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第2話

084. ポップコーンの準備はいい?1

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 黒熊のフロア。
 ベッド代わりに置かれたテーブルの上のマイは、それはひどい有様だった。
 湯浴ゆあみ着をきて、濡れた体の上にタオルをかぶせていたが、その身体はひじやひざが曲がったまま硬直こうちょくし、押さえつけていないと何度も自分の喉をかきむしるようで、首筋には生々しい傷が何本も見えた。
 目は焦点が合わず、息は常に荒く苦しそうだ。
 顔はまさに苦悶にゆがみ、正直な話、直視するのが辛いくらいだ。

「どうしたっていうんだ?
 うちの娘に何があったんだ!?」
「おやじさん、落ち着いてくれ。
 どうやら、風呂に入っている最中にいきなり倒れたらしい」

 自分の愛娘まなむすめの変わりように慌てるマイのお父さんと、それをなだめるバンディの親父さん。 そこにララベスが濡れたままの髪でやってきた。

「どうもこうも、突然だった。
 それまでみんなとワイワイ話していたのに、急に喉を押えてそのまま倒れたんだ。
 この子は何か持病じびょうでもあったのか?」
「そんなこたぁ無ぇ!
 いままで風邪の一つたりとも引いたことがなかったんだ」

 だとすれば……

 ララベスもバンディも腕を組んで黙りこくってしまった。
 重苦しい空気が、温まった体からの熱とは別に冷たい精神状況を作り出す。
 まさに室内に不安という水蒸気が溜まり、天井で黒い雲を形成するかのようだった。

「お湯か?
 湯あたりってこともあるんじゃねぇか?」
「それだったら、ボクだって今こうして立っていられないんじゃないかな」

 フゥもすでに自身の体から湯気は立っていなかった。
 アニーやマグ、ラギといったその場を見ていた者たちは一様いちように口をつぐんでいる。
 よほど衝撃的だったのだろう。

「それに、マイちゃんのこの症状は、ただの湯あたりには思えない。
 イツキたちだって一緒のお湯に浸かっていたんだろ。
 なにか、別の……」

 薬学の知識のあるジャコがマイの症状を見ている。

「とりあえず、部屋の温度を上げて。
 イツキ、暖炉に薪をくべてくれ」

 言われるままに、暖炉のそばに駆け寄り、そばに積み上げてあった薪に手をかけた
 ジャコがマイの呼吸の頻度や、体の状況、体温の計測などをこなしているとふいに正面入り口の戸が勢いよく開いた。

「よぉ!
 娘っ子が一人、倒れたって言うじゃねぇか!
 だぁいじょうぶかぁい?」

 言葉の並びだけなら、心配をしている風にも読み取れるが、入ってきたアーシカの表情と口調は、ニヤニヤと楽し気で、憎らしげだった。

「アーシカ、なにしにきた」
「おいおいおい。
 どうしたよ。
 天下の黒熊さんで人が倒れちまったんだぜ?
 この危機にかけつけないでどうするよ」

 憎々にくにくし気にバンディの問いに答えて見せたアーシカは、水桶を持っていたレナールを押しのけるとテーブルの上で苦しんでいるマイに不躾ぶしつけに顔を近づけた。

「あーあー。
 かわいそうに。
 こんなにぜひぜひと苦しんじまって。
 黒熊なんかに近寄っちまったから、かなぁ~?」

 いきなりやってきて、この言い草だ。
 皆は反感を覚えすらしたが、それは表情に留まらせることに成功していた。

「何の罪もない少女が温泉で倒れちまった。
 こぉれは相当な事件だぜ。
 この前の一件に続いて自前の施設で病人まで出しちまったんだから……
 これじゃあ、黒熊もおしまいだなぁ」

 今度?
 いや、その前に、この前の一件とも言っていた。
 それって……

「…………」

 重苦しい空気と、店の責任者たるバンディの沈黙が重なる。
 その無言が、ボクの心をかき乱した。

「そんな、やっとできた……」

 ボクの居場所が。

 そう、口の中で言葉が形を成せなかった。
 言ってしまうのもおこがましい。
 でも、実際に自分が感じている居場所を否定されたという事実が、まるでマイが苦しんで自身の喉に爪を立てたように、ボクの心に爪の跡を残していく。
 アーシカの演説会は続いた。

「なぁ、アニィ?
 あんたも……
 色々やっちまったもんなぁ~
 今更どの面下げて、『あーしらの黒熊』にいるんだ?」
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