86 / 111
第1話
033. 初めての街です2
しおりを挟む
目の前に熊がいたら……
死んだふり、はダメなんだったよね。
目を合わせて、刺激しないように……
確か、そのままゆっくり後ろに下がって、距離を置いて……
突如として現れた熊への対応策を必死に頭の中で検索していた。
なんで、この場に猛獣がいるのか?
なんで、街中に?
そもそも、いつの間に?
いや、ボクは熊に襲われて食われるのかな?
熊って、はちみつが好きなんだっけ?
右手ではちみつをなめるから、熊の掌は右手をなめると甘いとか聞いた覚えが……
ボクの思考があらぬ方向へと飛躍していく。
それくらい、パニくってるんだ。
なのに……
「おぅ、イツキ。
そこにいるのか?」
フゥの威勢のいい声が熊の背後から響いた。
「終わった……」
猛獣を大きな音や声で驚かせてしまったら、怒りを買って暴れる。
そんなことは子どもだって知っていることだろうに、あぁ、あのキンニク……
ボクはヒザをついた体勢のまま右手で目を覆っていた。
「いっそ、ひと思いに食べてくれ」
そう言い残して消えるつもりだった。
「イツキ。いるんじゃねぇか。
なにしてるんだ?
そんなところで」
「フゥのおかげで今日から熊の胃袋に引っ越すことになったことを覚悟してるんだよ」
「あぁ?
なに訳の分かんねぇこといってるんだ。
それより、オヤジ。
掃除もいいが……
戻ったぜ」
「遅かったじゃねぇか」
ん?
オヤジ?
目を開けると、そこにはフゥらしき人物が丸机に荷物を置きながら熊相手に談笑している。
目の前にいた熊が二本足で立って手にはぞうきんを持っている。
そばには木桶があるところをみると床掃除でもしていたのだろうか。
変だ。
「イツキ。何してんだ。
こっちにこいよ」
フゥに腕を掴まれ引きあげられる。
「こいつがイツキってんだ。
なんでもハクが拾ったらしいぜ」
「ほぉ……」
ここに来てやっと理解した。
この熊がフゥやハクたちの言う「オヤジサン」なんだと。
そしてボクがさっき転んだ拍子にメガネを落としていたんだという事も理解した。
「ほれ」
手渡されたメガネをかけて視界がクリアになった。
やっと目の前にいる毛むくじゃらが熊に近い外見をした人間だという事も認識できた。
「オイラぁ、バンディってんだ。
この店を仕切ってるもんだ。
今、掃除しててな……
まぁ、よろしくな」
バンディと名乗ったのは40代半ばくらいの毛むくじゃらの男だった。
腹の出た体格も、顔の輪郭もヒゲでぼうぼうとしている男。
ヒゲと同じ剛毛を短く刈り込んでスカルキャップに収めている。
その眼は声と同じく山賊のように粗暴だった。
「こちらこそ、よろしくおねがい、します」
グッと握られた手の指にすら黒い剛毛が見えたが、案外とその手に込められた力加減には優しさを感じられた。
荒々しさは見えるものの不潔ではなく、嫌悪する気持ちもおこらなかった。
「今帰ったわ」
「おぅ、ハクか」
「マグたちもいるよー」
「ただいまなのだ。
オヤジさん」
ハクやマグ、アニーもいつの間にか店の中にいた。
ハクは担いでいた荷物をフゥと同じように丸いテーブルの上に下ろすと、一息ついて手をプラプラとして見せた。
「予定外の事もあったけど、他の奴らは?」
「まだだな。
オメェら報告を受けてるぞ。
アニーたちの受けた仕事、終わったみたいだな」
「うん♪
マグたちも頑張ったんだよ」
これまで旅をしてきた4人が黒熊のオヤジさんと話しているのを眺めていると、視線の端、テーブルの上に素焼きのカップが置かれるのが見えた。
「どうぞ」
視線を動かすと、隣に一人の女性が立っていた。
年のころ10代後半、派手さはないが美人であることに間違いのない、浅黒い肌をした細身の女性であった。
「お水です。
ようこそ、『克服者(コンクエスター)ギルド・黒熊』へ」
「こ、こんくえすたー?」
聞きなれない単語に思わずオウム返しをしてしまった。
「ハイ、ハクさんたちのように様々な仕事を請け負ってくれる人達を『克服者』と言い、彼らに仕事をする場所としてここ、黒熊は営業しております。
ご存じありませんでしたか?」
「あ、あぁ、もちろん?
知ってたよ?
うん、知ってた」
取り繕ったウソがバレバレだったのか、クスリと笑った女性はレナールという名前のウェイトレスだと自己紹介をしてくれた。
「イツキさんは遠方からいらしたんですか」
「やっぱりそう見えます?」
「そうですね。
服装もそうですし、コンクエスター制度を知らない人は、この街、ソルトイルではあまりいないと思いますので」
「やっぱりですかー」
「でも、そういう方々もいらっしゃいますよ。
この間も、そういう国外の方が街にいらしたそうです」
「へぇー」
「やっぱりそういう冒険者ギルド的なのがあるんですね」
ドォンッ。
レナールとそんな会話をしていると、不意に大きな音が響いた。
彼女の表情が少し曇ったのを見て、その視線の先に目を移した。
「オメェら、賊を逃がしたんだってなぁ……」
先ほどの物音がバンディが大きな拳を丸テーブルに叩きつけた際に立てられた音だったのは、皆が硬直している姿で分かった。
フロアを包む空気が、重さと獣臭を帯びていた。
死んだふり、はダメなんだったよね。
目を合わせて、刺激しないように……
確か、そのままゆっくり後ろに下がって、距離を置いて……
突如として現れた熊への対応策を必死に頭の中で検索していた。
なんで、この場に猛獣がいるのか?
なんで、街中に?
そもそも、いつの間に?
いや、ボクは熊に襲われて食われるのかな?
熊って、はちみつが好きなんだっけ?
右手ではちみつをなめるから、熊の掌は右手をなめると甘いとか聞いた覚えが……
ボクの思考があらぬ方向へと飛躍していく。
それくらい、パニくってるんだ。
なのに……
「おぅ、イツキ。
そこにいるのか?」
フゥの威勢のいい声が熊の背後から響いた。
「終わった……」
猛獣を大きな音や声で驚かせてしまったら、怒りを買って暴れる。
そんなことは子どもだって知っていることだろうに、あぁ、あのキンニク……
ボクはヒザをついた体勢のまま右手で目を覆っていた。
「いっそ、ひと思いに食べてくれ」
そう言い残して消えるつもりだった。
「イツキ。いるんじゃねぇか。
なにしてるんだ?
そんなところで」
「フゥのおかげで今日から熊の胃袋に引っ越すことになったことを覚悟してるんだよ」
「あぁ?
なに訳の分かんねぇこといってるんだ。
それより、オヤジ。
掃除もいいが……
戻ったぜ」
「遅かったじゃねぇか」
ん?
オヤジ?
目を開けると、そこにはフゥらしき人物が丸机に荷物を置きながら熊相手に談笑している。
目の前にいた熊が二本足で立って手にはぞうきんを持っている。
そばには木桶があるところをみると床掃除でもしていたのだろうか。
変だ。
「イツキ。何してんだ。
こっちにこいよ」
フゥに腕を掴まれ引きあげられる。
「こいつがイツキってんだ。
なんでもハクが拾ったらしいぜ」
「ほぉ……」
ここに来てやっと理解した。
この熊がフゥやハクたちの言う「オヤジサン」なんだと。
そしてボクがさっき転んだ拍子にメガネを落としていたんだという事も理解した。
「ほれ」
手渡されたメガネをかけて視界がクリアになった。
やっと目の前にいる毛むくじゃらが熊に近い外見をした人間だという事も認識できた。
「オイラぁ、バンディってんだ。
この店を仕切ってるもんだ。
今、掃除しててな……
まぁ、よろしくな」
バンディと名乗ったのは40代半ばくらいの毛むくじゃらの男だった。
腹の出た体格も、顔の輪郭もヒゲでぼうぼうとしている男。
ヒゲと同じ剛毛を短く刈り込んでスカルキャップに収めている。
その眼は声と同じく山賊のように粗暴だった。
「こちらこそ、よろしくおねがい、します」
グッと握られた手の指にすら黒い剛毛が見えたが、案外とその手に込められた力加減には優しさを感じられた。
荒々しさは見えるものの不潔ではなく、嫌悪する気持ちもおこらなかった。
「今帰ったわ」
「おぅ、ハクか」
「マグたちもいるよー」
「ただいまなのだ。
オヤジさん」
ハクやマグ、アニーもいつの間にか店の中にいた。
ハクは担いでいた荷物をフゥと同じように丸いテーブルの上に下ろすと、一息ついて手をプラプラとして見せた。
「予定外の事もあったけど、他の奴らは?」
「まだだな。
オメェら報告を受けてるぞ。
アニーたちの受けた仕事、終わったみたいだな」
「うん♪
マグたちも頑張ったんだよ」
これまで旅をしてきた4人が黒熊のオヤジさんと話しているのを眺めていると、視線の端、テーブルの上に素焼きのカップが置かれるのが見えた。
「どうぞ」
視線を動かすと、隣に一人の女性が立っていた。
年のころ10代後半、派手さはないが美人であることに間違いのない、浅黒い肌をした細身の女性であった。
「お水です。
ようこそ、『克服者(コンクエスター)ギルド・黒熊』へ」
「こ、こんくえすたー?」
聞きなれない単語に思わずオウム返しをしてしまった。
「ハイ、ハクさんたちのように様々な仕事を請け負ってくれる人達を『克服者』と言い、彼らに仕事をする場所としてここ、黒熊は営業しております。
ご存じありませんでしたか?」
「あ、あぁ、もちろん?
知ってたよ?
うん、知ってた」
取り繕ったウソがバレバレだったのか、クスリと笑った女性はレナールという名前のウェイトレスだと自己紹介をしてくれた。
「イツキさんは遠方からいらしたんですか」
「やっぱりそう見えます?」
「そうですね。
服装もそうですし、コンクエスター制度を知らない人は、この街、ソルトイルではあまりいないと思いますので」
「やっぱりですかー」
「でも、そういう方々もいらっしゃいますよ。
この間も、そういう国外の方が街にいらしたそうです」
「へぇー」
「やっぱりそういう冒険者ギルド的なのがあるんですね」
ドォンッ。
レナールとそんな会話をしていると、不意に大きな音が響いた。
彼女の表情が少し曇ったのを見て、その視線の先に目を移した。
「オメェら、賊を逃がしたんだってなぁ……」
先ほどの物音がバンディが大きな拳を丸テーブルに叩きつけた際に立てられた音だったのは、皆が硬直している姿で分かった。
フロアを包む空気が、重さと獣臭を帯びていた。
4
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
あ、出ていって差し上げましょうか?許可してくださるなら喜んで出ていきますわ!
リーゼロッタ
ファンタジー
生まれてすぐ、国からの命令で神殿へ取られ十二年間。
聖女として真面目に働いてきたけれど、ある日婚約者でありこの国の王子は爆弾発言をする。
「お前は本当の聖女ではなかった!笑わないお前など、聖女足り得ない!本来の聖女は、このマルセリナだ。」
裏方の聖女としてそこから三年間働いたけれど、また王子はこう言う。
「この度の大火、それから天変地異は、お前がマルセリナの祈りを邪魔したせいだ!出ていけ!二度と帰ってくるな!」
あ、そうですか?許可が降りましたわ!やった!
、、、ただし責任は取っていただきますわよ?
◆◇◆◇◆◇
誤字・脱字等のご指摘・感想・お気に入り・しおり等をくださると、作者が喜びます。
100話以内で終わらせる予定ですが、分かりません。あくまで予定です。
更新は、夕方から夜、もしくは朝七時ごろが多いと思います。割と忙しいので。
また、更新は亀ではなくカタツムリレベルのトロさですので、ご承知おきください。
更新停止なども長期の期間に渡ってあることもありますが、お許しください。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます
ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。
何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。
何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。
それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。
そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。
見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。
「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」
にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。
「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。
「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる