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第2話
070. 剣と魔法ってこんな感じなんだ19
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「よく……戻ってきたわね」
重苦しい空気だった。
普段の氷のように冷たい瞳でも柔和な笑顔を絶やさないハクが、今もボクに向けているその顔は決して穏やかなものではなかった。
怒っている、という訳ではない。
でも、その瞳はなんだか物悲しそうな、そんな氷の色をしていた。
「ハク、聞いて欲しいのだ。
イツキは一日、ずっと――」
ボクをかばうように声を上げたアニーを、ハクは白い掌を見せることで止めて見せた。
「アニー。
少し黙ってて頂戴な」
黒熊のメンバーはすべて同じフロアにいた。
それぞれがテーブルにつき夕食を始める前だった。
バンディとレナールが準備をし、ハクもそれを手伝っていたがボクとアニーが正面入り口から入ってくるのを察して、厨房から出てきて、今に至るわけだ。
「イツキ、アナタが今日一日何をしてきたか。
リトル・ニューの親父さんからもギヤノさんキヤノさんたちからの話でも聞いてるわ。
そして、その汚れっぷりからすると……
マイちゃんの家辺りにでも行っていたって感じかしら」
「ハクには敵わないな。
全部、お見通しって訳だ」
「どういうつもり?
コンクエスターとして正規の手順を踏まずに依頼を受けるだなんて、ここでやっていくつもりじゃなかったの?」
ハクはたすき掛けという着物を着ている人が作業をする際に邪魔にならないように縛っていた袖を留める紐をほどいて、ボクの前に立った。
やっぱりキレイな人だった。
その背筋に一本、鉄芯の通ったような姿勢も。
氷色の瞳とそれを縁取るまつげも。
口元に刺した青い口紅も。
雪のように白い肌も。
それらすべてがまぶしかった。
それでも、そのまぶしさに目を閉じるわけにはいかなかった。
「ごめんなさい。
この世界に来てから、ハクと会ってから、すべてを誰かと一緒に、誰かに助けられながらこなしてきた。
それが出来ていたから、助けられていたことに慣れていたから……
この前は失敗したんだ」
ボクは拳を握った。
まだ、泥と汗にまみれて、握りなれない草刈り鎌を振りすぎてひりひりとした掌が痛かった。
「だから、自分ひとりならどこまで出来て、何が出来ないのか。
知りたかったから。
やってみたんだ。
そして分かったんだ」
ハクを見上げた。
その氷色の瞳と、ボクの銀に縁どられた黒くて丸い瞳が、一本の線でつながる様に。
「ボクにはできないことが沢山ある。
これから覚えなきゃいけないことや、身につけなきゃいけないことが山のようにね。
それが確認できたんだ。
だから……」
周りを見渡した。
みんな、フロアの中央に立つボクとハクに注目していた。
あのバンディでさえ、鍋を振る手を止めていた。
「黒熊を追い出されても、みんなの事は忘れないから」
そういって、ボクは深々と、腰を折って頭を下げて見せた。
みえるのは黒熊の良く磨かれた床板だった。
思い出した。
最初に黒熊に来た時の、床に四つん這いになってバンディと遭遇して本当のクマのように感じたあの時を。
「短い間でしたが……」
そこまで言って、雫が床にぽたりと落ちた。
塩味が口の中に広がった。
ちゃんと拭いておかないと、またバンディにドヤされる。
頭を上げると、みんなが座ったテーブルの前には夕食が並べられていた。
「こんな旨そうなご飯ともお別れねー」
エリィは口をつけたこともないはずのバンディの料理を、ボクらが舌つづみを打っている様をいつも、うらやましそうに眺めていたっけ。
これ以上ここにいると、空腹に負けてしまいそうだった。
ポケットには少しの硬貨が残っているはずだ。
今日の夕食に何か買って、後は宿に泊まるほどもないから、また野宿をして……
そんな風に考えながら、恩人たちに背を向けた。
「手を洗ってらっしゃい」
ハクの声だった。
え?
思わず振り向いた。
彼は既に椅子についていて、ハクとアニーの間には誰も座っていない一人分のスペースが空いていた。
「なにしてるのよ。
手を洗って、みんなで頂きましょうよ」
どう、いう……
「別に、出ていくことなんてないわ。
アナタがやりたいことをする。
それで得たものがあるんならそれでいいのよ」
「でも、ボクは勝手に……
依頼も受けずに……」
「今日はイツキは依頼を受けていないフリーの日だったはずだ。
個人の時間を、とやかく言う決まりは……
特にないよなぁ。
なぁ、おやっさん?」
フゥが大きく胸をそびやかして厨房から出てきたバンディに聞いて見せた。
「あー、そうだな。
誰が、自分の時間に何をしようが、自由だな。
ただ、飯はしっかり食え」
テーブルに置いた大皿には、一日の体力仕事をねぎらうかのように美味しそうな料理が山盛りだった。
「そういうことよ。
失敗した分はリカバリーしたんでしょ?
それなら、ご飯を食べなさい」
「うん!」
ボクは涙を拭いて返事をした。
「ほら、手だけじゃなくて顔も洗ってくるのよ。
泥が目の周りにもついてるじゃない」
黒熊のフロアの中に、どっと笑い声が膨らんだ。
重苦しい空気だった。
普段の氷のように冷たい瞳でも柔和な笑顔を絶やさないハクが、今もボクに向けているその顔は決して穏やかなものではなかった。
怒っている、という訳ではない。
でも、その瞳はなんだか物悲しそうな、そんな氷の色をしていた。
「ハク、聞いて欲しいのだ。
イツキは一日、ずっと――」
ボクをかばうように声を上げたアニーを、ハクは白い掌を見せることで止めて見せた。
「アニー。
少し黙ってて頂戴な」
黒熊のメンバーはすべて同じフロアにいた。
それぞれがテーブルにつき夕食を始める前だった。
バンディとレナールが準備をし、ハクもそれを手伝っていたがボクとアニーが正面入り口から入ってくるのを察して、厨房から出てきて、今に至るわけだ。
「イツキ、アナタが今日一日何をしてきたか。
リトル・ニューの親父さんからもギヤノさんキヤノさんたちからの話でも聞いてるわ。
そして、その汚れっぷりからすると……
マイちゃんの家辺りにでも行っていたって感じかしら」
「ハクには敵わないな。
全部、お見通しって訳だ」
「どういうつもり?
コンクエスターとして正規の手順を踏まずに依頼を受けるだなんて、ここでやっていくつもりじゃなかったの?」
ハクはたすき掛けという着物を着ている人が作業をする際に邪魔にならないように縛っていた袖を留める紐をほどいて、ボクの前に立った。
やっぱりキレイな人だった。
その背筋に一本、鉄芯の通ったような姿勢も。
氷色の瞳とそれを縁取るまつげも。
口元に刺した青い口紅も。
雪のように白い肌も。
それらすべてがまぶしかった。
それでも、そのまぶしさに目を閉じるわけにはいかなかった。
「ごめんなさい。
この世界に来てから、ハクと会ってから、すべてを誰かと一緒に、誰かに助けられながらこなしてきた。
それが出来ていたから、助けられていたことに慣れていたから……
この前は失敗したんだ」
ボクは拳を握った。
まだ、泥と汗にまみれて、握りなれない草刈り鎌を振りすぎてひりひりとした掌が痛かった。
「だから、自分ひとりならどこまで出来て、何が出来ないのか。
知りたかったから。
やってみたんだ。
そして分かったんだ」
ハクを見上げた。
その氷色の瞳と、ボクの銀に縁どられた黒くて丸い瞳が、一本の線でつながる様に。
「ボクにはできないことが沢山ある。
これから覚えなきゃいけないことや、身につけなきゃいけないことが山のようにね。
それが確認できたんだ。
だから……」
周りを見渡した。
みんな、フロアの中央に立つボクとハクに注目していた。
あのバンディでさえ、鍋を振る手を止めていた。
「黒熊を追い出されても、みんなの事は忘れないから」
そういって、ボクは深々と、腰を折って頭を下げて見せた。
みえるのは黒熊の良く磨かれた床板だった。
思い出した。
最初に黒熊に来た時の、床に四つん這いになってバンディと遭遇して本当のクマのように感じたあの時を。
「短い間でしたが……」
そこまで言って、雫が床にぽたりと落ちた。
塩味が口の中に広がった。
ちゃんと拭いておかないと、またバンディにドヤされる。
頭を上げると、みんなが座ったテーブルの前には夕食が並べられていた。
「こんな旨そうなご飯ともお別れねー」
エリィは口をつけたこともないはずのバンディの料理を、ボクらが舌つづみを打っている様をいつも、うらやましそうに眺めていたっけ。
これ以上ここにいると、空腹に負けてしまいそうだった。
ポケットには少しの硬貨が残っているはずだ。
今日の夕食に何か買って、後は宿に泊まるほどもないから、また野宿をして……
そんな風に考えながら、恩人たちに背を向けた。
「手を洗ってらっしゃい」
ハクの声だった。
え?
思わず振り向いた。
彼は既に椅子についていて、ハクとアニーの間には誰も座っていない一人分のスペースが空いていた。
「なにしてるのよ。
手を洗って、みんなで頂きましょうよ」
どう、いう……
「別に、出ていくことなんてないわ。
アナタがやりたいことをする。
それで得たものがあるんならそれでいいのよ」
「でも、ボクは勝手に……
依頼も受けずに……」
「今日はイツキは依頼を受けていないフリーの日だったはずだ。
個人の時間を、とやかく言う決まりは……
特にないよなぁ。
なぁ、おやっさん?」
フゥが大きく胸をそびやかして厨房から出てきたバンディに聞いて見せた。
「あー、そうだな。
誰が、自分の時間に何をしようが、自由だな。
ただ、飯はしっかり食え」
テーブルに置いた大皿には、一日の体力仕事をねぎらうかのように美味しそうな料理が山盛りだった。
「そういうことよ。
失敗した分はリカバリーしたんでしょ?
それなら、ご飯を食べなさい」
「うん!」
ボクは涙を拭いて返事をした。
「ほら、手だけじゃなくて顔も洗ってくるのよ。
泥が目の周りにもついてるじゃない」
黒熊のフロアの中に、どっと笑い声が膨らんだ。
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