ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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夢と目合う ※ ※モブユン

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 ※うぇへぇ~~普通に私生活が用事だらけで遅くなっちゃいました、ほんとごめんなさい…! お待ちくださっていた皆さま、本当にありがとうございます(><。)※
 
    ×××
 
 
 
 
 
 ユンファさんがいずれにしてもするべき、業務連絡の確認電話――恐らくはこのホテルの下に停められているままの車の中で、彼からの電話を今か今かと待ち侘びていることであろう、『DONKEY』のスタッフへの電話――を、客の俺のほうから知った気の厚かましさでユンファさんへと勧めるも、むしろ彼は屈託のない柔らかい声で「あぁ、お気遣いありがとうございます」とそれを喜んだ。
 しかしすぐにユンファさんは、
 
「…ですが、それは……」と不安げに遠慮をした――ユンファさんも丁度『そろそろ電話しないとな』とは考えていたようだ。ただその声色はいずれしなければならない電話自体を遠慮しているわけではなく、むしろ俺の意向を伺っているが故と聞き取れる――が、俺はドアの隅を見つめたまま手のひらをどうぞ、どうぞと差し出し、更に彼へ電話することを勧める。
 
「いえ、ゆっユエさんが、俺と一晩過ごしても大丈夫そうだとおっ、おぉ思われるなら、どっどうぞ、お電話を…早く……」
 
 ……ところが情けないことに、俺はユンファさんに不審だと思われそうなほどどもってしまった。
 無論こうして俺がしきりにユンファさんへ電話を勧める理由とは、俺がそれの動機にちょっとしたを抱いたためである。しかし、瞬時に己の情けない動揺丸出しの拙い発声を恥じた俺は、その思惑から一旦逸れて挽回を試みる。
 
「あのはい、僕としてはむしr……」
 
「…んっんん…おかしいな、煙草たばこの吸い過ぎかな…喫煙者なもので、喉の調子が、んん…ッちょっと……んんんん゛っ…」
 
 まず俺は俯き、喉仏を指先で押さえて無いたんを切ろうと咳払いをした。(タバコの吸い過ぎこそ事実ではあるが)これは俺の、先ほどの吃りの姑息な言い訳である。
 そのあと更に俺は俯いたまま、ユンファさんには少しでも余裕のある男と見られたくて、気難しい男のように胸の前で両腕を組んだ。すると嫌でも、激しい自分の胸の鼓動が荒々しく、そこに密着した俺の腕に伝わってくる。…いっそ俺が女だったのならばまだ、ふくよかな乳房の厚みに明らかな心臓の鼓動も少しは遮られて、多少なりこの決まり悪い自覚から免れられたのであろうか?
 
「今だけ巨乳のナイスバディ美女になりたい…」
 
 しかし豊満な乳房を得られるにしてもせっかくならばナイスバディな美女になりたいものである。あるいはユンファさんの男がときめくようなナイスバディな美女に、…いや、何を言っているのだ俺は……。
 
「…はい…?」
 
「いや、何でも……」
 
 結局俺は良く見られたいユンファさんの前で虚勢を張っているだけで、実際は余裕など欠片もないのである。…俺は生まれてこの方「女になりたい」とも、また「女性の体が羨ましい」とも思ったことなどなかったのだ――俺は男を愛する男としての自分に満足しているし、自分の男性としての肉体にも非常に満足しているのだ――が、ひょんなことから、今だけ女性の乳房(巨乳)が欲しくなってしまった(人より「男」という自覚の強いこの俺が、その男としてのアイデンティティを見失うほどの混乱している、というわけらしい)。
 
 この胸の前で腕を組む体勢は、俺の情けない緊張の自覚をより強める――すると余計に余裕も失われてゆき、焦りの感情まで覚えるようである――が、少なくともユンファさんには、この速まっている心音がバレるようなことはない。もはや気休めにもそう割り切るほかあるまい……と更に俺は、脚もまた気怠げなふうに、片足に重心を置いてやや体を斜めらせ、もう片脚は少し膝を曲げてガラ悪く、大きく外向きに開く。
 
 そうして俺は、あたかも自信と余裕のたっぷりある、何ら人の評価など気にしない、人前でさえすこし行儀の悪い男のように(タトゥーアーティストのように!)、あえて「ちょっぴりなところがある自信家の男」をイメージしたポージングを取った。
 ……それは今の俺の服装――上下黒ずくめオーバーサイズスウェットセットアップ(左胸と右腿にはガラの悪い蛇と薔薇のロゴマーク付き)――にもより「」が引き立てられはしていることだろうが、……結局俺は情けなくも、ユンファさんの美し過ぎるその容姿を視界に映すことはできていないままである…――俺は今もなおエレベータードアの隅のほうばかりを無義にも見つめている――。
 
「……ところで、大丈夫ですか…? 喉、煙草の吸い過ぎというより、お風邪を引かれたんじゃ…」
 
「いっいえ、いや、…きっ喫煙者とは概して…というか大体、こ、こういうもんなんだ…ぜ…」
 
 ぜ…はさすがに余計だったかもわからない(もう何もわからない、困ったことにまるで正解がわからない)。
 そのような「自信と余裕のあるCoolでSmartな(ちょっぴり悪い)色男」を、演じようにも演じ切れないでいる俺が(今も)吃った原因というのは、再び俺の下あごを戦慄わななかせている緊張にも付け加えて、言うまでもなく先ほどふと連想してしまった「最悪のパターン」を恐れているためでもある。
 
「はあ、そうなんですね。僕は煙草を吸わないもので…はは、でも何となくですが――貴方がお煙草を吸っている姿も、きっと凄く格好良いんだろうな…」
 
「……、…、…」
 
 しまった喫煙者というのは世間でわりと嫌われがちな存在なのだ、それこそ喫煙者同士ならばまだしも、タバコを吸わない人々にとってのタバコ臭とはおよそ、悪臭以外の何物でもない。――それだからもちろん俺たち喫煙者はマナーを守ってしかるべきと心得てはいるものの、マナーを守ろうが口臭等のエチケットをきっちりこなしていようが、残念ながら嫌煙家の人々にとってはそのようなこと何も関係ないのだ。当然だが、臭いものは臭いし、嫌なものは嫌なのである。
 ましてや俺は先ほど、(シャワーを浴びて歯・舌磨きやうがい等に努めはしたものの)タバコ臭の染み付いたパーカのまま、ユンファさんと抱き合ってしまった…――いっそ帰り用のスーツにでも着替えておくべきであったかもしれない…――。
 
「煙草くさ…かったですよね、本当に申し訳…」
 
「いえ、そんな全然。…実は僕、正直以前は煙草の臭いってちょっと苦手だったんです、でも…多分煙草の銘柄にもよるのかな…――さっきカナイさんから香った匂いは、全然嫌な匂いではありませんでした。…それがタバコの匂いなのかはわからないんですが…少しほろ苦くて…でも甘い匂い…、バニラ…みたいな…? とにかく、全然煙草臭いとは感じなかったですよ」
 
「……、…、…」
 
 まして、俺のタバコは残り香もその実タバコらしい臭いではないそうだ――俺の愛煙しているタバコはバニラかチョコレートフレーバーの濃いタバコであり(気分によって変えている)、その実タバコの臭いは奥のほうにまあ感じられるという程度だそうで、どちらかというとバニラやチョコレートのお香のにおいに近いらしい――が、むしろそのほうが「気持ち悪い臭い」だと感じる人もいるようだ。
 
「…というかむしろ、カナイさんの甘くて爽やかな香水の匂いとよく合っていて…逆に凄く、良い匂いでしたし…」
 
「……、…、…」
 
 俺は、…香水など、…つけて、…いない。
 ……嗅覚の敏感なアルファ属用の香水もなくはない――香水に限らず、ルームフレグランスや柔軟剤など、アルファ属でも楽しめるようにと開発された刺激臭の少ない芳香製品は多くある――が、しかしユンファさんが香水というものを嫌っていた場合を考えて、俺は今日香水をつけてこなかった。
 香水というものはヤマトの人ともなると好き好きであるため、「つけない」という選択こそ安牌であったのだ。
 
 その上で、香水とユンファさんが勘違いするような、甘く爽やかな匂い…――となるともしや、俺のアルファ属のフェロモンの匂いであろうか…?
 もちろん属性別など関係なしに人はみなフェロモンというものを放っているのだが、いわくアルファ属のフェロモンは香水のような匂いに、いわゆる体臭的な(獣臭的な)匂いがわずかに混じった香りだと言われている。しかしオメガ排卵期の折にフェロモンの匂いが強まるオメガ属とは違って、アルファ属のそれには強弱がなく、常日頃から放たれている微香性のものなのだ。
 まして本人にはフェロモンの匂いなど不確かなもので、俺は自分のそれの匂いがどのようなものなのかなど、あまりよくはわかっていない。が、ことオメガ属だけは、アルファ属のフェロモンの匂いに敏感であるという。――更にいうと、俺たちアルファ属のフェロモンは、何とオメガ属にとって……いや、
 
 もしくは俺の機嫌を取ろうというお世辞か…?
 
 要するに……本当はユンファさんが嫌煙家であった場合、…俺はいよいよユンファさんに嫌われてしまったのではないか…?
 
「…何なら、ちょっとお煙草を吸っていらっしゃるカナイさんを見てみたいかも…へへ、なんて……でもお体に悪いので、お節介かもしれませんが、吸い過ぎないようになさってくださいね」
 
「…………」
 
 今は俺の耳も目もブレている。俺の瞳が揺れているどころかそもそもユンファさんを見ることもできず、俺の耳にしても、自分の鼓動のうるささで濁されて、全くもってユンファさんの本音がどれだかわからない(何なら彼のセリフがありのままの形をもって頭に入ってこない、これではまるで作業をしながら聞いているラジオの声である……)。
 
 いつだって、どのような可能性もあるものだ。
 例えば小説という俺が全てを創造している世界の中でのことなら、俺の不測の事態など起こりようもない。しかし現実世界というのはまた別の神が創り出している世界である以上、当然だが、俺の予想だにしていない事態などいくらでも起こり得るものである。
 ――確かにユンファさんは、むしろ俺のほうが自分のことを気に入らなかったんじゃないか、そのような(有り得ない)懸念をしてはいたようだが、それとてあるいは今(興奮と緊張と混乱のあまり何もわからなくなっている)俺の聞き間違いかもしれないだろう。
 
 例えば、人間が観測できないほどの物凄いスピードで地球に向かってきていた特大隕石が今この瞬間にも突然地球にぶつかり、人類はおろか、地球という惑星は今に一瞬にして星丸ごと滅亡するかもしれない。いや、むしろこれ以上俺が初恋の人ユンファさんに醜態を晒すくらいならばいっそ今すぐ地球など滅亡すればよいのだよ……まあ、どのような可能性もいつだってゼロではないということである。
 俺とて命ある人であればこそ明日死ぬかもしれないし、今日死ぬかもしれないし、何なら今死ぬかもしれない……。
 
 要するに――ともすれば俺はユンファさんに「いや、こんな人の目さえまともに見られない挙動不審な三十歳(男)とか生理的に無理です。ていうか貴方、もしやその年になってまだ童貞なんじゃないですか? こんなキモい童貞の恋人を演じなきゃいけないとか最悪だ、つまり僕は今夜恋人プレイどころか、をしなきゃいけないってことですよね。しかも煙草臭い口とキスなんか絶対したくないし、色んな意味でかなり苦痛なのでお断りさせてください」とでも痛烈なことを言われて、俺がそうしてユンファさんに(生理的に無理だと)嫌われる可能性とて、何らゼロとはいえないのだ。
 
「……、カナイさん…?」
 
「…………」
 
 なお俺が長年ひそかに懸想けそうをし続けてきたユンファさんにそのようなことを言われた暁には、(というかもはや彼にそう思われるだけでも)俺は恥ずかしく慟哭どうこくしながら死ぬことであろう。
 ……まあ最悪、このホテルのバルコニーから飛び降りる心積もりくらいはしておいたほうがいいかもしれない。
 
 
 
 
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