41 / 111
第1話
048. 初めての街です17
しおりを挟む
「ナニ見てんのよ」
「別になんでもないよ」
昼間の屋台での騒動から一転、黒熊での夕食後の時間がゆっくりと流れていた。
クタクタになるまで体を働かせた疲労感と、腰に下げた重くなった財布代わりの革袋の重量が妙に心地よかった。
ボクはいつものようにバンディの作ったご飯を胃に収めて、椅子の背もたれに体を預けていた。
エリィに言われたが無視して、ぼんやりと視線を漂わせる。
目の先が向いているのは、上。
そう、もっと上。
ゴンッ。
あ、まただ。
「イタタ……」
「大丈夫ですか?
ラギさんも休んでいてください」
「いいの、レナールさん。
それより、そっちも運ぶね」
そういってレナールの拭いていた机を、ひょいと片手で持ち上げると先ほど天井の梁にぶつけた頭をもう片方の手で撫でていた。
背が高すぎるのも考え物だな。
そんな風に視線を自分の上、蜘蛛の巣も張っていない掃除の行き届いた天井に向けていると、ぬっと青いまん丸の宝石が二つ、こちらをのぞき込んできた。
「ねぇ、まだ昼間のミルクセーキって残ってますか?」
「う、うん」
突如として自分の天に現れたラギからの質問に、淀みながらも答えた。
「どんなもんだったんだ?」
という、バンディ達にもふるまうために、屋台の材料の残りで作ったミルクセーキを大きな手に渡す。
「ほわわ~」
本当に幸せそうな笑顔が感想を物語っていた。
「ほらほら、これですよ。
アタシも手伝ったんですよ――キャアッ!」
そういって、ジョッキをレナールに見せようとしたラギの足が、置いてあった椅子の脚にぶつかり、細い方が砕けた。
「ゴメンナサイ……」
「大丈夫です。
マスターがまた、作ってくれますから」
バンディは料理だけじゃなくて、家具も作れるのか?
「ほら、どいてどいて」
すぐさま駆け付けた黒猫、ジャコが破片を集め手際よく掃除をしてしまった。
現場には一かけらの木片も、ごみすら落ちていない。
ここまでほんの数秒の仕事だ。
「スゴく手際が良いんだね」
「アンタの服も、見せてみな。
破れてるじゃないか」
そういって、身に着けている銀縁の黒いエプロンのポケットから、針山を取り出すとボクの脱いだシャツを瞬く間に繕ってしまった。
この街に来る前にダンジョンの壁に引っ掛けて、破れたままにしていた箇所だった。
「ありがとうございます!
ほんとはハクに直してもらうつもりだったんだけど……
助かりました」
「良かったじゃない」
ハクは皿を洗い終えたのか、袖を留めたままの姿でこちらにやってきた。
「お茶が入ったわ」
カップに入れられたのはうっすらと茶色がかって鼻をくすぐる香ばしさの立つ飲み物だった。
「麦茶だ。
それにしても、ハクが針仕事が苦手だったなんてね」
「何でもできるわけじゃないのよ。
得意じゃないことだってあるわ」
そう、以前にも彼が針を持って修繕を試みてはいた。
だが、結果として余計に破れた箇所が広がりかけたのを見て、慌てて止めたんだった。
「ぴったりです」
シャツに袖を通すと既にどこが破損していたのか分からないくらいの仕上がりだった。
「そ。
そんじゃ、オレはちょっと休憩するよ」
そういって、ジャコは無愛想に笑うとトコトコと茶色のブーツを鳴らして歩いて行った。
その先では、ラギがちびちびと甘いミルクセーキを口にしながらロッキングチェアに腰を掛けていた。
若干の軋みを訴えながらも、乗せているラギを必死に包み込む椅子がゆらゆらと揺れる。
ジャコはその椅子の上のラギの膝にピョンと飛び乗った。
椅子は一度大きく揺れると、静かにその幅を元に戻していった。
「ハハ、なんだか、良いね」
「そうね」
既にジャコは足を畳み、体を丸めて静かになっていた。
ラギも彼女を起こさぬよう、ゆっくりと、ゆっくりと銀色に光る黒い毛並みを撫でていた。
まん丸の目は閉じると一層、優美なまつげが空気を撫でる。
周りの人間を含め、時間がゆっくりと流れていた。
「別になんでもないよ」
昼間の屋台での騒動から一転、黒熊での夕食後の時間がゆっくりと流れていた。
クタクタになるまで体を働かせた疲労感と、腰に下げた重くなった財布代わりの革袋の重量が妙に心地よかった。
ボクはいつものようにバンディの作ったご飯を胃に収めて、椅子の背もたれに体を預けていた。
エリィに言われたが無視して、ぼんやりと視線を漂わせる。
目の先が向いているのは、上。
そう、もっと上。
ゴンッ。
あ、まただ。
「イタタ……」
「大丈夫ですか?
ラギさんも休んでいてください」
「いいの、レナールさん。
それより、そっちも運ぶね」
そういってレナールの拭いていた机を、ひょいと片手で持ち上げると先ほど天井の梁にぶつけた頭をもう片方の手で撫でていた。
背が高すぎるのも考え物だな。
そんな風に視線を自分の上、蜘蛛の巣も張っていない掃除の行き届いた天井に向けていると、ぬっと青いまん丸の宝石が二つ、こちらをのぞき込んできた。
「ねぇ、まだ昼間のミルクセーキって残ってますか?」
「う、うん」
突如として自分の天に現れたラギからの質問に、淀みながらも答えた。
「どんなもんだったんだ?」
という、バンディ達にもふるまうために、屋台の材料の残りで作ったミルクセーキを大きな手に渡す。
「ほわわ~」
本当に幸せそうな笑顔が感想を物語っていた。
「ほらほら、これですよ。
アタシも手伝ったんですよ――キャアッ!」
そういって、ジョッキをレナールに見せようとしたラギの足が、置いてあった椅子の脚にぶつかり、細い方が砕けた。
「ゴメンナサイ……」
「大丈夫です。
マスターがまた、作ってくれますから」
バンディは料理だけじゃなくて、家具も作れるのか?
「ほら、どいてどいて」
すぐさま駆け付けた黒猫、ジャコが破片を集め手際よく掃除をしてしまった。
現場には一かけらの木片も、ごみすら落ちていない。
ここまでほんの数秒の仕事だ。
「スゴく手際が良いんだね」
「アンタの服も、見せてみな。
破れてるじゃないか」
そういって、身に着けている銀縁の黒いエプロンのポケットから、針山を取り出すとボクの脱いだシャツを瞬く間に繕ってしまった。
この街に来る前にダンジョンの壁に引っ掛けて、破れたままにしていた箇所だった。
「ありがとうございます!
ほんとはハクに直してもらうつもりだったんだけど……
助かりました」
「良かったじゃない」
ハクは皿を洗い終えたのか、袖を留めたままの姿でこちらにやってきた。
「お茶が入ったわ」
カップに入れられたのはうっすらと茶色がかって鼻をくすぐる香ばしさの立つ飲み物だった。
「麦茶だ。
それにしても、ハクが針仕事が苦手だったなんてね」
「何でもできるわけじゃないのよ。
得意じゃないことだってあるわ」
そう、以前にも彼が針を持って修繕を試みてはいた。
だが、結果として余計に破れた箇所が広がりかけたのを見て、慌てて止めたんだった。
「ぴったりです」
シャツに袖を通すと既にどこが破損していたのか分からないくらいの仕上がりだった。
「そ。
そんじゃ、オレはちょっと休憩するよ」
そういって、ジャコは無愛想に笑うとトコトコと茶色のブーツを鳴らして歩いて行った。
その先では、ラギがちびちびと甘いミルクセーキを口にしながらロッキングチェアに腰を掛けていた。
若干の軋みを訴えながらも、乗せているラギを必死に包み込む椅子がゆらゆらと揺れる。
ジャコはその椅子の上のラギの膝にピョンと飛び乗った。
椅子は一度大きく揺れると、静かにその幅を元に戻していった。
「ハハ、なんだか、良いね」
「そうね」
既にジャコは足を畳み、体を丸めて静かになっていた。
ラギも彼女を起こさぬよう、ゆっくりと、ゆっくりと銀色に光る黒い毛並みを撫でていた。
まん丸の目は閉じると一層、優美なまつげが空気を撫でる。
周りの人間を含め、時間がゆっくりと流れていた。
4
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
鑑定能力で恩を返す
KBT
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。
彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。
そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。
この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。
帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。
そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。
そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
超文明日本
点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。
そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。
異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
わけあって美少女達の恋を手伝うことになった隠キャボッチの僕、知らぬ間にヒロイン全員オトしてた件
果 一
恋愛
僕こと、境楓は陰の者だ。
クラスの誰もがお付き合いを夢見る美少女達を遠巻きに眺め、しかし決して僕のような者とは交わらないことを知っている。
それが証拠に、クラスカーストトップの美少女、朝比奈梨子には思い人がいる。サッカー部でイケメンでとにかくイケメンな飯島海人だ。
しかし、ひょんなことから僕は朝比奈と関わりを持つようになり、その場でとんでもないお願いをされる。
「私と、海人くんの恋のキューピッドになってください!」
彼女いない歴=年齢の恋愛マスター(大爆笑)は、美少女の恋を応援するようになって――ってちょっと待て。恋愛の矢印が向く方向おかしい。なんか僕とフラグ立ってない?
――これは、学校の美少女達の恋を応援していたら、なぜか僕がモテていたお話。
※本作はカクヨムでも公開しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる