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第1話

035. 初めての街です4

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「……ねぇ!
 そんなに食べられないよ!」

 目が覚めた。

 癖で自分の枕もとに手をやった。

「メガネは……あった。
 ん?
 なんでベッドに?」

 一瞬理解できなかった。
 つい昨日まで例外を除けば、星空のもとで野宿をする生活が続いていたので、自分が暖かな寝床で寝られたという事の方に違和感を覚えたのだ。

「そうか、昨日は黒熊亭に泊ったんだった。
 あの賊に襲われた集落もあばら家過ぎて床で雑魚寝だったからな」
「それより、なにをそんなに『食べられない』のよ」
「エリィ、夢の話くらいは夢の中に置いておかせてよ。
 それくらい、昨日のご飯は美味しかったってことなんだから」
「ふーん。
 ウチは食べるとか無縁だからわからないな」

 上半身を起こした目の位置に空中で横たわっているエリィ。
 相変わらずフヨフヨと浮いているし、ダボダボの衣類の上からはなんだか覗けそうだからいい加減に隠してほしい。

「目のやり場に困るってのに……」
 
 気を紛らわせるために外を見た。
 ベッドのすぐそばの窓から差し込む陽の光と、外の景色で遅すぎる起床でないことは把握できたが今が何時なのか、正確な時刻を知ることはできなかった。

「まだ、窓枠に朝露あさつゆが残ってる。
 向こうに見えるのは、畑かな。
 野菜……ではなさそうだけど……
 でも作業してる人がいるな。
 結構早い時間のハズなんだけど……
 やっぱり農家の人は朝早いんだね」

 麦わら帽を被った大小さまざまな人々が働いているのが見えた。
 そばには荷車やそれをく家畜らしいシルエットも見える。

「フゥとハクが同じ部屋で寝てたはずなんだけどな。
 もう起きてるのかな」

 グゥ、と内臓が燃料を要求してきた。

「こっち、だったっけ」

 部屋は黒熊の二階だった。年季の入った木造で、移動の階段も若干、急こう配だった。
 木の板を踏みしめて下りている最中、既に鼻は燃料の存在を確認していた。

「いい匂いだ」

 階段を降りると昨日のフロア。
 既にレナールがあわただしく働いている。

「おはようございます」

 彼女の明るい挨拶に、突如自分の身だしなみを意識してしまった。

「寝起き……?
 寝ぐせとか、めやにとか……」
「お仕度なら、そのドアを出てすぐです」

 視線で促された方に向かう。
 昨日も使ったタイル張りの洗面台の端にメガネを置いて、傍にある大きなツボから汲んだ冷たい水で顔を洗った。
 
「ミズガメっていうんだっけ。
 水道がないってのは不便だな」
「水道がないわけじゃないんだけどね」

 ふと見るといつの間にか隣にハクが立っていてギョッとした。

「なぁに?
 変な顔をして。
 ワタシだって手を洗うのにここを使うわよ」

 うん、とハクのさしだした手ぬぐいと交換に、水瓶みずがめから汲むためのひしゃくを渡した。

「いつもいきなり現れるよね」

 顔を拭きながら言うと、ハクもパシャパシャと白い手を洗って答えた。

「アナタが注意散漫ちゅういさんまんなのよ。
 別にワタシは普段から気配を消してる訳じゃないわ。
 さぁ、朝ご飯の支度をしましょうかね」

 うーん、やっぱりキレイだ。
 これが男性だって言うけど、あの熊の親父、バンディと同じ性別だとは考えられない。

「なにボサっとしてやがる!
 手伝え!」

 のほほんとフロアに戻ると、先ほど脳裏に浮かんでいた男性代表、バンディから𠮟りつけられてしまった。

「じゃあ、イツキはテーブルを拭いてもらえるかしら」

 若干、すくんだ肩越しにハクから先ほどの手ぬぐいを指さされた。

「うん」

 先ほどハクが使った手ぬぐいだが、そのあともう一度すすいでいたので水分は含んでいる。
 近場から順に2つ目のテーブルを拭いていると、バンディの怒声が厨房の奥から投げつけられた。

ちげぇ! 
 なにいい加減にやってやがんだ、イツキ!
 しっかり教えてやれっ」

 すぐさま食器を取り出す手を止めてレナールがやってきてくれた。

「調理中は気が立ってるんですよ。
 悪気はないんですけどね」

 そして、テーブルと自身でボクを挟むような立ち位置で体を密着させてきた。

「え、えぇ!?」
「こうです。
 このテーブルは丸いのですが、拭き掃除をするときは漫然まんぜんと円を描いたりするのではなく……」

 レナールの胸がボクの背中に当たる感触を訴えたつもりだったが、彼女はボクの手にそのすらりと伸びた指を添えて、手ぬぐいの移動の仕方を教えてくれたのだ。

「上から順に……
 一方の方へ向けて真っ直ぐ……
 そうです」
「こうすれば、いいの?」
「ハイ。
 木目に沿うことでゴミや汚れが残らずに、キレイにできてますよ」

 レナールの慣れた手つきと今までにつちかってきた作法に驚いた。

「流石ですね」
「物心ついた時から、こういう仕事をしていましたから」

 彼女の表情は先ほどまでと変わらない。
 自分の仕事に誇りを持って、取り掛かっている真っ直ぐな顔だった。
 でも、ボクはそこに何かほの暗い影を見てしまった気がした。

「さぁ、飯が出来たぞ!」

 運ばれてきた朝食と同時にマグとアニーが外からなだれ込んできた。

「朝ご飯なのだ!」
「いっただっきまーす♪」

 フゥも遅れてやってきた。
 バンディとレナール、手伝っていたらしいハクもそろい、椅子に腰かけて朝食を取り始めた。

「終わったら、仕事の話だ」
 
 バンディの声にみんなの手が、食卓に向けられた。
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