100 / 111
第1話
047. 初めての街です16
しおりを挟む
「よぉ、キミタチ。
儲かってるみたいだね」
台の上に手を付いてきた一人の男は、なんだか胸のムカムカするような香水の匂いと一緒に馴れ馴れしくボクの肩に腕を回して言った。
「さっきの声、聞こえちゃった?
ゴメンなぁ。
でもさ、ボクタチも意地悪してるわけじゃないんだ。
本当なんだもん」
耳元でささやく声も、香水と同じで嫌なにおいがした。
「そんでよ。
モノは相談だ。
黙っててやるから、な?
わかるだろ?」
そういってもう一人の男が、ボクから買ったと思われる飲み物の入ったジョッキで台に置いてあるカゴを指し示した。
大きめのドンブリほどのカゴには今日の売り上げが入っている。
コインにして既に7割ほどの量だ。
「お金が目的、ですか?」
「オォーイオィ。
人聞きの悪いこと言うなよな。
ただ、な?
目立つニンゲンてのは目ぇつけられるもんだ。
賢くやろうぜぇ」
すかさずジョッキを手にした短髪の男が動く。
ボクと香水の男のやり取りを客の列からは見えないように、その体でついたてにしたのだった。
「こんなのばっかりだ。
弱い人に、真面目な人に――筋違いなことばかりをして……」
「なにブツブツ言ってんだ?
さっさと寄こさねぇと、もっと叫んじまうぞぉ?」
短髪が右手に持っていたジョッキを高々と上げた。
「みなっさぁ~ん!
コレですよ!
この店で買った、コレを飲んで――あれ?」
彼が晒しものにしようとしたジョッキは、その右手の内にはいなかった。
「ふ~ん。
これがねぇ……
この少年から買ったっていうの?」
見れば、男が持っていたはずの杯をその足元で黒猫が持っていた。
中に手を入れ、何かを調べている。
「そ、そうだとも。
正真正銘、ここで買った飲み物だ。
返せよっ」
「おかしいわね。
オレはさっきから列の整理をしてたけど、アンタの顔は見た覚えがないわ。
それに、この中身、きっと別物ね」
え?
黒猫は、あえて大きな通る声で言ってのけた。
「な、何言って――」
「この中身、レモンの香りがしないもの。
それに、卵も違う。
この子が使ってるのは白いニワトリの卵。
この器の中に入ってるのは茶色い卵みたいね?」
そういって黒猫は器用に肉球でジョッキの中の茶色い殻をすくって見せた。
声を聞いた大通りを歩く人からも、列から身を乗り出して騒ぎを見ていた人たちからも、ボクの屋台の横に積まれた卵の色が白いことは一目でわかった。
「いい加減なことを言いやがってッ――」
短髪の男が足元の黒猫を蹴り上げる。
しかし男の変に磨かれた革のブーツが黒猫に当たることはなかった。
「いい加減なことを言ってるのはアンタじゃないの」
黒猫は、音もなく男の身体をよじ登り、黒い前脚から伸びる銀色に光る爪をその首筋に突き立てて言った。
「この、クソネコがっ。
この小僧を……」
そこまで言うと、香水クサイ男が悲鳴を上げた。
イテテテテ。
「だめですよー。
そんな汚い言葉を使っちゃ。
それに、もうやめましょうね?」
ボクの後ろに座って作業をしていたラギがボクの腕に回されていた腕を無造作に掴んでいた。
どうやら、見た目通りの怪力らしい。
「は、離せっ。
離すんだ!
おれ、折れるぅ!」
ドシン、と音がすると香水の臭いの元は既にボクを離れていた。
カァンッ。
「これに懲りたら、変な言いがかりをつけるのは辞めることね」
通りに投げ飛ばされた香水男の頭のすぐ横に、木の杖の石突が突き立てられ、石畳とぶつかって乾いた音が響いた。
「ハク!」
「ちょっと離れてる間に、楽しそうだったわね」
「楽しくなんて――
大変だったんだから!」
「そうみたいね。
ほら、アナタたちもさっさと逃げちゃいなさいな。
次は、その頭をカチ割ってあげるわ」
ハクが氷の笑顔で見下ろした先では、男がムカムカとする香水の匂いも流れ落ちるほど冷や汗をかいていた。
黒猫も短髪男を解放すると、捨て台詞も残さずに二人は逃げて行った。
「材料が足りなくなると思って、追加で買い出しにいったんだけど……
ゴメンナサイね」
ハクが曳いてきた台車には大量の牛乳の桶と卵をはじめとした材料、ミルクセーキを入れるためのジョッキなどが積まれていた。
「さぁ、このお客さんの列がミルクセーキへの期待の表れ!
味は飲んだ人に聞いて頂戴!
どんどん作るから、どんどん買っていってくださいな!」
ハクが手を打ち、拍子をつけると、御客の列はどっと増えた。
先ほどコインをしまった女性も、改めて台にコインを置いてくれた。
そして、4人。いや、三人と一匹で材料がなくなるまで、ミルクセーキを作って売り続けた。
日が暮れると、後片付けをしながらハクが言った。
「頑張ったじゃない。
すごいわよ」
「ボクだけじゃなくて、こっちのラギちゃんたちが助けてくれたから……」
「そうね。
いつの間に仲良くなってたの?」
え?
「ラギも、ジャコも、帰ってきてたなら言いなさいよ」
「そっかー
イツキくんはハクの知り合いだったんだね」
ラギが台替わりにしていた箱を片付けてクスクスと笑って言う。
「この味付けはもしかして、と思ったけど……
やっぱりハクが一枚噛んでたって訳か」
ジャコ、と呼ばれた黒猫も器用にごみを片付けながら言う。
「知り合いだったの!?」
「図らずも、ね」
ハクがフッフフと笑って後片付けは終了した。
「仲間っていいものねぇ~」
エリィがオレンジ色の夕陽を浴びてボクに言った。
儲かってるみたいだね」
台の上に手を付いてきた一人の男は、なんだか胸のムカムカするような香水の匂いと一緒に馴れ馴れしくボクの肩に腕を回して言った。
「さっきの声、聞こえちゃった?
ゴメンなぁ。
でもさ、ボクタチも意地悪してるわけじゃないんだ。
本当なんだもん」
耳元でささやく声も、香水と同じで嫌なにおいがした。
「そんでよ。
モノは相談だ。
黙っててやるから、な?
わかるだろ?」
そういってもう一人の男が、ボクから買ったと思われる飲み物の入ったジョッキで台に置いてあるカゴを指し示した。
大きめのドンブリほどのカゴには今日の売り上げが入っている。
コインにして既に7割ほどの量だ。
「お金が目的、ですか?」
「オォーイオィ。
人聞きの悪いこと言うなよな。
ただ、な?
目立つニンゲンてのは目ぇつけられるもんだ。
賢くやろうぜぇ」
すかさずジョッキを手にした短髪の男が動く。
ボクと香水の男のやり取りを客の列からは見えないように、その体でついたてにしたのだった。
「こんなのばっかりだ。
弱い人に、真面目な人に――筋違いなことばかりをして……」
「なにブツブツ言ってんだ?
さっさと寄こさねぇと、もっと叫んじまうぞぉ?」
短髪が右手に持っていたジョッキを高々と上げた。
「みなっさぁ~ん!
コレですよ!
この店で買った、コレを飲んで――あれ?」
彼が晒しものにしようとしたジョッキは、その右手の内にはいなかった。
「ふ~ん。
これがねぇ……
この少年から買ったっていうの?」
見れば、男が持っていたはずの杯をその足元で黒猫が持っていた。
中に手を入れ、何かを調べている。
「そ、そうだとも。
正真正銘、ここで買った飲み物だ。
返せよっ」
「おかしいわね。
オレはさっきから列の整理をしてたけど、アンタの顔は見た覚えがないわ。
それに、この中身、きっと別物ね」
え?
黒猫は、あえて大きな通る声で言ってのけた。
「な、何言って――」
「この中身、レモンの香りがしないもの。
それに、卵も違う。
この子が使ってるのは白いニワトリの卵。
この器の中に入ってるのは茶色い卵みたいね?」
そういって黒猫は器用に肉球でジョッキの中の茶色い殻をすくって見せた。
声を聞いた大通りを歩く人からも、列から身を乗り出して騒ぎを見ていた人たちからも、ボクの屋台の横に積まれた卵の色が白いことは一目でわかった。
「いい加減なことを言いやがってッ――」
短髪の男が足元の黒猫を蹴り上げる。
しかし男の変に磨かれた革のブーツが黒猫に当たることはなかった。
「いい加減なことを言ってるのはアンタじゃないの」
黒猫は、音もなく男の身体をよじ登り、黒い前脚から伸びる銀色に光る爪をその首筋に突き立てて言った。
「この、クソネコがっ。
この小僧を……」
そこまで言うと、香水クサイ男が悲鳴を上げた。
イテテテテ。
「だめですよー。
そんな汚い言葉を使っちゃ。
それに、もうやめましょうね?」
ボクの後ろに座って作業をしていたラギがボクの腕に回されていた腕を無造作に掴んでいた。
どうやら、見た目通りの怪力らしい。
「は、離せっ。
離すんだ!
おれ、折れるぅ!」
ドシン、と音がすると香水の臭いの元は既にボクを離れていた。
カァンッ。
「これに懲りたら、変な言いがかりをつけるのは辞めることね」
通りに投げ飛ばされた香水男の頭のすぐ横に、木の杖の石突が突き立てられ、石畳とぶつかって乾いた音が響いた。
「ハク!」
「ちょっと離れてる間に、楽しそうだったわね」
「楽しくなんて――
大変だったんだから!」
「そうみたいね。
ほら、アナタたちもさっさと逃げちゃいなさいな。
次は、その頭をカチ割ってあげるわ」
ハクが氷の笑顔で見下ろした先では、男がムカムカとする香水の匂いも流れ落ちるほど冷や汗をかいていた。
黒猫も短髪男を解放すると、捨て台詞も残さずに二人は逃げて行った。
「材料が足りなくなると思って、追加で買い出しにいったんだけど……
ゴメンナサイね」
ハクが曳いてきた台車には大量の牛乳の桶と卵をはじめとした材料、ミルクセーキを入れるためのジョッキなどが積まれていた。
「さぁ、このお客さんの列がミルクセーキへの期待の表れ!
味は飲んだ人に聞いて頂戴!
どんどん作るから、どんどん買っていってくださいな!」
ハクが手を打ち、拍子をつけると、御客の列はどっと増えた。
先ほどコインをしまった女性も、改めて台にコインを置いてくれた。
そして、4人。いや、三人と一匹で材料がなくなるまで、ミルクセーキを作って売り続けた。
日が暮れると、後片付けをしながらハクが言った。
「頑張ったじゃない。
すごいわよ」
「ボクだけじゃなくて、こっちのラギちゃんたちが助けてくれたから……」
「そうね。
いつの間に仲良くなってたの?」
え?
「ラギも、ジャコも、帰ってきてたなら言いなさいよ」
「そっかー
イツキくんはハクの知り合いだったんだね」
ラギが台替わりにしていた箱を片付けてクスクスと笑って言う。
「この味付けはもしかして、と思ったけど……
やっぱりハクが一枚噛んでたって訳か」
ジャコ、と呼ばれた黒猫も器用にごみを片付けながら言う。
「知り合いだったの!?」
「図らずも、ね」
ハクがフッフフと笑って後片付けは終了した。
「仲間っていいものねぇ~」
エリィがオレンジ色の夕陽を浴びてボクに言った。
4
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。
猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。
そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。
あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは?
そこで彼は思った――もっと欲しい!
欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。
神様とゲームをすることになった悠斗はその結果――
※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生
西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。
彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。
精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。
晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。
死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。
「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」
晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる