ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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夢と目合う ※ ※モブユン

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 今はまだ俺は、ユンファさんの気持ちを期待してはならない。むしろ今宵のうちにユンファさんの気持ちをまで得ようとは、さすがにまだ時期尚早であろう。ましてや、ひと晩で本当の恋人になれるほど深い人の恋心を得ようとは、それこそ無謀な試みである。
 それが可能と思える者はいよいよ本物のチェリー・ボーイか、あるいは夢見がちな乙女か、といったところであろう。
 
 恋愛において時間とは思うより偉大なものである。
 見合い婚で結婚をした夫婦が連れ添ううちに本物の愛情が芽生え、下手に恋愛結婚をした夫婦よりも、より夫婦らしく仲睦まじい夫婦となることもあるように、また、一般的にデートを重ねてから恋人になるか否かを図るカップルも多いように、好きな人と共に過ごす時間とは長ければ長いほどに良いのだ。その時間に伴って愛着もまた増すからである。あるいは単なる情から恋人や伴侶になるカップルもいるくらいであろう。
 ――そして残念なことに、一足飛びのハッピーエンドなどそうそう起こり得ないことなのだ。…それが起こることを、人は「奇跡」と呼ぶのかもしれないね。
 
 例えば「今」とはまだ、戦車のキャタピラの太く強靭な足で自生した木々をも踏み倒し、邪魔立てするものがあれば火炎放射器ですべてを焼き尽くしてまで強引に未来へと、ひいては「理想の未来という目的地」へと進む頃合いではない。
 
 俺が「今」求めるべきは「結果」ではなく、あくまでもその「結果」を得るための「過程」なのである。
 
 すなわちいきなり「結果」を得ようと動くのは「今」ではないが、その「結果」が思ったよりも早く得られるかもしれないと思えば、期待をして焦る――焦ればその「結果」を得ようと「今」動いてしまう――急いては事を仕損じるというように、期待とはおよそ悪い側面も多いものだ。
 
 俺とてやはり男なのだ。
 男の期待とは「高をくくる」ことにもよく似ている。
 相手の気持ちを期待している男は一種盲目的になり、相手に「許されている範囲」を過信して見誤る。…いわば相手の「許容範囲」が、期待した男の目には実際よりも肥大して見えてしまうようになるのである。
 すると、ともすれば相手に対して無理を通そうとするような、いわば「戦車」のような、野蛮とも捉えられかねない強引な迫り方をしてしまうことにもなりかねない。
 
 強引さとは時として必要不可欠な賢明なるリーダシップともなり得るが、強引さとは時として、己を傍若無人な暗君にも仕立て上げてしまうものなのである。――これはサディストとマゾヒストの関係性にもよく似ているが、責め手であるサディストはゆめゆめマゾヒストを見くびってはならない。
 サディストとは、マゾヒストが「許している範囲」から逸脱した責めをしてはならないのだ。それから逸脱した行為は単なる虐待行為であり、マゾヒストは明君たるサディストにこそ仕えている「王」なのであるから、あくまでもサディストはマゾヒストの「心地良い被虐性の範囲」を過信してはならないのである。
 
 恋もゲームもSMも駆け引きこそが肝要、全ては様子を見ながら上手く攻めてゆくもの――今俺の手札の役はまだ「スリーカード」といったところだ。この役程度では月下ツキシタ夜伽ヤガキ曇華ユンファとの恋のギャンブルに勝てるはずがない。
 
 それこそ「ロイヤルフラッシュ」とまで完璧な役を揃えねば、月下ツキシタ夜伽ヤガキ曇華ユンファほどの人を手に入れることは叶うまい。
 
 まして、ユンファさんのことを「性奴隷」として束縛をしている彼の「首輪」がある今、俺は入念なほど時間をかけなければならない。――ローマは一日にしてならずとは、思うに「愛」に関してもそうだといえよう。
 
 その構築過程の「今」に必要なものは「戦車」ではない。また「馬」からも下りるべきである。
 すなわち今はまだ、野蛮なほどに強引な「戦車」の進みようではなく、「馬」もまた速すぎるので、俺は様子を見ながら一歩、一歩とこの足で、ゆっくりユンファさんに歩み寄るようにしなければならない。手間をかけるからこそ、愛もまたより完璧な「一つ」となって、完成されてゆくものなのである。――まあ、サグラダ・ファミリアほどまで凝った遅い進みはさすがに御免だけれど、ね。
 
 また今のユンファさんに俺が与えるべきものとは、甘酸っぱい恋のときめきや、愛の甘さを引き立てるスパイスといった刺激的なものではなく、およそクリーミーな「安心」である。
 
 まあ要するに、期待をして一遍いっぺんに全てを得ようと焦った結果、虻蜂あぶはち取らずとなってしまっては何の意味もないのだ。――ここは焦らずじっくりとこだわりの材料集めから、それから丁寧に、丹精を込めて「桃のタルト」を作っていこうか。…もちろん俺が、その至極の「桃のタルト」を楽しむために、ね。
 
 
 さて――。
 何にしても自戒した期待とそれとはさほど関係がないので、とにかく俺は今せっかくの機会を得たのだから、当初の予定通りに彼の美貌をしかと鑑賞しておこう――まんまと趣味と実益を兼ねて、ね――。
 
 ところで先ほど俺は、図らずもちょうどよく三歩ほど後ろに引いたのだが、まだもうほんの少しだけ「鑑賞のための余裕」が足りないか。
 そこで俺は、あたかももうこれ以上は通話の邪魔をしないようにという素振りで更に、後ろへともう一、二歩と引いた。しかしもちろん俺のこれは、ユンファさんの美貌をじっくりと眺めたいが故である。
 
「……いいね」
 
 よし、これでユンファさんの全身を眺められるだけの十分な距離ができたね。
 
「ええ、それで大丈夫です、はい…、……」
 
「…………」
 
 だが、その美しい顔はあとに回そうか。
 俺はどちらかというと好きなものは先に食べてしまうタイプだ。しかし、顔というのは一番視線にさとくなる場所である。目が近いからだ。ということで、ユンファさんのその端正な顔を鑑賞するのは、もう少し彼の意識が通話のほうに入り込みきった頃合いを見計らってからにしよう――彼はまだたまにチラリと俺へ、気遣わしげな視線を向けるときがあるのでね――。
 
「…ええ…それも大丈夫です。……」
 
「……――。」
 
 では早速――今伏し目がちにスタッフと電話をしているユンファさんの服装を、改めて眺めてみる。
 清潔感のある真っ白なカッターシャツではあるが、洒落たことに襟は立っている。ただその立て襟というのはどうも、彼がわざわざそう着こなしているというわけではない。もともとこのカッターシャツの襟は、白い折り鶴の羽根のように広がり、襟が立っている造りのものである。
 またよく見てみるとこのシャツは、そもそもの造りが第三ボタンまで無いカッターシャツのようである。つまり彼自身がその白い胸板をセクシーに見せようと意図して、あえてボタンを開けているわけではなかったのだ。
 
 そしてその長めの首には、あのケグリに着けられたのであろう赤い革の首輪――まるで犬の首輪だ――ゴツゴツとして肉厚、幅も太い上、金のバックルには同色の南京錠まで付けられている。
 
 なおあの『KAWA's』でユンファさんは、あわやその白肌が透けるほど薄い生地のカッターシャツを着せられているようだが、今ユンファさんが着ているカッターシャツは安物にしろ、十分な布の厚さがあるようで、今夜の彼の肌が透けているということはない。…ただ彼が乳首につけている(はずの)リングのニップルピアスに関しては、目を凝らせばその胸板に二つの小さな影が浮かんでいるように見える。
 ……まあ影は見えるのだが、ピアスをつけている事実を知らなければまず気が付くこともなさそうな程度の、本当に小さい影である。
 
 またこのカッターシャツは、ユンファさんの上体の細さにしてはややゆったりとした、オーバーサイズ気味のものかもしれない。袖にしても彼の腕の太さに対してジャストサイズはなく、袖の筒がやや太いのかひだの刻まれ方がなめらかで大きい。
 しかし彼の上体は逆三角形型――鎖骨が長いために肩幅が広く、それに続く広い胸板から胸郭、そして腰へと向けてなだらかに狭まってゆき、こと腰が細い骨格――であるため、そのオーバーサイズ気味の、腰回りや袖あたりの多少の布の余りもまた優雅に映え、これはこれで優美な王子様然として見える。…オーバーサイズのカッターシャツを着ても、決して背伸びをした子供の幼稚な間違いとは見せないのが、さすがの美貌であると感心する。
 
 またその白いカッターシャツを纏う左肩には、いまだ黒革のシンプルなハンドバッグのストラップがかかったままだ(なお革とはいえバッグの素材もおよそ合皮だ)。
 
 両手首のカフスボタンはかっちりと留められている。
 ユンファさんの右手はもちろん通話中のスマホを握ってそれを片耳に当てているので、彼の右腕は肘から折り曲げられており、やや二の腕が上がって脇が見えている。とはいえ、もちろん見えているのは流動的な襞の生まれているカッターシャツの脇だ。アームホール(袖と肩部分との境い目の縫い合わせ)から発生する皺はもちろん細かい。
 そして彼の左手は黒いバッグのストラップを緩く掴んでいる。緩い拳のその指の付け根に浮かんだ、先端の丸い尖った四つの骨がうすい皮膚に透けて、こと生白い。また第二関節だけを見ても長い指だ。
 
 そのカッターシャツを纏った広い肩が色っぽい。
 平たくも青年らしい膨らみのある胸元ばかりは、白い布の襞がなめらかである。それだのに、リングのニップルピアスを透視できる灰色の小さい影が何とも色っぽい。
 
「…ええ、えっ? いえ、ですから…ご心配は有り難いのですが、お客様自体は決して失礼な方ではなくて……」
 
 ユンファさんは顔を目と共に伏せながら、苛立った様子で眉を顰めた――また彼はスタッフに心配されているようだが、あるいはそのスタッフ、彼に恋をしていたりしてね……なんて――。
 
 どうやら(ほとんど俺のせいで)話が縺れ始めているようだ。
 しかし、だんだんと通話に集中しはじめた彼の意識こそ、俺にしてみればむしろ好機である。
 
 今右耳にスマホをあてがう右手、その右腕は肘が折り曲げられ、やや上がり気味の肩と細いながらも筋肉質な二の腕の膨らみ、折られた肘のやわらかい尖り、カッターシャツの固い袖口に繋がる細い前腕――その肘の曲がった右腕に纏われている、白の流麗な襞を際立たせる灰のなめらかな影が、ギリシァ彫刻のそれのようである。
 透明なカフスボタンの留まる上品な袖口から生えた、その青白い手の甲の筋っぽさ、骨っぽさと繋がる長い人差し指――彼は銀のスマホの背に長い人差し指を添えている――と、スマホのフチに添えられた太く男らしい親指、そして他の三本の指は折り曲げられ、その三本指は第二関節あたりでスマホを持っている。
 やはりユンファさんの手は男らしく色っぽい…――手の甲に浮かぶ太い静脈が灰に近い濃い青だ。指は長いが男なりに骨太である。指の先をほとんど覆うような、広くも桜貝のような細長い爪は薄桃色だが、貝のような艶はなく、肉の透けている薄桃が指先に至るまでと爪先の白はそもそも少ないようだが、しかし、あまりにも荒れた様子の深爪である。
 
 
 更に目線を下げる。
 ユンファさんはきちんと黒に銀のバックルの、合皮であろうベルトを締めている。そのベルトが締められているのは、細身の黒いスラックスだ。
 ただしスラックスのセンタープレス(脚部分の前と後ろに刻まれている縦線)はほぼ消えかかっている。またスラックスの裾は、黒い革靴に布の余りが乗って大雑把なたわみ方をしており、どうも裾上げはされていないらしい。
 
 とはいえ、ユンファさんの着こなし方としてはきちんとしている。――彼はカッターシャツの裾を、きちんと腰の骨まで覆われている黒いスラックスにしまいこんでいる(ただし彼の細身にはオーバーサイズ気味のシャツであるため、それでも動くうちに多少ははみ出て布の余りとなっているのだ)。
 
 すると上の白からくっきりと隔てられる黒も、更にスラックス自体が細身であるために、よりその脚の細長さが際立って何とも色っぽい。
 更には、この黒いスラックスが強調する腰の骨から股関節までの男の四角さが、またいやに色っぽいのである。
 
 黒いスラックスが彩るユンファさんの下半身、腰の四角から尻に近いためにこと腿の付け根は太いが、その脚は下に向かうほど徐々に細くなってゆく――その腿から細長いふくらはぎへ、そしてスラックスの裾が乗る黒い革靴は今、その鼻先をかかとからやや八の字に自然に開いている。やはり革靴は擦り切れて艶がない。
 
「はい、お客様のほうもそのように……」
 
「……、…」
 
 さて目線を引き、俺はユンファさんの全身を眺めてみる。丹精に美術品を創るアーティストは曰く「アウトライン」から創り、のちのちに「ディテール」に手を尽くすそうであるが、鑑賞者とは概してその逆であることのほうが多いものである。
 
 月下ツキシタ夜伽ヤガキ曇華ユンファのアウトライン――およそ九頭身弱はあろうか。
 
 痩せ型とはいえ骨格はしっかりと男らしく178センチと長身、小さな面長気味の細面の下には、長めの気高い首(鎖骨上の僧帽筋が平たいのと、彼の姿勢が良く首が伸ばされているのとで、余計にその首は麗しい長さに見えるのであろう)、そして広い肩幅から徐々に細腰へと向けて狭まる逆三角形、そこから四角い男の腰をもって細長い脚へと続いてゆく――まるで完璧なスタイルを要するフィギュア人形のような、抜群のスタイルである。
 
 なるほど、なるほど…もう一度。
 首から下が細長い逆三角形に収められる長身の肉体、広い肩から腰へ向けて緩やかに細くなる上半身、引き締まった腰から四角い股関節へ、お尻の太さから徐々に狭まる下半身の、すっきりとした細さのギャップ――なんとも男らしく色っぽい。
 
 なるほど、ね――肉が良ければステーキの味付けはまあ食卓塩でも十分といえる、ということか。
 
 俺が見るに、ユンファさんが今夜着ている服はおよそ全てが安物である。
 サイズの合わない白いカッターシャツにしろ、裾上げもされずセンタープレスの消えた黒い細身のスラックスにしろ、また合皮の黒にアルミの銀のバックルのベルト、肩にかけられる合皮の黒革ハンドバッグ、そしてくたびれたストレート・トゥ・キャップの趣向の無い革靴……それこそ一万円もあれば、この全てを買い揃えられるに違いない。
 
 しかしユンファさんのスタイルが際立って良いために、安物を安物と感じさせないどころか、むしろこの安物が瀟洒した服装とさえ見える。
 例えばこの格好でも彼が街を歩いていれば、およそ行き交う人々が思わず振り返って二度見してしまうような、まるで仕事終わりの解放感からジャケットを脱いでそれを小脇に抱え、更にはタイも取り、シャツをも着崩した、美貌のエリート・サラリーマンというような……例え安っぽい衣服を纏っていようが、結局はあまりにも顔とスタイルが良いと、こうして何を着てもキマッてしまうどころか、むしろその安物が質の良いものにさえ見えるのだから不思議なものである。
 
 
 畢竟月下ツキシタ夜伽ヤガキ曇華ユンファの麗質的なその美貌が、安物にくすむような程度の凡俗なものではないことが、これによっても証明されているといっていいだろう。
 まあもっとも、最上級の肉には最上級の塩が一番良く合うものなのだけれど…ね。――この俺がいずれ必ずや。
 
 
 
 
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