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夢と目合う ※ ※モブユン
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しおりを挟むいわゆる「対面座位」――床に座る俺のあぐらの上に腰を下ろしているユンファさんは、俺が深く顔を背けている隙にゴソゴソと、――俺があっと思い振り向いた頃にはもう既に、彼は自分が履いていた革靴をすっかり脱いで、なかば腰を捻り、そうしてきちんと床とタタキの際に、靴の踵を揃えて置いていた。
「…自分で脱いでしまったの…?」
俺が脱がせて差し上げたかったというのに……なかば失意にも近い声を俺が出すと、ユンファさんは見下ろしていた自分の革靴――脱いだあと、自分の体の横のあたりのタタキに揃えて置いた黒い革靴――から顔を上げ、俺の目を見てへへ、と笑った。その件で何も言わない彼は、そうして笑って誤魔化したのである。
「…カナエ君」
とそして、(今の)俺の名を甘く呼ぶユンファさんは、まずは俺の目をじっと見つめながらもにっこりと笑う。
するとユンファさんの上下ともに肉厚、かつ大変形の良い桃色の唇の隙間から、白く端正な前歯が覗くのだ。…俺は今、何か彼の目よりも、ユンファさんのこの愛らしい口元に目を奪われている。
今回は口端の上がり具合がいやに高いため――愛嬌ある誤魔化し笑いの余韻であろう――、その上品なシンメトリーの笑みを浮かべた彼の唇の端あたり、完璧に整った白い上の前歯の両端に、人よりも大きく先端の尖った犬歯が覗いてチラリ、純白パールのような光沢で煌めいている。なお彼の下の歯はその桃色の、笑みの形に横へ引き伸ばされた下唇に覆われて見えない。
ただユンファさんのこの犬歯は、ぷっくりと前に出ている八重歯というのではない――むしろ彼の歯並びは過去きちんと歯列矯正を施されたかのようである。つまり、完璧に整った粒揃いの歯並びなのである。
要するにユンファさんのこの肉食獣のような犬歯は、単にユンファさんがアルファ属の血が濃いオメガ属であるために、(アルファ属ほどではないにせよ)人よりも大きく尖っている――肉食に近いアルファ属は男女共に、他属性よりもこと犬歯が大きく尖っているため、その犬歯が(アルファ属の血が濃い)オメガ属の彼にも遺伝した――が故のものなのだが、…それにしても、これは不思議なことだ。
属するはアルファのみ、そのような条ヲク家という閉鎖的な環境で生まれ育った俺は、このようなアルファ属にはありがちな歯並び――前歯の中でも、こと大きく鋭利な両端の犬歯――など見慣れているはずだというのに、その肉食獣らしい歯並びを持っているのがユンファさんであるというだけで、その白い犬歯が何とも愛らしく、甘く、またいやにセクシーに見えるのである。
「……? キス…したかったり、しますか…?」
「……、ああ、もちろん」
俺がユンファさんの口元を凝視していたせいだろう、ユンファさんは、俺が自分とキスがしたいのではないか、だから俺が自分の唇ばかりを見つめていたのではないかと、そういった俺の思惑を、自分の唇に張り付くよう留まっていた俺の視線から読んだらしい。――まあ遠からずではある。別に俺はいまユンファさんの口元に見惚れていただけで、それによって彼に「キスのおねだり」をしていたというわけでもなかったのだが――とはいえ、ユンファさんがこの魅力的な唇で俺にキスをしてくださるというのなら、それはもちろん喜んで。
それにもちろん俺は今、ユンファさんのあの愛らしい犬歯をこの舌で舐めたいと思っている――遠からずである。
「…おいで」
と俺は、そうっと彼の背中を軽く抱き寄せる。
俺はおもむろにユンファさんの肩の上から腕をまわし、その手で彼の肩甲骨あたりを抱き寄せつつ、それと共にもう片手では、その人の腰の裏を抱き寄せたのである。
……するとユンファさんはそれだけで、ひく、とわずかに背中を跳ねさせ――とくとくと鼓動を速め――彼は切なげに細めた切れ長の目で俺を見ながら、大人しく体を寄せてくる。
「……、…」
ユンファさんは俺の体に身を寄せるさなかに目を伏せ、彼の両腕もまた俺の脇の下から、俺の背中へするりと回り――胸板同士が重なり合うその前に、俺はお互いの気分の高まりが一致したという嬉しい勢いのまま、顔を傾けてキスをしようと…――したが、
「あの」と目を上げたユンファさんは、俺の口元にそっと片手の指の腹を添え、心配げに至近距離、俺の目を見てくる。
「…か、仮面……」
そうユンファさんに指摘をしてもらって、俺は性懲りもなくやっとまた思い出した――この邪魔な仮面の存在を、
「……グ…あぁそうだったね…、外そうかなもういっそ……」
もはや腹が立つほど不必要な気がしてきた――というかこの仮面のせいですっかりガン萎えである――この期に及んで仮面など要るだろうか? いや要らないだろう。
俺たちを阻むものはたとえ俺の顔に着けられた(自分で着けた)仮面でさえも、俺は赦さない。
しかし俺の「もう外そうかな」というセリフを、なかば冗談だと捉えたユンファさんは眉尻を下げて笑い、「いや」と首を一度横に振る。
「…はは、それは駄目ですよ、――せめて僕に目隠しを着けてからにしないと……」
「……ふぅ…それもそう…だけれど、思っていたよりも不便なものだな……」
俺は目を伏せ、ままならないことに不満を感じている。
仮面を着けるにしても、せめて口元があいているアイマスク型――目元のみを覆うハーフタイプの仮面――にするべきだったかな……いや――だけれど俺の口元が見えていて、かつ、仮面越しとはいえど俺のアクアマリンの瞳が見えているともなるとはっきり言って、俺が九条・玉・松樹であるとバレるリスクもその分、やはり倍に上がるからね……。
「……、……」
俺が九条・玉・松樹でさえなければ…――いや。
ネガティブになどなるべきではない。いつだってポジティブでいなければ、夢を叶える、奇跡を起こすということなど到底無理である。…ネガティブになっている人は行動力が落ち、決断力も落ち、そして「叶うはずがない」と思っている夢など、誰も「目標」にはしない。そのためネガティブでいると、向かうべき理想、正しい道を見失い、またそこに向かうためのエネルギー切れを起こしてしまうのである。
ましてやチャンスとは、自分が思い描いている形ではないこともままある……ポジティブな人は、そのときにはチャンスをチャンスだと気が付いてはいなかったとしても、「やってみよう」と自然と、そのチャンスを掴めるものだが――その一方でネガティブな人は、その思いがけないチャンスをチャンスではないと判断するなり、億劫がって遠慮をしてその結果、チャンスをスルーをしてしまうものだ。…そうしてのちのちに「あれはチャンスだったんじゃないか」などと、後悔をする羽目になるかもしれない。
俺はどんなに小さなチャンスであっても掴みたい。もう後悔はしたくないのである。
諦めようにも諦められないような、絶対に叶えたい夢を叶えるためには、まず誰よりも何よりも自分を信じ、そして「夢は絶対に叶う」と、夢が叶っている自分の理想の未来の実現を信じ切ることだ。――だから、俺という人に呪うべきことは何一つとして無い。俺はいつだって完璧な男だ。
何なら俺はこれからユンファさんと結婚をしたあと、毎日、毎回。毎日、毎回である。毎日、毎回…――外から帰ってきたユンファさんのお靴を、これからは必ず、この俺が脱がして差し上げるという俺のささやかな夢もまた、絶対に叶えられることであろう。
……俺は「ユンファフェチ」であるため、毎日毎回、彼のお御足に少しでも触れたいのである。――つまり「お靴を脱がして差し上げる」という口実、その大義名分さえあれば、毎日毎回ユンファさんのセクシーなお御足に触れられる機会が、「セクハラ認定」をされずに毎日、毎回俺に訪れるということにもなるのだ。
ましてや彼、手のひらでさえあのように感じていたろう。――わからないではないか…?
あるいはユンファさん、そのお御足でさえも開発さえすれば、『ん…♡ ……ん…♡』なんて…俺が靴を脱がせながらさり気なくその足を撫で回すだけで彼、恥ずかしがりながら必死に声を抑えようと――感じないようにと――堪えるようになるかもしれない。
『靴、脱がせてもらっただけなのに……正直僕、ムラムラしてきちゃった、はは…――ねえソンジュ…こ、此処で…えっち、する…?』
なんて恥ずかしそうに潤んだ“タンザナイトの瞳”に見下される毎日……あぁ夢がある…俺には絶対に叶えたい夢があるのだ……俺が伏し目がちに落ち込んでいる雰囲気――とはいうがそれはもはや過去のこと、俺は今ユンファさんのお御足を想ってなかば興奮をしているが、傍目には落ち込んで目を伏せているように見えることだろう俺の、その落胆風の態度――を見たユンファさんは、俺の首の側面をさらりと撫で、うなじを軽く抱き寄せてくる。
「……、…」
俺がはたと目を上げた瞬間、彼は俺の仮面の上からちゅ…と唇を押し付け、キスをしてきた。――俺は思いがけずキスをされたので、この目を開けたままである。そのため今俺の視界に映っているものは、ユンファさんの目を瞑った目元なのだ。
かなりの至近距離であるため、うまくピントは合ってはいないが――その白い切れ長のまぶたをそっと閉ざしているユンファさんの、その黒い扇のように生え揃ったまつ毛の艶が何とも、…あぁ大興奮である……ゆっくりと離れてゆく彼は、それと同時にゆっくりと黒いまつ毛を上げながら目を開け、その薄紫色の瞳を優しげに潤ませながら、そっと世にも美しく微笑む。
「……、ふふ…ねえ、カナエ君…」
と俺の名を甘い声で呼びながらユンファさんは、俺にぎゅうっと抱き着いてくる。――そして彼の囁き声が、俺の耳たぶに触れる。
「…今はお預けだけど…本当のキスは、あとでのお楽しみですね…。あとでいっぱい、いっぱいキスしましょうね…?♡」
「……く……」
エッ…いや、――何かやはりユンファさんは、俺の名を「カナエ」と呼ぶようになってからというもの、先ほどよりもやけに「気持ち」が乗っている。――何かしら恋心に近い感情が、彼の声に甘く乗っているのだ。
……いや、何ならユンファさんは今、もしかすると――あのユメミを演じているのかもしれない。
もちろん「仕事として」ではある。
俺が自分のことを「カナエと呼んで」と言ったために、恐らく彼は俺があの『夢見の恋人』の「ファン」であるからこそ、そのように「カナエ」という名前で自分のことを呼ぶよう、ユンファさんに注文したのではないか――もちろん俺の真実としては「ファン」ではなくむしろ「原作者」ではあるのだが、まさか俺が『夢見の恋人』の原作者pineであるとは誰も思うまい、まあ「ファン」と思われて無理もないことである――そう考えた上でユンファさんは、彼なりにカナエの恋人であるユメミを演じているようだ。
……しかしユンファさん自身も、何ならなかばユメミを演じることを楽しんでいる…――というよりかは、(当然だが容姿の特徴がカナエによく似た)俺があのカナエであるようにも思えてきて、何かしらユメミ的な恋心の気持ち(俺の恋人を演じるためのスイッチ)が入った、というようである。
ただ、そうであればこそ尚――俺のユメミ、ユンファさんとの甘いえっちが叶いそうならば尚の事――キスのない無味乾燥のセックスなどしたくはない俺は、にわかにユンファさんへ「立って」と言った。
「…やっぱり、目隠しをしながら“此処で”…というのは、危ないからね」
「…え…? でもカナエ君…あの僕、目隠しをしてしまったら、カナエ君のおちんちんを……」
と俺の目を見ながら少し焦ったようなユンファさんに、俺はふふと笑いながらふるりと顔を横に振る。――彼、目隠しをされて視界が塞がれてしまっては、上手いこと俺に奉仕ができないというのだ。…ただ今夜の俺は何も、必ずしもユンファさんが俺に奉仕をしてくださるような、そういった「ご奉仕セックス」を望んでいるわけではない。
むしろ「検体採取」の目的(そのためにユンファさんをイかせまくってぐったりさせなければならない)もあれ、そういった趣味と実益を兼ねて俺は、むしろ俺のほうが今夜ユンファさんの「舐め犬」になりたいという気持ちもあったりするわけで、まあガチガチに目的目的と決め込み、攻め入るだけというのも面白くはないので、ある程度は流れに身を任せるつもりではあるにしても――だ。
「というか、折角だしその前に…俺、この部屋を案内したいな。ちょっと見て回らない? 実はこの部屋、貴方に紹介したい、素敵なところがたくさんあるんだ…――。」
そもそもこのスイートルームはユンファさんのために、俺がいささか苦労をして探し出した「魔法の部屋」なのだ。つい彼に誘われるままにこんなところ(出入り口)で致そうとしてしまったが、この部屋、そう急いでは勿体ないほどの素敵な部屋なのである。
であるので、折角だからまずはユンファさんに、この部屋の中を見てもらわないとね。――急がなくともまだ時間はたっぷりとある。
まずはユンファさんにこの部屋の中を案内し、そして、二人のロマンチックな気分が十分に高まってから……そのあとに彼を抱くのでも、何ら遅いことはないはずである。
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