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夢と目合う ※
22(ごめんなさい非公開になってました(泣))
しおりを挟むそれにしても、普通の者ならばまずあれで『自分はチェンジされるかもしれない』とは思うまい。
なぜなら俺は先ほどまで、あれほどユンファさんの美しさに狼狽の程度を越えて発狂していたのだ。
そのような彼の美貌に惚れ込んでいるも限度の越えたリアクションばかりをしていた俺が、まさかこれで「チェンジで」と言うはずもない――却って彼にそう言われかねなかったのはどう考えても俺のほうだったろう――とは、およそ誰しもがその予想に至るところであろう。
しかし、さんざん俺が(もはやロマンチックというよりか不気味な調子で)「綺麗だ、貴方は本当に綺麗だ」と言い続けていたというのに、ユンファさんは本気で、自分が俺に「チェンジで」といわれる可能性があると考えていた。
つまり接客義務として『(これだけのベタ褒めベタ惚れ具合ならこの客が「チェンジ」などと断ることはないだろうが)念の為、一応は確認しておかなければ』という考えはユンファさんになく、今やケグリ共にすっかり自信を削ぎ落とされてしまっている彼は、『自分のような奴ではチェンジされても仕方ない、むしろ当然だ、それは十分あり得ることだ』と本気で思っていたために、彼はああして不安げであったのである。
……いや、今もなお拭いきれない不安を漂わせているユンファさんの顔を見ながら、俺は自虐的に戯けて笑うのだ。
「はは…いやむしろね、こんなにも素敵な貴方が、こんな俺と一夜を過ごしてくれるのかどうか…俺はよっぽどそのほうが心配だったんだ。」
「…え…? そんなまさか、僕は……」
はたとユンファさんの目が上がり、彼は深刻げな目色で俺の目を見てくる。
彼の目はこういう――『そもそも僕に拒否権などないんだ。例えばどんなにプレイをしたくないと思うお客様であっても、僕はセックスの相手を選ぶ権利なんてあるわけもない性奴隷…どんなお相手でも決して拒むなと、僕はご主人様に命令されているのだから』
やはりユンファさんはこの『DONKEY』においても、あのケグリからの悪い影響を色濃く受けているらしい。…まあそれは当然か。――あのケグリは徹底的に支配したいユンファさんが外に出るということに、彼の解放や自由な時間をイコールさせるわけにはいかないのである。
ならばここは少しだけ、ユンファさんを解放してみようか。
「…ユエさんはどう? 貴方の気持ちは、はは…俺なんかと、本当に一晩過ごしてもいいと思う?」
「……、…」
ユンファさんは俺の「貴方の気持ちはどう」という、一見何でもない言葉に驚いた。とはいえ驚いた顔をしたわけではなく、彼の表情としてはただぼんやりと俺を見ているだけだ。――『僕の気持ち…?』と、これまで尊重されることのなかった「自分自身の意思」に思い至ったユンファさんだが、結局彼はすぐにそれ以上の追求をやめてしまった。…無視など言語道断の、対応をしなければならない客の俺が目の前に居るためである。
「…はい、もちろん…。僕としてはぜひ…ただ、カナイさんはどうだろうと思って…それこそ本当に、チェンジしなくて大丈夫ですか…?」
「…いや、それこそチェンジするほうが有り得ないじゃないか? 俺は直接こうして貴方に会ってみて、正直とてもびっくりしたよ。…なぜかわかる…?」
俺の悪戯な問い掛けに目を見張ったユンファさんは、ふるふると無垢な顔を横に振った。
「ふふ、俺の期待以上に貴方が美し過ぎて……ね、有り得ないでしょう。…あんなにユエさんの美貌にメロメロになっていた俺が、まさか貴方以外のキャストを求めるだなんて、それこそ有り得ないことだ。」
「……、…」
ふと目を伏せたユンファさんは口の中で「ぁ、あの…」と言った。彼は驚いた顔をしている。しかしまた声が出ていないのだ、彼は自分の声にも顔にも全く自信が無いからである。
「…うん、どうしたの」
だが俺はちゃんと聞こえたよと、軽く応える。
「ぁ、いえ…その…、正直、凄く……」
ユンファさんは驚いたのである。――『え…? この人、意外とロマンチストなのか…?』と、まあ彼のそれは特にときめきなど色っぽい何かは伴わない単純なる驚きである。
「…すご、凄く…な、なんというか、……」
ユンファさんは動揺している――『さすがにここまでロマンチックなことを言われたのは初めてだ……いや、今のって多分、ロマンチックだった…よな…? いやまあ、何だろう…多分、この人が求めている“恋人プレイ”がそういうロマンチックな感じだから、だろうか』と納得したのちのユンファさんは、すぐにハッとした。
そして彼はにこっと笑い、俺の目をまた見てくる。
「…いえ、ぁ、ありがとうございます、えっと…」
「……ん…?」
俺がなあにと首を傾げると、ユンファさんはぼんやり俺のことを――いや、俺の目をじっと見つめてくる。
「…………」
「……、…」
いや耐えられない、俺はすぐにさっと目を伏せてしまった。あまりにも透き通った薄紫色の瞳の奥、純然たる無垢なユンファさんのぼんやりとした思考――『凄く…綺麗な……』俺の見間違いかもしれない、
「っあぁ、あ、ァ、あぁぁ貴方の目は本当に綺麗だな、…見つめられると叫んでしまいそうだ、――堪らなくなるよ、その綺麗な瞳で見つめられると、…ごめん、目を逸らして…っ」
俺の心臓が煮え立っている。最悪俺は死ぬかもしれない。俺は俯き、目元を片手で覆い隠してはもう片手で腰骨を掴み、かなり参っている。――うっかり月下・夜伽・曇華の美貌に殺されるところである。…ましてや今の段階で期待などしては、俺は浮かれきって何を仕出かすやらわからないのである(期待した男ほど滑稽に詰め寄る生き物もない)。
ただ、ユンファさんのほうもまたかなり慌てている。
「……ぁ、あっご、ごめんなさい、つい…何でだろう僕、今、なぜでしょう、つい、つい見つめてしまって…ごめんなさい…、綺麗で…カナイさんの、目が……」
思わず俺の目に惹かれ…いや、勘違いかもしれない。
「いっいや、ユn…ッエさんこそ、本当に貴方の瞳は、本当にとてもお綺麗だ、いや瞳ばかりではないけれど、本当に…――本当にお綺麗だ、貴方は……」
どうしてこんなにも美しいのだろう――いっそ触れるのが恐ろしくなるほど、あまりにもユンファさんはお綺麗だ。
「……あ、ありがとうございます、はは…」
「……、…」
しかし、ユンファさんの声音にわずかに滲んだ『僕は、綺麗じゃない』――俺は目元にある手のひらを下へ、仮面をずるりと撫で下げた。
今はその点の是正を試みる折ではない。マインド・コントロールをされている人相手には、決して焦ってはならないのだ。…今夜試みるにしても、じっくりと向き合うべきである。
「…はは…とにかく、チェンジなんかとんでもない。むしろユエさんが俺と今夜を過ごしてもいいと思われるなら…そろそろ、電話を……安心したいんだ。貴方の気持ちを確信したいから…お願いします」
「……ぁ、は、はい…いやっわ、わか…あの、か、かしこまりました…」
ユンファさんのこの動揺は、わずかにも本気で嬉しいと気持ちが昂ぶったが故である。――可愛い――チラと上目遣いに見れば、俺が「チェンジしない」ということを重ねて断言したために、彼はわずかにも本気で嬉しくなってふわり…ほのかな甘い香りが匂い立つ華のごとく笑ってくれた。
その華の綻ぶようなというのが相応しい笑みには、何というか…ときめきはもちろんのこと、俺まで嬉しくなってくる。――しかし、また照れてしまった俺はさっと目を下げ、片手のひらで口元を覆い隠した。
「…あぁぁ眼福だが俺の目が全く慣れない…彼、あまりにも綺麗過ぎる…」
いやマジで。マジで――マジで、綺麗。
相変わらず。マジで。――超々綺麗。
――見ただけでもはや勃……いや。
ところで、俺がユンファさんに「電話」を勧めたその(下心が故の)ちょっとした思惑とは何か?
その実電話をしている人というのは、概してそれとなく目の前にいる人から視線を逸らすものである。
――つまりそうしてユンファさんの意識が俺から電話口の相手に移ったその隙に、俺は彼の美貌を約十一年ぶりに(あたかも舐め回すかのよう執拗に)じっくりたっぷりと盗視しでかしてやろうと目論んでいるのだ。
ましてや俺がユンファさんの美貌を正視できない理由の内には、もちろんユンファさんのその美しさが尋常ではないというのはあるが――描いたような芸術品さながらの美貌の人、それも俺の恋慕の熟成期間はおよそ十一年もの、要するに恋をした初恋の人(めちゃくちゃ美形)を目の前にして、混乱と興奮と緊張を覚えぬ人はあるだろうか? そうして俺は自身の精神を保つためにも自然と、ユンファさんの美貌を直視することを避けてはいたのだが(もちろん抗い切れない発狂によってユンファさんにドン引きされたくない、という感情もあったのだけれど…)――何より、
実はユンファさんの美貌を俺が直視しなかった理由の一つには、何よりも彼が俺の執拗な目を許してくれるかどうかというのもあるのである。
それこそジロジロと、あるいは顔や体のラインを目で舐めるようになぞられる視線、品定めをするかのような執拗な視線、値踏みしているかのようなねっとりとした視線というものは、概して人が嫌悪感を抱きがちな視線といえるだろう。
有り体にいえばそういった視線は、「変態的なスケベな目だ」と思われかねない視線ということである。…とはいえ俺は、ユンファさんの容姿を値踏みも品定めもするつもりなどないのだ――絶対的に美しいその人の容姿に、端からそのような値踏みや品定めなどする必要もあるまい――が、たとえ俺にはそのつもりがなくとも、ユンファさんにしてみれば自分の容姿をねっとりと眺められていては、そのように思いかねないことであろう。
それこそ俺にしてみれば、名作も名作の端麗なる絵画に描きこまれたディテールをまで堪能しているだけのつもりであったとしても、その視線を浴びているユンファさんからすると、自分の容姿の価値を、値段を、優劣を定めようとしている視線、といったように思えるかもしれないわけだ。
まして、例えば男にチラリとでも胸を見られたなり不快感を覚える女が多いように、その(俺の場合は恋をしているが故、とはいえども)下心の含まれた視線とは思うより、人は敏感に察しているものである。
要するにここで俺が何かの拍子に気の咎めが緩み、見惚れるといえばむしろ良いように聞こえるかもわからないが、とにかくそうして気を抜いた俺が遠慮の心を失ってしまえば――俺は十一年もの間募らせてきた憧憬の情念のまま、今にもユンファさんの美貌を舐め回すかのように、ねっとり、じっくりと彼の造形のディテールに至るまで眺めてしまうに違いない。
実直な表現でいうところ、つまり俺はあまりにもユンファさんに、またユンファさんのその美貌に惚れ込みすぎているばかりに、この目だけでユンファさんに「セクハラ」をしかねないということである。
だが見たいものは見たいのだ。当然である。
ましてや一回きっちりとユンファさんの美貌のディテールに至るまでもを観察さえしておけば、少なくとも俺は多少、まずは良しという程度でも満足感を得られて、その後はきっとユンファさんのことをそれほどジロジロと舐め回す……いやいずれ舐め回しはするのだが(俺はあとで彼の「舐め犬」になる予定である)、舐め回すかのような視線を彼に浴びせることはなくなるだろう。…きっとね。
また目が合わなければ、照れ臭いも興奮も多少はマシに違いない。例えば車窓から眺める美しい景色ならぼんやりと眺められるものを、実際にその絶景のさなかに立った途端、その自然の美しさに圧倒されて目に涙を浮かべる者がいるように、とどのつまりが、今の俺の欲望を叶えるには兼ね合い上、その薄いガラス程度の「車窓」が必要なのである。――ということで俺は、「お電話をどうぞ」とユンファさんに勧めたのだ。
「さ、どうぞお電話」
「…あ…はい、ありがとうございます、…ではすみません、ちょっと失礼しますね。……」
むしろ俺の勧めを好機と見たユンファさんは愛想よく、ほっとした顔で笑った――彼は客の俺が目の前にいる手前態度にこそ表さなかったが、やはり「早く電話しなければ」というのが気掛かりであったのだろう――が、それこそ好機を得た俺は、ワクワクしながらも一旦またエレベーターの隅に視線を据え置いた。
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