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第1話

051. 初めての街です20

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 口の端からよだれをこぼしながら、先ほど一番に吠え始めたぶち模様が、イタダキマスというかのように口を大きく開けて飛び込んできた。

 ドン!

 ほんのコンマ数秒先には、ぶち模様の牙がボクの首に突き立てられているはずだったが、今も血は流れていない。
 それどころか、犬の方が悲鳴に似た声で鼻を鳴らしている。

「なにこれ?」

 ボクら三人の周りには不思議に光る、波模様の壁が立っていた。
 草を超えて地面から突き出た壁は向こうを見通せるほどの透明度があり、ところどころ厚さが違う。
 例えるならそう――

「魔法の壁!?」

 そう表現するのが最適だった。
 いわゆる創作の中の「バリアー」に一番イメージが近いと言っていい。

「とりあえずです。
 もうちょっと、まっててくださいね」

 声の主、ラギの方を見ると、両の膝と手のひらを地につけて、何かをつぶやいている。
 それは僧の唱える念仏のように。
 それは聖職者が捧げる書の朗読のように。

「これは、詠唱えいしょう?」
「そうよ、ラギの邪魔しないの」

 彼女の周りのヤオの粒が光を増し、壁に吸い込まれるとその厚みと高さが増していく。

「もう、ちょっと……」

 そう思った瞬間だった。
 波のようにうねる壁の隙間を突いて、赤い毛並みの犬が一匹入り込んできた。
 そして、迷わず膝をついている少女に狙いを定めた。

「危な――」
「オレがいるだろっ」

 間髪入れずに、ジャコのカラダが黒い弾丸となり、赤い犬の脇腹に革のブーツをめり込ませた。
 黒猫の身の軽さは以前にも見ていたけれど、まるで高密度のボールがねるような動きをして見せた。

「もう少しで、ラギの術がこいつらを追っ払ってくれるわ。
 それまでの辛抱よ」
「やっぱりラギちゃんは魔法使いだったんだね」
「そういう言い方もできるけど、ほら、アンタもぼさっとしてないで……」

 こちらを向き直ったジャコ。
 その足元で先ほどの赤い野犬が銀色に光る黒い毛並みの首筋に牙を突き立てようとしてたのをボクは見逃さなかった。

「な、なにすんのよ!?」

 思った瞬間には体が動いていた。
 体全体で飛び込んで、ジャコを押し倒すように身を避けた。

「ごめんなさいっ!」

 その甲斐あって、黒猫の頭部があった場所を野犬の顎が通り過ぎた。

「イツキ……」

 その野犬の軌跡をみたジャコは、いつもの不機嫌な呼び捨て方ではなく、ボクの名前を呼んで口にしていた。

「さぁ!
 いっちゃいますよ~!」

 ラギを中心にして形成されていた光の壁が螺旋らせんを描きながら空へ向かって伸び始めた。
 飴細工あめざいくのように伸びるヤオの壁は濃淡のうたんを筋のように細めながらその模様を変えていく。
 そして、動きが止まるころにはその周囲にいる野犬にもおびえが広まっていた。
 勢いも衰え、立っていた尻尾も弱弱しく腹に巻き付けられている個体もいた。

 そして、

「びゅううう~~!」

 ラギの言葉を合図に、光の壁の模様が逆回転を始めた。
 あたりの空気をまとって、よじれが戻る方向に風の流れが起きる。

「た、竜巻だ!」

 ラギの、いやボクたちを中心に大きな風のうずが起こり、野犬の群れは舞い上げられるとそのまま姿が見えなくなってしまった。

 草原にはボクたち三人とミステリーサークルの様な模様が残っていた。

「すごいね!
 ラギちゃん、こんな魔法が使えるんだ!」
「やだ、そんなことないですよー」

 照れ隠しにラギがボクの背中をバシバシと叩く。

「ゲホッ……
 さぁ、帰ろうか。
 もう来ないと思うけど、また何かトラブルに巻き込まれるのは沢山だよ」

 ボクはジャコが担いでいたカゴを背負うと、覚えている帰り道の方向へと向かった。
 その背をみて、目を細めるジャコがいた。
 ラギが、同じくボクを見て黒猫に言う。

「ねぇ、ジャコ……」
「わかってる」

 ジャコの細めた目が剣呑けんのんな目つきに変わった。
 ボクに向けられた細い瞳孔どうこうよりも、さらに険しい瞳として、彼方を見ていた。

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