79 / 111
第2話
086. ポップコーンの準備はいい?3
しおりを挟む
「マズいことになった」
いつものバンディの苦々し気な表情、それが一層――土の塊でもジャリジャリと嚙み締めているかのように漏らした言葉が黒熊のフロアにこぼれ出た。
聞いているのはいつもの面々。
その誰もが、あの温泉に端を発した一件から浮かない顔をしていたので、今回のバンディの一言も、その落ち込んだ空気に一片の石ころを投げ込んだように波紋を立てた。
「ソルトイルの街でも人が倒れ始めたらしい。
マイって子と同じ症状でだ」
マイは温泉で倒れてから状況が変わっていない。
移ったのは黒熊のテーブルの上から、自宅のベッドの上へと置かれる場所が変わっただけで、症状は相変わらず悪いまま変動がないらしい。
マイのお父さんもお母さんと同じく看病でつきっきりになって丸1日が立っていた。
「どういうこと?
温泉が原因じゃなかったのー?」
「そうです。
アーシカさんが黒熊が原因って……」
「マグもラギも、泣きそうな顔になるんじゃねぇ。
泣き出したいのはオイラだって同じだ」
スカルキャップ越しに片手で頭を抱えるバンディの顔は、本当に泣き出すかは置いておいて、重苦しいことには変わりはなかった。
「あのクロクマの泣き顔ってのは少し興味あるわね」
「エリィ、シッ」
いつものエプロン姿のまま、ドッカと椅子に重い体を預けると、バンディは変わらずに右手で目のあたりを覆いながら天井を仰いでいる。
「その後、増えたんだよ。
ウチでは温泉の使用を止めた。
あれ以上病人は出なかったが、その温泉とは何の関係もない街のやつらにも苦しさを訴えて倒れちまうのが出てきたんだ」
「はぁ?
なんでだよ。
それじゃあ……まるで、本当に流行り病みたいじゃねぇか」
「そうなのかもしれない。
今、街では医術を使えるやつらやヤオを使えるやつらが総出で原因を探ってる。
これで、黒熊だけの問題じゃなくなったってことだ」
フゥも、バンディと相対する位置で椅子に腰かけ腕を組んだ。
「何があったんでしょう。
流行り病だとすれば、わたし達も……」
「それがそう簡単じゃないらしいのよ」
ジャコが正面入り口から小さく戸を鳴らして入ってきた。
「おかえりなさい」
「ただいまレナール。
ちょっと、取引先に呼ばれてさ。
薬関係の知識に明るいならって状況を聞かれたから、こっちも聞いてきたんだよ」
「そうでしたか、ジャコさんは薬学と調合がご専門でしたね」
「それが、オレらでもわからないんだよ」
どういうこと?
「この症状があらわれている人達はこどもから老人。人種、性別、職業、住んでいるエリアまでバラバラでさ。何かの病気、特に流行り病ならなにかしらの条件とか環境が重なったりするものなんだけど……」
ジャコは疲れた様子でレナールから受け取ったコップに入った牛乳を舐めながら続けた。
「みんな同じように体をこわばらせて、呼吸が荒くて、喉をかきむしるようにして苦しんでいる。
まさにあの日のマイみたいにね」
全員の脳裏に、あの日の苦しそうなマイの表情が浮かんだ。
「健康な人も、病気の人も、働き盛りの若者から、隠居した老人までありとあらゆる条件の人がぽつぽつとだ。
そして少しずつだけど、ベッドの上の人は増えてる。
困ったもんだぜ……」
「それじゃあ、ボクらも家に閉じこもって静かに暮らすしかないの?」
「引きこもった生活をしたところで、原因も対策もわからないんだ。
いつ、そうなるかはわからないんだ」
そんな!
ボクは目の前に置かれた現実と、直視したくない未来に思わず椅子から身を乗り出してしまった。
テーブルに手をついて、勢いそのままに手の元を揺らしてしまった。
ジャコがテーブルに置いていたコップから、牛乳の白いしぶきが少し飛んだ。
しかし、だれもがそう思いながらも、そう言葉にはしなかった。
ただ、こぶしを握って唇をかんでいたのだ。
いつものバンディの苦々し気な表情、それが一層――土の塊でもジャリジャリと嚙み締めているかのように漏らした言葉が黒熊のフロアにこぼれ出た。
聞いているのはいつもの面々。
その誰もが、あの温泉に端を発した一件から浮かない顔をしていたので、今回のバンディの一言も、その落ち込んだ空気に一片の石ころを投げ込んだように波紋を立てた。
「ソルトイルの街でも人が倒れ始めたらしい。
マイって子と同じ症状でだ」
マイは温泉で倒れてから状況が変わっていない。
移ったのは黒熊のテーブルの上から、自宅のベッドの上へと置かれる場所が変わっただけで、症状は相変わらず悪いまま変動がないらしい。
マイのお父さんもお母さんと同じく看病でつきっきりになって丸1日が立っていた。
「どういうこと?
温泉が原因じゃなかったのー?」
「そうです。
アーシカさんが黒熊が原因って……」
「マグもラギも、泣きそうな顔になるんじゃねぇ。
泣き出したいのはオイラだって同じだ」
スカルキャップ越しに片手で頭を抱えるバンディの顔は、本当に泣き出すかは置いておいて、重苦しいことには変わりはなかった。
「あのクロクマの泣き顔ってのは少し興味あるわね」
「エリィ、シッ」
いつものエプロン姿のまま、ドッカと椅子に重い体を預けると、バンディは変わらずに右手で目のあたりを覆いながら天井を仰いでいる。
「その後、増えたんだよ。
ウチでは温泉の使用を止めた。
あれ以上病人は出なかったが、その温泉とは何の関係もない街のやつらにも苦しさを訴えて倒れちまうのが出てきたんだ」
「はぁ?
なんでだよ。
それじゃあ……まるで、本当に流行り病みたいじゃねぇか」
「そうなのかもしれない。
今、街では医術を使えるやつらやヤオを使えるやつらが総出で原因を探ってる。
これで、黒熊だけの問題じゃなくなったってことだ」
フゥも、バンディと相対する位置で椅子に腰かけ腕を組んだ。
「何があったんでしょう。
流行り病だとすれば、わたし達も……」
「それがそう簡単じゃないらしいのよ」
ジャコが正面入り口から小さく戸を鳴らして入ってきた。
「おかえりなさい」
「ただいまレナール。
ちょっと、取引先に呼ばれてさ。
薬関係の知識に明るいならって状況を聞かれたから、こっちも聞いてきたんだよ」
「そうでしたか、ジャコさんは薬学と調合がご専門でしたね」
「それが、オレらでもわからないんだよ」
どういうこと?
「この症状があらわれている人達はこどもから老人。人種、性別、職業、住んでいるエリアまでバラバラでさ。何かの病気、特に流行り病ならなにかしらの条件とか環境が重なったりするものなんだけど……」
ジャコは疲れた様子でレナールから受け取ったコップに入った牛乳を舐めながら続けた。
「みんな同じように体をこわばらせて、呼吸が荒くて、喉をかきむしるようにして苦しんでいる。
まさにあの日のマイみたいにね」
全員の脳裏に、あの日の苦しそうなマイの表情が浮かんだ。
「健康な人も、病気の人も、働き盛りの若者から、隠居した老人までありとあらゆる条件の人がぽつぽつとだ。
そして少しずつだけど、ベッドの上の人は増えてる。
困ったもんだぜ……」
「それじゃあ、ボクらも家に閉じこもって静かに暮らすしかないの?」
「引きこもった生活をしたところで、原因も対策もわからないんだ。
いつ、そうなるかはわからないんだ」
そんな!
ボクは目の前に置かれた現実と、直視したくない未来に思わず椅子から身を乗り出してしまった。
テーブルに手をついて、勢いそのままに手の元を揺らしてしまった。
ジャコがテーブルに置いていたコップから、牛乳の白いしぶきが少し飛んだ。
しかし、だれもがそう思いながらも、そう言葉にはしなかった。
ただ、こぶしを握って唇をかんでいたのだ。
4
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
*****************************
***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。***
*****************************
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
スキルは見るだけ簡単入手! ~ローグの冒険譚~
夜夢
ファンタジー
剣と魔法の世界に生まれた主人公は、子供の頃から何の取り柄もない平凡な村人だった。
盗賊が村を襲うまでは…。
成長したある日、狩りに出掛けた森で不思議な子供と出会った。助けてあげると、不思議な子供からこれまた不思議な力を貰った。
不思議な力を貰った主人公は、両親と親友を救う旅に出ることにした。
王道ファンタジー物語。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~
飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。
彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。
独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。
この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。
※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

【完結】投げる男〜異世界転移して石を投げ続けたら最強になってた話〜
心太
ファンタジー
【何故、石を投げてたら賢さと魅力も上がるんだ?!】
(大分前に書いたモノ。どこかのサイトの、何かのコンテストで最終選考まで残ったが、その後、日の目を見る事のなかった話)
雷に打たれた俺は異世界に転移した。
目の前に現れたステータスウインドウ。そこは古風なRPGの世界。その辺に転がっていた石を投げてモンスターを倒すと経験値とお金が貰えました。こんな楽しい世界はない。モンスターを倒しまくってレベル上げ&お金持ち目指します。
──あれ? 自分のステータスが見えるのは俺だけ?
──ステータスの魅力が上がり過ぎて、神話級のイケメンになってます。
細かい事は気にしない、勇者や魔王にも興味なし。自分の育成ゲームを楽しみます。
俺は今日も伝説の武器、石を投げる!
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる