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第2話
072. 剣と魔法ってこんな感じなんだ21
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ジャコの宣言が耳に届くと、次いで腹に重い一撃を食らった。
痛みでボクの内臓が聞いていないとばかりに不満を漏らす。
「ほら、油断してんじゃないよ」
目に涙を浮かべて、腹を抱えて背を丸めていると、目の前では黒猫が毬をつくようにポンポンと跳ねている。
それは見たことのあるスポーツ特有のボールの動きだった。
「ほらほら」
黒い毬はフットワークを使って左右に飛び、速度を速めていく。
そして、
「痛っ!」
腹部に続いて頬にも衝撃が走る。
「まずは守らないとね」
先ほどの右頬のいたみに間髪入れずに同じ速度、逆の角度で左からも打撃を食らう。
「どうしたんだい。
やられっぱなしかい?」
テンテンと距離を置くジャコという名の黒いボール。
そして、跳躍すると真っ直ぐに毛玉がボクの顔に吸い込まれてきた。
グシッ。
ボクの顔の中心、鼻にジャコのブーツがめり込む音がした。
プシっ、とまるで炭酸飲料の缶を開けたときの様な爽快感溢れる音と共にボクの目の端から涙がほとばしった。
鼻を打たれると、痛みと共に涙が飛び出る。
ボクが今日学んだことの一つだった。
その身を持ってね。
次いで、ボタボタと流れ落ちる紅い雫。
鼻水も混じっていることから少し粘度がある。
「そんなところかしら……」
ハクが手を上げそうになったその時。
ジャコが視界からふっと消えた。
ボクの目に入る景色は涙で大きく塞がれ、流した鼻血を抑えようと両の手はふさがっている。
戦意は欠け、注意力は無いに等しい。
そして――。
キレイなキレイなジャコの蹴り上げ。
身を縮ませ、死角に入り込んだ黒猫。
その右足のブーツの底がキレイにボクのあごを揺らして、そこでボクの意識は黒い世界へと飛び込んだ。
◇ ◇ ◇
目が覚めると、アニーの顔を下から見上げているようだった。
何故分かったかというと、彼女のよく陽に焼けた肌のあごが、膨らんだ丘陵越しに見えたからだ。
オレンジのシャツの盛り上がり、左腕の青い肩鎧、まぎれもなく美しく整ったアゴのライン。そのすべてが今まで見たこともない位置からだったが彼女のものと判断させるには十分な情報量だった。
「気が付いたのだ?」
先ほどの丘陵越しにボクを見下ろしたアニーの瞳は陰になっていても尚、こげ茶色の瞳に優しさを光らせていた。
「どうしたの?」
「イツキはジャコとの手合わせで気を失ったのだ。
慣れていない時には良くあることなのだ」
そういって、アニーがボクの額に置いてくれた手から体温としての温もりと、それとは別のあたたかなものを感じ取った。
ん?
今、ボクは何をしてるんだ?
疑問と共に、後頭部に当たる柔らかな弾力、視界に映る彼女の顔とその位置関係。
全てをシャッフルさせて、次の瞬間上半身をばね仕掛けのように飛び起こした。
「びっくりしたのだ!
もう大丈夫なのだ?」
「ぼ、ボクの方こそ、ヒザまくらだなんて、ごめん!」
アニーは気を失っていたボクの頭を、そのすらりと長くも、柔らかな脚に乗せ介抱してくれていたのだ。
みる人が見れば、その姿はとても――
いや、何でもない。
「幸せそうなワンシーンだったわよー」
エリィが何か記録媒体を持っていたなら、喜んでこの姿を写真に収めていたに違いない。
みれば、まだ裏庭では模擬的な戦闘訓練をしていた。
「それそれぇ♪」
「やりますねー」
声だけを聞けばマグとラギの少女二人がバドミントンか何かをしているかのようにも聞こえるが、目に入るのはアクロバティックな動きをする猫耳の少女と、当たれば木の幹でさえ楽々とへし折れそうな剛腕を振るっている超体格の少女だった。
「こんなの、いつもやってるの?」
「みんな集まると大体やってるのだ」
ベンチに座ってその様子を見ていたけれど、アニーとの間には人ひとり分の距離を開けてしまっていた。
先ほどの感触を思い起こすと、その一人分を詰めることには踏み出せなかった。
「それにしても、一番『動けない』オレが相手でアレじゃあなぁ」
ジャコがアニーとボクの間にぴょこんと座り、物理的にも精神的にも隙間を埋めてくれた。
「あの動きで、一番弱いってこと?」
「動きだけでいえば、な。
イツキー、アンタもうちょっと修行積まないと……」
ジャコが心底心配そうに苦言を呈してくれた。
その声に、ハハと苦笑をしていると、背後から声がかかった。
「楽しそうじゃないか」
振り向くと一人の女性が立っていた。
影で顔は見えなかったが、鮮やかなオレンジ色の長髪と、その結んだ髪をもってしても目立つ、顔の左右に伸びた長い耳が印象的だった。
皆が一様に声を上げる。
「おかえり!」
痛みでボクの内臓が聞いていないとばかりに不満を漏らす。
「ほら、油断してんじゃないよ」
目に涙を浮かべて、腹を抱えて背を丸めていると、目の前では黒猫が毬をつくようにポンポンと跳ねている。
それは見たことのあるスポーツ特有のボールの動きだった。
「ほらほら」
黒い毬はフットワークを使って左右に飛び、速度を速めていく。
そして、
「痛っ!」
腹部に続いて頬にも衝撃が走る。
「まずは守らないとね」
先ほどの右頬のいたみに間髪入れずに同じ速度、逆の角度で左からも打撃を食らう。
「どうしたんだい。
やられっぱなしかい?」
テンテンと距離を置くジャコという名の黒いボール。
そして、跳躍すると真っ直ぐに毛玉がボクの顔に吸い込まれてきた。
グシッ。
ボクの顔の中心、鼻にジャコのブーツがめり込む音がした。
プシっ、とまるで炭酸飲料の缶を開けたときの様な爽快感溢れる音と共にボクの目の端から涙がほとばしった。
鼻を打たれると、痛みと共に涙が飛び出る。
ボクが今日学んだことの一つだった。
その身を持ってね。
次いで、ボタボタと流れ落ちる紅い雫。
鼻水も混じっていることから少し粘度がある。
「そんなところかしら……」
ハクが手を上げそうになったその時。
ジャコが視界からふっと消えた。
ボクの目に入る景色は涙で大きく塞がれ、流した鼻血を抑えようと両の手はふさがっている。
戦意は欠け、注意力は無いに等しい。
そして――。
キレイなキレイなジャコの蹴り上げ。
身を縮ませ、死角に入り込んだ黒猫。
その右足のブーツの底がキレイにボクのあごを揺らして、そこでボクの意識は黒い世界へと飛び込んだ。
◇ ◇ ◇
目が覚めると、アニーの顔を下から見上げているようだった。
何故分かったかというと、彼女のよく陽に焼けた肌のあごが、膨らんだ丘陵越しに見えたからだ。
オレンジのシャツの盛り上がり、左腕の青い肩鎧、まぎれもなく美しく整ったアゴのライン。そのすべてが今まで見たこともない位置からだったが彼女のものと判断させるには十分な情報量だった。
「気が付いたのだ?」
先ほどの丘陵越しにボクを見下ろしたアニーの瞳は陰になっていても尚、こげ茶色の瞳に優しさを光らせていた。
「どうしたの?」
「イツキはジャコとの手合わせで気を失ったのだ。
慣れていない時には良くあることなのだ」
そういって、アニーがボクの額に置いてくれた手から体温としての温もりと、それとは別のあたたかなものを感じ取った。
ん?
今、ボクは何をしてるんだ?
疑問と共に、後頭部に当たる柔らかな弾力、視界に映る彼女の顔とその位置関係。
全てをシャッフルさせて、次の瞬間上半身をばね仕掛けのように飛び起こした。
「びっくりしたのだ!
もう大丈夫なのだ?」
「ぼ、ボクの方こそ、ヒザまくらだなんて、ごめん!」
アニーは気を失っていたボクの頭を、そのすらりと長くも、柔らかな脚に乗せ介抱してくれていたのだ。
みる人が見れば、その姿はとても――
いや、何でもない。
「幸せそうなワンシーンだったわよー」
エリィが何か記録媒体を持っていたなら、喜んでこの姿を写真に収めていたに違いない。
みれば、まだ裏庭では模擬的な戦闘訓練をしていた。
「それそれぇ♪」
「やりますねー」
声だけを聞けばマグとラギの少女二人がバドミントンか何かをしているかのようにも聞こえるが、目に入るのはアクロバティックな動きをする猫耳の少女と、当たれば木の幹でさえ楽々とへし折れそうな剛腕を振るっている超体格の少女だった。
「こんなの、いつもやってるの?」
「みんな集まると大体やってるのだ」
ベンチに座ってその様子を見ていたけれど、アニーとの間には人ひとり分の距離を開けてしまっていた。
先ほどの感触を思い起こすと、その一人分を詰めることには踏み出せなかった。
「それにしても、一番『動けない』オレが相手でアレじゃあなぁ」
ジャコがアニーとボクの間にぴょこんと座り、物理的にも精神的にも隙間を埋めてくれた。
「あの動きで、一番弱いってこと?」
「動きだけでいえば、な。
イツキー、アンタもうちょっと修行積まないと……」
ジャコが心底心配そうに苦言を呈してくれた。
その声に、ハハと苦笑をしていると、背後から声がかかった。
「楽しそうじゃないか」
振り向くと一人の女性が立っていた。
影で顔は見えなかったが、鮮やかなオレンジ色の長髪と、その結んだ髪をもってしても目立つ、顔の左右に伸びた長い耳が印象的だった。
皆が一様に声を上げる。
「おかえり!」
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