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第1話
014. 始まったらしい7
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朝になって、太陽さんは昨日の不機嫌さもさっぱりと忘れたかのようだった。さわやかな笑顔を無償で振りまいているのはいつもの事だった。
ボクはハクとの昨日の一件から気まずさを引きずっていた。
爽やかなその朝日の中でも気分を変えられずに、無言で支度をした。
「今日は昨日の分も歩くわよ」
ハクはそういって歩いた。
ボクもそれに続いた。
道といわれた草むらを、なだらかと言われた起伏の激しい岩地を。
それでも文句も言わずに歩いた。
いや、文句どころか返事の一つもまともにしなかった。
出来なかったんだ。
次に口を開けば、自分でも思っていないような言葉が出てしまうんじゃないだろうかと気が気ではなかった。
「そう、昔っからそうなんだよな……
その場のノリッていうか、考えが浅いって言うか。
自分でも自分がイヤになるときがあるよ」
「若人にありがちな悩みね~
ライトノベルにツラツラと書かれる自分語りにありそうなネタだわ」
「別にキミに向かっていったわけじゃ無い」
「わかってる。
それでも、言葉に出さなきゃ、やってられないって感じ」
その通りだ。
おべっかを使ったつもりでもない。
自分を卑下して、下にすることでいままで人間関係をやり過ごしてきたボクはその卑屈な処世術が染みついているんだ。
「我ながら、情けないよ」
女神・エリィはふよふよとボクの隣で浮かぶだけで答えてこなかった。
「こいつ……
要らない時にはべらべら喋ってくるクセにボクが何か言って欲しい時には黙ってるとか、本当に腹が立つな」
それからどれくらい歩いただろうか。
昼食もそこそこに一日中歩いていた。
その間、会話はほとんどなかった。
ただ、昨日より前を歩くハクの速度が遅かったようにも感じた。
ボクに合わせてくれてるのか。
有難いけど、情けないな。
やっぱりこの人にとって、ボクは足手まといなのかな。
昨日はすいすい歩いていって……
いい加減、足も腰も痛かったけど、そんなことを口に出す気にもならなかった。
しばらく勾配の急な斜面を歩いていると、不意にハクが立ち止まり、背を向けたまま話しかけてきた。
「来てごらんなさい」
ボクは言われるままに一歩進んだ。
すると、視界が開けた。
「わぁ……」
最前列でみる映画館の投射幕よりも、大きく鮮明に映し出されたそれは一気にボクの目を通って脳内で上映された。
太陽はほんの少し奥に見える山のふちに片手をかけ、そのすそ野も、森も、岩や野原を赤み掛かったサンライトイエローで彩っていた。
今までに見た、どんな映画のワンシーンよりも、高名な芸術家の描いた絵画よりも、感動と驚きでボクの心を震わせた。
口に塩気を感じて、ボクは初めて自分が涙していることに気が付いた。
「あれ、いや、これは――」
グイと袖で涙を拭くと、ハクが隣に立っていた。
「今日一日、弱音も吐かずにガンバったわね」
そういってボクの肩に手をかけた。
見ると、ハクの白く美しい手は妙に汚れていた。
確認すると、反対の手も、なんなら足と手にした杖の先もだ。
「まさか……」
ハッと気が付いた。
あれだけ、悪路を歩くのに慣れていたというハクが、なぜあんなにもゆっくりと歩を進めていたのか。
前を歩き、ボクが一日歩けるように草を分け、石を避けてくれていたのだ。
「ハクさん……ボクのために……」
「歩き詰めで足も痛いでしょう。
今日はここで休みましょうか。」
ハクは否定も肯定もせずに、荷物を下ろした。
彼に対して、非礼を詫びるつもりで頭を下げた。
色を帯びた夕日が作る影がハクの背中に、黙って黒いお辞儀をする。
確かに、文句も言わずに――正しくは言えずに無我夢中で歩いた。
昨日よりも長い時間、長い道のりを。
しかしそれはボクだけのおかげではない。
ハクがボクを思ってくれたからこそできたことだ。
「それも強さの一つじゃないかしらね」
「いえ……ボクは……」
すでにボクの涙腺の防波堤は決壊寸前だ。
「さ、ごはんにしましょう。
手伝ってくれるかしら」
「もちろんです!」
足の痛みも、全身の疲労も忘れてしまうくらい嬉しかった。
「これは、お許しが出てるんじゃない?
アタシも見直したわ……
って、聞いてないわね?
これだから……目が離せないのよねぇ」
エリィがまたも、独り言を言っているようだが、ボクにはきこえなかった。
ボクはハクとの昨日の一件から気まずさを引きずっていた。
爽やかなその朝日の中でも気分を変えられずに、無言で支度をした。
「今日は昨日の分も歩くわよ」
ハクはそういって歩いた。
ボクもそれに続いた。
道といわれた草むらを、なだらかと言われた起伏の激しい岩地を。
それでも文句も言わずに歩いた。
いや、文句どころか返事の一つもまともにしなかった。
出来なかったんだ。
次に口を開けば、自分でも思っていないような言葉が出てしまうんじゃないだろうかと気が気ではなかった。
「そう、昔っからそうなんだよな……
その場のノリッていうか、考えが浅いって言うか。
自分でも自分がイヤになるときがあるよ」
「若人にありがちな悩みね~
ライトノベルにツラツラと書かれる自分語りにありそうなネタだわ」
「別にキミに向かっていったわけじゃ無い」
「わかってる。
それでも、言葉に出さなきゃ、やってられないって感じ」
その通りだ。
おべっかを使ったつもりでもない。
自分を卑下して、下にすることでいままで人間関係をやり過ごしてきたボクはその卑屈な処世術が染みついているんだ。
「我ながら、情けないよ」
女神・エリィはふよふよとボクの隣で浮かぶだけで答えてこなかった。
「こいつ……
要らない時にはべらべら喋ってくるクセにボクが何か言って欲しい時には黙ってるとか、本当に腹が立つな」
それからどれくらい歩いただろうか。
昼食もそこそこに一日中歩いていた。
その間、会話はほとんどなかった。
ただ、昨日より前を歩くハクの速度が遅かったようにも感じた。
ボクに合わせてくれてるのか。
有難いけど、情けないな。
やっぱりこの人にとって、ボクは足手まといなのかな。
昨日はすいすい歩いていって……
いい加減、足も腰も痛かったけど、そんなことを口に出す気にもならなかった。
しばらく勾配の急な斜面を歩いていると、不意にハクが立ち止まり、背を向けたまま話しかけてきた。
「来てごらんなさい」
ボクは言われるままに一歩進んだ。
すると、視界が開けた。
「わぁ……」
最前列でみる映画館の投射幕よりも、大きく鮮明に映し出されたそれは一気にボクの目を通って脳内で上映された。
太陽はほんの少し奥に見える山のふちに片手をかけ、そのすそ野も、森も、岩や野原を赤み掛かったサンライトイエローで彩っていた。
今までに見た、どんな映画のワンシーンよりも、高名な芸術家の描いた絵画よりも、感動と驚きでボクの心を震わせた。
口に塩気を感じて、ボクは初めて自分が涙していることに気が付いた。
「あれ、いや、これは――」
グイと袖で涙を拭くと、ハクが隣に立っていた。
「今日一日、弱音も吐かずにガンバったわね」
そういってボクの肩に手をかけた。
見ると、ハクの白く美しい手は妙に汚れていた。
確認すると、反対の手も、なんなら足と手にした杖の先もだ。
「まさか……」
ハッと気が付いた。
あれだけ、悪路を歩くのに慣れていたというハクが、なぜあんなにもゆっくりと歩を進めていたのか。
前を歩き、ボクが一日歩けるように草を分け、石を避けてくれていたのだ。
「ハクさん……ボクのために……」
「歩き詰めで足も痛いでしょう。
今日はここで休みましょうか。」
ハクは否定も肯定もせずに、荷物を下ろした。
彼に対して、非礼を詫びるつもりで頭を下げた。
色を帯びた夕日が作る影がハクの背中に、黙って黒いお辞儀をする。
確かに、文句も言わずに――正しくは言えずに無我夢中で歩いた。
昨日よりも長い時間、長い道のりを。
しかしそれはボクだけのおかげではない。
ハクがボクを思ってくれたからこそできたことだ。
「それも強さの一つじゃないかしらね」
「いえ……ボクは……」
すでにボクの涙腺の防波堤は決壊寸前だ。
「さ、ごはんにしましょう。
手伝ってくれるかしら」
「もちろんです!」
足の痛みも、全身の疲労も忘れてしまうくらい嬉しかった。
「これは、お許しが出てるんじゃない?
アタシも見直したわ……
って、聞いてないわね?
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