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第2話
065. 剣と魔法ってこんな感じなんだ14
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「マイちゃん、ボクは良いからっ!
マイちゃんだけでも――」
本心だった。
軽率に受けた依頼。
弁えなかった自分の力量。
守るべき依頼相手。
全てを天秤にかけて尚、自分の身をここで野犬の昼食として差し出して精算できると思っていた。
そばに、いままでボクを守ってくれていた仲間はいない。
自分が守れなかったのだから、当然だ。
腕に力を込めて、時間を稼ぎながらも、もう目を閉じる準備はできていた。
願わくば、彼女が、ボクを――
生をなげうつ覚悟が出来ていた、その時。
なんとも間抜けなキャインという声が、近くで上がった。
眼前の牙が音の方を見る。
続いてボクが頭を上げて視界を動かすと、また端の方で音がした。
今度は何かがポンと躍り上がる姿も見えた。
キャインッ。
ワォンワォンッ。
どうやら後方の野犬の群れで何かがあったらしい。
あ……
かすかな声を口を抑えた指の間から漏らすマイ。
その視線の先には杖を振るう、一人の和服を着た男がいた。
青みがかった灰色の着物の袖がはためくたびに、その手にした杖が大きく残像を残して、犬を放り上げていく。
硬い杖が犬を打つ音と、舞い上げられた犬の悲鳴が続く。
やがて、ボクにキスをしようとしてきた犬は目の前に立つ、自分の仲間を打ち払った白い肌の男を見上げると、クゥンと弱弱しく鳴いて尻尾を丸めてしまった。
そして、仲間を連れて一目散に逃げて行ったのだ。
「……ハク」
犬の涎でべとべとになったボクは立ち上がって、ハクを見上げた。
ハクは頬に浴びた犬の返り血や、荒い呼吸と青ざめた表情をものともせずに、ボクを見下ろしていた。
そして、右手で持っていた杖を大きく頭上に振り上げた。
「……っく!」
そのまま打たれると思った。
あの、犬たちと同じように、硬く速い一撃が体のどこかを打つことを予感して、身を強張らせた。
カィン。
音は存外遠くから聞こえた。
目を開けると、ハクはこちらに背を向け、そのわきに下げられた右手に杖はなかった。
ハクの向いている方、崖より少し下がった場所にあった木に、杖が石突から刺さっている。
「出ておいで……」
ハクの冷たい一言だった。
そのビシビシと凍てついた言葉にいぶりだされるかのように木の陰から一人分の影が現れた。
「アーシカ!?」
そこには、今朝見たままの細い腕が黒くうねった艶のない髪の毛をオールバックになでつけている姿があった。
「アナタ、こんなところで何をしてるの?」
「ナニッて……
ちょっと散歩してたんだよ。
そしたらそこのボクちゃんがちょーっと?
楽しそうにしてたから、ね?
見てたんだよ」
さっきのハクの乱れた呼吸は既に整っていた。
「あの様子を、『見ていた』ですって?
あの野犬の群れを見て、何もしないでいたって言うの?」
「いやいや。
あーしも、ちゃーんとみてたんですよ?」
「あの状況でも、まだ助けに入るつもりがなく、ただ見ていたってことね」
「そう。
コンクエスターなんだろ?
そこのボクちゃんは。
だったら、自分の身はもちろん、依頼主も守らなきゃ。
そうで無ければ、ただのろくでなしだろぉ?
それを、見届けて、やったんだよっ。
『仲間』としてなぁ~」
ハクがツカツカとアーシカに向かって歩み寄っていく。
アーシカはその場で、道化者のような身振り手振りで、ハクをあおっているのが見て取れる。
そして、ハクの杖を木の幹から引き抜くと、恭しく頭を垂れて両の手で彼に献上した。
「さぁ、大事な大事な相棒だ。
ちゃあんと、その手に持っておかなきゃ、な?」
ハクはその杖を、ゆっくりと受け取った。
ボクはその、受け取ろうとしたハクの手が拳を握って、そのまま異様な白さのこけた頬に叩きつけられるのではないかと思った。
「帰るわよ」
ハクは、目の前にいるアーシカから杖を受け取ると、まるで相手を石仏か何かとでも思うような振る舞いで横を通り抜けた。
「うん……」
ボクは涎で汚れた手を自分の服でぬぐうと、マイの手を取ってハクの後についていった。
マイは、涙こそ流してはいないがその手は熱を持って、鼻をすする音が聞こえた。
アーシカはボクとマイを、またもや顔の向きを変えずに眼球運動だけでとらえていた。
「せいぜい、仲よくするんだな」
彼の横を通るときに、ボクにだけ聞こえる声量で、ボクにだけ言った。
「……」
ボクはそれに答えなかった。
喉の奥に詰まった感情が、しこりとなって言葉を出させなかったのだ。
マイの手は、かすかに震えていた。
それでも、ボクはしっかりと彼女の手を握りしめた。
陽が、てっぺんから降りはじめて、午後の仕事を始める時間だった。
マイちゃんだけでも――」
本心だった。
軽率に受けた依頼。
弁えなかった自分の力量。
守るべき依頼相手。
全てを天秤にかけて尚、自分の身をここで野犬の昼食として差し出して精算できると思っていた。
そばに、いままでボクを守ってくれていた仲間はいない。
自分が守れなかったのだから、当然だ。
腕に力を込めて、時間を稼ぎながらも、もう目を閉じる準備はできていた。
願わくば、彼女が、ボクを――
生をなげうつ覚悟が出来ていた、その時。
なんとも間抜けなキャインという声が、近くで上がった。
眼前の牙が音の方を見る。
続いてボクが頭を上げて視界を動かすと、また端の方で音がした。
今度は何かがポンと躍り上がる姿も見えた。
キャインッ。
ワォンワォンッ。
どうやら後方の野犬の群れで何かがあったらしい。
あ……
かすかな声を口を抑えた指の間から漏らすマイ。
その視線の先には杖を振るう、一人の和服を着た男がいた。
青みがかった灰色の着物の袖がはためくたびに、その手にした杖が大きく残像を残して、犬を放り上げていく。
硬い杖が犬を打つ音と、舞い上げられた犬の悲鳴が続く。
やがて、ボクにキスをしようとしてきた犬は目の前に立つ、自分の仲間を打ち払った白い肌の男を見上げると、クゥンと弱弱しく鳴いて尻尾を丸めてしまった。
そして、仲間を連れて一目散に逃げて行ったのだ。
「……ハク」
犬の涎でべとべとになったボクは立ち上がって、ハクを見上げた。
ハクは頬に浴びた犬の返り血や、荒い呼吸と青ざめた表情をものともせずに、ボクを見下ろしていた。
そして、右手で持っていた杖を大きく頭上に振り上げた。
「……っく!」
そのまま打たれると思った。
あの、犬たちと同じように、硬く速い一撃が体のどこかを打つことを予感して、身を強張らせた。
カィン。
音は存外遠くから聞こえた。
目を開けると、ハクはこちらに背を向け、そのわきに下げられた右手に杖はなかった。
ハクの向いている方、崖より少し下がった場所にあった木に、杖が石突から刺さっている。
「出ておいで……」
ハクの冷たい一言だった。
そのビシビシと凍てついた言葉にいぶりだされるかのように木の陰から一人分の影が現れた。
「アーシカ!?」
そこには、今朝見たままの細い腕が黒くうねった艶のない髪の毛をオールバックになでつけている姿があった。
「アナタ、こんなところで何をしてるの?」
「ナニッて……
ちょっと散歩してたんだよ。
そしたらそこのボクちゃんがちょーっと?
楽しそうにしてたから、ね?
見てたんだよ」
さっきのハクの乱れた呼吸は既に整っていた。
「あの様子を、『見ていた』ですって?
あの野犬の群れを見て、何もしないでいたって言うの?」
「いやいや。
あーしも、ちゃーんとみてたんですよ?」
「あの状況でも、まだ助けに入るつもりがなく、ただ見ていたってことね」
「そう。
コンクエスターなんだろ?
そこのボクちゃんは。
だったら、自分の身はもちろん、依頼主も守らなきゃ。
そうで無ければ、ただのろくでなしだろぉ?
それを、見届けて、やったんだよっ。
『仲間』としてなぁ~」
ハクがツカツカとアーシカに向かって歩み寄っていく。
アーシカはその場で、道化者のような身振り手振りで、ハクをあおっているのが見て取れる。
そして、ハクの杖を木の幹から引き抜くと、恭しく頭を垂れて両の手で彼に献上した。
「さぁ、大事な大事な相棒だ。
ちゃあんと、その手に持っておかなきゃ、な?」
ハクはその杖を、ゆっくりと受け取った。
ボクはその、受け取ろうとしたハクの手が拳を握って、そのまま異様な白さのこけた頬に叩きつけられるのではないかと思った。
「帰るわよ」
ハクは、目の前にいるアーシカから杖を受け取ると、まるで相手を石仏か何かとでも思うような振る舞いで横を通り抜けた。
「うん……」
ボクは涎で汚れた手を自分の服でぬぐうと、マイの手を取ってハクの後についていった。
マイは、涙こそ流してはいないがその手は熱を持って、鼻をすする音が聞こえた。
アーシカはボクとマイを、またもや顔の向きを変えずに眼球運動だけでとらえていた。
「せいぜい、仲よくするんだな」
彼の横を通るときに、ボクにだけ聞こえる声量で、ボクにだけ言った。
「……」
ボクはそれに答えなかった。
喉の奥に詰まった感情が、しこりとなって言葉を出させなかったのだ。
マイの手は、かすかに震えていた。
それでも、ボクはしっかりと彼女の手を握りしめた。
陽が、てっぺんから降りはじめて、午後の仕事を始める時間だった。
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