ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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夢と目合う ※ ※モブユン

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 ではまたディテールからアウトラインといった具合に、目を引いてユンファさんの美貌の雰囲気を確かめる…――なるほど、今年二十七歳の男にしてはまだどことなく二十代前半にも見えるような、彼の顔にはそういったフレッシュな瑞々しさ、若々しさがある。
 
 ユンファさんのその顔立ちが、一般的なイメージでいうところの「三十路みそじ」、すなわち「三十恰好の男」ジャストに見えるかといわれれば――見る人の感覚によってはわからないが――およそ年上の目からは、実年齢を言うなり驚かれそうなほどそれよりも若く見え、はたまた年下の目からはおよそ、「年上の(若くて綺麗な)お兄さん」というように見えることだろう。
 
 そうして年よりも若々しく見えるその一方で、彼の顔には年相応の落ち着いた怜悧さと、赤ワインのように芳しい男の上品な色気がある。――彼の顔の造りからして非常に賢そうではあるが、その賢そうな鋭さに兼ね備えられているしっとりとした芳しい色気と、世にも端正なる完璧な美貌からして、全く才色兼備というのが顔にも出ている麗顔である。
 
 またその白皙はくせきにも相まって、ユンファさんの綺麗な顔に何か中性的な雰囲気を感じられる人もいることだろうが、それは彼が「女顔」であるとか、また彼の顔のパーツのどこかに「女っぽさ」があるとか、それだから彼が何か中性的な美男子にも見える、というわけではなさそうである――まあこれで仮に(何かしらの奇跡が起こって)ユンファさんが女になったところでも大層な美女には違いないのだが、かといって、彼の顔にはそのような「女のやわい部分」はほとんど無いといっていい――。
 
 その骨組みの男らしい長身もさることながら、ユンファさんはその顔からしても美貌の男にしか見えないが、それであっても、彼の顔にどことなく漂う優雅で中性的な印象はむしろ「(女っぽさが)有る」からではなく、彼の顔立ちに「男の荒々しい野生っぽさ、男の粗野な武骨さ」が「無い」ために生まれている、「繊細で上品な甘さ」が故なのではないかと思われる。
 
 それもその「繊細で上品な甘さ」とは、童顔の人のようにこってりとしたケーキらしい甘さではなく、女好きする爽やかな美青年が持っている「甘さ」とでもいうべきか、いわば和三盆のように澄み渡った「繊細で上品な甘さ」である(ちなみに甘党の俺は薫り高い紅茶と食べる甘いケーキも、はたまた繊細に立てられた抹茶とまったり味わう和三盆も、どちらも好物である)。
 まあ強いていえばその切れ長の目が、表情によっては「冷ややかで野性的な鋭い狼の目」ともなりそうではあるが(やはりアルファ属の血が濃い人なのでね)、少なくともユンファさんの顔立ち自体は、男らしくもかなり洗練された繊細な造りをしている。――それであるからユンファさんの顔からは、造り自体は決して童顔なほうではなく青年らしい顔立ちながら、何かしら色白の、線の細い美少年的な中性の雰囲気をも感じられるのであろう。
 
 またそれらに付け加えて更に、今のユンファさんの美貌には何か仄暗い色香が漂っている。――その白い肌に差している冬の日陰の蒼い影のような、透明ながらも深く蒼い憂いの翳りがまた、何とも凄艶といえるほど匂い立つような色香となっているようだ。
 
 例えば人気ひとけどころか何かが動く音さえもなく、周りに植物も何もない寂れた荒れ地の静かな夜、みなを等しく照らす月の、忖度のない白く透明なあわい光ばかりをよすがに、誰に愛されるでもないまま、誰に気が付かれるでもないまま、人知れず満開に咲いている月下美人――受粉を手伝う者さえ訪れない場所、自分のためですら、…その純白の花弁を愛でる手など現れようもない場所、誰かのためですら、「一体貴方は誰のために、そうしてあまりにも美しく咲いているの」と問うのは、天からでは華にその想いが届くはずもない、神の目だけである――何かしら今の彼の美貌には、そういった純潔、無辜、清艶なる存在に降りかかった不幸が生み出す、寂しく、悲しく、切なく、しっとりと濡れた、凄艶なる色気がある。
 
 しかしユンファさんのそれは、どうもしっくりとくる表現が思い当たらないほど、いや、むしろいくつも表現が思い付いてしまうというのに、何か名状しがたいと思わせるようなほど濃く、強くも儚い色香なのである。
 
 例えば籠の中に押し込められた美しい烏揚羽カラスアゲハの虚しく煌めく黒いはばたき、例えば朧月夜のかすんだ弱々しい満月が目に涙を浮かべて見ている何か、例えば冬の花園、日向に咲いた鮮やかな赤い薔薇よりか、蒼い日陰に咲いてしまった赤薔薇の深く濃い赤の花びら、余命幾ばくかの病弱な美少年が見た幸せな夢、白い肌に滴る紅の血液の鮮やかさ、人の手に握り潰されて白い花びらを地に散らした月下美人の、より強く放たれる甘い芳香、
 ……これはユンファさんが性奴隷とされたからこその冷ややかでぞっとするような色香、よほど健全な色気よりかもっと胸に迫ってくるような、戦慄、強く惹き付けられて取り憑かれてしまうような、恐怖、胸をむしられたかのようになってしまうような、慈悲、骨の髄から沸き起こってくる熱い慈愛に涙が出そうになるような、渇愛、――つまりそれさえも、彼自身の不幸な境遇さえもが月下ツキシタ夜伽ヤガキ曇華ユンファの美貌をより惹き立てる、妖しくも儚げな、悲しくも濃い、清艶でありながらも凄艶なる、神秘的な色香となっているのであろう。
 
 
「……、…」
 
 俺は例えユンファさんがどうなろうとも、彼のことを「美しい」と思うのだ――彼の人生の全てが、彼のことをより魅力的にしているのだと、俺はそう思っているのである。…俺はユンファさんのことを、信じている。
 
「…はい、ご理解いただきありがとうございます。…」
 
「…………」
 
 美しい切れ長のまぶたの伏し目、黒く長いまつ毛の下で思案げにゆら…ゆらと揺れている群青色の瞳が――はたと俺へ向き、その真摯な瞳は薄紫色に色を変える。
 
「…あ、カナイさん、…本日お選びいただいたコースですが…………」
 
「……はい……」
 
 ユンファさんの言葉がまるで頭に入ってこない。
 ぞっとするほどに神秘的な両目、美しい神の目、美しいその切れ長の目、透き通った薄紫色の瞳と、俺の目が合っている……美しさとは……。
 
 美しい。
 
 美しい……いや…――「美」というものは、時として言葉を奪う。よりにもよって「美」が「美辞麗句」といったものを奪うのだ。ある意味では「美」というものにも、不可抗力的な魔法の力がある。
 
 俺が言葉という魔法を操る魔法使いならば、唯一俺のその魔法を無力化させる効力があるのは――この月下ツキシタ夜伽ヤガキ曇華ユンファという、至上の月の美貌をもった青年のみであるのかもしれない。
 
 むしろそれであるから「真の美」いえるのかもしれない。そしてその「真の美」を楽しむにおいて、どうやら俺は我知らず禁忌を犯してしまった。
 
「…………で、オプションに…、………」
 
「…ええ……」
 
 さんざんユンファさんの美貌を確かめておいてなんだが、結局のところ俺が思い付いた言葉の全ては、無意味であったのかもしれない。――あれらは全て俺が創り出した模倣である。あんなのは御託である。あんなのは長くて拙劣な言葉というツールである。…「美」に言葉は要らない。人はまずその「真の美」に没頭し、心を奪われて耽溺せねらばならないのだ。
 
「…それと…………」
 
「……はい…、……」
 
 こうして…ただ見惚れるだけで、よかったんだね。
 ――俺はあの日のように、月下ツキシタ夜伽ヤガキ曇華ユンファという青年の美貌に見惚れている。
 
 果たして同じ人にする一目惚れというものは、何度でもできるのだろうか?
 
 可能である。
 俺はあたかも今日にこうして、をしている。
 ――この恋は間違いなく初恋だ。俺は何度でも一目惚れを、そして俺は何度でも何度でも初恋を、俺は初恋の人月下ツキシタ夜伽ヤガキ曇華ユンファという人相手ならば、何度でも一目惚れの初恋をすることができる。
 
 全部可能なんだよ。
 貴方に不可能はないんだ、貴方ならどんな奇跡だって起こせる――こんな俺にだってちょっとした魔法が使えるのだから、素晴らしい貴方ならきっと、もっと、何だって叶えることができるよ。
 
 
 ユンファさんが叶えたい夢は?
 
 ユンファさんが変えたいと思うものは?
 
 ユンファさんが欲しいものは、何?
 
 
 俺は貴方が望むものを全てあげたい。
 俺は貴方の夢も全て叶えてあげたいんだ。
 それにね、ユンファさん…貴方が俺の側にいてくれれば、俺の一番叶えたい夢も叶うんだよ。
 
 
 貴方こそが、俺が長いことずっと夢見てきた――俺の叶えたい夢、そのものだから。
 
 
「……そして、ご希望のプレイ内容は…………」
 
「……ええ……」
 
 俺は貴方の瞳に映りたいんだ。
 俺の目はもう迷わないから――叶うのならば俺は、貴方の美しいタンザナイトの瞳の、その最奥に俺のことを映してほしいんだ。…よかったらそのまま俺を、貴方の瞳の奥に住まわせてくれないかな。
 
 俺は貴方の瞳の中で生きたいんだ。
 貴方の瞳の奥で、俺は生きてゆきたい。
 どうか貴方の瞳で、俺のことを生かし続けてほしい。
 
 俺は貴方と二人で幸せになりたい。
 むしろ貴方がいてくれなかったら、俺の夢は何一つとして叶わないんだ。――貴方が夢なんだよ、貴方こそが俺の夢なんだ。貴方が必要だ。
 
 貴方は本当に綺麗だよ。俺には貴方が必要だ。
 I love you to the moon and back.――ユンファさん、俺は貴方のためならば無理なことでも何でも叶えられそうなくらい、貴方が本当に大好きなんだ。
 
「愛してる」

「…で、よろしいでしょうか?」
 
「えっあ、はい! はい、はいもちろん、よっ喜んで! あは、あはははは……」
 
 後ろ頭を掻くとはまたベタな、我ながら取り繕いきれていないほどのわざとらしい誤魔化し笑いである(思わず居酒屋の店員のような返答をしてしまった)。
 ユンファさんの美貌に見惚れて上の空だった俺は、脳内ではすっかり「夢想家ロマンチシストモード」、またの名を「ユンファ大好き♡ 大好き♡ I Need YouユンファLove♡ モード(“狼化”していたなら尻尾ぶんぶん付き)」になっていたため、……いや俺は何を言っているのだ。
 
 まあとにかく、俺は今更ハッと我に返った。
 さすがに疑問符(?)付きの質問、更に言えば取り纏め的な最終確認の雰囲気には、本能的に俺もきちんと応えねばとハッとしたのである。
 
 なおそれ以前に、俺は先ほどから彼に何かを確かめられていたようだが(恐らくは今夜のプレイ内容やコースの確認だろう)、それに関しては俺にも生返事を返していた認識はある。
 すなわちユンファさんに何かしらを確認されていたのはわかっていたが、はっきりいって、ほとんどその内容を頭に入れないままここで我に返った俺は、最終確認の折に驚いたくらいであった(まあ別に変更したい点などないので構わないのだ)。
 
 ……ああして俺が弾かれたように返事をするも、ユンファさんは訝ることこそなかったが、やや驚き、目を丸くしたあと彼は可笑おかしそうにくすくす目を細めて笑った(その微笑がまた美しい)。――そしてすぐ、ユンファさんは改めて俺の目を見ながらにっこりと笑い「かしこまりました」と返事をすると、また目を伏せる。彼の右耳にはスマホがあてがわれたままである。
 
 
「……はい…そのままで大丈夫そうです。はい、帰りの際にはまたご連絡いたしますので、よろしくお願いいたします。…はい、では、失礼いたします。……」
 
 
 
 ユンファさんは電話ながら軽くぺこりとし、間もなく電話を切った。
 
 
 
 
 
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