなかった。

「わかったわかった。
 そのアンタの言う『げいじゅつ』とやらを見せてみろ。
 見てみるだけ……
 ぷはっ……!
 なんだこりゃあ!?
 よちよち歩きのオレの息子が食べ残した器よりも汚ぇ落書きじゃねぇか!」

 もとより、王へ届けるつもりもなかったのだろう。
 それでも黒衣の女からもっともらしく受け取った絵画を評価し、納得させるつもりだったのだろう。
 ソルトイルの役人は酷評と唾を絵画と女性に投げ捨てた。

「だいじょうぶなのだ?」

 ワシが駆け寄った時には、役人に踏まれ、木靴の形に穴の開いたキャンバスボードが黒衣の画家のそばに落ちていた。
 女性は自分の被っていたベレー帽を握りしめて震えているようだった。

 ぷぴ……ぷぴ……

 耳障りの悪い笛の音が聞こえた。
 どうやら、画家が怒りのあまり呼吸が乱れて鼻が鳴っているようだった。
 その姿を目にし、音を耳にして、周りの商人や通行人が肩を震わせて笑いをこらえているようだった。

「アタクシの……
 アタクシの超・芸術を……
 許さない……
 王なら、アタクシの芸術を理解できると、言われたから……
 この街の、奴らに……」
「どうか、気を悪くしないで……」

 ワシが寄り添おうとしたときには、画家の女は懐から取り出したパレットナイフで王家の荷車の馬の尻を突いていた。

 その痛みに、大人しい草食動物であっても体の大きな荷馬は暴れた。
 ワシは一番近くに居たので、必死に荷馬を抑えようとしたが、馬が大人しくなったのは荷馬車をめちゃくちゃにして、役人と壊された積み荷の護衛の剣に仕留められた後だったのだ。

 その場に画家の女の姿はなく、残った残骸と、馬の死骸が、街としての王都への信頼損失の証となってしまった。

 ◇  ◇  ◇

「おかげで、偶然そこに依頼で居合わせただけのワシは、証人もおらずに疑惑を着せられ、結果として黒熊の信頼を失わせてしまったのだ」

 ゴクリ、と唾をのむ音がボクの喉の奥で鳴った。

「そして黒熊からは何人ものコンクエスターが去って行って、残ったのはワシらだけだった」
「そんなことが、あったんだ」
「そして!
 その話のなかで出た、黒衣の画家の絵。その奇妙な絵とそこに描かれていたサイン!
 ソレが一緒なのだ!」

 アニーが手に取り、指差したのは祠にあった絵の奇妙な絵の中のサインだった。

「これが?
 その?」

 その場の全員が絵を覗き込んだ。

「なんだか、見てると頭が痛くなってくる絵だが、これがそうだっていうのか?」
「そんな細かいところまで見てるの?」

 ボクとフゥの疑問に、アニーは豊かな胸を張って、ぎゃっぎゃっぎゃと笑ってみせた。

「新聞記者志望なんでね!」

 アニーの洞察力に一同が感心していた。
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