上 下
92 / 111
第1話

039. 初めての街です8

しおりを挟む
「ここからなら、一人でだいじょうぶ」

 そういってマイは傾き始めた陽の中、黒熊の前でハクを待っていた。

「イツキくんやハクさんにこれ以上迷惑はかけられないから」

 アハハと笑うマイからの依頼で街の外にある牧畜農家に牛のエサとして届けた干し草の代金は支払われなかった。

「牛飼さんもアタイたちみたいに困ってるから……
 でも、ちゃんとお金は後日払ってくれるって言ってたでしょう?」
「そう、だけど……」

 その通りだった。
 子ども一人で商品を届けに来たマイの足元を見て、代金を払うのをしぶる素振りを見せたので、ボクと(ほとんどは)ハクが抗議をした。
 結果、ハクの氷の笑顔で代金の支払いは約束させたけど、手元にお金がないのは事実だったようなので、結果として受け取れてはいない。

「ほら、その代わりにこんなに牛乳貰っちゃったし!」
「そう、なんだけどさ……」

 荷車には木でできたふたつきのおけに入った牛乳が3つ積まれていた。
 牛飼のせめてもの誠意という訳だ。

「でも、こんなのって――」

 そんなやり取りをしていると黒熊からハクが出てきた。

「報酬もすぐに受け取れたわ。
 これはイツキ、アナタの分ね」

 ハクがボクに包みをくれた。
 思ったよりも、軽かった。

「ありがとう」

 精一杯のお礼だった。
 やるせない気持ちもあった。
 それでも、ハクの持っている包みはボクのものと同じだった。
 重みも、手触りも、元々の中身が少ないことはすぐに分かった。
 不意の依頼に、急な出費、マイの家や酪農家の経済状況。
 全部納得ができる。

 チャリッ。

 手の中の受け取ったばかりの報酬の入った袋が、音を立てた。

「じゃあ、さ」

 一歩、ボクは前に踏み出した。

「その牛乳、売ってくれないかな」

 え?

 ボクはマイの仕事に耐えて荒れた手を取り、先ほど受け取った今日の依頼の報酬を握らせた。

「牛乳、好きなんだ。
 もしよかったら、一つ買わせてくれないかな」

「い、いいけど……
 アタイはいいんだけど、イツキくんは……」

 その言葉を聞いて、すぐさま荷車から牛乳の入った桶を一つ手に取った。
 もう代金は渡してある。

「ありがとう!」

 ボクは答える前にお礼を言った。
 困惑気味のマイに、ハクも近づいた。

「それじゃあ、ワタシも一つ貰おうかしら。
 お代はこれでいいかしら?」

 ハクも同じように、受け取った報酬の袋をそのままマイに手渡すとその背後の荷車の方へ向かう。

「あ、あ……
 ありがとうね」

 マイはその後、家に帰るまで桶の一つ乗った荷車を牽きながら、何度も立ち止まってボクとハクに向かって手を振っていた。

 夕日の映し出すボクとハク、足元の二つの桶の影が長くなっていきながら、彼女の姿をずっと見守っていた。
 視線を変えないままに、隣に立ったハクに謝った。

「ごめんね。
 ボクのせいで」
「ワタシでもそうしたわ。
 新鮮な牛乳は美味しいわよ」

 ハクはボクの肩に手を置いていてくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

排泄時に幼児退行しちゃう系便秘彼氏

mm
ファンタジー
便秘の彼氏(瞬)をもつ私(紗歩)が彼氏の排泄を手伝う話。 排泄表現多数あり R15

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます

ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。 何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。 何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。 それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。 そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。 見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。 「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」 にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。 「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。 「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。

処理中です...